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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第二章

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第四三話 二人だけの誘い


「蓮くん! お母さんはもう帰ったの?」

「あぁ、今見送ってきたから帰っていったよ。美穂のこともよろしくってさ」


 蓮の自宅から向こうの自宅に戻って行った小春のことを見送り終え、彼女が待っているリビングへと足を踏み入れれば予想通り。

 そこではエプロンを身に纏いながら夕飯の用意を進めていた美穂がパッと明るい表情を披露しながら彼のことを出迎え、自らの母の動向について尋ねてきていた。


 が、それ以上に彼から返事をされた美穂は自身の頬を押さえて今のやり取りに幸せそうな反応を見せる。


「えへ…えへへぇ…やっぱり蓮くんから名前を呼ばれるのはちょっと恥ずかしいね。もちろんそれ以上に嬉しいのはそうだし、幸せな気持ちになるけど…」

「…単に名前で呼んでるだけだろ? そんな過剰なリアクションされてもな」

「過剰なんかじゃないよ! 何て言うのかな…こう、蓮くんから呼ばれると特別な気持ちになるっていうか…胸がポカポカするの! だから全然オーバーじゃないからね!」

「はいはい」


 美穂が特に反応を示したのは問答の内容ではなく、もっとピンポイントな箇所。

 彼が何気なく呼びかけた美穂の名前に対してだらしなく表情を緩める彼女のリアクションに、流石にオーバーではないかとも思うが本人曰くそうでもないとのこと。


 おそらくはまだ呼び始めて間もないからこそ美穂もこの状況に高揚しているだけだとは思うのだが、それでもまぁ…このくらいのことで喜んでもらえるのなら構わない。

 それにしても彼女の反応は大きすぎると思わなくもないが生活していく中で次第に順応もしてくれることだろう。


 お互いに慣れるまでの辛抱だ。


「それとお料理はもう少しでできるけど、どうする? お腹減ってるならすぐに準備できるから食べちゃう?」

「あー…そうだな。結構時間も経って腹も空いてきたし、頼んでもいいか?」

「任せて! じゃあちゃっちゃと仕上げちゃうから、蓮くんは休んで待ってて!」

「了解。悪いな」


 ただいつまでもそんな会話ばかりをしているわけでも無く、可愛らしく首を傾げながら夕食をどうするかと質問してきた美穂に蓮も希望を出しておいた。

 彼女の手間になってしまうかもしれないが感じられる空腹感はちょうどいい具合に空いてきているので、食べられるのであれば夕飯の時間としておきたい。


 しかしまるで負担になど思ってもいないかのような笑顔を浮かべながら彼の申し出を快く受け入れてくれた美穂の後ろ姿を目にしつつ、蓮はリビングにあるソファへと腰掛ける。

 そして……そうして落ち着けたタイミングで、服のポケットから二枚の()を取り出した。


(…これ、どうするかな。せっかく小春さんから貰ったんだし使った方が良いんだろうけど、二枚あるから誘うとすれば……まぁ、美穂だよな)


 彼が手にしながら悩む様な思考を巡らせつつ見つめるのは、つい先ほど小春から受け取ったばかりの水族館の入場チケット。

 けれどもその枚数が悩みの種であって、これが一枚だけなら蓮一人で赴くか他の誰かに渡したが…ここにあるのは二枚のチケット。


 そして小春から貰う際に言われた発言を加味するのであれば、やはりここは美穂を誘って出向くのがベストなのだろう。

 もちろんそう決めつけられたわけではないが流石の蓮でもそうするべきなのだろうことは察している。


(とりあえず、夕食の後で聞くだけ聞いてみるか。もしかしたら美穂は行くつもりなんてないかもだし…そうなったら適当に京介でも誘ってみよう)


