第五九話 いつもとは違う景色
突発的にねじ込まれた形ではあっても定まった以上は何もしないわけにもいかない。
そう思い友人たちを出迎えるために最低限の用意を整え、しばしの時間が経つと…いよいよその時も訪れるというもので。
「いよっす! こうして来るのも会うのも何だか久しぶりな気がするな!」
「まだ夏休みも半分も過ぎてないんだが…まぁとりあえず上がれよ。玄関先で話すのも何だろ」
「だな。そうさせてもらうわ」
家のインターホンが鳴り響いたのを合図に玄関の扉を開いた蓮の目の前に立っていたのは、片手にそこそこの大きさの鞄を持った京介である。
数十分前に電話をしていたのでそれほど懐かしさも久しぶりだという実感も湧かないものだが、向こうはそうでもないようで朗らかに話しかけながら会話を交わしていた。
ただいつまでもこうしているのは若干時間の無駄でもあるので、ひとまずリビングに誘導することにして家に上がらせた。
そしてそのタイミングで…京介がまだ知らないだろう事実も先んじて報告しておく。
「あぁそれとな。お前にはまだ言ってなかったけど天宮も今ここに来てるから」
「…は!? 琴葉もいるのか!? どうして!?」
「どうしてと言われても…美穂がそうしたいって言ったんだよ。お前も来るのにあいつだけ除け者にしたら可哀そうだ、ってさ。それで誘ってみたら快諾されたんだ」
廊下を進みながら蓮が語った事情は先ほど彼らの間で交わされていたやり取りの一部。
タイミングの問題もあってここまで報告が出来ていなかったが、京介にとっても無関係ではないので彼女の恋人である琴葉が来るということを伝えておいた。
というより、既に到着しているのだが。
あの後、美穂が琴葉に送ったメッセージは比較的すぐに返信が届けられ、その内容も特に予定はないのでお邪魔させてもらうというものであった。
何より京介が我が家にやってくるという事実が大きかったらしく、『…何があっても行く』という静かながら確かな覚悟を感じさせる文言の通り即座に訪問してきたのだ。
それこそ京介が到着するよりも少し早く。
「はぁー…なるほどな。まぁ考えてみたら琴葉との時間を満喫できるってことだし、悪くないか!」
「……頼むから家で過剰にくっついたりするなよ? 自分の家でお前らのいちゃつきを見せつけられるとか憂鬱以外の何者でもないぞ」
「確約は出来ないな。俺と琴葉の間にある愛は誰にも止められん…!」
「妙な真似したら迷わず叩き出すからな。…全く」
なので現在この家には蓮と美穂、そして京介と…彼よりも早くやってきていた琴葉がいる状態。
まだまだ熱々な雰囲気が冷める気配もない恋人同士を家に揃えるのもどうかとは思ったが、これも美穂が望んだことだ。
多少面倒な事態にも目は瞑る。
「…でもさ、そうなると琴葉は今何やってるんだ? 言ったらあれだが蓮の家であいつがすることも特にないと思うんだが。もしかして鐘月さんと話してるとか?」
「…そこな。何というか…見てもらった方が早いだろ」
「ん?」
「言葉で説明するより確認した方が手間も省けるってことだ。とりあえず入ってくれ」
それに話している間にも京介の興味関心は別の場所に移っていき、自身の恋人たる琴葉がどう過ごしているのかを尋ねられる。
彼氏としては友人の家に、それも自分が知らない間に来ていたとなれば気になるのも仕方のない話なのだろうが…その点についてはおそらく長々と語るよりも直接見た方が分かりやすいはずだ。
なのであちらの答えは待たずにそのままの勢いを維持してリビングへと足を踏み入れていき、京介も同じように招いていく。
すると、そこで確認できた光景は………。
「───ん、京介も来た。遅い」
「あっ、橋本君もいらっしゃーい! 今日はゆっくりしていってね!」
「……んん? なぁ、蓮…これはどういうことだ?」
「………色々あったんだ」
