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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第二章

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第五二話 好意と無価値


「──蓮くんのことが()()()()()、っていうのが理由かな?」

「………は?」

「へ、えへへ……改めて言葉にすると恥ずかしいね…! でもでも、やっぱりこれが一番の理由なのは間違いないよ!」


 ──そうして伝えられた理由は、蓮が想定していたものとは全く異なっていて。


 それどころか、彼が真っ先にあり得ないと切り捨てていた可能性。

 彼女が蓮のことを想っていたなどという、あまりにも非現実的で都合の良すぎる妄想。


 …しかしながら、そんなあり得るはずがない妄想の産物は他ならぬ美穂が肯定したことで現実となってしまっている。

 流石の彼女もこれを口にすることは照れくさかったのか、頬に両手を当てながら赤くなる肌を隠すように身体を揺らしていたが…それ以上に困惑させられたのは蓮の方だ。


「ま、待ってくれ。その、いきなり過ぎて理解が追い付かないんだが…まず、美穂が俺のことをす、好きって?」

「うん、そうだよ? あ、勘違いしなくてもお友達として好きとかじゃなくてちゃんと男の子として好きなので! そこは安心してね?」

「そういうことを言ってるわけじゃ…いや、若干そうであってくれとも思ってたけどさ…」


 グッと拳を握りしめながら、頼むから単なる聞き違いであってほしいと願った蓮の思いも虚しく美穂が力強く宣言してきた事実の羅列は間違いなく彼への好意を明確にしていた。

 ただ内心の気恥ずかしさを前面に押し出しながらそう告げられたところで、その言葉を受け取る側はまだ何も頭が追い付いていない。


 それどころか聞けば聞くほどに状況の混沌さが増してしまっており…詳しいことを聞こうと蓮は話を深く掘り下げようとする。


「…色々聞きたいことは山積みだけど、そもそも何でそんなことになったんだ…?」

「え、それ聞いちゃう? も~…結構恥ずかしいけど、まぁ蓮くんになら…いいよ? 教えてあげてもね」

「…頼む」

「ふふっ。まぁ私もたくさん考えては居たんだけどね? それでもやっぱり最初は…あの夜の時だったかな?」


 まさに青天の霹靂とも言えてしまうほどに、彼にとっても予想だにしていなかった美穂からの告白。

 その理由を追及されたことで彼女の方も羞恥心を高めたように視線を彷徨わせていたが、最終的には詳しいことを語ってくれた。


「あの時、蓮くんが公園で蹲ってた私のことを見つけてくれて。それで私の悩みまで解決してくれた。多分その時から好きだなぁ…ってなってたと思うんだ」

「美穂、それは……」

「だけどね? それが全部ってわけじゃないの! それはあくまでも()()()()ってだけ!」

「…きっかけ?」


 そうして彼女の口から恥ずかしそうにしながらも、どことなく楽しそうに明かされていく彼女の本心。

 ただ、その想いは記憶の中で強く残った印象が一時的な熱として表出しているだけだと蓮が指摘しようとしたところで…美穂がそれを先に否定してきた。


「うん! …あのね。いつも私が蓮くんのお家にいた時とか、それだけじゃなくて何気ない瞬間でも…いつだって蓮くんはちゃんと私の()()を見てくれてた。見た目だけでも、内面だけでも無くて、しっかり私っていう人間の全部を含めて対等に接してくれてたでしょ?」

「そりゃ…人として当たり前のことだからな」

「その当たり前が私には心地よかったんだよ。今までそんなことをしてくれる人なんていなかったのに…助けてくれた人がそんな紳士的な対応をしてくれたんだもん。好きにならない方がおかしくない?」

「………」


 指を口元に当て、彼の反論など受け付けないと言わんばかりの様子で語られた彼への紛れもない異性としての好意。

 これまでの日々の中で蓄積されてきた想いが、今ここで溢れてしまったように漏れ出した美穂の情感は…その艶やかな笑みとも相まって、至上の愛情を醸し出している。


「…それは、今言って良かったのか?」

「う~ん…元々そこまで隠すつもりもなかったからね。私は蓮くんのことが好きだってことを明言してないだけで、態度ではバレバレのつもりだったし…いつかは言おうと思ってたことだから。なので万事問題なしです!」


