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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第二章

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第五五話 授けられた教え


(いやはや…この前は随分濃密な日を過ごしたもんだな。美穂には申し訳ないことをした。だけど…心持ち的には結構スッキリした感じもする)


 美穂との水族館デートを終えてから数日が経過した後。

 あの日、思わぬ形で美穂から思いの丈を伝えられて…そしてそれを断るのと同時に蓮の身の上話をすることとなってしまった。


 そしてそこまですれば流石の美穂も身を引くかと思えば、まるでそのようなことは無く。

 むしろ感情を燃え上がらせた様子で彼のことを好きにしてみせると宣言した様は尊敬の念すら湧き上がるほどに堂々としたものであった。


 無論、そう言われたとしてもまだ蓮が彼女のことを好意的な目で見れるかどうかは分かるところではない。

 ただそれでも、あの出来事を通して微かに変わった点も挙げるとするなら…彼の中で美穂は多少なりとも信用しても良いのかもしれない、と。

 そういった対象に変わってきたことだ。


 また、今まで自分一人で抱えてきた事情を明かしたことで精神的にも少し楽になれたような気がしていた。

 やはりこの辺りは怪我の功名と言うべきか、当初は彼女との関係に終止符が打たれるであろうと思って話したことも結果としては良い方向に転がっているように思える。


(まぁ、強いて言うなら…あれから美穂の距離感がまた格段に近くなってきたことくらいなんだよな。…本当に、遠慮が無くなったというか…ブレーキが壊れでもしたのか?)


 が、そうした事情は一旦隅に置いておくとして。

 移っていく思考の中で彼が考えていたのは現在もリビングに隣接しているキッチンの奥で楽しそうに夕飯の調理を進めてくれている美穂のこと。


 彼女の想いを明確にされてからというものの、宣言通りとされればそれまでだが以前と比較しても確実に増しているアプローチの勢いに翻弄されることが格段に多いのだ。

 まぁ半ば予想できていた展開ではあれど、実際に渦中に置かれると実感度合いも変わってくるというもの。


 具体的に語ってみると、前からその距離感がおかしかった美穂であったが…一応最低限の配慮くらいは残されていた。

 だが今回の経緯を経てそのラインさえも消え去り、とにかく攻勢的な姿勢を崩すことが無くなったといった感じか。


(…何というか、あっちは純粋に好意を持ってくれてるのが分かったから尚更強く否定できなくなった気もする。…もしかして、それも考慮した上で仕掛けてきてるとか──あっ)


 攻めに転じさせたら場の流れを掌握しやすい美穂のことだ。

 一体どこまで想定して動いているのかは張本人以外に分からぬことだが、彼女であれば先々のことまで見通して行動していたとしても不思議には思わない。


 というか、気が付いた時にはこちらの逃げ道や外堀など完全に塞がれていそうな予感すらしてきそうだが…そう思った時、不意にキッチンに立っていた彼女と目が合った。

 本当に偶然だったのでそのままスルーしてくれても良かったものの、向こうが蓮の視線に気が付くと非常に嬉しそうに頬を緩めながらこちらへ向かってきた。


「なになに? こっちの方を見てたみたいだけど気になることでもあったかな?」

「…わざわざ手を止めてまで来なくても良かったんだぞ?」

「大丈夫だよ。お料理もほとんど出来上がってるから火を止めていれば問題はないし、それに蓮くんが見てくれてるならそれ以上に優先することは無いからね!」

「あ、そう…」


 ソファに座ってきた蓮の下へと近づいてきた美穂はそれまで身に纏っていたエプロンを脱ぎ、はにかむ様な笑みを見せながら彼に声を掛ける。

 ここ数日の時間でほとんど察しはしていたものの、蓮に対する心の距離が格段に緩いものとなった美穂はもはや隠すつもりさえない好意を全開にして調理を中断してきてくれたようだ。


 が、そこまでしてもらって何だが蓮は特に彼女へとこれといった用事があったわけではないのだ。

 美穂の方に目を向けたのも意識した行動ではなく、思考の中で彼女のことに関して考えていた時間があったから。


 なので彼の傍まで来てくれた彼女には申し訳ないが、用事等はない。


「でもまぁ、別に用事とかがあったわけじゃないんだ。たまたまそっちの方を見てたってだけで…美穂も料理中だったろ? 手を止めさせて悪かった」

「あっ、そうなの? なら良いんだけど…私としては蓮くんからお呼びならいつでもウェルカムなので、その時は遠慮なく声かけてね!」

「考えておくよ。それよりキッチンに戻った方が良いんじゃないか?」

「そうさせてもらおうかな。…あ、そうだ! …今日のお夕飯も蓮くんへの愛情をたっぷり詰めてあるから、楽しみにしてて?」

「ぶ…っ!?」

「ふふ、じゃあ私も戻らせてもらおっと!」


 目立った用が無ければここに美穂を引き留める意味も無し。

 現在進行形で夕飯の調理を進めてくれていた彼女の手を止めさせてしまうのも申し訳ないため、そのことを素直に白状すれば向こうも納得した様子で引き下がってくれた。


 …だが、去り際に美穂が放っていった言葉。


 美しい艶と柔らかな感触を想起させる唇にその小さな指を添え、小悪魔めいた悪戯心を滲ませた彼女から囁かれた文言に心臓を揺さぶられた。

 料理は愛情であり真心を込めれば美味しくなるなんて言う者も世の中にはいるだろうが…まさかそれを自分が言われる日が来るなんて思ってもみなかった身としては意識を掻き乱されるほかない。


