第六四話 先にある参加表明
結局、あれから京介とは他愛もない雑談を繰り広げた後で気が付けば眠りに入ってしまっていた。
最後の最後まで場の空気を掻き乱すだけ掻き乱していき、その収拾も収めない内に時間が過ぎていくのはいかにも京介といった感じだ。
…まぁそんなこんなもありつつ、結果から言えば次の日になればあちらも事情は理解していたようで大人しく自分の家に帰っていった。
途端に最高潮まで騒がしさを引き立たせていた空間も静けさを取り戻し、ようやく束の間の休息が取れると蓮もまさにせいせいしたといった内心で一人となった部屋の中で適当な時間を過ごしていた。
が、そんな時間も長くは続かない。
こうもタイミングが連続するとまるで入れ違いのようにも感じられてくるが、京介が去った後。
数時間ほどが経過すれば懐かしさも感じない間に彼女がやってくるからだ。
「──来たな。また早いことで…」
椅子に腰を落ち着けさせながら自分の時間を満喫していた蓮の耳元に家の鍵を開ける音が響き渡り、それを確認すると廊下から伝わってくる足音も認識する。
もちろんこの家でそんなことをしてくるのは彼を除いて他にはほぼいない。
「やっほー、蓮くん! 今日も暑いねぇ…ここに来るまでにすっかり汗かいちゃったよ」
「よう、美穂。昨日の泊まりは楽しめたか」
「もちろん! そのこともたくさん話したいんだけど…ちょっと待っててね? 途中でお買い物してきたからそれだけ冷蔵庫にしまっちゃうから」
リビングの扉を勢いよく開け放って姿を現したのは当然、昨日も夜遅くまでここに居た美穂である。
彼女はその片手に膨らんだ袋を持ちながら、外の暑さに文句を言うように…そしてそれによって流した汗を払うようにパタパタとシャツの胸元を仰いでいた。
…その際に自然と彼女の胸に誘導されかけた視線は理性でグッと堪えつつ、そんなことよりも今はこの暑さの中で今日の分の食材を買ってきてくれた彼女のサポートに徹する方が先決だ。
「そのくらいなら俺がやっておくよ。美穂も暑いだろうし、ちょうどエアコンも動かしてあるからゆっくり飲み物でも飲んでゆっくり休んでてくれ」
「えっ、で、でもこれくらいなら私は平気だから…」
「いいんだよ。それで美穂に倒れられたらそっちの方が困る。それに…こんくらいは俺にも活躍させてくれ。しょうもない見栄みたいなものだ」
「……うん、分かった。ならここは蓮くんの優しさに甘えさせてもらうよ……ふふっ、ありがと!」
その姿を見てしまえば一目で分かるが、今の彼女は買い出しによって蓄積した疲労と外の気温の高さが相まってまだ来たばかりだというのに呼吸も乱れている始末だ。
いくら何でもそんな状態の彼女を更に働かせるのは見過ごせない。
ここは少し強引にでもそこから先の作業は蓮が担当することとし、その間彼女にはのんびりと休む時間を享受してもらう。
昨日は琴葉とのお泊まり会もあったので話したいことも溜まっていることだろうし、それに…蓮の方も聞いておきたいことはあるのでその辺りも含めて一度クールダウンしてもらった方が都合はいい。
なのでお互いにここは適材適所。役割分担だ。
彼の行動の意図を察したのかそれとも直感で理解したのか。
朗らかにはにかむ様な笑みとなって感謝を伝えてくる美穂に身振りで返答しつつ、彼も自分のやるべきことを片付けるために動き始めた。
「──…それでね? 琴葉ちゃんったら早く寝ちゃうのはもったいないなんて言ってたのに真っ先に寝ちゃったんだよ! 可愛かったけど…あれはちょっと笑っちゃったね」
「そういうのは夜更かし宣言してる奴ほど先に寝る宿命だからな。テンプレ通りというか何というか」
「まぁ私も琴葉ちゃんの寝顔を見られたから良かったけど…そうそう! それでその時にこっそり寝てる時の顔も写真に撮っておいたんだ~! …蓮くんも見たい?」
「……やめておく。後から天宮にバレたら締められるどころじゃ済まなそうだ」
ある程度美穂が持ち込んできた食材の整理も済んでいき、当初は猛暑の中を歩いてきたことで疲弊していた彼女も少し休めば体力は戻ってきたようだ。
人が快適に過ごすために調整された部屋にて水分補給もしてしまえば乱れていた呼吸も整い、今では蓮との話に花を咲かせている。
そんな彼女から蓮が聞かされているのはある意味でホットなテーマでもある昨晩のお泊まり会についての事。
急遽定まった予定ではあったが話に耳を傾ける限りだと、蓮と京介に負けず劣らず楽しんできたらしい琴葉との一夜に関して満面の笑みで語りつくしていた。
「──とまぁ、私の方はそんな感じだったかな? 蓮くんも昨日は橋本君と一緒だったけど楽しめた?」
「こっちはぼちぼちだ。楽しみというより京介のやつが騒がしすぎて付き合わされたって表現の方が正しいな…」
「ふふっ、何だかその光景も想像できるかも…っと、そうだ! これも一つ蓮くんに確認しておきたかったんだった!」
「…確認?」
聞いていただけでも美穂が昨夜を満喫したことは手に取るように伝わってくる。
