第七三話 どれが良いか
「う~ん……ふぅ! いっぱい試着してみたけどやっぱり疲れちゃうね。でもでも、こうやって実際に着てみると分かることも多かったよ!」
「……そうかい。なら付き合った甲斐もあったか」
色々な意味で蓮が疲れさせられ、しかし一方で魅惑的に過ぎる光景を彼女から提供してもらった後。
体力的にも精神的にも気絶寸前まで追いやられかけたがそこは何とか持ち前の気合いで踏ん張り、現在に至っている。
今はあれから一通り水着の試着を済ませた美穂が満足げな面持ちを浮かべつつ先ほどまでと同様の私服に着替え終えており、やっと彼女の姿をしっかりと見ることが出来る。
…もうあんな、直視することも難しくなるような露出の多い水着を見せられた上で感想を求められるなんていう経験は御免だ。
他者からすれば良い思いをしておいて何を言っているのかと文句を吐かれるところなのだろうが、彼はそんな思いを味わう余裕など微塵も残していなかった。
ただでさえ出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるなんていう男子にとって一つの理想とさえ言い切れるスタイルを誇った美穂のあのような姿。
こんな状況に不慣れな彼では処理しきれず、どうにか理性だけは決壊させないようにと意識を集中させておくので精一杯だった。
けれどもそんな時間もこれで終わり。
久しぶりに見慣れた様相へと戻ってくれた美穂と未だに店内に留まり続けている蓮ではあるが、そんな彼に今度振られてきた話題は…打って変わって悩まし気な顔をした彼女のこんな問いかけだ。
「だけどこうもたくさん着てみるとどれが一番かっていうのは分かりにくくなっちゃいそうだね…まぁ悩んでても仕方がない! 蓮くん、どの水着が一番良かったか教えて? 私はそれに決めるから!」
「……え、俺が選ぶのか?」
「とーぜん! というか最初からそのつもりだったんだし! さっ、正直なところを教えてくれると助かります!」
「……そうか」
彼女から問われてきたのは端的に述べてしまえば今まで見せられた中でどれが最も蓮の好みに合致したものだったかというもので、美穂の言い分から判断するに彼の選んだ水着を美穂は購入するつもりらしい。
どこまでも蓮一筋な彼女らしいと言えばらしいが…されど、彼の立場からするととんでもない決断を任されてしまったという気分になる。
今までは多少の羞恥心が揺さぶられることこそあったが彼女の水着姿に素直な感想を伝えるだけでも良かったものの、こうなると彼の意見が全てを決めるということだ。
付け加えるなら、同級生の水着を自分が選ぶなんて明らかに単なる友人同士ならしないような行動を迫られていることへの困惑もある。
ただここで下手に遠慮などしたところで彼女が退くことは無い。
…いや、それどころかこちらが身を引く姿勢など見せれば次は更に突拍子もない行動に移りかねないので内心で溜め息を漏らしそうになりながらも、仕方なく彼はこれまでに彼女が着ていた水着からどれを選ぶか考え始めた。
(どうするか…でもあまり露出が多いものを選んだら美穂も変な奴に絡まれかねないからな。ここはその辺重視で選んでおけば──…)
「あ、先に言っておくけど私のためだとかそういう理由で選ぶのは無しでお願いね! あくまで蓮くんがこれを着て欲しいってチョイスで!」
「………そんなこと考えてないから」
「今すごい間があったけど? 全くもう…私のことを考えてくれるのは嬉しいけどここは蓮くんの好みじゃないと意味が無いの!」
──が、まるでその思考を先読みでもされているかのように美穂には釘を刺されてしまった。
あまりにもこの指摘がドンピシャに過ぎたのでよもやこちらの頭を覗かれでもしているのかと一瞬思いかけたものの、そんなわけでも無いので出来る限り普段通りの態度を装って返事をする。
…美穂はそんな演技など容易く見破ってきてしまったが、こちらが認めなければそのようなことを考えていたという事実は存在しないのだ。
(とは言ってもな…俺の好みなんて言われても、どれか一つを選ぶなんて出来るとはとても思えないぞ)
それでもこの現状。
向こうから先んじて上手い逃げ道は潰されてしまったので、既に選べる道は一つしか残されていないわけだがだとしてもそれはそれで悩ましいところだ。
…そもそもの大前提として、美穂は彼の好みに一番合うものを選んでほしいと要求してきたが彼からすると──どのような水着でも彼女が身に纏えばそれだけで最高の見栄えになるというのが紛れもない本心である。
素材の良さが周囲と比較しても群を抜いている美穂だからこそ、どんな水着を着て行こうともそれだけで辺りの男の目を独占していくのは容易に想像できる。
