第八二話 サプライズプレゼント
何だか美穂と蓮の間で確かに存在しているはずなのに、お互いが認識出来なかったために発生した勘違いもあったような気がしたが…そこを気にしていたらキリがなくなる。
なので蓮もそこで感じた違和感は一度スルーして、あまり気に留めないようにしておいた。
…追々、この勘違いに先に思い至ったことで落胆した美穂から何故かプンプンと頬を膨らませながら責め立てられることになる未来を彼はまだ知らない。
「──…わわっ!? れ、蓮くん! 今度はこっちから噴き出してきたよ!」
「何だかさっきから美穂の方に集中してる気がするんだよな…こっちは全然被害もないんだが」
「どうして私の方にばっかり…ま、まぁ。その分だけ楽しめてるから悪くはないんだろうけど…」
しかしそんな先のことばかり考えていても仕方がない。
今は目の前の娯楽に意識を集中させる事こそが優先事項であるため、その考えに従って蓮も動く。
そんな彼らもつい数分前までは流れるプールにて身を水中に浸らせていたが…現在はそことはまた違うエリアに赴いている。
今の二人がいるのは水の深さは足のくるぶし程度という浅いにも程がある場ではあれど、それ以外の仕掛けが特徴とのことで中々に人気もある空間のようだった。
この仕掛けというのもとてつもなく派手と評するほどではないが、よくよく見ると確認できる足元に点在している小さな穴……噴射口から不定期に水が噴き出してくるなんてものだった。
いわゆる噴水を模したからくりであり、言葉だけで言ってしまうと単純に思えるが意外にもこれが実際に体験してみるとかなり物珍しく面白かったりする。
水が飛び出すだけとはいえその位置は完全にランダムであり、思いもよらぬ角度から出てくるので油断していると相応にインパクトもある。
場合によっては顔に水しぶきが直撃する、というハプニングがあったりもするので辺りの来場客もその要領の掴めなさに翻弄される光景が散見されていた。
もちろん美穂と蓮もその例から外れず、ここに来てからまるで傾向が掴めない水しぶきの数々に襲われている彼女が困惑の声を零しつつも楽しそうに微笑みを浮かべていた。
「ひゃっ!? つ、冷たい! …こんなところで不意打ちしてくるのは流石に卑怯だよ、もう!」
「水相手に八つ当たりしてどうするんだ。気持ちも分からんでも無いけども」
「分かってるけどぉ…でもでも! 私ばっかり狙い撃ちにされて蓮くんが全く水に濡れてないのはちょっと納得いかないよ!」
「…それをこっちに言われても困る。というか、俺も避けようとして避けてるわけじゃないんだよ。勝手に逸れてるんだ」
が、しかし。
そんな風に次々と飛び出してくる水に戸惑いつつも楽しむ傍らで、不満気な声を漏らしている彼女の指摘はごもっともである。
蓮自身にもよく分からないことなのだが美穂の言った通り、どういうわけか彼は先ほどから吹き出す水しぶきを一切浴びていない。
強いて言うならその分だけ水が向かう矛先は美穂に集中しており、ここに来てからというもの彼女ばかりが狙い撃ちでもされているかのように全身ずぶ濡れとなっていた。
この被害規模の格差は別に蓮がコントロールしているわけでもないので、完全に偶然の産物ではあるが…それはそれとしてもここまで差が露骨だと文句の一つや二つ言いたくなる気持ちは理解できる。
「こうなったら…私の方から蓮くんに水浴びせるもん! こっちだけ濡れるのは不公平だし、そっちも水浸しにしてみせるからね! えいっ! …あっ、どうして避けるの!?」
「…そりゃ来ると分かってたら避けるだろ。しかも美穂の場合は分かりやすいからどこを狙ってるのかも見え見えだし」
「むむむぅ…! こういう時、少し前までなら蓮くんの動揺してるところを当てられたはずなのに…!」
「俺も多少は成長してるってことだ。いつまでも翻弄させられてばかりじゃないってことだよ」
すると今度は現状にムキになった美穂が半ばやけくそ気味に足下の水を掌で浴びせてこようとし、派手に水の雫を辺りに撒き散らす。
けれどもそうするよりも前から彼女の行動を読んでいた蓮は咄嗟に身体を少しずらすことでこれを回避。
…彼とて、いつまでもやられっぱなしなわけでは無い。
私生活ではこちら側の方が被害を受ける機会も多いのだから、そのような生活を続けていれば大なり小なり慣れというのは生まれてくるものだ。
美穂のしそうなことに限定すればそれなりの精度で予測できるようになってきた蓮の読み通り、こちらも水浸しにしてやろうと画策していた彼女の思考を指摘してやれば…悔しそうに頬を膨らませるあちらの姿が確認できる。
日頃は掌の上で踊らされることが多いだけに、こうして美穂が悔し気にしている光景を見るのは何だか新鮮な気分だ。
………などと、油断をしていたのが悪かったのやもしれない。
「そんなわけだし、これに懲りたらもう妙なこと仕掛けようとしないでくれよ。こっちとしても少しずつ落ち着いて行動できるようにはなってきてるんだか──…ぶわっ!?」
「蓮くん!? …こんな絶妙なタイミングで──あ、いや、むしろこれはチャンス…!」
「……いった…! め、目に水が入った…!」
まるでそれまでの運の良さに帳尻を合わせるかの如く、美穂に語り掛けていたことで油断していた蓮の顔目掛けて一筋の水が勢いよく噴射されてきた。
しかもその矛先は狙いすまされたように彼の顔へと見事に命中し、さらには瞼の中にまで浸水してくるという容赦のないオマケつき。
