第六八話 あまり見たくない現実
──話は、ほんのちょっとだけ前に戻る。
(えへへ……もう少しで皆とプールかぁ…楽しみだね。どんな水着にしたら蓮くんが喜んでくれるかな?)
私はその時、いつものように愛しい相手である蓮くんの家で彼と横並びになる形で柔らかいソファに腰掛け、そして頭の中ではこれからの予定。
急に琴葉ちゃんから誘われた時にはビックリしちゃったけど、蓮くんと一緒に近くのプールへと遊びに行くという機会が巡ってきた事への嬉しさでいっぱいになっていた。
もちろんそれは好きな相手と、夏の代名詞と言っても差し支えない場所に出かけられることから生じた気持ち。
……ただ、単純にそれだけってわけでも無いけどね。
(それにしても──蓮くんも律儀だよねぇ。別に好きな水着くらい教えてくれても軽蔑なんてしないのに。むしろ喜んで着るよ、私は)
当たり前だけど蓮くんたちと一緒に遊びに行けることは嬉しい。その気持ちに間違いはない。
ただそれと同時に今回はチャンスでもあって。
というのもプールとなれば水着を着ることは確定だろうし、そうなれば…私のこの身体を存分に使ったアピールが出来るようになるということでもある!
他の男の子にはわざわざ見られたいなんて全く思えないけど、蓮くん相手なら別だ。
むしろ、普段は重くて少し動くのにも不便でしかなかったこの胸とお尻で彼の気を引けるのならガンガン主張していきたいと思えるほどなのだから。
ふふふ……蓮くんも日頃は隠してるみたいだけど、それでも視線が時々私の胸に向いてしまっているのはとっくに確認済みだ。
まぁそれを怒っているわけじゃないけどね?
そもそも私自身、周りと比べても自分の身体つきが少し過剰なくらい人目を惹き付けるものだなんてことはとっくの昔に理解している。
もちろんそれでも無遠慮に、粘ついた視線を隠そうともせずにジロジロとこっちの身体を見てくる人なんかは不快でしかないけど…蓮くんにはいくら見られても大歓迎とさえ思える。
この育ちに育ったおっぱいも、お肉を実らせすぎたお尻だってこの人になら正面からアピールしても恥ずかしくはない。
多分それだけ、私が蓮くんに惚れ込んでるって証拠なんだろう。
…改めてそう思うとちょっと恥ずかしくもなるけど、全部事実なんだから仕方がない。
ただ蓮くんの方は私のことをそういう目で見るのは失礼だと、今時珍しく紳士的な振る舞いを心がけてくれているので滅多に見てくれることも無いんだけどね。
うー……ん。だけどやっぱり…少しくらいは見ても気にしないのになぁ。
まぁその辺りは今度のプールで少しでも向こうの意識を変えられるように頑張るとしよう。
幸いにもプールなら肌を晒すことになるし、私のボディで蓮くんを誘惑してみるのも悪くはない…かも。
(そのためにも蓮くん好みの水着のタイプを聞いておきたいんだけど…教えてくれないんだもん! せっかく女の子が自分から着てくれるチャンスなんだよ? それでいいの?)
──ただ一つだけ、懸念点があるとするならそれは先ほどから蓮くんがどんな水着を着たら喜んでくれるのか分からないっていうこと。
さっきからそれとなく質問はしてるのに、一向に好みを教えてくれないのでどれを選んでいったら良いのかハッキリしないのだ。
…こんな所まで私に気を遣わなくてもいいのに。馬鹿!
少しくらい教えてくれてもいいじゃん!
…とまぁ、そんなことを考えながらどうにかして蓮くんから胸の内に秘められた好みを聞き出せないかと四苦八苦していたわけだけど──そこでふと、私の頭をよぎったことがあった。
(…あれ? そういえば考えてなかったけど、プールで水着になるっていうことは当たり前だけど肌も晒すよね。…そういえば、ここ最近は体重とか気にせずにいたけど……だ、大丈夫…だよね?)
