第六話 友人との繋がり
「ふわぁ……眠い。完全に寝不足だ…」
前日の怒涛の展開に塗れた一夜から何とか解放され、ようやく落ち着いた時間を取り戻すことが出来たと安堵した蓮。
しかしそんな彼も現在、一晩を明かしていつもと同じようにして学校まで登校してきたわけだが…ホームルームが始まる前から大きな欠伸をする始末。
傍から見ても寝不足気味としか思えない有様であるが、その推測は全て正しい。
事実として蓮は睡眠時間がまるで足りておらず、その原因については今更語るまでも無いだろう。
明らかに彼がこうなった要因は昨夜のことに起因していて、クラスメイトである美穂の事情に最終的には巻き込まれる形で話を聞くこととなった。
ひとまずは彼のアドバイスによって思考も晴れたらしい彼女の後ろ姿を最後に見たことで事なきを得たわけだが…それでも弊害が皆無だったわけではない。
彼女の事情に付き合ったことであともう少しは余裕をもって確保できるはずだった睡眠時間が削られてしまい、今も尚こうして頭に残っている眠気に必死で抗っている真っ最中であった。
(そういえば…鐘月はあの後、無事に家族と和解できたのか? 俺が気にすることでも無いだろうけどさ)
が、そんな移ろいかけている思考の最中でふと浮かび上がってきた疑問は昨日初めて関わりを持った少女のこと。
美穂が家を去っていった後、もちろん蓮はその後のことについては何一つとして情報を得ていないので丸く収まったのか状況が悪化したのかは完全に不明だ。
けれどもそこに関して美穂本人に尋ねるというのは既に縁が切れてしまった現在では確認をすることも不可能で、これからも接点を持つことなどあり得ないので永劫分からないままだろう。
…それを残念とは思わないし、惜しいとも考えない。
あの夜のことはただ偶然の出来事が重なり合ったからこそ発生しただけのもので、向こうだって蓮のような相手から一つ関わりが生まれただけで馴れ馴れしく近寄られたら不快に思うだけだ。
それに前提として、蓮は積極的に女子と縁を作ろうなんて勇ましい考えは持ち合わせていないのでどちらにしても二人が再び言葉を交わす機会は生まれない。
なので多少気になりこそすれど、わざわざ確認をするほどのことでもないので結論としては我関せずの姿勢を崩さないこととした。
一度結論付けてしまえば気に掛ける理由も消滅する。
ゆえに未だ残り続けている眠気に意識を抗わせつつも、ホームルームが始まるまでの時間を潰そうとして……突如として響き渡ってきた快活な声に呼び覚まされた。
「──おいーっす! お? どうした蓮、今日は一段と元気無さそうにしてんな!」
「……京介。お前が元気なのはよく伝わってきたから朝一番から大声を出してくるのはやめろ。頭に響くんだよ」
「ふっ、それは無理な相談だな。こういう溢れた気合いが俺の良さだ!」
朝から聞くにはボリュームが大きすぎる挨拶を一身に与えられた蓮。
もはやこの段階で誰がやってきたのかなど容易に想像が付くが、一応確認をしようと声の方向に首を向ければ…そこには数少ない友人の姿がある。
短く切り揃えられた髪型は見る者にサッパリとした印象を与えつつ、身長もそれなりの高さを持つ男子。
しかし高圧的に見えるかと聞かれれば決してそんなことはなく、それどころかはっきりとした目鼻と全身から醸し出される雰囲気のおかげで爽やかなイケメンと呼ばれること間違いなしな彼の名は、橋本京介。
蓮とはまるで異なってクラス内でもそれなりに注目されることが多い男子筆頭人物だが、どういうわけか普段はこちらに構ってくることが多い唯一の友人だ。
だが京介にも直接伝えた通り、こいつはその身に抱えた有り余る体力と調子のよい性格が前面に出過ぎているためそのせいで被害を被ることも多い。
基本的に楽観的な考えで突き進んでいくことが多いので、客観的に見れば馬鹿だとしか思えない言動を繰り返すこともある。
蓮としても何度注意したか分からないが…その忠告が効果を発揮したことは片手の指の数にも満たない。
「まっ、今日は天気もいいから相応に気分も盛り上がるのさ。にしてもお前の方はまた随分と眠そうじゃねぇか。何かあったのか?」
「何でもない。…ただ、昨日は何でか眠れなかったから睡眠時間が足りてないだけだ」
「ほうほう…? …はっ! もしやお前、ついに彼女でも出来たか!」
「………どうしてそうなる」