 そのまま心底楽しそうな表情を崩すことなくキッチンへと舞い戻っていた美穂とは対照的に、リビングでは熱くなる頬を自覚しながら顔を掌で押さえて項垂れる蓮の姿があったそうな。



     ◆



「──うん、美味いな。ちょうどさっぱりした物が食べたいと思ってたから尚更うまく感じるよ」

「そーう? だったら良かった! おかわりもあるからどんどん食べていいからね!」


 予想外の角度から不意打ちを食らった蓮ではあれど、その後は何とか意識を立て直して夕食の席に着くことが出来るまでに回復していた。

 そんな彼のことをニコニコと見つめながら真正面に座っている美穂と味わう夕食は、主菜であるアジの南蛮漬けをメインとした献立となっている。


 さっぱりとした風味を感じさせる甘酢のたれも絡み、それ以外にもかぼちゃの煮物や豆腐の味噌汁なんかのメニューが合わせられたことで夏本番であっても食欲を損なわない組み合わせだ。


 もちろん味の感想は最高の一言。

 毎日のように味わわせてもらっているがまるで飽きる気配もない料理のレパートリー。

 そしてその種類の豊富さもまた、ただの女子高生が作るにしては上手すぎる腕前を披露してくれている。


「嘘なんてつかないって。実際毎度のように感動してるし…ほんと、よくここまでの料理ができるもんだ。俺なんかじゃ足元にも及ばない」

「そこまで言われると照れちゃうけど…でもそんなに大したことでも無いんだよ? 私のお料理もほとんどお母さんに教えられたものだから、その通りにやってるだけだもん」

「…へぇ、そうだったのか?」


 蓮とは比べることすらおこがましい彼女の調理技術。

 誇張も過大評価も抜きに、そこいらの主婦でさえ太刀打ちは出来ないのではないかと思えてしまうほどに優れたものを持っているが…聞いてみればその原点は美穂の母。


 つまり小春から伝授されたものだと言う。


 これは少し意外だった。


「うん。元々私のお母さんが普段からお料理するのが好きで、それを小さい頃から見てたら自然と私も出来るようになってたんだ。もちろん色々教えてもらったりしたこともあるけどね?」

「なるほどな。でも美穂の努力が凄いことには変わりないだろ。確かに小春さんの腕もあったんだろうけど、俺としては()()()()()に助けられてるんだから」

「……ふふ、それなら今まで頑張ってきた甲斐もあったかな」


 実際考えてみれば当然ではあるものの、流石の美穂とはいえどここまでの技術を独学で習得するというのは厳しいものがある。

 であれば彼女以外の何者かから学んできたと考えるのが自然。


 そして、美穂にとってその相手は実の母の小春だったということだ。


 しかしながら、蓮からすれば彼女が誰から学んでいようとも美穂に対する尊敬の心が薄れることは無い。

 たとえどんな形であっても彼にとって最高の味わいを提供してくれるのは他ならぬ美穂であって、湧き上がる感謝の念は全て彼女に向けられるのだから。


 ゆえにその点を素直に明かせば美穂はどことなくむず痒そうな、それでいて抑えきれない歓喜で綻んだ頬を露わにしながら柔らかく微笑んでいた。

 二人だけの時間で、言葉にはせずとも温かな空気を実感する瞬間。


 いつの間にか他のどんな時間よりも心落ち着く合間となっていたこの時であったが…されども。

 次の瞬間に何かを思いついたかのようにハッとした表情の変化を見せた美穂の一言によって、場の雰囲気はまた一つ変化させられる。


「──あ、そういえばなんだけどね? 昔お料理を習ってた時にお母さんから言われたことなんだけど…」

「ん、何だ?」

「……いつか私がお料理を振る舞う時が来るなら、その時は『()()()()の胃袋をしっかりと掴めるようになっておきなさい!』って言われてたんだ。…ねっ、蓮くんはどうかな? 私の料理に掴まれていたりは…する?」

「ごほ…っ!? …ま、まぁ……美穂の料理が無くなったら確実に生活の活力は無くなるだろうと思うよ」

「えへへ~…そっかそっか! なら蓮くんの胃袋はバッチリ掴めてるみたいだね」


 ──料理を振る舞うのであれば、自らが好意を抱いた相手の胃袋も確実に我が物にしておけという何とも強気な教えまでも授けられていたらしい彼女の言葉に、蓮は思わず口にしていた料理を吹き出しかけつつも返答する。


 そんな彼の、暗に美穂の料理から離れることが出来なくなっているという宣言を聞いた美穂は…着々と積み上げられている成果を実感したからか、その口角をこれでもかと上げているのだった。


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