それまでの私は遊びに行くという事実に浮かれていたので思い至らずにいたけど、よくよく考えてみればプールに赴くとイコールで普段より肌を晒す機会も増える。
最初はそれなら蓮くんの目を釘付けに出来る!なんて考えていたものの…それは同時に他の場所も見られることと同義なわけで。
……あまり考えたくも無かったけど近頃計測することもめっきりなくなっていた体重は大丈夫だろうかと、唐突に不安になってきた。
正直、私の体重はもう昔からほとんど変わっていないと言ってもいい。
こんなおっぱいにもお尻にも立派な肉を実らせておいて何だが、そこに反比例するように身長は中学に上がる頃には成長が止まってしまったのでその分軽めだった。
…もう少し背は伸びてくれても良かったのに、こればっかりは努力してもどうにもならなかったので一旦置いておこう。
多分私の成長期はこの身体つきに全部栄養を持っていかれたんだろう。
その分蓮くんに積極的にアピールが出来ているわけだし、今となっては文句ばかりでも無いしね。
とにかくそんな事情もあって、私はかなり昔の段階から身長にも体重にもほとんど変化の無い生活を送ってきた。
なのでいちいち計測しても変わらない数値が出てくるだけだと思い、興味も示してこなかったんだけど…今は少し事情が変わってる。
何せ、プールに行くとなると普段見られない様な箇所まで外に晒される。
となれば当然、胸やお尻だけじゃなくて…他の部位。お腹や脚といった、贅肉のつきやすい所にまで目は行くというわけであり…よもやすれば蓮くんにもそれを見られてしまう可能性があるということだ。
…ま、まぁ? まだ私が太ったとは断言できないし大丈夫だとは思うけど?
それでも万が一……億が一の可能性くらいは残っているので念のために確認し直しておこうかと思っただけだけだ。
うん、きっと大丈夫。絶対に問題なんてない。
ただ、蓮くんには…彼に限って無いとは思うけど、計測してるところを目撃されたら恥ずかしいなんてレベルじゃないし私が戻ってくるまでこっちに来ないでと念押しをして体重計のある洗面所まで向かわせてもらった。
そして、そこで示された現実は───…。
「──…え。……ふ、増えてる?」
まさに恐る恐るといった面持ちで体重計に足を乗せた美穂。
すると、そこで示された数値は……確かに以前計測した時よりも増えたものとなっていた。
頭の中では大丈夫だと、自分に言い聞かせるように問題なんて無いと自己暗示するようにしていたけど…こうも現実を目の当たりにされてしまえばもう逃げも誤魔化しも通用しない。
眼前に突きつけられた現実は何よりも如実に──私が太ったという事実をこれでもかと冷たく明示してきていた。
「え、え……う、嘘だよね? だって体型なんて全く変わってないのに…増えてるの?」
本音を言えば認めたくない。直視したくもない。
そんな動揺が表に出てしまったからか、つい口からは願望を滲ませた言葉が出てきてしまったけど…これは由々しき事態だ。
だって、今はまだ見た目にもほとんど変化は無いけどこれが仮に事実だとしたら、その内私のお腹や顔にもブクブクとお肉がついてしまう可能性は大いにある。
…ううん、そうなる確率の方が絶対に高い。
そしてそうなってしまえば…今度のプールなんてどうなると思う?
せっかくの楽しい日。蓮くんともいっぱい思い出を作れるだろう時に、だらしない身体を水着越しに蓮くんに見せれると……?
「……絶対嫌だ!? そんなの幻滅されて終わりだよ!?」
その可能性が脳裏をよぎった瞬間、私の胸の内に溢れたのは多大な焦燥感。
今はまだ見た目にも大きな変化はなくとも、このまま何も対策をせずに過ごしてしまえば待っているのは好きな人に幻滅されるかもしれない未来である。
…そのようなことを認めるわけにはいかない! というか乙女の尊厳的にも許してはならない!
となると…私が取るべき手は一つ。
「──痩せよう。遊びに行く日まで余裕はあるから…その間に何としてでも最低限元の体重まで戻してみせる! …うぅ、何でよりにもよってこんな時に重くなるんだろう…」
一瞬の葛藤さえなく下した決断はこの僅かな期間で実践できるだけのダイエット。
多少の無茶を押し通してでもやり遂げなければ、蓮くんに自分のみっともない姿を晒すことになってしまう。
そう考えるだけで心の奥底から無限に活力が溢れ出してくるので、何としてでも成功させなければ!
「………はぁ~…最近はおっぱいもお尻もおっきくなってたからそれだけで十分なのに、そっちまで大きくなる必要は無いよ…」
…見たくない現実を見たことでテンションは急降下してしまったし、この頃またもや大きくなるばかりだった胸やお尻を揉んでいても気分は全く回復しない。
むしろ私の意気消沈した雰囲気を増長させるだけだったけど……何はともあれ。
こうして秘密裏に決定したダイエット生活は開始されたのである。




