第六一話 二人一組の世界
突然やってきた京介に美穂との仲を弄られ、時にはそれ以外にもっと良いネタは無いのかと探られながらも…そうこうしている間に女性陣の作業も佳境に入ったようだ。
気が付いた時にはキッチンの方から意識を引っ張られてしまいそうな香りが漂い始め、リビング全体に広がっていた。
「…ふぅ、これで完成だね! 琴葉ちゃんも手伝ってくれて助かっちゃったよ。ありがとう!」
「……これくらい、お礼を言われることでもない。私がやりたかったからやっただけ」
「うふふ、そうだとしても私一人でやるより早く終わったのは琴葉ちゃんの助けがあったからだもん。だからそこはしっかりお礼を言わせてほしいな」
「………美穂ったら、可愛いことを言ってくれる」
それと同時にあちら側では今まで調理作業に徹していた美穂と琴葉の発言から、どうやら料理が完成したらしいことが察せられた。
あの場では親しい女子二人による、何とも静かに見守っていたくなるような会話が展開もされていたものの…それを見れば大きな失敗もトラブルも無かったことは窺える。
元々料理の腕が抜群に優れている美穂が手掛けているのでさほど心配もしていなかったが、だとしても実際にクオリティの度合いを反応から探れれば安心感はまた変わってくる。
なのでこの声から伝わってくる喜色から考えるに、この長くも思えた待ち時間もようやく終わりを迎えたということだ。
「二人ともー! ご飯は出来たけど…どうする? もう食べちゃうならすぐに準備できちゃうよ?」
「俺は今すぐでも後でもいいけど。京介はどうだ? そっちの都合に任せる」
「そうだなぁ…ならここは冷めないうちに食べたいところでもある! あと単純に、蓮があそこまで絶賛する鐘月さんの料理が気になるし愛する琴葉の手料理をこれ以上待ち続けるなんて俺が耐えられん!」
「…も、もう。京介ったら言い過ぎ」
「いきなり惚気るのやめてもらっていいか?」
そうなれば次に彼女から問われることも想定の範囲内ではある。
料理が完成したとなるとこの後に取るべき行動はそれを食べるかどうかであって、時間を見ても彼女らが諸々の作業を進めている間にそれなりの時が経過していた。
本格的な夕飯とするには少し早いが、食べるのにも問題があるわけではない。
ゆえに蓮もその判断は友に任せようとして…何だかどさくさに紛れて要らぬ惚気を受けてしまったような気がしないでもないが結論はすぐに食べるべきというところに着地したようだ。
「へぇ…? 蓮くん、私の料理をそんなに絶賛してくれてたなんて初耳だよ?」
「…こいつが勝手に言ってるだけだから気にすんな。それより早いところ準備を──…」
「おいおい蓮、照れるなよ! さっきもあんなに鐘月さんの料理が楽しみだって呟いてたくせに……いたっ!?」
「適当抜かすな。んなこと言ってないだろうが…美穂も今京介が言った事は忘れてくれていい……って」
「へ、えへへぇ…! 蓮くんにそこまで楽しみにされてたなんて…嬉しすぎて頬の緩みが戻らなくなっちゃうよ……これはその期待に応えられるようにこれからも頑張らないと!」
「……聞いてないし」
「待っててね蓮くん! 今すぐ用意しちゃうから席に座ってて!」
──と、その最中。
京介の発言の一部を抜粋した…というより余計な箇所を抜き出してきた美穂が不穏な気配を感じさせる笑顔になりながら追及してきたが、それの弁明をしようとしたところでまたもや京介が不要な口を挟んでくる。
…確かに美穂の手料理が日々の楽しみの一つであることは疑いようもないし誤魔化すつもりもないものの、こうして正面からそれを明らかにされると色々気まずいものがある。
なので無駄な補足を付け加えてきた京介がこれ以上余計なことを言わぬようにと速攻で頭をはたいておき、何とか食い止めることには成功した……と思いきや。
そんな甘すぎる予想に反して今聞いただけの断片的な情報のみですっかり蕩けた笑みに変化してしまった美穂の表情はどこからどう見ても歓喜で溢れ切っており、隠し切れない彼への愛情が振り撒かれている。
その後、再び心のやる気に火が点いたらしい美穂は張り切った様子でキッチンに勇み足で進んでいったが…多少の誤解はそのままになってしまったので蓮も人知れず溜め息を吐くのであった。
◆
「──おぉ、美味い。前から蓮に話だけは聞いてたが…ここまでだったとはな。鐘月さんって家事まで完璧だったのか…今更だけど蓮の境遇が恵まれ過ぎだってことを思い知らされるぞ」
「それは俺も自覚してる。こんなものを毎日のように食べられてるのは全部美穂のおかげだ。ありがとな」
「そう言ってもらえると嬉しいね。あっ、それと橋本君。こっちの方が琴葉ちゃんが作ったものだからよかったら食べてみて?」
「何だと!? ……う、美味っ!! 冗談抜きに今まで食べてきたものの中で最高の味わいだ…!」
「……そ、それは言い過ぎ」
「言い過ぎなわけないだろ! 愛する彼女の作った料理なんてどんな千金よりも価値があるものに決まってる!」
「……京介」
