第二七話 糖度過多の見せつけ
自分がしでかしたことだというのにまるで反省が見られない京介の言動に心底呆れこそさせられたが、一度許可を出してしまったのは他ならぬ蓮である。
一回出した許しを取り下げようものなら京介は激しく騒ぎ立て、状況次第では強く抵抗してくることも予想されるのであちらのカップル一組を招くことを今更拒否など出来ない。
なので仕方なく…ほんっとうに仕方なくではあるが京介のみならず琴葉がやってくることも含めて嫌々ながら許しを出し、自分の家が恋人のいちゃつく場所になるという嫌な未来を予感しつつも彼らは家路を辿った。
──しかし、ここで一つの問題が発生する。
というのもこれが以前までの状況であれば蓮も特に深く考えることなく自宅へと直行したが、今あの家を使っているのは彼一人ではない。
そう、現在蓮の自宅は美穂が通い詰めているという状態なのだ。
彼女が彼の家に来ているのは当然ながら他の誰にも明かされたことは無く、バレてしまった際の影響が甚大すぎるので学校でも秘密にしている事実である。
ただこのまま目の前のカップルを伴って何の対策もせずに帰ってしまえば、最悪美穂と鉢合わせてしまう可能性がある。
それは最悪の展開だ。
特に京介なんかは彼の家に美穂がいるという状況に鬼の首を取ったように騒ぎ立てるだろうし、あることないことを詮索されるのは確実。
ゆえに彼の家に帰宅する道すがら、前もって美穂には『京介と琴葉が我が家に来るので今日は来なくていい』とメッセージを送っておいた。
これで彼女が連絡を確認してくれれば緊急事態であることは察してくれるはず。
何か用事でもあったのか、一向に返信が来ないことだけは気がかりであったがそのうち返事も送信されてくるだろう。
ともあれやるべきことをやり終えた蓮にそれ以上手を尽くせることは無く、大人しく二人を家に案内する他ない。
…帰りの道中でも周囲に見せつけるように隙あらば仲の良さをアピールしてくる恋人のやり取りに辟易としつつも、何とか無事に家まで送り届けることが出来た。
「ほぉ…? これが蓮の家か。俺の予想だと蓮のことだからもっと物で散乱してるんじゃないかと思ってただが、そうでもなかったのか?」
「……言われてみれば、すごい綺麗にされてる。というか片付けられすぎてる気もする…」
「…お前ら、人への評価が厳しすぎて泣くぞ。俺だってこのくらいは…片付けもするっての」
手慣れた手つきで玄関に入り、何気に初めてこの家を訪れた二人はリビングに居座りながらも眼前に広がった光景への素直な感想をこぼしていた。
またそれはある意味で…想定以上に整理整頓がなされていた蓮の家に対する驚きも含まれていたのかもしれない。
それと言ってしまえば京介の感想も半分は正解である。
何せ向こうの言う通り、蓮は自宅の掃除など出来やしない。実際一か月弱前までは散々な有様であった。
ここまでの見栄えに生まれ変わらせられたのはほとんど美穂の力添えがあったからで、蓮の実力では確実に片付けなど不可能だっただろう。
しかしそれを明かすわけにはいかないので、彼女の手柄を奪うような形になってしまうのは非常に心苦しいが蓮がやったことにしておいた。
「んなことはどうでもいいだろ。俺の方だって聞きたいことが山ほどあるしそっちに答えてもらうぞ。…まず最初に、どうしてここに天宮を連れてきたんだよ。てっきりお前一人で来るものだと思ってたんだが」
「何だ蓮? 俺の可愛い彼女がいることに文句でもあるってのか!」
「か、可愛いなんて…京介、言い過ぎ」
「………俺は自分の家をカップルの待機場所として提供したつもりは無かったぞ」
されど彼の関心はそこにはなく、あまりにも自然についてくるものだから尋ねることさえ失念しかけていたが琴葉までもが蓮の家に来るなど聞いていなかった。
そう問いただせば…これも愛する者同士だからこそなせる業とでも言うのだろうか。
京介の一見怒りとも捉えられる、しかしよくよく聞いていけば惚気としか思えない言葉を受けて隣にいた琴葉は照れたように表情変化の薄い頬を赤く染めている。
……何が悲しくて自宅で恋人のいちゃつく様などを目撃しなければいけないのか甚だ疑問ではあるものの、それ以上にこの光景を目の当たりにして死んだ魚のような目になる蓮の心情も少しは考慮してほしいものだ。
