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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第二章

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第八六話 知ってか知らずか


 思わぬ形で美穂が意気消沈してしまうハプニングが勃発してしまったわけだが、まぁこの一件も終わってみれば無事に済んだとまとめても問題はあるまい。

 あれから彼女も少しは気にする箇所が残ってしまったのか、時折蓮を見て気まずそうにすることもあるにはあったがそれも時間が経つにつれて回数は減ってきたのでほとんど解決したと思って良いはず。


 まぁまだ彼女が表には出さなくなっただけで、内心では悶々と悩んでいる可能性も捨てきれないものの…それならそれで蓮は普段通りに過ごしていればいい。

 あまりこちらが意識した態度を見せていては問題も一向に解決する兆しを見せなくなってしまうため、蓮は堂々と構えていれば何ら問題も無し。


 よって内側の感情がどうあれ表向きには平穏な日常が戻ってきた二人の生活であるも、これ以外には特別変わったこともない穏やかな時間が訪れるのみ。

 現在も毎日味わっているはずなのに一向にその幸福感が衰える気配を見せない彼女の手料理に舌鼓を打ちながら、蓮は毎度変わらぬ感動を夕食の席で美穂に伝えていた。


「んん…! …凄いなこれ、味だけじゃなくて食感まで完璧だよ」

「ふふふ、そう? 今日のお夕飯は少し頑張ってみたからそう言ってもらえたら嬉しいよ。クオリティには自信あるから、遠慮せずに食べてね?」

「お言葉に甘えさせてもらうよ。…ほんと、感謝しか湧かないな。うちの母さんでもここまでの出来にはならないだろうに」


 ちなみに今晩の夕飯メニューは中央にドンと置かれた天ぷらを主菜とした献立であり、完成度は語るまでもなく美味。

 …しかし蓮は調理など出来ないので噂で聞いた程度の情報にはなってしまうが、確か揚げ物というのは自宅で作るとなるとかなり大変な部類に入る料理だったはず。


 まず食材を揚げるための油の温度調整が繊細を極めるものであり、しかもそれを調整できたとしてもちょっとした油断で焦げてしまったりべたついてしまったりと…そんなこともザラに起こるものだったと。