 予想外もいいところなタイミングで語られてきた、彼女の本心。

 もはや隠そうともしていなかったらしい美穂の好意を前に、蓮が胸に抱いた感情は歓喜…()()()()()()


 自身の胸を張りながら、本来なら彼とは関わることさえ無かっただろう少女から嘘偽りない、告白にも等しい胸中の想いを明かされる。

 こんな恵まれた幸運、きっと後にも先にも二度と訪れることは無いだろう。


 けれども。だからこそ。

 これほどまでに恵まれすぎた境遇を自分が味わう()()()()()()()()()()()と、彼は考えてしまう。

 自身がそこまで想ってもらうだけの価値があるわけはないのだと…意識の片隅で訴え続ける囁き声が、彼の中から消えてくれないから。


「──だけどね? 別にこれは今すぐ蓮くんの返事が聞きたいってわけじゃないんだ。あくまで私がこう思ってるってことを伝えておきたかっただけだから、蓮くんも気にしないで──…」

「……美穂。本当に悪いけど、それには応えられない」

「…えっ?」


 だからこうして伝えてくれた美穂の想いにも、蓮はどこか突き放すように…冷たい言葉で返してしまう。

 彼女がここまで自分を想ってくれていたことは素直に嬉しい。それもまた間違いない蓮の本心であった。


 ただ、そう思ったからこそ…尚更応じるわけにはいかなくなってしまったのだ。


「全部、全部……俺の勝手な我儘だ。美穂がそうやって言ってくれたことは嬉しいし、こんな俺にそこまで言ってくれるなんて夢みたいなことだとも思うよ。でも俺は…それを受ける()()()()()()()()()

「蓮、くん…?」


 彼女の好意に対し、彼の返す言葉は美穂を嫌っているから…というのが理由ではない。

 むしろその言葉を紐解いていけば、どこまでいっても彼自身に原因があるかのような物言いをしている。


 その違和感に気が付いたのか。はたまた勇気を振り絞って言い出した思いの丈を無碍にされたことがショックだったのか。

 蓮のことを目を見開きながら見つめていた美穂の反応に、彼もほんの少し胸を痛めながら…けれど、こればかりは彼女のためでもあると自分に言い聞かせて言葉を続けた。


「…俺なんかよりも、美穂にはもっと相応しい相手がいると思う。だからもう──…ッ!?」

「──蓮くん、こっちを見て。…どうして、そんな悲しいことを言うの?」


 こんなどうでもよい自分ではなく、彼女にはもっと相応しい相手がいるはず。

 そう思って口にしかけた言葉は…しかし、他でもない美穂から強制的に頬を掴まれ、目線を合わせられることで止められた。


「私は蓮くんに価値がないなんて絶対に…絶対に思わないし、むしろ世界で一番素敵な人だと思ってるよ。なのに何で…」

「……それが事実だからだよ。俺は到底美穂の近くに入れるような人間でもない。むしろずっとこうしていたのがおかしいくらいのもので……」

「──そんなわけないっ!!」

「…!」


 交わった瞳の奥から読み取れた美穂の感情は…どことなく寂し気なもの。

 己の想いを吐露し、されどその相手がよりにもよって自分を卑下するような発言を繰り返したことを悲しむ様な意思が垣間見える。


 だが蓮もこの価値観を簡単には曲げられない。

 過去の経験から思考の奥深くに根付いてしまった考え方は容易に克服できるようなものではなく、今この時も美穂が向けてくれた言葉を無視して卑屈な発言を更に吐き出そうとしてしまった。


 …が、それを遮るように美穂の口から。

 これまで傍に居てきて、聞いたことも無いほどの熱量と声量が込められた一言で彼の否定的な意見は押しとどめられる。


「…蓮くんに価値がないなんてこと、たとえ()()()()()()()()()()()()私だけは絶対に認めない。だって…あの日、蓮くんは私を助けてくれたでしょ? …君が優しくて他の人を思いやれる男の子なんだってことを、少なくとも私は知ってる」

