第二八話 あるはずのない対面
思わず目の前にいる友人たちの間でとんでもない波乱が巻き起こるのではないかと危惧しかけた蓮であったが、琴葉から伝達された情報から察するに一応の打開策は考えてあるとのこと。
ならばこちらがいちいち口出しをするのも野暮というもので、向こうには向こうの思惑があるのだからその流れに任せてしまえばよい。
端的に言えば、今も尚反省の色が見られない京介にはみっちりと己のしでかした事の重大さを自覚してもらえるように頑張ってほしいといった感じだ。
彼の親友としても、友の悪い部分は改善しなければと切に願っているので非常に期待している。
「ふむ……しっかしこうやって蓮の家に入れたはいいが、こうして見てみるとなんか少し変だな」
「は? 変って何がだよ。ありふれた部屋だろうが」
「いや、そういう変じゃなくて…こう、何というかな」
──そしてそんなことを考えながら、変わらずさりげなく琴葉を愛でるような…それでいて仲睦まじさをアピールするような言動を繰り返していた京介は、ふとこんなことを言ってきた。
辺りを少し見回したかと思えばそれからこの家の様子が何やらおかしいなどと伝えてくる友の言葉にはさしもの蓮も引っ掛かりを覚えた。
そもそも人の家を見て変などと言われても反応に困るだけである。
不躾に貶されたような気しかしないので若干不快な気分になりかけるも、とりあえずそのようなことを言ってきた理由くらいは聞いてみようとも思う。
「…蓮、確認したいんだけどこの家にはお前一人しかいないんだよな?」
「その通りだが」
「………京介、何が言いたいの?」
がしかし、その理由を聞かされる前に京介から飛ばされてきたのは何とも言葉だけでは形容しがたい、判断に困るかのような表情を露わにしていた。
けれどそんなリアクションを浮かべられた理由については、ある意味ですぐに彼も理解させられるところ。
蓮と同じようにまだ彼の発言の意図を察せていない琴葉も似たような反応を示していたが…それに構うことなく言葉は続けられる。
「単に俺の気のせいかもしれないんだが、この家って蓮以外にも誰かが住んでるような気がするんだよな。最初は親かと思ったんだけど確か蓮の両親は二人とも仕事でいないって話だったろ?」
「………っ!?」
「……言われてみれば、確かにそんな感じもする」
──そう言われた瞬間、蓮は内心で急激に渦巻いた驚愕の念を必死に押しとどめた。
まさか京介の口から、自分たち以外の誰にも伝えていないはずの美穂の存在に近しい事実にまで言及されるなどとは思ってもみなかったために胸中では声を漏らしてしまいそうなほどの驚きが溢れかけていた。
…ただ分からない。
向こうもまだ確信を持っているわけではないだろうから誤魔化せる可能性は残っているが、前提としてそんな疑いを抱かれることがありえないはずなのだ。
まず蓮は当たり前だが美穂がこの家を訪れていることを誰一人として言い触らしてもいないし、伝えてもいない。京介たちにも同様だ。
さらに付け加えるのなら彼らを家に招くと決まった時点で美穂が通い詰めているという痕跡をなるべく嗅ぎ取らせないように注視していたし、その注意は現在でも怠っていなかった。
だというのにこんなことを言われたのだから驚きもする。
逆に言えば、そう言われたからには京介がそう判断するだけの判断材料が残ってしまっていたということなのだろう。
「ここに来た時からちょっと目には入ってたんだけどさ。洗って乾かしてある食器が何故か二人分あったし、そこの椅子も二脚だけ並べられてるだろ? 蓮一人ならそこまでの数揃える必要はないし、あと単純にこの家が片付けられすぎてたからな。蓮がここまで綺麗に出来るのかって疑問もあった」
「…い、いやそれはこの前少し多めに皿を使うことがあったから洗ってただけだ。椅子も…いざって時の来客用に置いてあるだけだって」
「…………そういえば、私も洗面所で化粧水とかが置いてあるの見た。…相坂君、彼女でもいる?」
「…げっほ!?」
「おい琴葉! それマジか!? …どういうことだ、蓮? 詳しく聞かせろよ!」
…そして次第に、時間が経つにつれて状況は蓮にとって不利なものへと変化しつつある。