 だが、美穂が手掛けたこの天ぷらたちはまるでそんなことはない。


 野菜から始まり海老、しいたけなんかの定番食材で揃えられた揚げ物は全てサクサクと心地よい食感の衣を纏っておきながら中身は程よい温度で火も通されている。


 どう考えても一介の女子高生が作り上げられるクオリティの範疇に留まっていないのだが、そこは美穂が作ったと聞けばもう全て納得してしまう。

 彼女の料理に関する技術をとっくに信頼しきっている蓮でさえも思わず自身の母親の腕も軽く上回っているだろうと本心からの称賛を送ってしまうほどに感動の度合いは強い。


 ……が、美穂はその発言の一部分に着目したようで。


「う~…ん。流石にそれは言いすぎなような…蓮くんのお母さんが料理上手な人だったら勝てない可能性も全然あるもん」

「ないない。まぁ母さんも出来ないわけでは無いだろうけど、基本的に料理より他の事優先だから美穂の方が絶対美味いよ。少なくとも俺はそう確信してる」

「…それを素直に喜んでもいいのかな? ふぅむ…あっ、ねぇねぇ! じゃあせっかくだしさ、蓮くんの()()()について教えてくれない?」

「ん、うちの親?」

「そう! 今まで何となく聞き逃しちゃったけど、どんな人なのか知っておきたいな~…とは前から思ってたの! どういう人なの?」

「……親、ねぇ。構わないけどさ、そこまで面白くないぞ? 前にも言ったけどほとんど出張で家にはいないし」


 何気ない会話の一幕として話題に出した彼の身内。

 すなわち蓮の母親と父親に関連した話を聞かせてほしいと目を輝かせて要望してきた美穂であるものの、正直そこまで期待されても応えられるかどうかは微妙だ。


 前にも一度伝えたことがある上に、もう数か月近くをこの家で過ごしている彼女であれば知っていて当然の事実にはなるが彼の両親はほとんど家に帰ってくることが無い。

 それは親の仕事の都合上仕方ないことではあると蓮も理解しているため文句も湧かないが、だからこそ言ったところで面白味も無いのだ。


「それでもお願い! こんな機会でも無いと聞けそうにないから…」

「…まぁ、美穂がそこまで言うなら」

「っ! ありがとう!」


 けれど美穂がどうしてもと必死に頼み込んでくるので、その真剣さに押し負けて結局は彼も最終的には頷いてしまう。

 仕方がない。どうしても隠し通したかった家庭環境というわけでもなく、話したところで彼に不都合が生まれるわけでもないのでここは簡潔に伝えてしまった方が良いだろう。


 強いて言うなら、()()は語るのを避けたいところもあるのだが……そこは上手くぼやかしておけば良いか。


「ならうちの父さんだけど……あの人は一言で言うと真面目だな。といっても厳しいわけじゃなくて、しっかり者って感じのイメージがあるだけでちゃんと優しい父親だよ」

「へぇ…! だったら、蓮くんの優しさはお父さん譲りなのかな? えへへ…こういうところで蓮くんの一面を知れるのも嬉しいね」

「…っ、あまり揶揄うな。でもまぁ、父さんの方は出張先が海外だから距離もあって滅多に帰ってこれないんだけどさ」

「あ…そうなんだ。…それは、ちょっと寂しいね」

「そこまででも無いって。たまに連絡はくれるし、そこでも俺の近況を心配してくれてるから寂しさも無いよ」

「…そっか」


 そう判断して最初に語ったのは父親の方。

 こちらは大きな問題も存在しない。


 実の息子としての主観も混ざってしまっているやもしれないが、そのフィルターを抜きにしたとしても蓮は自分の父親が信頼できる人物であると思っている。

 日頃から仕事で忙しくしているだろうに、それでもこちらの状況を心配して頻繁にメッセージのやり取りをしてくれていることからもその人柄はよく伝わってくる。


 唯一惜しく思うことがあるとするなら、その父がいる地は国内ではなく海外のエリアになっているため直接会う機会も少ないことであるが…その辺りはとっくに飲み込んでいる。

 向こうもきちんと遠距離だろうと親子の繋がりを希薄にしないよう心掛けてくれているし、離れているからといって不満を拗らせていたりはしない。


 これも嘘など無い本心だ。


「じゃあじゃあ、()()()()の方は? お父さんがそんなに優しい人なら、やっぱりお母さんも似たような感じだったりするの?」

「……………」

「……え、れ、蓮くん? どうして静かになるの?」

「…あぁ、うん。母さんの方な」


 ………ただし、そうなると次に聞かれることは分かり切っていたもので。


 父親に関する情報を聞けたのなら今度は母親に関することを聞こうと話題を振ってきた美穂は何もおかしなことを言っていない。

 ゆえに、おかしい点があるとするなら母のことを聞かれた途端に()()()()()()()()()()蓮であって彼女は何も悪いことなどしていない。


 彼の明らかに不自然となった挙動を目の当たりにしてもしや何かやらかしてしまったかと不安の色を醸し出し始めてしまった彼女には気の毒なことをしてしまったが、これについては仕方なかったのだ。