他愛もなく、中身もさほどない雑談を繰り広げながら近くの席に座ってきた京介の言葉に深く考えず返答していく蓮。
しかしながら、向こうの問いかけがやたらと眠そうにしている件についての理由に触れた時…訳が分からない言葉が飛んできて思わず素の声色で頭には疑問符を浮かべてしまいそうになる。
「だってそうだろ! いつもならここまで眠そうにすることも無い蓮が夜更かしなんて…これはもう誰か女子と熱く話を盛り上げていたに違いない!」
「残念ながらその予想は丸っきり外れだ。というか京介お前…まだその話引っ張ってるのかよ」
「当たり前だ! 俺は蓮に彼女が出来る瞬間を今か今かと待ち続けてるんだからな!」
「いい加減諦めろよ…俺に彼女とか、まだ億万長者の夢を語った方が現実味があるぞ」
この話題に差し掛かった瞬間、これまでの流れの中でも最高潮の熱量を発するかのように勢いを凄まじくして語りつくしてくる京介。
そう、明かしてしまえばこんな内容に似たことを触れられたことは今回が初めてというわけではなく、今までにも何度となく彼の方から好みに合いそうな女子はいないのかと探りを入れられるのだ。
何故そんなことをわざわざ蓮に尋ねてくるのか。
というのも京介曰く、彼自身が愛すべき恋人がいる身でもあるのでいつか友人たる蓮とダブルデートを実現させるのが夢なのだとか。
こちらからすればそのような夢は焼却炉にでも投げ捨てろと叫びたいところなのだが、これまた面倒なことに向こうは一切諦める様子が無い。
頃合いを見計らっては彼女が出来たかと質問されているわけがないと返すのがもはや定番の流れであって、もうそろそろ蓮に彼女など出来るわけがないという現実を冷静に見据えてほしいところだ。
「えー…いいじゃんかよ。お前にも少しくらいいるだろ? こう、良いなって思えるような相手がさぁ…」
「いないから毎度毎度否定してるんだよ。そろそろその質問も無意味だってことに気が付け」
「だったら相性のいい女子と少しくらいお試しでいいから付き合ってみろよ! 彼女ってのは良いものだぞ? 世界が輝いて見えるようになるからな!」
「馬鹿か。お試しなんて付き合う相手にも誠意の欠片もないこと出来るわけないだろ。そういうのは好かないんだよ」
「……ほんと、そういうところ蓮は紳士的だよな。分かってたけどよ」
「人として当たり前のことを言ってるだけだ。…全く」
もちろん向こうは諦める気などゼロなので引き続き交渉は継続されるのだが、その過程で提案されてきたお試しで誰かと交際するというのは蓮にとってまずありえない選択肢である。
そもそも特定の相手と交際をするのなら気軽な気分でするようなものではなく、もっと真剣に相手と向き合うべきだ。
それをパートナーが欲しいから誰でもいいなんて思考で選ぶのは向こうにも失礼極まりない行為で、人として褒められたことではない。
…ただ、こんな考えをするのは蓮が古い価値観を持っているからなのだろう。
今時の高校生ともなれば京介の言う通り、お試しで付き合うというのは大して珍しいことでもない。
むしろそうして交際を経験したからこそパートナーとの相性が良かったと確認出来ることもあるだろうし、波長が合わなかったのなら次の出会いを探せばよい。
……しかし、どうも蓮はその考えが受け入れがたいと思っていた。
周りから古臭い意識だと言われようとも、仮に交際をするのならしっかり好き合った相手とするべきだと考えているし昔からそのように考えて生活をしてきた。
まぁ…目下の問題としてはそう思えるような相手に出会ったことがない上、そもそも女子に大して興味も示さない性格に育ってしまったので出会いも何もあったものではないのだが。
「でも良いと思った相手がいたらしっかり報告しろよ? 蓮はそういうところ意外と無意識だったりするからな」
「お前が俺の何を知ってるって言うんだよ」
「知ってるに決まってるだろ! こういう時の蓮は…そうだな。意外とそんな相手が出来たらめちゃくちゃ甘やかしに行くと予想している!」
「…馬鹿なこと言ってないで、さっさと荷物片づけてこい。あとその未来予想図が実現することはないから安心しろ」
京介一人がやってきただけで異様なまでに賑やかさを増大させていった教室の一角。
毎度の如く付き合わされているのでもう慣れたかとも思って来たが…この勢いには一生慣れることは無いのだろうと、蓮は頭の片隅で呆れながらも考えているのであった。