…リビングに踏み込んでいった蓮と京介を出迎えたのは、美穂のはつらつとした活発的な声。
そしてそれとは対照的に淡々としながらも…恋人と会えたことを嬉しく思っているのだろう。クールな声色の裏に隠れた喜色を滲ませ、長い黒髪を揺らしながら出迎える琴葉の姿がある。
言葉をそのように並べればさして注目するポイントも無いはずだ。
だが、現実はそうなっていない。
何故なら彼らを出迎えた可憐な女子たち二人は……その身を調理用のエプロンに包んでいたのだから。
普段から蓮の食事を作る美穂はともかくとして、招かれた客側である琴葉さえもそんな恰好をしていたために京介も想定外の驚きを声に出したのだろう。
一体どうしてこんな状況になっているのか。
それを語るためには少し時を前に戻す必要がある。
◆
「………相坂君、久しぶり。急に誘われてビックリしたけど」
「突然悪いな。事情は伝わってると思うけど京介がここに来ることになったからさ…天宮を一人残すのもどうかと思って。まぁ上がってくれよ」
「ん、そう言うなら遠慮なく」
京介が来るよりも前の時。
彼の家の玄関先にて、思っていたよりも早く到着した琴葉を出迎えた蓮は、この場で話し込むのも何だと思い早々にリビングへと案内した。
その対応はどこまでも冷静で落ち着いたものであったが、これが彼女の態度ではデフォルトなことも把握済みなので特に気に障ることも無く先導していく。
またそうして歩き進み、リビングに入っていけば…彼女にとっても最も馴染みのある彼女が来訪を歓迎してくれていた。
「……あっ! 琴葉ちゃん! 今日はいきなりお誘いしちゃってごめんねー? 都合悪くなければ良かったんだけど…」
「…美穂、私も今日は暇だったから平気。それに京介が来るなんて言われたら断るなんて選択肢はない」
「そーう? えへへ、だったら良かった!」
それまでキッチンに籠りながら今日の分の夕食の下準備を進めていたのだろう。
蓮にとっては見慣れたものであるエプロン姿のまま琴葉の訪問を心から喜ぶ美穂は勢いよく彼女に抱き着いていき、互いの身長差もあって気のせいか年の離れた姉妹のようにも見える。
しかし当の本人たちはそれを気にした様子もなく朗らかに久方ぶりの談笑を満喫していて、美穂の懸念事項も晴れたようなので何よりである。
「…ところで、美穂。どうしてエプロンの恰好をしてるの? もしかして相坂君のご飯を作ってた?」
「あ、これ? ううん、違うんだ! まぁ外れても無いんだけど…今日は二人が来てくれるってことだから、せっかくだしみんなのお夕飯をまとめて作ってたの!」
「……皆? どういうこと?」
「あれ、天宮は知らなかったのか?」
「聞いてない。つまり今日はただ集まるわけじゃなくて、ご飯も美穂が用意してくれるってことで合ってる?」
「……あ~、そういえば連絡する時は色々舞い上がっちゃってて、伝えるの忘れてたかも…」
が、そこで美穂が発した一言。
現在彼女が纏っている服装に対する質問を琴葉が投げかけてきたところに返された答えであったが…そこで不思議そうに首を傾げる彼女のリアクションを見て蓮も違和感を覚える。
まるで今日、美穂がここに集まる四人分の夕食を準備することを知らなかったかのような反応だが確認してみるとその予想も外れていなかったようだ。
そして美穂の言葉も合わせて考えれば、どうやらうっかりとその予定の報告を失念してしまっていたとのこと。
「えぇっと…それなら琴葉ちゃんも予定が大丈夫そうなら、ここでご飯を食べていかないかな? もちろん強制ではないよ!」
「……それは、別に問題ない。家に連絡を入れれば大丈夫だから。でも…美穂は大変じゃない? 四人分のご飯なんて手間も時間もかかるはず」
「え? う~ん…そうかなぁ。料理は私も楽しくてやってることだから大変って思ったことは無いし…琴葉ちゃんは気にしなくてもいいよ?」