あと、以前は琴葉が怒り心頭といった様子で現れたのが印象づいているのでイメージが崩れそうにもなるが本来はこっちの彼女が素の態度なのだろう。
どちらにしても居心地の良いリビングが愛しい者同士の愛情で形成される桃色空間になりかねないので、ご勘弁願いたいという感想は変わらないが。
「とにかく納得のいく説明をくれ。それさえ貰えたら天宮がここにいるのにも文句は言わないから」
「ふむ…なら話すけどな。大した事情があるわけでも無いぞ?」
「それでもいい。教えてくれ」
「だったら言うけどさ。さっき俺が家には帰らないってことは説明したろ? それと泊まる場所は他にあるってことも」
「言ってたな。それがどうしたんだ」
目の前でカップルのコミュニケーションを見せつけられるなど積極的に置かれたい状況ではない。
なのでそれをされるのであれば相応の理由が欲しいところだったのだが…それを効かせてもらえるのなら願ってもない。
何だか近頃は強引に押し切られていく流れが増えてきてしまったような気がしてならないとも思ったが、その思考は一旦放棄して耳を傾ける。
と、そうして聞いた話は……これまでの出来事でも特に信じがたい内容であった。
「…あんまり大きな声では言わないでくれよ? それなんだがな、実は今日泊まる場所を琴葉に相談したら向こうの家に泊めてくれるって言ってくれたんだよ?」
「…………は!?」
「……ん、それに間違いはない」
……この時、蓮は心底思った。
こいつは馬鹿かと。
「き、京介…確かさっき親に叱られたのは天宮の家に連絡を忘れて泊まったからとか言ってたよな?」
「あぁ、そう言ったな」
「…そんなところでまたそっちの家に泊めてもらったりしたら、さらに怒りが燃え上がるんじゃないか?」
「あれ、そうなのか? まぁ時間さえ稼げたらどうにかなるだろ!」
今回の件、大前提として京介が両親に叱られたのは恋人の家に報告を忘れて泊まりこんでしまったことである。
だというのに、こいつは悪びれることも無く再び琴葉の家に宿泊させてもらおうとしているのだ。
それも一つの考えさえ無しに。
何度でも言わせてもらおう。馬鹿か。
そんなことが知られてしまえば両親の怒りのボルテージはさらに高まり、火に油を注ぐだけの行為だと気が付きそうなものだが…あいにくそこは楽天家な友人のこと。
きっとそんなことは考慮すらせず、頭の中は今日一日をどう凌ぐのかという点でいっぱいなことに違いない。
しかしいくら部外者とはいえ、そのような事情を聞かされればただ静観しているわけにもいかなくなる。
けれどこの状態に京介にどれだけ説得力のある言葉を投げかけても無意味。
であれば残された希望はただ一つ。
ある意味もう一人の当事者と言えなくもない琴葉へと蓮が視線を向けてみれば…そこには先ほどまでの照れたなりを潜め、ふっと苦笑するような雰囲気を漂わせた彼女の姿があった。
「……大丈夫、相坂君が気にしているような事態にはならない。私も事態の大きさは分かってるから、泊めてあげるのは嘘じゃないけど私の家に京介がいるって連絡はするつもり。そこで迎えに来てもらおうと思ってる」
「……な、なるほど。それだったらまぁ…ギリギリセーフ、か?」
──不幸中の幸いか、ほぼ全ての出来事をノリと勢いで済ませようとする友とは違ってこちらは冷静に物事を見る目が備わっていたようだ。
もうそうしようと思っている段階でアウトだと言われてしまえばそれまでであるが、しかしそれでも全部黙ったままで時間だけが過ぎてしまうよりは何倍も良い。
「…今回のことは、私の方にも非があるから。だから京介のママとパパにもちゃんと謝るし、謝らせる」
「そっか…だったらまぁ、こっちから言うことも無いな。…京介の野郎にはきっちり反省してもらわなきゃいかんが」
「ん……それは、同意」
琴葉から聞くに、この件は少なからず彼女にも関わってきているので我関せずのスタンスを貫くつもりはないとのことだ。
だというのなら少し安心した。
これで琴葉までもが浮かれた思考を持ってしまっていたら後先など考慮されることも無く大きな火種を生んでしまっていただろうが、しっかり考えているのならひとまずは問題も快方に向かうだろう。
相変わらず能天気な様子で過ごしている京介には心底己の愚行を反省してもらわねばなるまいが、その辺りは向こうの家族にお任せするとしよう。