「…それは……」

「それにね? 蓮くんには言ってなかったけど…前から少し()()()()()って思ってはいたんだ」

「…え?」


 諭すように、慰めるように。

 彼の言葉を、そんなことがあってはならないと主張するかのような声量をもって否定してくる彼女の言葉は…深い慈しみで溢れている。


 一変してこちらの苦悩を丸ごと包み込んでくるような包容力で満たされた微笑みを浮かべた美穂は、いかに蓮が優しい人間であるのかを柔らかく言い聞かせてきていた。

 そしてそれと同時に…彼女が感じてきていたという、()()()も共に。


「気が付いてたかは分からないけど、蓮くんっていつも『自分が貰いっぱなしなのは駄目だ』って言ってたでしょ? 最初はそれを律儀だなって思ってた。…でもね、こうやって一緒にいるようになって分かってきた気がするの」

「…何をだ?」

「蓮くんは遠慮してたわけじゃなくて…貰った恩に対する()()を払おうとすることに凄くこだわってるんだな、って。ううん、もっと詳しく言うなら…()()()()()()()()()()を怖がってたのかな?」

「……っ!?」


 ──そう告げられた途端、彼は思わず身体を震わせてしまう。


 この短くも長い共同生活を送ってきた日々で彼女が感じたという違和感は…そのほとんどが正解である。

 確かに蓮は他者が与えてくる無償の善意というものを恐れている。

 …いや、受け取らないようにしていると表現した方が正しいか。


 しかしそれ以上に…あまりにも的確に過ぎる指摘を美穂がこの場でしてきたことの驚きが強すぎて、それを気にする余裕さえない程だった。


「…ねぇ、蓮くん。私はどうして蓮くんがそんな風に自分を思ってるのかは分からないし、踏み込んでほしくないことなのかもしれない。だけどね、やっぱり好きな人が苦しんでる顔をしてたら見捨てるなんて出来ないの。…もしかして、昔に何かあったのかな?」

「………そう、だよ」

「そっか。…だったらね、辛くて思い出すのも嫌なことじゃ無ければ…教えてくれないかな? 私も知っておきたいの。どうして蓮くんがそこまで自分を無価値だと思っちゃうのか…って」

「……」


 ──もう、この段階まで来てしまえば誤魔化しや無駄な言い逃れは通用しないだろう。


 適当な理由をくっつけたところで今の美穂を騙せるとはとても思えない上に、そもそも納得してもらえるとも考えづらい。

 既に蓮の過去に何かがあったと、そう結論付けている彼女の前では…下手な嘘など見抜かれるに決まっているのだから。


 だからここで蓮が選ぶべきは、過去の事情を話すべきか話さないようにするべきかという二択。

 けれどもここまで察せられてしまって、黙ったままでいたところで何かがあると確信を得ている美穂にはいつかバレる時が来るだろう。


 であればこれは遅かれ早かれの問題でしかない。


「……面白くもない話だぞ。それどころか、美穂を不快にさせるだけのことだ」

「いいよ、それでも。それより私は…蓮くんのお話を聞かせてほしいな」

「ふぅ…そうか」


 微笑みを崩さず、こちらの刺々しい警戒心を全て溶かしにかかるような温かみを有して美穂の言葉は、心の奥底にまで染み入ってくる。

 それを真正面から受けたからだろうか?


 いつの間にか彼の胸中も、この場で語ってしまった方が良いのかもしれないと考えるようになり…気が付けば、無意識のうちに口を開いていた。


 こうなったらどうしようもない。

 今から話すことで美穂の信用を失いことになったとしても、それはそれで仕方のないことだ。


 であればいっそのこと全てを明かしてしまい、少しでも楽になった方が良いと判断した。

 結果として、そのせいで彼女が蓮の傍を離れることになったとしても…それは受け入れよう。

 幸いにも周囲には人の姿もそれほどない。第三者に聞かれる可能性も薄い。


「なら、話すよ。少し前の話──俺の、中学時代のことだ」


 よってここから先に話されるのは…蓮の昔話になる。


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