ただ、それは……少し面白くないと、彼は思ってしまった。
「……蓮くん、随分悩んでくれてるね。あっ、もしかしてさっきのおっぱいの谷間が開いてるやつが良かった感じ? もぉ~! それならそうと恥ずかしがらずに言ってくれれば…」
「…別にそういうわけじゃない。もちろんあれも似合ってたのは否定しないけど、そもそも美穂はどんな物を着てても似合うと思うよ」
「ふぇっ!? …そ、それはありがとう……だったら何をそんなに迷ってるの?」
少々思案に時間をかけすぎたからか、その様子を怪訝に思った様子の美穂は揶揄うようにどの水着が良かったのかと尋ねてきた。
そうして先ほどの過激なデザインのものを提案してきていたが…それよりも少し深く思考に入り込んでいた蓮は情けないと自覚しつつも己の本音を語る。
「…でもその、さ。これは俺の勝手な我儘だし、出来ることなら言わない方がいいんだろうけども…」
「なになに? いいんだよ、私は蓮くんの意見ならどんなことでも受け入れてあげるから言ってみて?」
「……何て言ったらいいのかな。美穂には…あまり肌を晒してほしくないんだよ」
「…ほぇ?」
…正直、これを語るのはどうかと思っていた。
実際そう伝えられた美穂は予想外の発言を投げかけられたと呆けたリアクションになってしまっていたし、仮に蓮が同じような立場であっても似たような反応をするだろう。
ただどうしても、今までの彼女を見ていてそんな風に彼が考えてしまっていたのは誤魔化しようもない、醜く身勝手な考えだったのだ。
「多分、というか確実に美穂がプールで水着になったら他の客に視線を向けられると思うんだ。…そこは美穂も分かってるとは思うけども」
「そうだね。こんな身体の女子が水着なんて着て行ったらこっちからご馳走をお披露目してるようなものだろうし」
「……俺としては、それは避けたいところなんだ。もちろん美穂もその辺りは飲み込んでるのかもしれないけど、こっちが嫌だっていうか………」
こんなことを言ってしまえば軽蔑されるのは目に見えている。
何せ、間柄としてはただの友人止まりでしかない蓮からプールで水着を着ないでくれと頼まれているに等しいことなのだから。
しかもその理由というのが、彼女の艶めかしい肌を他の男に見られてしまうのが嫌だからなんていう幼稚な独占欲とさえ言って差し支えない心情なのだから尚更である。
「つまり…蓮くんが言いたいのは、私の水着姿を不用意に他の男の人に見せてほしくないってことで合ってるかな?」
「…そういう事になる。すまん、流石に勝手すぎるよな。やっぱりこれは忘れて──…」
「………ふ、ふふ…」
「──美穂?」
ただ蓮の発言を聞いても幸いなことに、美穂はあからさまに軽蔑するような目を向けてくることは無かった。
されど懸念していたような展開とはまた別に彼女は、静かに顔を伏せたかと思うと怪しげな笑い声を密かに上げていた。
顔が見えないので彼女が何を考えているのかは不明であるが、この分だとおそらくはこちらに対して幻滅した、というようなことは無い……と思っておきたい。
「まさか、まさか……蓮くんが私に独占欲を見せてくれる日が来るなんて…! これは確実に私のことを少しずつ信用してくれてるって思っても良いよね。だったらそれくらい何てことも無いよ…!」
「あの、美穂?」
「へ? あ、うん! 蓮くんがそう言うなら私もあんまり不用意に肌を見せるのはやめておこうかな。やりようはいっぱいあるから!」
「え…いいのか?」
伏せられた顔の向こう側で美穂がぶつぶつと呟いていた内容は聞き取れなかったものの、そこから宣言された内容はしっかりと耳に届いてきた。
一体どのような嗜好の経緯があったのか…はっきりとした声量で蓮の身勝手な要望を受け入れると口にしてきた彼女の言葉にさしもの彼も疑問を返してしまう。
しかしそれは無用な問いかけだ。
「もちろんだよ! 水着を蓮くんにずっと見せてあげられないのは残念だけど…それでも水着を着て肌を出さない方法はちゃんと考えてあるから」
「…? …そうか。美穂がそれで納得してるなら、俺としても言う事は無いけどさ」
「えっへへ…そうと決まれば私もあと一個だけ買っておきたいものがあるから、蓮くんは少しだけお外で待っててもらってもいい? すぐに終わらせてくるので!」
「あ、あぁ」
やけに自信満々な様子で、水着を着ながら肌は出さないとまるで謎かけのような一文を発してきた彼女の言葉に疑問を覚えつつも、それ以上は追及することなく彼は言われた通り店の外で待機することに。
その後、無事に水着だと思われる購入品を入れた袋を片手に下げた美穂と合流して彼らの様々な想定外が入り混じった外出は幕を下ろしていった。
──さらに日は進み、時はいよいよ約束の日となる。