 無論、美穂本人にまだ確認をしたわけではないので誘ったところで断られる可能性も全然ある。

 というか考えてみればそちらの線の方が濃厚なくらいなので期待はしない方が良い。


 いくら美穂とはいえど、夏休みという貴重な休暇期間に同級生の男子と二人で外出することには乗り気にならなくとも不自然ではないのだから。

 なのでここは念のために聞いておくくらいのスタンスで構えていよう。


 …そんな心構えが全くの無意味なものであったことを蓮が悟るのは、そう遠くない先の話である。




「ねっ、蓮くん。今日のお夕飯はどう? 美味しいかな?」

「ん、相変わらず美味いよ。毎日食べさせてもらってるけど、誇張抜きにここまでのクオリティだと感動も衰えないくらいだな」

「ふふ、それは少し言い過ぎだよ。でもそう言ってもらえるなら嬉しいな!」


 蓮と美穂が向かい合う形でテーブルを囲み、その目の前には否応にも食欲を刺激してくる料理の数々がある。

 今日の献立は程よい辛さが引き立てられた麻婆豆腐を主菜に、青椒肉絲やエビチリという中華料理がメインの品目となっている。


 …以前から思っていたが、美穂は蓮が思っていた以上に料理の腕前や知識に精通している。

 日本的な和食はもちろんのこと、日によっては今のように料理ジャンルさえも全く異なる品を出してくるので最初は驚かされたことも多かったくらいだ。


 単なる女子高生がここまでのものを作れるものかと思ったが…そこは美穂の努力の成果と言うべきか。

 聞く限りでは料理が趣味の一つでもあるというくらいの話なので、このレパートリーの豊富さもその一環で身につけられてきたものなのだろう。


 そのおかげで蓮も毎日満足いく食生活を送れているのだから感謝しかない。

 何はともあれ充足感で満たされた今日の夕食も最高のものだったことは言うまでもなく、これを提供してくれた美穂には感謝を伝えておいた。


 ありふれた習慣ではあるものの、こうした礼一つとっても怠ってしまえば蓮はこの恵まれた状況をあたかも当たり前のものとしていつか認識してしまうだろう。

 それは認められることではなく、あくまで彼の生活がここまで良いものとなったのは美穂の厚意があったから。


 きちんとその事実を認識しているからこそ、毎食感謝は欠かさず伝えている。


 そして今、二人ともに食事を終えて後片付けに移行しようとしたところで…蓮の方から()()()()を切り出した。


「…美穂、今少しだけ大丈夫か?」

「え、なぁに蓮くん? もちろんいいよ! 何か相談かな?」

「別に相談ってほどのことじゃないんだけどさ。というのも…これなんだけども」

「…これって、水族館のチケットだよね? どうしたの?」


 食事を終えた蓮が懐から取り出したのは先ほど手に取っていたチケットで、いきなり過ぎたかとも思ったがこのタイミングでなければ話題も引き延ばしてしまうだけなので仕方がない。

 ともかくさっきまで考えていた用件を済ませるためにも、まだ取り出された券を手にして首を傾げる美穂に詳しい説明をする。


「実はさっき小春さんから今日の礼にってこのチケットを二枚貰ってな。好きに使ってくれたらいいって言うから美穂も一緒にどうかと思って……」

「………えっ? そ、それって…蓮くんが私のことを水族館に誘ってくれてるってこと!?」

「うん? まぁそうだな。もちろん都合が悪かったり行きたくなかったら普通に断ってくれればいいから───…」

「行きますっ!! いえ、むしろ行かせてください!!」

「うおっ!?」


 貰ってしまったチケットの使い道として最も無難なのは美穂と出向くことになるだろうが、それは彼女の意思次第。

 ともすれば断られることも普通にあり得るだろうと考え、気楽な心境で誘ってみれば…返されてきたのは机から身を乗り出しそうな勢いで快諾してきた美穂の返答。


 その勢いもキラキラと輝いた瞳と相まって凄まじいものであり、思わず蓮の方が不意を突かれて圧倒されてしまったくらいだ。


「い、いいのか? こう言ったら何だけど俺じゃなくて美穂が他の奴と行くっていう選択肢もあるんだが…」

「そんなのありえないよ! 蓮くんから誘ってくれるなら予定も絶対に空けてみせるし、断る理由がないもん!」

「そ、そうか。ならいいんだけど…じゃ、じゃあ今度都合のいい日に行ってみるか」

「うん! ふふふ……夏休みの楽しみが増えちゃった。それでいつ行くの?」

「あまり考えてなかったけど…今週の土曜日とかはどうだ?」

「土曜日…土曜日……問題ないよ! …楽しみだなぁ」


 どうやら蓮の予想以上に美穂は彼の誘いを重要視していたらしく、想定以上に嬉しそうなオーラを醸し出して受け取ったチケットを大切そうに己の胸に抱きしめていた。

 …そこまでの反応をされてしまえば、今更とやかく言う事も出来ない。


 元々駄目元の誘いではあったがこうして快諾された今、彼女の期待に応えられるかは分からないが最善は尽くすべきだろう。

 何はともあれ、今週末に定められた二人だけの外出予定。


 非日常的な水族館への遠出が定められた今、浮かれた気分となった美穂を見守りつつ蓮もまた苦笑をこぼすのであった。


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