第五七話 それはそれ、これはこれ
(──美穂のやつ、遅いな。時間かかるようなことでもやってるのか?)
美穂から不意打ち気味に胸と尻のどちらか好きかなどという、答えられるわけもない質問が飛ばされてきたわけだがそこから少し経った後。
わずか数分の問答で削りに削られた精神力も時間を置けば次第に回復し、家の二階に向かったと思われる美穂が何をしているのかだけが不明であるが…確かめようにも見に行くのは禁じられているのでそれは出来ない。
気にはなるが確認のしようがないため落ち着かない時間を一人で過ごすほかなく、時折微かに聞こえてくる物音を耳にする程度である。
──しかし、そんな静かなはずなのに集中しきれない環境もここで終わる。
「おっ、降りてきたみたいだな」
蓮の耳に届いてきた微かな足音。
リビングの向こう側から響いてくる音から美穂の用事とやらも一段落し、こちらに戻ってきたことが察せた。
するとさほど時間も経たないうちにリビングの扉は開かれ、腰掛けていたソファから身を乗り出して彼女を迎えようとしたところで………。
「……蓮くん、まだいるよね? もうこっち見ても大丈夫だよー!」
「見ても大丈夫って…それよりさっきから何して───…っ!?」
「ふっふっふ~…どうかな? このお洋服、似合ってる?」
…戻ってくるのと同時にその姿を現した美穂。
声が確認できたのと許可が出されたので深く考えることも無くパッと振り返った彼であったが、そこで目にした光景を視界に捉えた瞬間──彼女の変貌っぷりに動揺を隠せない。
というのも、現在の美穂が身に纏っているその服装。
つい数分前までは淡い色合いのポロシャツとロングスカートを着こなしていたはずだったというのに、今となっては様相がまるで異なる。
何しろ今蓮の目の前にいるのは…上は大胆にも肩が露出する形で大きく開かれたもの。全体が黒の色合いでまとめられたショルダーカットのトップスであり、仮にそれだけなら大して動揺もしなかったに違いないが…こと美穂に限っては事情が変わってくる。
しかしそれもそのはずだ。
肩の布地が大きく開かれているということは必然的にそれに近い箇所の肌面積も見えるという事であって、そして彼女の場合は肩に留まらず。
普段から激しく主張をしてくる胸元までも今は見せつけられていて、深い谷間までもが視界にはっきりと捉えられてしまっている。
…さらに言うと、目の毒に過ぎる恰好はそこだけではない。
そこから視線を下げていけば分かってしまうが…美穂が履きこなしているスカート。
先ほどもスカートを履いていたのでそれ自体は変わらないものの、こちらに関しては驚くほどにその丈が短いものとなっている。
おそらくミニスカートだとは思うが、それにしてもこれまた肌が露出しすぎだ。
もしかしたらハイウエストの型という可能性も残っているも、そのせいか…こちらも彼女のスタイルの良さゆえか。
日頃はそれほど意識しないように努めているのだが、こんな格好になったことでより強調されてしまっている下腹部の豊満さもまた凄まじいの一言だ。
スカート丈は通常であれば膝上あたりまで隠れるだろうに、美穂の場合は身体に備わった肉が布地を持ち上げてしまうせいで太ももの部分まで肌が露わとなるほど。
…いつもは胸の大きさを主張してくることが多いので気づかれにくいが、こう見ると上半身に負けず劣らず素足の魅力も強力に過ぎるもの。
「な、なんて恰好してんだよ!? 急にどうした!?」
「だって、蓮くんにいくら口で聞いてもどっちの方が好きか教えてくれないんだもん…だからこうなったら直接見てもらった時の反応で判断しよっかなって! …ほらほら、普段は見えない谷間も見えちゃってるよ~?」
「いくら何でもやり過ぎだっての…! …押し付けようとするな!」
暴力的なスタイルをこれでもかと見せつけてくる美穂の行動。
こちらの想定など容易く吹き飛ばしてくる一連の動きを目の当たりにすれば混乱することなど避けられやしない。
しかし美穂にとってはこれこそが狙いだったらしく、晒された肌を隠すどころかアピールするような印象を与えてくるこのファッションさえも作戦とのこと。
「いや~、こういう時のために念のため洋服持ってきておいて良かったよ! それでそれで? 私の胸とお尻が良い感じに主張されてると思うけどどっちに目が誘われる?」
「………こういうところばかり用意周到なのは逆に尊敬できそうだよ」
「あっ、そんなこと言って目を逸らそうとしても無駄だからね! …蓮くんも男の子なんだし、少しくらい興味湧いても軽蔑なんてしないのにな~」
「ぐ…っ!」
どこまでこの状況を想定していたのかは分からないが、少なくとも確かなのはこういった場面に免疫の少ない蓮に対して彼女の様相は効果覿面だということだ。
自分の武器を十全以上に使いこなし、さりげなく両腕を寄せて胸を持ち上げたかと思えば…次の瞬間には掌を脚に這わせる。
顔に貼り付けられた深い笑みからはこの現状に困惑し、かといって目を逸らすには…魅力として数えられるものが多すぎるために理性で振りほどき切れないのも事実。
きっと他の男子に知られれば羨望と嫉妬の嵐程度では済まないほどに羨まれる環境の中に彼はいるのだろうが…にしてもこれは破壊力が高すぎる。
同級生の、それも校内でも有数のスタイルを誇る女子からこんなことをされれば一介の男子高校生の理性などあっさりと崩壊すること間違いなしだ。
むしろここまでされてギリギリのところで踏みとどまっている蓮がおかしいとさえ言える。
(美穂のやつ…! どうしてここまで突飛なことをしてきて──って、目的は俺の好みを把握するとか何とかなんだよな…だとしてもやり過ぎだろ。これは…)
