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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第二章

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第三五話 共にいる時間こそ


 美穂に鞄を強奪されながらも彼女の心遣いに感謝しつつ、蓮は汗によって張り付いている制服から私服へと着替えるとようやく一息つく。

 やはり夏の暑さというのは知らず知らずのうちに発揮されているようで、汗を吸収した衣類ではまともに休息を取ることも出来そうにない。


 過ごしやすい服を着用したことでより強くそう実感させられたわけだが、その後の動きに関しては変わったことも無くいつも通りだ。


 先ほどは想定外の言葉を投げかけられたことで場の雰囲気が混沌としたものになっていくというアクシデントこそあったものの、それ以外は通常運転で美穂も過ごしていた。

 キッチンで夕食の用意を手際よく、楽しそうに鼻歌を歌いながら進めていく彼女の姿を目にしながら蓮は日課の自習をする。


 黙々とノートにペンを走らせる音だけが響き渡る時間は嫌でも集中力を引き出し、もう少し先に控えた定期試験の存在もあって普段以上にやる気が湧き出てくるようにさえ思う。

 しばらくはそんな時間が続いていたわけだが…ふとした瞬間、そこに声を掛けてくる者がここにはもう一人いる。


「さて、これで今日はお夕飯は大丈夫かな~。あれ? 相坂くんもしかしてそれってテスト勉強?」

「おう、鐘月もお疲れさん。そうだよ。あと少しで試験本番だから今のうちにやっておかないと後で後悔するからな」

「真面目だねぇ…私も試験対策くらいはするけどそこまでのやる気は出そうにも無いよ…」

「お前だって普段からしっかり勉強はしてるだろ? なら問題もないだろうさ」

「そうだけど! でも…こうやって近くにちゃんと勉強してる人がいると不安になるの!」


 軽やかな調理の音を響かせていたキッチンから出てきたのは美穂であり、口調からして今日の料理は一段落したようだ。

 そこで彼女は真っ先に目に付いたらしい蓮の自習する姿から感心したような声をこぼし、もう少しでやってくる試験への不安を募らせていた。


 ただ美穂は自分の実力に自信がないだなんて口にしているものの、蓮から見ればそこまで過剰に怯えるほど美穂の学力は不足しているわけでも無い。

 それどころか客観視した場合、誇張も贔屓目も抜きにクラス内であっても上位に食い込めるくらいにはこの一か月近くで実力を増してきている。

 ただその力量を発揮する場面がここまで目立ってなかったために、美穂もその事実を自覚することができず複雑な表情を顔に出しているのだろう。


「…ね、ねぇ相坂くん? その…もし良かったらなんだけど、また一緒に勉強させてもらってもいいかな…?」

「ん? あぁ別に構わないぞ。分からないところがあれば言ってくれれば教えるから、その時は伝えてくれ」

「…! ほ、本当!? ありがとう!」


 が、何度もそう伝えたところで結局のところ張本人が自信を持てなければ意味はない。

 そして明確な結果を出すための手段がとにかく試験本番まで地道な努力を重ねるしかない以上、彼女が取れる手も限られている。


 そうして美穂が選んできた手は、過去に一度実施してから時折行われている二人だけでの勉強会だ。

 彼女の学力が急激な成長を見せた要因はほとんどこれに収束されていると言っても過言ではなく、見た目からは想像しづらいかもしれないがこれでも勉強だけは人並み以上にこなせる蓮から学習方法を叩き込まれている。


 その結果、美穂の飲み込みの良さも相まって今となっては彼女もこの勉強会をそれなりに頼りにしてくれているらしい。

 蓮としても自分一人で自習を進めるよりは他の誰かに教える時間もあった方が良い気分転換になるため、定期的に申し出てくるこの時間は双方にとって利があったりもする。


 ゆえにさして拒否する理由も存在していないことからその誘いを受け入れ、それを確認した美穂は全身から明るいオーラを嬉しそうに放ちながら自分の勉強道具を取りに行っていた。