「…………それだったら、一つ聞きたい。まだ料理は完成してるわけではない?」
「う、うん…まだ下準備が終わったところでこれから本格的に作ろうかと思ってたけど…」
ただ幸いにも琴葉側も問題は無かったようで。
念のため家に連絡を入れる必要はあるらしいが、逆に言えばそれさえ済ませてしまえばここで夕食を取るのは平気とのこと。
であれば安心だ。これで問題なく用意も進められると思って…琴葉が心配そうに美穂へと向けた言葉を聞いて、場の空気は何となく深刻そうなものに変化していた。
まぁ琴葉が不安そうに思うのも当然か。
蓮は常日頃から世話になりっぱなしの身なので今更どうこう言える立場でもないが、本来料理というのはそれなりの負担がかかる作業である。
どれだけ手順が簡略化された献立であっても一食分の料理を作るとなると相応に時間も必要で、食事する人数が増えれば労力もさらに増していく。
女子ならではの目線といったところか。
その事実に真っ先に思い至ったらしい琴葉は自分たちの分まで夕食を作ってくれるという美穂に感謝するよりも先に、彼女の負荷を慮ってくれていた。
ゆえに、琴葉が美穂の言葉を聞いて何かを考えこむ様な仕草を見せた後。
こう告げてきたのも──さほどおかしなことではなかったのだろう。
「……分かった。それなら、私も美穂を手伝う。そうした方が早く終わるし、効率的に出来る」
「……え?」
「えっ!? い、いいよいいよ! そんなことしなくても私は大丈夫だし、琴葉ちゃんはお客さんなんだからゆっくりしてて!」
「駄目。美穂一人に料理を任せっきりなんて美穂が許しても私が許容できない。…友達なんだから、少しくらいは頼ってくれた方がこっちも嬉しい」
「こ、琴葉ちゃん……分かった! なら一緒に美味しいご飯を作ろう! メニューもすぐに教えるね!」
「ん。手順を教えてくれれば一通りはこなせるはずだから、ある程度は任せてもらっていい」
唐突に提案されてきた琴葉の申し出。
それは今まさに行われている美穂の調理の手伝いであって…彼女の負担を少しでも軽減させようという目的があってのこと。
最初は遠慮がちにそこまでせずとも大丈夫だと主張していた美穂も、琴葉の言い分を聞くうちに友人の心優しい思いやりの意図に気が付いたのか。
家主である蓮が介在する隙間さえ無く、いつの間にか可憐な女子二人による調理場の共同戦線は出来上がっていたのだ。
◆
「──…と、いうわけで。まぁそんな感じのことがあって天宮も料理を手伝ってくれてるんだよ」
「……蓮。俺はお前に一言だけ言いたいことがある」
「…何だ」
現在も眼前で繰り広げられている光景を前に、思いもしていなかった景色が広がっていたことで大量の疑問符を浮かべていた京介に大まかな説明をしていた蓮。
彼自身もどうしてこうなったのかは未だに理解しきれているわけではないが…これは美穂と琴葉。彼女らの間にある仲の良さがあったからこそ実現したものなのだろう。
なので蓮も琴葉が料理に手を貸すことについては文句も言わず、美穂がそれで納得するのなら好きにすればいいと判断して見守ることに徹していた。
…しかしながら、今も尚彼の隣で話に耳を傾けていた京介は何やら神妙な面持ちをしたかと思えば──このような感情を吐き出してきた。
「…お前は、俺の最高の親友だ! まさかこんなところで琴葉のエプロン姿なんて夢にまで見た景色を見ることが出来るなんて…蓮がいなかったら実現してなかったはずだ!」
「……そうかい。良かったな」
…何を言い出してくるかと思えば、肩を震わせ声を大にして叫ばれた言葉は愛しい恋人の新鮮な姿を目にすることが出来たことへの感動。
大げさにしか思えてならないリアクションを呈してくる友の反応に、もっと文句の一つでも吐かれるのではと身構えていた蓮は拍子抜けし…想定以上にくだらないことで感動していた友人の態度に呆れた視線を返すのであった。




