第七二話 緩急は大事
どことなく居心地の悪さを覚えてしまう水着売り場、その更衣室前で待機させられていた蓮であったがしばしの時間も経った頃に仕切りとカーテンの向こう側から彼女の声が響く。
「──蓮くーん、着替え終わったけどまだそこにいるよね?」
「いるぞ。帰りたい気持ちは変わらずだが」
「駄目だって言ったでしょ? …じゃっ、早速お披露目しちゃおっか。はい、まずこれが最初の水着ね!」
「……!」
言葉を信じるなら試着を終えたとのことなので、いよいよ美穂の水着姿がお披露目されるようだ。
そしてそう伝えられると間髪入れずにカーテンが勢いよくシャッと開かれ、再び現れた彼女の姿を見て……蓮は、言葉を失った。
「どうどう、これ? 私的には結構いい感じかなーって思ってるんだけど!」
「………」
「…蓮くん? 流石に反応が無かったら私も悲しくなるよ?」
「…あっ、いや。何て言うか……うん。似合ってると思うよ」
「ほんと!? なら良かった! これも候補としてはアリな感じってことね…ちなみに、どこが似合ってるか聞いてもいい? …って、やっぱりここだよねぇ?」
一応は店内を付き添って眺めていたので蓮も彼女がどんな水着を手に取っていたのかはある程度把握していたが、それでもどれを最初に着てくるのかは未知数だった。
そんな不明瞭な状態で彼女が着こなしていたのは──何と、全体が水色で彩られたビキニである。
他の水着と比べても肌を大きく晒すタイプのこの水着を彼女が着ればそれはそれは破壊力も凄まじいもので……とはいっても胸元には可愛らしいフリルの装飾が施されたフレアビキニと呼ばれるものだろう。
そのおかげもあって何とか見ることも出来ているが…しかしながら。
それでも美穂のスタイルの良さはその程度で隠しきれるようなものではなく、深い谷間こそフリルで隠されているがその凶暴に過ぎる胸の威力は健在だ。
彼女自身もそれを面白がって両腕を寄せて強調したりもしているが、さらにはそれ以外の部分も魅惑的なポイントが多すぎる。
普段は衣服に覆われているので目にすることなど到底できやしない彼女の健康的な白い肌も、そして程よく引き締まったお腹も。
あるいはその更に下……これまた、これでもかと男子の夢でも詰め込むかのように実らせられた臀部も引けを取らぬ迫力で存在感を放っている。
…こんな刺激の強い光景を見せられてしまえば、蓮とて一瞬思考がフリーズしてしまうのは致し方がない。
ただ彼女から感想を求められてしまったので、その役割は全うせねばと意識を切り替えて素直なところを伝えようとする。
「と、そうだな……何て言うか、正直に白状すれば見惚れてた。いきなりそれを着てくるとは思ってなかったから意表を突かれたし…あと予想以上に似合ってたからさ」
「はへっ!? …れ、蓮くんいきなり何を!?」
「お前が感想求めてきたからそれを伝えただけだ。…どうした、そんな焦ったみたいなリアクションして」
「え、えっとだって…そ、そんなに真正面から蓮くんに水着を褒めてもらえるとか思ってなくて…な、なんか急に恥ずかしくなってきたんだけど!」
「逆ギレされても困るんだが…」
本当のところを明かせばこのようなところまで語るかどうか直前まで迷っていたものの、けれども美穂がここまで彼の前に肌を晒しているのだ。
表面上は平静を装っていようとも、内心では少なからず気恥ずかしく思うところもあるはずで…それを押し切ってまで水着姿を公にしているのだからこちらの余計なプライドなどに意識を取られている場合ではない。
女子が自分を着飾っているのなら、その点はいらぬ躊躇などせずに褒めるべきだという結論から蓮は己が美穂に目を奪われていたという事実を明らかにした。
……すると、それは何と効果覿面。
彼の言葉がまさかそのようなもので返ってくるとは夢にも思っていなかったという美穂は想定外の高評価に不意を突かれ、それまで前屈みになって強調していた胸元を隠すように腕で抱きしめていた。
「ま、まぁ? それなら蓮くんも目を釘付けにしてくれてたってことだから別に良いんだけど…うぅ…! や、やっぱり恥ずかしいのでこの水着はこれでおしまい! はい、次行くからね!」
「ちょっ!? …カーテン閉める時は前もって言ってくれよ」
自分が攻めの姿勢にある時は平然としているというのに、案外彼の方から詰め寄られてしまえば弱いという一面も持ち合わせていたりする美穂。
