第三話 安心できる人と場所
何とか美穂の身に迫りかけていたトラブルを追い払う事に成功こそしたものの、その後のことは考え無しに動いてしまったせいで気まずい空気が流れている。
先ほどまでいた警察官もとっくに去ってしまったため会話のきっかけを生み出すことも出来ず、美穂の方もまた突然現れた蓮の存在に戸惑っている…といったところだろう。
普段から話すことなど無い、クラスメイトでしかない間柄がこんなところで弊害をもたらすなど想定もしていなかったがこうなった以上は何かしらの話題を出さなければならない。
まだ状況が飲み込めていない彼女には説明も必要だろうし、何故彼がここにいるのかという点も疑問に思っているはずなのだから。
ただその話をどう切り出したものかというところで今一歩躓いてしまい、どうにも足を踏み出すことが出来ない。
……しかし、そんなことを考えていると意外にも向こうの方から声を出してきてくれた。
「──あ、あの! …ありがとう。相坂くん…だよね?」
「あ、あぁ……とりあえず鐘月が無事そうなら良かったよ。急に割り込んで驚かせたりして悪かったな」
微かに赤く腫らした目元を見せつけながらも、怒涛の展開続きだったからかもう涙は引っ込んでしまったらしい。
お互いの身長差もあって彼女が見上げてくるような体勢にはなったが声を張り上げてくる美穂の言葉にはこちらも素直に返答しておいた。
「う、ううん…それはいいというかむしろ助けられちゃったんだけど、どうして相坂くんがこんなところに…?」
「俺は少し小腹が空いたからそこのコンビニに行って、その帰りだよ。そしたら公園でなんか騒いでるところを見かけたから通りがかった警官に手助けしてもらったんだ」
当たり前だが彼女の尋ねてきたポイントはどうして彼がここに居るのか。そして何故自分を助けに来たのかという点。
美穂の立場からすれば抱いて当然の疑問点で、そこに対する答えは非常にシンプル。
そもそも蓮がこの道を通りがかったのは夜間だというのに何だか無性に寝付ける気がせず、多少小腹も空いていたので食べる物でも買おうかと近所のコンビニに行っていたからだ。
現在彼が持っているビニール袋はそこで買い込んだ物で、服装がラフなのもコンビニに行く程度なら着飾る必要もないと思ったから。
結果として美穂と出会ってしまっているのでもう少しちゃんとした格好をすればよかったかと若干の後悔も湧きあがりそうになるが…それは後の祭りである。
今更とも言える。
「そ、そうだったんだ…じゃ、じゃあ。ずっとあの出入口近くで立ってたりしてたのは何で?」
「………バレてたのかよ」
「…うん。あと、多分…というか確実に、私が泣いてたのも見てた…よね?」
「……そうだよ、そこから見てた。覗き見みたいな真似をしたのは謝罪する。褒められたことじゃないしな」
それに蓮が冷静な態度を維持できたのはそこまでのこと。
美穂の方から暴露されてしまい、想定外に過ぎた事実だったので一瞬思考が空白になりかけたが何と彼女は数十分前からの蓮の行動に気が付いていたらしい。
幸いにも語った際の態度からして軽蔑しているというわけではなく、単純に彼がそうしていた理由が分からず困惑しているといった感じなのは助かったが。
無論、それでも向こうからすれば不審な行動であることは変わらないのでそこはしっかりと謝罪しておく。
だがそう思った反面、美穂から返されてくる言葉は非常に簡潔であっさりとしていた。
「ううん、そこはいい。ただやっぱり、同じクラスの人にあんな所を見られるのは恥ずかしいというか、複雑というか…」
「あ、そのことか。別に心配しなくても誰かに言いふらしたりなんてしないから安心してくれ。ぶっちゃけ鐘月がどこで何してようが勝手だし、そこを吹聴して楽しむような趣味も無いからな」
「…………」
「おい、どうした。そんな呆気に取られたみたいな顔して」
言われてみれば、というより指摘されてみれば当然の話だがかなり前から蓮の存在は認識していたというのならそこからの行動を見られていた側からすると複雑な心境にもなるのは自然なことだ。