かなり過激寄りな方法を繰り出されてきたことで蓮の頭はどんどんと熱が集められていくが、それでもこの状況を打破する手段は持ち合わせていない。
大前提として美穂がここまでのことをしてきたのはあくまでも彼の嗜好を把握するためという目的があるからで、それを蓮が口にしようとしないから実力行使に出たまでの事。
となれば少なくとも美穂がその答えを得られたと判断するまではこの状態が継続されるということで…その終わりも見えない以上、彼の理性が持つのかどうかも危ういラインにある。
もしこれで蓮の理性が切れてしまい、欲に負けて彼女によからぬことをしでかしでもしたら…いくら好意を持たれている相手とは言っても傷つくのは間違いない。
そんなことは彼もしたくないので、どうにかこうにか耐えきらなければと考え──そして今、時折視界に入ってしまっている物をいつ指摘するかと悩んだところで不意に美穂の動きが止まった。
「……ふむ、なるほどだね。今まで見てた感じ、蓮くんはどっちかと言うとお尻よりもおっぱいを見てた感じがあるから胸派って感じかな」
「………ノーコメントで頼む。これ以上恥の上塗りをさせないでくれ」
「へぇ~…? てことはちょっとは蓮くんも私のことをそういう目で見てたってことなんだ~? やっぱり男の子だねぇ? でもそれなら今度からは胸をメインで強調していこっかなー」
「……なぁ、美穂」
「うん、どうしたの蓮くん? 何か言いたいことでもあった?」
どうやら不幸中の幸いか、今までの動きの中で美穂なりに判断は出来た様子。
それが正解か不正解かは置いておくにしても、そうなれば場は一段落するので先ほどとは打って変わってようやく一息つける時間が戻ってきた。
ただそこでも美穂は飽きもせずに彼のリアクションを見て揶揄いの表情を浮かべ、自分の身体を彼の眼前に持ってきてアピールを続ける。
……が、そこで彼がさっきから教えるべきだろうかと迷っていた点を告げることとした。
「あのさ…さっきから言おうかどうか悩んでたし、俺の口から言うのもどうかとは思うけど…一つ言わせてもらっていいか?」
「…? 何かな?」
「その…さ。多分美穂は気付いてないだろうしデリカシーがないことも自覚はしてる。でも、何というか…見えてるんだよ。下の方で、動くたびに…水色のものが──…」
「水色───…っ!?!?」
──彼が非常に気まずそうにしながらも、伝えないわけにもいかないかと話した事柄。
正直これを男の口から語るのはどうかとも思ったし、彼女の名誉のためにも言うのはやめておいた方が賢明なのではとも考えた。
しかし仮に、無いとは思いたいが美穂がこれに近い服装で外を出歩くことになったとしてこの事実を知らぬままに出かけて行った場合、とんでもない被害を晒すこととなってしまう。
だったら蓮が恥を忍んででもまだ被害が軽微なもので済ませられるこのタイミングで教えた方が良いと判断し、美穂に遠回しな表現で伝えに行った。
そんな彼の言いたいことというのは…まぁ、簡潔に述べれば彼女のスカートの方。
ただでさえ丈の短いミニスカートの布地を肉感的な腰回りで持ち上げてしまったことで、少し動くたびに……その、見えてしまっていたのだ。
何がとはあえて言わない。彼女の名誉のためにも。
けれども蓮がそれとなく指摘した内容と、たった一つ口にしたヒントだけで美穂からすれば容易く察せてしまうことも事実だったらしく…彼の言いたいことを悟った瞬間、それまでの強気な態度が嘘だったように一瞬で顔を赤く染め上げた。
「…俺も見たものは忘れるから、美穂の方も気を付けてくれ。外で同じようなことになったら笑えないからな」
「べ、べ……別に下着くらい蓮くんに見られたって大丈夫だもん!! こ、これくらい想定の範囲内だったし!? むしろ蓮くんに見せるくらいの勢いでやってたし…!」
「落ち着け!? どさくさに紛れてとんでもないこと言いかけてるから!」
「う、うぅ…!! わ、私着替えてくる!!」
「…行ったし。はぁ~……流石に今回は危なかった。…ほんと、どこかで美穂の危機感を煽らないと駄目か…?」
数秒前までは自分の身体を直視させようとノリノリなテンションを見せていた美穂も、それを見られるのは羞恥心が思い切り刺激されるようで。
蓮のフォローも虚しく、危うく爆弾発言が飛び出しかけたところで耐えかねて部屋を飛び出していった。
そうしてリビングにただ一人取り残された蓮は、疲れ果てたようにソファへと寝転がると片腕で顔を覆って熱くなった頬を再度認識する。
──今回ばかりは、流石に蓮自身もギリギリだったことを認めざるを得ない。
これまでにも彼女から誘惑紛いのことをされた経験は何度かあったが、今日ほどに強烈なものを食らったのはこれが初めてだった。
理性が陥落せずにいられたのはほとんど奇跡のようなもので、それも欲に押し流されて美穂を傷つけるような真似は出来ないという一心があったからこそ。
…この前の一件を経て、蓮の中で彼女という存在が微かに信用できる相手なのかもしれないという対象に変化していたがゆえに尚更そう思うようになったのだ。
逆に言えばその考えが無ければ危うかったのは疑いようもない。
冗談も抜きに、美穂がやっていることがどれだけこちらの理性を溶かしにかかっているのか身をもって教えた方が良いのではなんてアイデアも浮かんできたが…その仔細を考えるよりも前に二階から聞こえてきた身を悶えさせるような物音に意識を引っ張られる。
結局、双方ともに甚大な被害を受けたこの件は得られたものの成果もよく分からないままに幕を下ろしていくのであった。