「むむむ…あっ、そっか! この式に当てはめたら…出来た! これでいいんだよね!」

「おっ、普通に解けてるじゃんか。そこもテストに出されやすい範囲だろうから、そこが理解出来てるなら問題もなさそうだな」

「ふふん! 相坂くんからそう言ってもらえるならちょっぴりくらいは自信も湧いてきそうかな」


 彼らが二人での勉強を開始してから数十分が立ち、お互いにテーブルを囲む中で悩む様な唸り声を上げていた美穂も目の前の問題の解き方を思い出せたようでしばしペンを走らせると自信満々に蓮へとその解法を示していた。

 彼も提示されてきたその部分を眺めてみると…これといったケアレスミスもなく。

 最初から最後に至るまでしっかりとした理解が垣間見える完璧な答え方であったため、やはりこの頃の美穂の成長は著しい。


 この分なら彼女は試験も躓くことなく乗り越えられそうだ。


「それにしても、今日は鐘月もやる気が凄まじいな。勉強の楽しさに目覚めでもしたか?」

「うぅ~ん…それはちょっと違う、かも? 自分の実力が上がっていくのを実感するのは嬉しいし楽しいなって思うけどね。どっちかというとこのテストを乗り越えた()の方が待ち遠しい感じ?」

「テストの後?」

「うん! だってほら、この試験が終わったら夏休みが始まるでしょ!」

「…そういえばそうだった」


 しかし、試験が目前にあるとはいえ今日の美穂のやる気はいつも以上に高まっているように思えてならない。

 何かそこまでの気合いを引き出されるようなことでもあったのかと頭に浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみれば、あちらからは試験へのやる気というよりもその後のイベント。


 苦難を乗り越えた先にある()()()への期待感によるものだと答えが返ってきた。


「楽しみだよねぇ…! 一か月以上お休みになるからだらしなくなっちゃうのは駄目だけど、やれることは沢山あるもん!」

「俺としては特に予定も無いから暇な時間が増えるってことでもあるんだけどな。まぁ鐘月が楽しめるならそれも良いか」

「……うん? 相坂くん、何か勘違いしてない?」

「え?」


 瞳をキラキラと輝かせながら長期休暇への期待感を語る美穂の様子は本当に楽しそうなもので。

 毎年特にこれといった予定もないままに過ごしてしまっている蓮にとっては夏休みなど課題を片付けてしまったら後はやりたい勉強を時折こなすだけの日々と化していたが、彼女がこうも語るほどに楽しみだと言うのならそれを見守るのも悪くはない。


 どうせ夏休みだろうと美穂がここにいるのは確定しているのだ。

 であれば無茶なことをしでかさないように後ろで控えているかと考えて…彼女から勘違いという言葉を突き返されて呆然としてしまう。


「私が夏休みを楽しみだって言ってるのは、もちろん楽しいことを沢山できるからっていうのもあるけど…一番は、相坂くんと()()()()()()()()()()()()()()()、なんだからね?」

「……っ! お前なぁ…」

「ふふっ、だから他人事みたいに言ってないで、夏休みに何をするか…一緒に考えてくれるよね?」

「…気が向いたらな。それより今はテスト対策の時間だろ」

「はーい!」


 …彼女から向けられてきた言葉。


 よもや美穂があれほどのリアクションを示していた理由が夏休みそのものへの期待感というわけではなく、まさか蓮と共に過ごせる時間が増えるからなどというものだったなど予想外もいいところ。

 加えてそう告げてくる美穂の表情は、こちらを揶揄ってくるような面持ちでありながらも…その声色に秘められた蕩けるような甘さとも合わさって、思わずこちらの心臓が大きく揺さぶられてしまったくらいだ。


 ──その後も、事あるごとに夏休みに何がしたいかと輝いた瞳を伴って聞き出そうとしてくる美穂の質問をかわしながらも、彼らだけの勉強会は続いていった。


 ただ、彼女から自分といる時間こそが一番嬉しいものだと伝えられたことを嬉しく思ってしまったことは…蓮だけの秘密だ。


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