会話の流れで蓮たちのことも多少触れられたがそちらは語るほどの内容も皆無なので軽く濁して終わらせ、話題が一区切りを迎えると…ふと彼女が両手を合わせて別の話題を示してきた。
そしてその内容というのも、タイミングの良いことに蓮もまた美穂に尋ねようと考えていたことである。
「私も昨日聞いたばっかりだから驚いたんだけどね。蓮くんも聞いてるかもしれないけど、橋本君からプールに遊びに行こうって誘われなかった?」
「…っ、あ、あぁ…その話か」
「その様子だと聞いてた感じかな? 昨日琴葉ちゃんからいきなり言われたからびっくりしたよ…」
「……お前も事前に聞かされてはいなかったんだな」
「そうだよ! …まぁ、皆で遊びに行けるのは嬉しいから良しとしたけども」
美穂が言及してきたのは昨晩に蓮も京介から聞かされていたこと。
誘いが突然すぎたために正式は返事はまだ保留という形にしているが、どうやら彼から仄めかされていた通り彼女も琴葉から似たような誘いを受けていたらしい。
…そして蓮と同様に、美穂もプールに遊びに行くなどという旨の予定を捻じ込まれるとは夢にも思っていなかったようで大層驚かされたそうな。
「話は分かった。俺も同じことは京介から言われてたし。美穂はどうするつもりだ?」
「ん~……それがまだちょっと悩んでる最中ってところなんだよ」
「…そうなのか? てっきり美穂はもう行くって決めてるものだとばかり思ってたが」
「もちろん最終的には行こうと思ってるけどね。ただ…その前に蓮くんの意見を聞いておきたいなって」
「俺の?」
しかしそれなら彼女の言いたいことは理解した。
ちょうど蓮もそのことについて聞いておきたいと考えていたのでこの際にまとめて片付けてしまおうとしたところで…そうするよりも前に、そもそも美穂が参加するのか否かを迷っているということを伝えられて思わず聞き返してしまった。
蓮の予想としてはすっかり彼女は誘いを受けるつもり満々であって、何か細かい事項でも質問するために話題を振ってきたのだろうと思っていた。
ただ現実はそうではなく、現時点でも参加自体はしようという方向性で意見も固めているものの…彼に問いたいことがあったと美穂は言う。
「うん。分かりやすく言うと蓮くんがこのお誘いを受けるのかな~…ってところを確認しておきたかったの! その辺りはどう?」
「ふむ…まぁ俺も行こうとは思ってるよ。こんな時でも無いとプールなんて行くチャンスすら無いし」
「ほんと!? なら私も後で琴葉ちゃんに行くって返事しておこっと!」
「こんなことで良かったのか? 俺の参加意思なんて重要でも無いだろうに──」
「それは違うよ! 蓮くん!」
「ぬおっ!?」
すると美穂から質問されたのは蓮の方がこの外出に参加する意思を持っているのかということ。
ただそれも現段階での話にはなるが、特別隠すようなことでもなく参加自体はしようと思っているのでそれを明らかにすれば…向こうの態度は一変。
まさしく自分の中で最上の結果が返ってきたと言わんばかりの反応を示した美穂の勢いに蓮も圧されかけた。
けれど、彼女もまた彼が何気なく放った言葉を否定するように全力で自分の意思を表明してくる。
「こういう時、私にとっては蓮くんがいるかいないかで気合いの入り方も全然変わってくるの。それに今回向かうのはプール──アピールのためにはうってつけの場所なんだからこの機会を逃す手は無いよ!」
「アピールって…そんな要素あるものかね」
「あるに決まってるじゃん! 例えばそれこそ…プールなら水着に着替えなくちゃいけないし、そんな時こそ私のこの胸とかお尻を使っていかないと!」
「…げっふ!? ごほっ!?」
…だがそれも聞いていけば、美穂が力強く語ってくる持論に蓮は咳込んでしまう。
半ば予想できた結論ではあるがこの外出さえも蓮に対する攻めの姿勢を崩すつもりがない美穂としては、捉えようによっては絶好の機会であるらしい。
「むふふ……覚悟しててよ、蓮くん? …それとこれも聞きたかったんだけど、蓮くんってどんなタイプの水着が好きかな? シンプルなビキニもいいけどワンピースタイプも可愛いし……どれが良いとか要望があれば教えて!」
「……言うか、そんなこと!!」
「えっ、駄目だよ! これは何としてでも確認しておかないといけない大切なことなんだから!」
「自分の好みの水着を女子に要求するとか、変態的なことを俺にさせるつもりなのか。お前は…」
相変わらず彼女の攻勢に振り切ったストロングスタイルは健在のご様子。
普通なら好みの水着の話題など男子に対して振るテーマでも無いだろうに、むしろ彼女は嬉々として蓮の好みを把握してこようとする。
当然ながらそんな羞恥心を刺激されてやまない行為を彼は望んでいないので丁重にお断りしようとするも、彼女は容易く逃がしてくれず…どうにか聞き出そうとする美穂と拒み続ける蓮とで小さな争いが勃発した。
なお、その後の顛末については蓮の意地で逃げ切ることに成功した。