京介の言い分を聞くに部屋のそこかしこに残されていた微かな痕跡から少しずつ真実に近づかれてしまったようだ。
流石にその相手が美穂だなんてことは分かっていないらしいが…それもバレてしまうのは時間の問題だろう。
何しろ京介のみならず、彼の発言を聞いて考えこむ様な仕草を見せていた琴葉が一気に核心へと迫るような洞察をなしてしまったのだから。
そうしてそんなことを聞いた京介はというと、彼の傍にいるかもしれない相手が異性の可能性が高いと知るや否や目を輝かせて問い詰めようとしてくる。
とても面倒なことになってしまった。
まだ京介の疑念だけならばどうにかこうにか誤魔化せる目も微小には残されていたはずなのだが、ここにきて琴葉からの追撃も付加されたことで向こうの疑念はほぼ確信に変じる。
こちらが想定していた以上に目ざとかったらしい二人の追及に蓮も追い込まれていき、そんなところまで見られていたのかと驚きを隠しきれない。
…というか、まだ二人がいるリビングならばともかくとしてキッチンや洗面所の様子まで把握されていたなど、いつの間に見ていたというのか。
そちらの方が余程怖くもある。
「今更恥ずかしがって隠さなくても良いんだぜ? 俺たちは親友なんだから、蓮に彼女が出来てたとしても心から祝福してやるさ!」
「…そんな腹の立つ顔を向けられながら言われても信用できんぞ。あと、そもそも彼女なんていないって前から言ってるだろうが!」
「………じゃあ、あの女の子の私物みたいなものは何?」
「そ、それは……」
しかし現状はそんな恐怖心よりも突如として立ち塞がってきた困難への対処が急務であり、好奇心を駆り立てられた…もとい面白そうな話題が降りかかってきたことで興味を引き出してしまった京介相手にどう誤魔化したものかという点で思考が満たされていく。
けれども蓮が何かを弁明しようとした段階で横から冷静な視点を持った琴葉がことごとく逃げ道を潰してくるため、己の首が少しずつ締め上げられていくような感覚を味わう。
どうしたものか。
この苦しすぎる状況を打破するための一手がどこかに無いかと極限状態の脳をフル回転させようとしたところで───現実は、更なるカオスを呼び寄せる要素をこの場に叩き込んできた。
「───ん? なんだこの音?」
「……鍵? 誰か、親御さんが帰ってきた?」
「は、鍵って何を言って………っ!?」
…その瞬間、この場にいた誰もが耳にした微かな音。
玄関先から聞こえてくる硬質的な、まるで扉の鍵でも開けようとしているかのような音を前に京介と琴葉は蓮の身内が帰宅したのかと思ったらしい。
ただ、蓮の反応だけは違った。
この時、この瞬間。
親が帰ってくることなどほぼないと言ってしまってもいいこの家にやってくる者など限られている中で、一人だけ来ても不思議ではない人物はいる。
そしてそれは、今に限れば最も姿を現してほしくない少女でもある。
頭に思い浮かんできた人物の候補に思い至るのと同時に、蓮はどうにかしなければという考えだけを巡らせながら…されど、既に小さな足音を響かせながら近づいてきてしまっている彼女を止めるにはわずかに遅すぎた。
手遅れという他ない。
ほんの数秒がとても長く感じられた体感時間で、少しずつ開いてくる廊下とリビングを隔てたドア。
ここにいる誰もがその動きに注目する中、現れたのは───。
「…やっほー! 相坂くん待たせちゃったかな? ごめんね、今日はスーパーが混んでてお買い物に時間がかかっちゃったから…………はぇ?」
「………えっ?」
「……………ん?」
(……あぁ、終わった)
──言い逃れのしようもない、部屋の隅々にまで響き渡るような透き通った声色を届かせながら。
楽しそうな雰囲気を露わにしてやってきた美穂は、その片手に抱えた買い物袋を重そうにぶら下げながらも…部屋に居座っていた者達の姿を見て硬直し。
また、こんな場所にいるわけもない同級生の姿を直視させられたカップル一組も…理解が追い付かないといった様子で美穂の存在を認識する。
そのような光景を目の当たりにさせられた蓮はというと、この後に訪れるだろう波乱と質問攻めの未来を直感して顔に手をやり、諦めの心境で天を見上げるのであった。




