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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第一章

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第五話 家族であれば


「喧嘩って…あれか? 夫婦喧嘩とかそんな感じの…」

「……うん、それで合ってる。今日私が家に帰って勉強してたら、お父さんとお母さんが言い争ってる声が聞こえてきたの」

「なるほど…?」


 彼女の口から告げられてきた真相。

 あんな場所で一人佇んでいた経緯とはまだ繋げきれない情報しか出されていないが、おそらくそれはここから語られるのだろうと思いまだ蓮は口をつぐむ。


「…いつもなら、喧嘩なんてする二人じゃないの。ずっと仲良しだし、家族でお出かけだって行くことも多い。だからあんなに喧嘩をしてるお父さんとお母さんを見るのは初めてで…もしかしたら、離婚するんじゃないかって思ったら怖くなった。それで、気が付いたら家の中にいるのも怖くて家を出てきちゃったの」

「で、あんな公園で泣いていたと?」

「…そう。おかしいでしょ? それくらいのことで怯えて泣いてたんだよ、私」


 長々と話されてきた経緯を耳にし、ようやく蓮も大まかな事情は把握できた。

 どうやら彼女の言葉を信じる限り、原因は彼女の家にあるとのこと。


 まとめれば普段から仲の良いはずだった両親が今日に限っては理由こそ不明だが家族間に亀裂を入れるかのように夫婦喧嘩をしていて、なまじ過去にそのような経験が無かったから娘である美穂も動揺してしまった。

 そこで生じた恐怖から考え無しに家を飛び出してしまい、このままでは家族はどうなるのかと先の見えない怯えに心を囚われて感情を溢れさせたのがあの場面…というわけだ。


 確かに、聞いてみればそれほど大したことじゃないと言う者もいるだろう。

 実際夫婦喧嘩なんて全体的に見ればありふれた日常風景ですらあって、それをしてこなかった夫婦などそれこそ少数派のはずだ。


 …されど、それは彼女の言葉を否定していい理由にはならない。


「おかしくなんてないだろ。何を怖く思うのかなんて人それぞれなんだし、単に鐘月にとっては今回の件が慣れてなかったから倍増して怖く思えたってだけだ」

「ん……そう、なのかな?」

「そうだよ。だから恥ずかしいことでも何でもないんだ。…まぁあんな暗い公園で女子が一人でいるのは危機感が足りてないとしか言えんが」

「…むぅ。わ、私だって落ち着いてる時ならあんなことはしないもん…!」


 美穂は自分がこんな些細なことで過剰に悩んでいることを気に病んでいる様子だったが、それは自然なことでもある。

 何を重視し、何を軽く見るのかといった価値基準など個々人によってバラバラなのだから彼女にとっては今回のことが心を揺さぶられるに値する出来事だったというだけ。


 そこを飲み込みこそすれど、自分の主観だけでその程度のことでいちいち悩むななんてことは言ってはいけない。


「果たしてどうだかな。ま、それは別にいいさ。そういう事なら親が喧嘩中の家に帰るのは怖い…ってことだろ?」

「うん…その通りだよ」

「ふぅむ……そうかい」


 思い違いがあってはいけないので再度確認をするが、彼女があのような場所にいたのは家に留まるだけでは嫌な思考が加速してしまうから。

 常日頃から仲が良いという両親の珍しい喧嘩風景を見てしまい、その後の顛末を目の当たりにしてしまうのが怖かったからということに尽きる。


「…私、この後どうしたらいいのかな。もう何が何だか分からなくなってきちゃうよ…」

「さぁな、俺にそれを聞かれても困る。まず鐘月の両親を俺は知らないし、会ったことも無い相手のことを考えろなんて言われても無理だとしか答えられん」

「…っ、そ、そうだよね。やっぱりこうやってお邪魔なんてしちゃって迷惑だった──…」

「──だけど、()()()()()()()()()なら多分助言はしてやれる」

「………へ?」


 夫婦喧嘩。それは原因を辿れば大きく二種類に分けられる。


 まず一つは、日頃の小さなストレスが積み重なったことによって発生する争い事。

 好きになった相手とはいえど結局は自分ではない他人である誰かと過ごすのは大なり小なりどうしても噛み合わない部分というのはあるもので、そうしたことが少しずつ蓄積されて爆発した結果喧嘩になる。