 人間だれしも、触れるべきかどうか迷っている話題に差し掛かったら誰であってもこうなるだろう。


「いや、そうだな…まぁ母さんも忙しくはしてるらしい。仕事が確かデザイン関係のことをやってるとかで、色々国内をあちこち回ってるんだとか聞かされたよ」

「な、なるほど……それならどうして、蓮くんはあんな固まった反応を…?」

「………まぁ、な。うん、何と表現したらいいのか非常に迷うところなんだが……」

「……な、何?」


 そうして少しずつ語られてきた彼の母にまつわる事項。

 おそらく、ここまで聞いただけならさして不思議な点も無いと思われる。


 実際に蓮も母のことは親としても人としても尊敬している面は多々あるし、母親に助けられてきた場面だって振り返れば数えきれないほどにあったはずだ。

 では何故、こうも母について説明することを躊躇うかのような挙動を見せているのかと言えば……その()()()に多少の難を抱えているためである。


「………簡単にまとめて言ってしまうとな、母さんはかなりの…()()()なんだよ。しかも好奇心がメチャクチャ旺盛なタイプの…」

「…自由、人? それは…他の誰かに縛られるのが嫌い、みたいな?」

「少し違う。どっちかというと自分の好奇心と関心を最優先にして動きたいと思う感じだと捉えてくれたらいい。……で、この特徴のどこが厄介かと言うとな。自分の興味が湧いたことのために周りを所かまわず巻き込んでいくんだ…これが」

「………??」


 …心の底から思い出したくないトラウマを吐き出すかのように重い溜め息を吐いて明かした蓮の言葉。

 そこから読み取れるのは彼の母にまつわる説明であり、そして…注意事項とも捉えられる文言。


 正直なところ思い出すことさえ億劫であるのだが、あの母の自由奔放さに振り回され続けてきた息子の立場としてはこれに触れないわけにもいかない。

 告げられてきた情報の波を受けて理解が追い付かないのか、コテンと可愛らしく首を傾げる美穂には申し訳ないがこのまま解説を続けさせてもらう。


「悪意があるわけじゃないんだよ。だけどそんなだからこそ断りづらくなるというか…昔、『楽しいところに連れていく』って言われたから付き添って行ったらとんでもない高さからのバンジージャンプで飛ばされたこともあったっけな…」

「………な、なんだかすごいお母さんなんだね」

「本人曰く、『センスを磨くためには一つでも多くの経験を積んでおくべき』なんだとさ。言いたいことは分かるが…頼むから巻き込まないでほしかった」

「あ、あはは…」


 過去を振り返ると苦い思い出が蘇ってきてしまうためあまりしたくはないものの、やはり職業柄なのだろうが。

 なまじデザイン関連の仕事をしているためか感性が一般的な人のそれとはかけ離れており、いきなり突拍子もないことを成し遂げようとしてくるのだ。


 よくあれで父と結婚にまで至ったものだと今でも疑問に思う時があるが、これまた不思議なことに蓮の両親は夫婦仲が悪くはない。

 むしろ関係としては良好に過ぎるくらいであって、お互いに住む場所は今離れてしまっているがビデオ通話などを通じてやり取りはしているようなので円満な状態が続いているようだ。


 それは息子としても喜ばしいことであるので大歓迎なのだが…どうしたらあんな人間性が生まれるのだろうか。


「…大体、そんな感じだな。美穂も気を付けてくれよ? 母さんのことだから美穂の存在を知ったら何をしでかしてくるか分からん」

「まだ話を聞いただけだから何とも言えないけど…気を付けようがあるのかな、それ…?」

「……警戒しておくに越したことはない、はずだ」


 思い返すだけでも体力を消耗した気さえしてくる存在感の強い蓮の母。


 美穂にもこの先注意するようにとそれとなく警告はしておいたが……ふと、そんな言葉を聞いて苦笑する彼女を見て彼は一つ憂慮すべきかと迷う懸念事項を思い出した。


(…というか、母さんが美穂のことを知ったりしたらこの状態以前に構い倒すに決まってる。色々おかしいところも多いが……()()()()()()()()()()()()()、なんてことは…いや、そこまでは言わなくてもいいか。警戒心ばかり高めててもしょうがない)


 母親の性格。

 マイペース且つ自由奔放な人間性の他にも、自分が気に入った相手──特に端正な容姿を持った少女には色々とやらかす傾向が多いということを。


 しかし流石にそこまで伝えたところでそもそも母が家に帰ってくることなどほとんど皆無であり、もしそうなったとしても自宅であればそれなりに対処は可能である。

 だからやはり、このことは伝えずとも問題も無いかと己の中で結論を出した蓮はそれ以上語ることもせず適当なところで話題を切り上げていった。



 ……後日、その予想が悪すぎる意味で裏切られることになるとは露も知らずに。


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