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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第二章

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第四二話 新たな誘いの兆候


 下手なことを考えたことで危うく蓮が処される未来も想像できてしまいそうだったが、それ以外のことはその後も概ね平和に進んでいった。


 ただその時間も、ふとした瞬間に一つの区切りを迎えようとしていた。


「…あっ、もうこんな時間? そろそろお夕飯の準備しないと…」

「あら、本当だわ。そんなに長くいた覚えはないけれど…そろそろお暇した方が良さそうね」

「え、お母さんもう帰るの? もう少しいるかと思ってたのに…」


 壁に掛けられていた時計から現在時刻を確認した美穂がもうじき夕食の準備に取り掛かろうと動き始めたところで、同じく時間を把握した小春が唐突に帰宅する姿勢を見せ始めた。

 脈絡もなくそんなことを言われたために美穂も予想外だったのか目を丸くして母の動向を見ていたが、あちらもあちらで考えることはあったらしい。


「これ以上私が相坂さんと美穂の愛の巣に居座り続けるのも変な話でしょう? 心配しなくてもまた後で帰ってきたら会えるんだから、そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫よ!」

「お、お母さんったら…愛の巣なんて言い過ぎだよぉ…!」

「……小春さん。俺たちはそんな関係じゃありませんからね?」

「うふふ…もちろん分かってるわよ?」


 突然やってきてこちらの状況を引っ掻き回し続けた小春であったが、あまり長時間滞在するつもりは無かったようだ。

 頬に手を添えながら聞き捨てならない発言を投げかけつつも、配慮を忘れない姿勢は見習うべきところか。


 …まぁ愛の巣云々の言葉によって近くにいた美穂が口元の緩みを抑えきれない有様となっていたがそこは無視する。

 言いたいことは山のようにあったが指摘したところでのらりくらりと躱されるのは目に見えているのだから。


 それよりも気にするべき箇所が今はある。


「それじゃ、ここで私は帰らせてもらうわね? 今日は相坂さんとお話が出来て良かったわ!」

「こちらこそ。まぁ混乱することもありましたが…とりあえず見送りくらいはさせてください」

「あらそう? ならせっかくだしお願いしちゃおうかしら」

「あっ、なら私も一緒に…」

「鐘月……じゃなかった。美穂は夕飯の準備があるだろ? こっちは任せてくれていいから、そっちに集中してくれたらいいよ」

「え、いいの? 蓮くんがそう言うなら…じゃあそうさせてもらおうかな? お母さん、気を付けて帰ってね!」


 早々と荷物をまとめて立ち去ろうとした小春の動きを前にただそれで別れるというのもどうかと思われたので、ここは玄関先だけでも蓮が最後まで見送るべきだろう。

 その過程で自分もと美穂も見送ろうかと言ってくれていたが…彼女には夕飯の用意という役割があるのでそちらに注力してもらった方がいい。


 なのでここは蓮一人で担当することとし、幸いにもそれで小春も納得してくれたようで笑みを返されたので問題もあるまい。

 よってまだ慣れておらず少し言い淀んでしまった彼女の名前呼びに戸惑いつつも、我先にとキッチンに駆けこむ美穂の姿を確認してこちらも動いていく。


 何とも長い時間を過ごしていたように思えてならないリビングから玄関に進み、帰る準備が本格的に整えられたところで…小春から今日の件に関する礼を伝えられた。


「今日は本当に感謝しかなかったわ。相坂さん、改めてになるけれど…美穂のことを受け入れてくれてありがとうね?」

「受け入れたというか、押し切られただけなんですけどね…まぁこうなったら向こうが折れることなんて無いのは分かってるので。諦めてますよ」

「あの子は他の子にはそうでもないんだけど、気に入った相手に対しては距離感が近くなりすぎることがあるから…今までにもそんなことは無かった?」

「…ありますね。数えきれないほどに」

「でしょう? ならせっかくだし、そんな時の美穂の()()()を教えてあげるわ!」

「対処法…ですか?」


 突然押しかけてしまったという自覚はあったのか今日来訪を受け入れたことに対する礼と、娘である美穂がこの家に入り浸ることへの許可を出したことへの感謝。

 そして実の親だからこそ理解していたのか、日頃から距離感の近すぎる美穂の接触への()()を教えてくれるなどと言い出してきた。


 確かに、それは願ってもない話だ。


 前々から距離感の近すぎる美穂の態度はどうにかならないものかと悩む機会も日が経つにつれて増していたので、親という立場にある小春から直々にアドバイスを貰えるのなら信用も出来る。