今回もそのケースに当てはまったようで、紅潮した頬を見せないようにと一気に引っ込んでしまった彼女の動きに翻弄されながらも蓮はまたもや退屈な待機時間の中を過ごす。
「さて、と…じゃじゃーん! 次はこんな水着にしてみました!」
「…お、おぉ。結構意外なもので来たな」
閉め切られてからもう一度カーテンが開かれるまで、さほど時間は掛けられず。
次第にこの状況にも慣れ始めてきた気がする彼の眼前に繰り出されてきたのは、先ほどのビキニとは異なり露出がかなり控えめなタイプの水着。
黒一色で覆われた彼女が着ていたのはいわゆるワンピースで、肩こそ大きく開いたオフショルダー型となっていたがそれ以外はほとんど隠されている。
無論、その程度で彼女の暴力的な武器が気配を断つことは無いがそれでもさっきのものと比較すると格段に落ち着いた印象を受ける。
蓮としては、美穂のことだから選ぶものはことごとく過激なものになるだろうと思っていただけに少し驚かされた。
「だけどそれも良いと思うよ。イメージが落ち着いたというか…よく似合ってると思う」
「…ふ、ふふっ。それならこっちも蓮くん的にはアリ、と……こういうワンピースも可愛いと思ったから試してみたかったんだよね。じゃあ次のも見てほしいから待ってて!」
思いの外清純なデザインをした水着をチョイスしてきた美穂に驚かされつつも、これくらいなら蓮もさほど照れくささを覚えずに感想を伝えられた。
向こうもその伝え方に一瞬口角を緩めそうにもなっていたが、それはどうにか堪えて言葉を返すことに成功していた。
ただ、それ以上会話を継続させると余計なことを口走ってしまいそうだとでも判断したのか早々に撤退の選択肢を選んでもいる。
そうして先ほどと同様、蓮が一人で待たされる時間が始まり──再び彼女がその姿を現した時。
一つ前のやり取りとの兼ね合いもあって思わず気を抜いてしまった彼は、心底驚愕させられることとなる。
「──…ふふふ、はい! 見てもいーよ!」
「ん、あぁ。今度はまた随分と早かったんだ………ぶっ!?」
「むふふ…どうしたのかな? そんな反応しちゃって、動揺してるの丸わかりだよ?」
「お前…何ていう恰好してるんだよ…!」
──数度繰り返されてきた美穂の水着ファッションショー。
一体次はどのようなスタイルで来るのかと楽観視が入り混じった姿勢で構えていた蓮の前に現れた彼女の姿は、これまた…趣向が変わりすぎていた。
というのも、特に目立っておかしなタイプなんてことではない。
大別すれば今度美穂が身に纏っていたのは紺と白のストライプが折り重なったビキニであり、ホルターネックとでも言うのかレースの紐が首の後ろでリボン状に結ばれている。
可愛らしいという表現がピタリと当てはまりそうな水着であるが……されど。
…問題があるとするとそれ以外の箇所であって、少し視線を下ろしてしまえば分かるが彼女の胸の谷間が大きく開かれたデザインとなっていたのだ。
当然、そのような形状となると美穂の胸の形も丸わかりであって目のやり場に困りすぎる。
そしてさらにさらに言うとそれだけには留まらず、胸元のみならず下の臀部さえもその布面積が極端に少ない。
日頃は見ないようにと心がけていた彼女の身体つきが否応にも主張されてしまっているこの水着は、明らかにこちらを誘惑しようとする意図が容易に察せてしまう。
「え~? でもこれって可愛いと思うけど、蓮くんにはちょっと刺激が強すぎたかな? まぁ、その反応見たら喜んでくれたのは間違いなさそうだけど!」
「……俺は何も言わないぞ。あと、早く着替えてきてくれ」
「まだ着替えないよ! この水着に対する感想言ってもらってないし…ほらほら! もっとよく見てどう思ったのか教えてよ~!」
「くっつくな! どうしてそんな水着持ってきたんだよ…!」
……油断などしていただけに、ここに来て露出の激しい水着を持ってこられてしまうと彼の動揺もその分強くなる。
しかしこの機を逃すまいとあえて自身の身体を揺らしていることがバレバレな美穂の悪戯めいた笑みが留まることはなく、むしろ見せつけるようにその肢体を強調していた。
調子に乗り始めてしまった彼女を止める手立ては彼の手に存在せず、今の美穂を直視などすればこちらの理性が削られかねないので打つ手すらない。
結局、彼女が満足するまでこの水着のお披露目は継続されることとなった。