美穂たちの手で作られていた料理も完成し、時間も時間なのでそのまま夕食にしてしまおうということで準備も進められた。
結果、現在の四人はテーブルの上にこれでもかと並べられた見た目からして完璧なクオリティを誇る夕食の数々。
メインとしてのインパクトをこれでもかと主張している、美穂が作ったらしいデミグラスハンバーグと野菜の付け合わせ。
そしてもう一方で、主菜のハンバーグに添えるようにして並べられた幾つかのメニュー。
こちらは美穂ではなく琴葉お手製の品ということだが、副菜や汁物として出されたコーンポタージュやポテトサラダもまた美味であることを直感させる様相を呈している。
実際に味わった京介なんかは迷う暇もなく絶賛していたので完成度も確かなのだろう。
…まぁあちらに関しては恋人の手料理という付加価値も加味されているので、その点も大幅に関係してきているのだろうがそこはいい。
京介からお世辞も抜きに美味いと感想を貰えたことで琴葉も冷静さを装いつつも頬を微かに赤くしていたが…仲が良さそうで何よりである。
若干今の褒め言葉で琴葉と京介の間に桃色の甘い空間が形成されているような気がしないでもないが、これくらいなら許容範囲内と思い込むしかない。
でないと未だに熱が冷めやらない恋人のやり取りを延々と見せつけられる結果になる。
「あっちは二人の世界に夢中…って感じだね。見てるこっちが恥ずかしくなってきちゃいそうなくらい?」
「もう京介の方は何を言っても無駄だ。茶々入れたところで強烈なカウンターが返ってくるだけだぞ」
「あはは……だけどあそこまでお互いに想い合えるのは良いことだと思うよ」
「ま、それは確かにな」
そして四人で食事を満喫しているはずなのに、いつの間にか二人だけの世界観を構築してしまった京介と琴葉を横目にしていると意図していなかった方向からこの場にいたもう一人の少女である美穂から話しかけられる。
彼女も彼女であの二人には思うところがあるらしく、微笑ましい光景だと頭では理解していても実際に目の当たりにすると複雑な感情が出てくるのだろう。
蓮もまた似たような感想を抱いているので理解はできる。
「それはそうと……今日のご飯はどうだったかな? 蓮くんも美味しいって思ってくれてる?」
「そりゃもちろん。これだけ美味いものを前にすれば夢中になって食べられると思えるくらいには最高の味だぞ」
「ふふふ、なら良かった!」
と、そこで美穂と他愛もない雑談を交わしていると今晩の献立への感想を求められたので素直に応じる。
当然だがいつものことながら美穂の手掛けた料理は全て最高と言う他ない完成度なので普段と大差ないリアクションにはなるも…彼女にはそれだけで満足だったようだ。
彼の言葉を受けてにこやかに口角を上げる姿からは満たされた感情が垣間見えるため、機嫌を損ねる事態にはならなかったようで蓮としても一安心である。
「……にしてもやっぱり、琴葉ちゃんたちは熱々だよねぇ…確かにこんなのを見せられたら学校でも噂になるのは分かる気がするかも」
「他の連中にとってはもっと節度を弁えろって言いたいんだろうけどな。というか実際に何度も注意はしてるんだが、効果が無いから諦めてるのが現状なんだよ」
「あ、そうなんだね。…でも恋人、かぁ」
「…どうした? そんな複雑な顔して」
──ただ、そんな折。
相変わらず眼前で熱が冷めるどころかさらに盛り上がってすらいそうなほどに勢いを高めている京介らをその目で見ていた美穂は、不意に羨望に近い感情を宿した視線を彼らに送っていた。
ほんの数秒程度の変化であったため見落としそうにもなったが…美穂と向き合っていた蓮はその些細な違いを見落とすことなく言及する。
……が、そこで語られた真意は彼をもってしても。
否、蓮だからこそ揺らがされるものでもあった。
「え? あぁえっとその…そんな深いことでも無いんだけどね? ただ…ああやって傍で好きな人と居られるのを見てるといいなぁって思えてくるというか…私もいつかは、蓮くんとそんな風になれるのかなぁって考えてただけで…」
「ぶふ…っ!!」
「ふ~む…まぁこればっかりは焦っても仕方ないからね。私は私のやり方でこれからも蓮くんに好きになってもらえるように努力するよ!」
「……そういうことは、軽々しく言わないでくれ。心臓に悪い…」
彼らのやり取りをジッと見つめていた美穂の思考。
何か引っかかる点でもあったのかと少し心配もしていたのだが…詳しいことを聞いてみればそんな気遣いは一切無用。
ただ単純に、最も身近なカップルのコミュニケーションを眺めていて…美穂自身の羨望が刺激されただけだったようだ。
つまるところ、自分と蓮の関係が縮まった時にはあのような距離感になるのかどうかを考えていたらしい。
…聞かされる側としてはどう返答してよいものか困らされるもので、どう返しても羞恥心にダメージを負う予感しかしなかったので曖昧に濁しておいたが彼女がそれを気にした様子はない。
むしろここで具体的な実例を見られたからこそ、己のやる気が点火したのか力強く宣言する様を見て……蓮は複雑な心境にならざるを得なかった。