 一体どうすればあの過剰な距離感への対処が可能なのかと聞く耳を傾けて…送られてきたのはこんな助言。


「実はね? 美穂は自分から攻めるのは得意なみたいなんだけど、あれでも意外とこっちから攻められると弱かったりするのよ」

「…なるほど?」

「だから相坂さんも、困った時にはいっそのこと美穂を押せ押せの精神で構ってあげたらいいと思うの! 何なら押し倒しちゃうのも効果的よ?」

「ぶふっ!? …いやしませんよ!? けどまぁ…言ってることは分かりました」


 送られてきたアドバイスは捉えようによっては使えそうなものであって、しかし頬に指を添えながらしたり顔で告げてくる押し倒す云々の発言には反射的に否定の意を示してしまった。

 ……まぁ以前に一度だけ、偶発的な事故だったとはいえ美穂のことを押し倒した記憶がないでもないのだがそこは置いておく。


 今回貰った助言に関しても、こちらが引いて駄目なら押してみろの考え方に近い内容ではあるが全く使えないわけでも無い。

 むしろ一度だけなら試してみる価値はあると蓮も思えたので、機会があったら参考にさせてもらおう。


「手助けになれたなら良かったかしら? さて、それじゃあ今度こそ私は帰らせてもらって…あ、そうそう! ()()を忘れるところだったわ…はい。相坂さんに今日はこれを渡そうとも思っていたのよ!」

「これって…水族館のチケット、ですよね」

「そうそう。前にお友達から貰ったものなんだけど行く機会が無かったから、もし良かったら…ね?」


 ──と、そうしていざ小春が帰宅しようとした時。


 不意に何かを思い出したように鞄を漁り始めた彼女が取り出したのは二枚の券。

 そこにポップな字体とイラストで示されていたのはここから少し行った先にある水族館の入場チケットであった。


 曰く、小春が以前に友人から貰ったものだということで使用する機会に恵まれず、今回蓮にその権利が渡されてきたということらしいが…流石にこれは貰えない。


「いやいや、いくら何でもこれは受け取れませんよ」

「あらどうして? 遠慮なんてしなくてもいいのよ?」

「遠慮というか…俺はこれを貰うほどの対価を小春さんに渡せていませんから。それはフェアではないので…」

「……ふぅん?」


 何とも軽い調子で手渡されてきたので思わず受け取りそうにもなってしまったが、こういった価値あるものを無償で受け取るのを彼は好まない。

 仮に受け取るとしてもそれに見合うだけの対価を支払えていればの話であって、一方的に片方だけが何かを与えられる状況というのは──()()のだ。


 それは蓮が受け取る立場にあろうとも変わらないこと。

 こんなことを続けてしまえばどんな末路が待っているのかを知っているからこそ、気遣いによる遠慮などではなく本心で受け取れないと口にしたのだ。


「だったら、これは毎日美穂のことを家に置いてくれてるお礼の一つってことなら駄目かしら? それなら相坂さんも気にする必要はないんじゃない?」

「…うぅん。まぁそれだったら……いいんですかね?」

「はい、交渉成立ね! ちょうど二枚あるから、美穂でも誘って二人で出かけてくるといいわよ!」

「その辺りは相談してからになりますけどね。…でもありがとうございます」

「いいのよ。元々渡そうと思ってたものなんだから気にしないで! …と、そろそろ行かないと本当に駄目ね。じゃあ相坂さん、うちの美穂が迷惑をかけることもあると思うけどできる限り見ててあげて? またいつかお話しましょ!」

「えぇ、こちらこそ……って、出ていくの早いな」


 ただそれを聞いた小春は少し考えると柔軟に発想を変え、美穂を預かってもらっていることへの対価という形でチケットを渡してきた。

 それなら蓮にしてもただ貰ったという形式にはならず、多少の申し訳なさはあるが何の名目も抜きに受け取るよりは遥かに心持ちも軽くなる。


 よって無事に受け取れば、その姿を確認した小春も慌てたように家を出て行ってしまう。

 最後の最後まで思い通りにいくことなど一つとしてなく、場の雰囲気を掻き乱していった美穂の母であったが…彼の手元にある水族館チケットを見れば悪い人物ではないことは分かった。


 静けさを取り戻した玄関からリビングへと足を向けていく彼の思考でも、そのようなことが考えられながら突発的な来訪は一時の終幕を見せるのであった。


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