たとえほぼ初対面の間柄であっても自身が泣いている場面など好き好んで見せたいものではない上に、それが曲がりなりにもクラスメイトとなればなおのこと。
場合によってはそれを揶揄いのネタにもされかねないので、そこを危惧していたということか。
もちろん蓮の意見としては毛頭そのようなことをするつもりは無いのだが。
「う、ううん。ただ何というか…思ってた以上に私が泣いてた件に触れてこないなぁって思って予想外だったから、驚かされちゃって…」
「いや、わざわざ他人の事情に踏み込むほど俺はお人好しでもないぞ。こう言っちゃあれだが明らかに面倒そうな雰囲気丸出しだからな、お前」
「…そこまでハッキリ言わなくても良くない?」
ただ、美穂の主張することも分からないでもない。
赤の他人であるならともかく、少なからず顔を知った相手が道端で泣いているなら話を聞くなりするのが人情というものだ。
全員が全員そうするわけでも無いだろうが、本来ならそういった行動を起こすのが無難な選択肢のはず。
だというのに蓮に関してはこの件にまともに取り合おうとすらせず、むしろ早く済ませたいと言わんばかりに適当に流そうとしている始末。
加えてその理由も面倒ごとに関わるなど真っ平御免というだけなので、より人としての温もりが欠け落ちているように思えてならない。
「まっ、ひとまずは鐘月が普通に話せてるんならこれ以上俺もここに留まる理由は無くなったからな。もう帰るさ。そっちも気を付けて帰れよ───っておい、何すんだ」
「……う、ううん。特に何があるってわけでも無いんだけど…ただこうやって一人でいたら、また男の人に声かけられそうじゃない? ほら、私って目立つしおっぱいも大きいし…」
「…女子がそんなはしたないこと口にするんじゃない。で、結局俺にどうしろって言うんだよ」
「そのぉ…もう少し相坂くんに一緒に居てもらえたら安心するなぁって。駄目?」
しかしそこまで述べたところで早々に帰ろうとした蓮の足は、背中から感じられた服を引っ張るような感触によって止められる。
振り返ってみればそこには予想通りだがベンチに座り込みながらも片手は決して離すまいという意思を感じさせる圧力でシャツの裾を掴む美穂の姿。
…どうやら、彼女の要望を聞く限りでははっきりと口にするのは気恥ずかしかったのか若干音量が下がっていたものの、まだ彼にここに居て欲しいとの弁。
そう懇願してくる姿さえも、微かに潤んでいるように思えてならない瞳と相まって筆舌にしがたい可愛さに溢れているのは流石美少女としか言い表しようがない。
「んなこと言われてもな。俺だってそろそろ帰りたいし、そもそも高校生がこれ以上外に居座るのは色んな意味でマズいぞ」
「あっ…そっか」
けれどもそう告げられたところで蓮に出来ることなど残っていないのだ。
彼がこの場に留まっていたのはあくまで美穂を見捨てるような形になることに寝覚めの悪さを覚えたからであって、決して彼女の悩みを解決してやろうだとかそんな清く正しい考えは持っていない。
ある程度彼女と直接会話を重ねてとりあえず問題も無いだろうと分かった今、これよりも帰宅が遅くなってしまえば今度はこちらが警官に補導されかねないので早く帰らなければならないのだ。
ゆえに彼は今から自宅に帰る。それは決定事項。
申し訳ないが彼女のためにこうして外で時間を潰し続けるほど蓮は美穂に思い入れがあるわけでも無いので、多少冷たく思われようとも突き放すような言動になったとしても自分の意思は明確にしておいた。
……ただ、そこで返ってきた美穂の言葉には蓮も目を丸くする結果となる。
「だ、だったら…今から相坂くんのお家に上がらせてもらうのは無理、かな?」
「………はい?」
──遠慮がちな態度でありながら、その内容はちっとも遠慮されたような内容ではない。
よもや一生聞くことも無いだろうと思っていた、女子の方から自分の家に上がりたいなんて懇願を目の当たりにし…さしもの蓮も思考は停止した。