 そしてもう一つは、些細なすれ違いや勘違いによって喧嘩が生じるパターン。

 日常の中でちょっとした思い違いや思い込みによってこれは相手側に非があると信じ切ってしまい、詳しい根拠もないままに詰め寄ってしまうことで発生する形だ。


 あとは単なる言いがかりや因縁をつけて起こる流れもあるにはあるが…そちらは喧嘩というより一方的な暴力でしかないので省く。


 そんなことよりも問題なのは、こうした夫婦喧嘩はあくまで当人たちの間()()で発生するものだということ。

 要するに、そのパートナーの子供に関しては部外者にしかなれないのだ。


 今回の美穂はまさしくこの典型例だろう。

 実の子供ではあっても喧嘩が夫婦間のみで起こったものである以上、下手に口を挟むことも出来ず彼女は不安を覚えることしか選択肢が残されていない。

 それはあまりにも無力だ。


 …しかし、蓮からしてみれば決してそんな身に甘んじてばかりいる必要もないと思う。

 何故なら、いくら子供には関係ないと言われようとも()()なのだから、口を挟む権利くらいはこちらだって持っていても文句を言われる筋合いはない。


「確かにそっちの家も色々複雑なんだろうけどさ。結局は鐘月が()()()()()()()()()()()()()()って話じゃないか? 喧嘩をしてほしいならそれで良し。でも喧嘩をやめて欲しいなら…お前の口からちゃんと伝えないと向こうにもその意思は伝わらないと思うぞ」

「あ…っ!」

「だからお前がするべきことは、こんなところで時間を無駄にしてないで親に意見を伝えてくることのはずだ。それだけだろ」


 そう、結局のところ美穂がすべきことは単純明快。


 子供なんだから親の事情に口を挟むべきではないと、余計な出しゃばりをするべきではないと彼女はこれまで思い込み続けてしまっていた。

 ただ、前提としてまだまだ彼らは大人にもなっていない一人の子供でしかないのだ。


 であれば時には冷静な理屈よりも、後先など考えない感情論で動いた方が上手くいくことだってある。

 要は美穂自身がどうしたいのか。両親に喧嘩を止めて仲良くしてほしいなら…そう伝える以外に解決法なんて無い。


「それにさ、お前こんな時間まで親に黙って家を出てきたんだろ? なら今頃帰ってこないからって心配されてるんじゃないのか?」

「え……あっ! ほ、本当だ…!? すっごい連絡が来てる…!」

「だろうな。…ほら、そうと分かったらこんな場所にいないでさっさと帰れ。お前の親はちゃんと鐘月のことを心配してくれてるんだから…そんな親御さんがお前の言葉を聞いてくれないわけないだろ」

「……うん、分かった。私、帰るね!」

「そうしな。見送りくらいはしてやるよ」


 蓮に出来る限りのアドバイスは送ってやった。してやれることはしてやった。

 そして先ほどから浮かんでいた疑問も口にしてみれば…予想通り。


 美穂が確認した携帯には両親から大量の連絡が来ていたらしく、彼女も驚きからか目を丸くして画面を見つめていた。

 しかし、それを見て彼女の心は決まったようだ。


 自分の身を案じてくれている両親のメッセージを目の当たりにして、こうも彼女のことを大切に思ってくれている親が理由もなく喧嘩などするはずがない。

 あの言い争いには何かしらの事情があったのだと考えられるようになり、自分の本心を伝える覚悟も固まったと。


 そう決められたのなら…話は早い。


 凛々しく立ち上がった美穂の表情からはつい数分前までの陰りなど微塵も残っておらず、自らの進むべき道だけを見据えている。

 こうなったらもう、蓮が無用な世話を焼く必要性も消え去ったと思って良さそうだ。


「相坂くんも今日はありがとうね。私の話ばっかり聞いてもらっちゃって…お邪魔までしちゃって迷惑だったよね」

「確かに困惑はさせられたな。けどあそこで見捨てるのも後味が悪かったし、俺も勝手な都合で鐘月のことを見てただけだ。礼なんて言われる筋合いはないぞ」

()()()()、だよ。私が相坂くんに話を聞いてもらえて助けられたのは変わらないんだから、そこはしっかりお礼を言わないと駄目!」

「律儀なことで…じゃあその言葉は受け取っておくよ」

「うん! それじゃ、今日はありがとう! バイバイ!」


 迷いが消え失せた美穂の行動は早く、足早に玄関先に向かったかと思えば丁寧に蓮へと感謝を伝えてそのままこの家を去っていく。

 人が良いというか、勢いが凄まじいというか…ともかく嵐のような時間を味わわされたことだけは確かだ。


(……そんじゃ、俺もそろそろ寝るか。何だかドッと疲れたな…)


 予定ではもう少し早く眠っているはずだったというのに、気が付けば時間はかなり経過してしまっている。

 今しがた見送ったばかりの美穂がこれからどのような顛末を迎えるのかはもう知る由もないが、まぁあの様子なら心配もいらないだろう。


 彼女ほどの人間ならこんな窮地であっても問題なく乗り越えられるだろうと思えてしまいそうなオーラがあった上に、実際に話してみたことで蓮もその空気は実感していた。

 どちらにしても、自分と彼女が関わるような場面はこれが()()()()()なのだからこれ以降は気にしたところで意味はない。


 本来なら学校でも男子からそこはかとなく人気を博している少女である美穂と大してパッとした特徴も持っていない蓮では釣り合いも取れていないのだから。

 この程度の接点が出来たからといって舞い上がることなど出来やせず、それどころかこの奇妙な縁は今回限りで途切れて当然だと判断して彼は思考を打ち切った。



 ──後日、そんな思考があっさりと裏切られることになるなんてことは露も知らないまま。


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