言葉では表現しきれない痛みが彼を襲い、予想だにしていなかった方向からのダメージだったこともあり悶絶することは避けられない。
思わず苦悶の声すら上げてしまいそうになるも、流石にそこはなけなしのプライドと鍛えられてきた我慢強さが働きかけてギリギリ堪えることに成功。
不幸中の幸いだったのは水流もさほど深い箇所まで入り込んではおらず、しばしの時間を掛ければ蓮の視界も徐々に回復し始めたことか。
なので少しずつ明瞭になっていく己の視野を確認しつつも、彼はようやく開けるようになった瞼を開けていき……そして、すぐに瞼を閉じる直前とは異なった違和感に気が付いた。
「………は? 美穂が…いない?」
彼の視界が回復してきた。それ自体は良い。
ただしそれを確認するのとほぼ同時に思い至る相違点。すぐ目の前にいたはずの美穂がいなくなっているという事実を即座に認識した蓮は正面と左右を見渡すが…見つけられない。
…まさか、自分が目を閉じていたあの短時間にどこかに行ってしまったのか。
あるいは…まさに先ほど危惧していたように良からぬ輩でもやってきて彼女に接触してきたとでも言うのか。
美穂の姿が見えなくなってしまったことで嫌な予感が次々と蓄積されていくも──そんな心配は結論から言ってしまうと無用であった。
何故なら、そう彼が困惑していた次の瞬間には背後から伸ばされてきた彼女の腕があったのだから。
「──…んふふ、随分心配してくれてたみたいだね? 私がいなくなったと思って心配になっちゃった? 平気だよ、そんな焦らなくても私は…ここにいるからね」
「……っ! …美穂、いるなら返事してくれよ。一瞬本気で不安になったぞ」
「ふへへ…蓮くんが私のために焦ってくれてるのがちょっと嬉しかったんだもん。それを少しでも長く見てたいと思っちゃったんだよ。だから、ね?」
…突然、そのようなこちらを包み込んでくるかのような安心感を思わせる声色と共に背中から伸びてきた小さな掌。
それは迷うことなく蓮の腹に回され、返答を聞くよりも早く力を込めて…彼を抱きしめてくる。
同時に、背中から感じ取れる柔らかで凶悪に過ぎる質量を感じさせる感触もまた肌に触れてきていたが。
…まぁ、姿を直視はせずともそこにいるのがいなくなったと思っていた美穂であることは明白だ。
「どうして急に目の前から消えたんだよ…視界から消える必要あったか?」
「…だって、蓮くんが私に慣れてきたなんて言うから悔しくて。それでちょうどよく水が飛んできたからチャンスだと思ったの。このタイミングでいきなり後ろから抱き着いたら少しはドキドキしてくれるかな~…ってね」
「……で、その成果のほどは?」
「ん~…一応成功ではある、かな? 蓮くんも驚いてくれたみたいだし、ノルマは達成できたって感じかも」
「そっか、良かったな。じゃあとりあえず離れてくれるか」
「え、何で?」
「…何でって、そりゃお前…」
唐突に姿を消したりするから蓮も久しぶりにこうも焦りを見せたが、理由を聞いていけば大したハプニングが発生したわけでも無いようだ。
ただ単に、さっきの発言から彼の落ち着いた姿にモヤモヤとした不満を感じ、その八つ当たりとしてこのようなことをしてきたと言う。
何ともまぁ、美穂らしいというか。
突拍子もないサプライズを仕掛けてくるのは彼女の十八番でもあるがそういうことなら理由についても把握した。
ひとまず今は経緯の説明よりも、蓮としては現在の位置関係的に色々とマズいものがあるので一旦離れてほしいとさりげなく頼んでみたが…彼女には疑問符で返されてしまった。
…この流れなら自然と引き剥がせるかとも期待していたものの、そう簡単にはいかないようだ。
彼が脈絡もなくそう言ったのにもきちんと理由は存在している。
というのも、今の美穂は蓮に後ろから密着するほどの距離感で抱き着いている状態であって………つまるところ。
「……その、さっきから色々…当たってるんだよ。だから離れてほしいんだ。…諸々耐えられなくなる前に」
「あ、そのことか!」
…要するに、さっきから意識しないようにと全力で注意を逸らしはしていたのだがやはりこうも存在感を放っているとそれも限界があるわけで。
彼の背中に抱き着いてきたことでその柔らかさを主張するように形を変えている美穂の胸が当たっているため、遠回しにそれを話してくれと頼んでいたのだ。
すると彼女も伝えたいことの意味は分かったのだろう。
ゆえに納得したように頷く気配を彼も感じ、これで一件落着かと思いきや…美穂から言われるのは全く事態の終息を意味しない言葉である。
「これねぇ…私のおっぱいは、わざと当ててるんだよ? こんな体勢になったら蓮くんも力づくでは離せないし、水着越しだからいつもよりずっと感触も分かっちゃうよね…?」
「ぶ…っ!?」
「ほら、ほら…こんな機会もう他にないんだし、せっかくなんだから堪能してくれていいんだよ…?」
「しないわ! …ったくもう! 早く離れろっての…!」
蓮が放ってきた要望を聞き入れたように思われた美穂の態度はむしろ正反対の意図で返され、彼女の立派に過ぎる胸はあえて押し付けているのだと明かされてきた。
さらにさらに、そう宣言するや否やこちらを挑発するように彼の背中へと自身の身体をより強く押し当ててくる。
…当然そうなれば、今現在当たってしまっている胸の感触も強くなるということで。
引き剥がそうと躍起になればなるほどに、どうしてか背後で楽しそうに自身の恵まれたスタイルをアピールしてくる彼女の表情は…彼の目では確認出来なかったが、艶と色気を醸し出した笑みに変わっていたそうな。




