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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第一章

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第二四話 耳掃除と天国と地獄


「じゃあ早速だけど…こっち向いてもらってもいい? そっちの方がやりやすいから」

「はいよ…これでいいか?」

「うん、ばっちり! それじゃあ動かないでね~…」


 どういう経緯を経ればこんなことになるのか、今一度事実を再確認しておきたい心持ちで内心が満たされていきそうになる蓮であったが現実は彼の心境に構わず突き進んでいく。

 特にもう一人の当事者でもある美穂なんかはこの状態を疑問に思う事すらなく、むしろ楽しむつもり満々なオーラで望んでいるようにすら見えた。


 男子の耳掃除などして何が楽しいのかは全くの不明であるものの、一応はこれも彼女なりの礼になる。

 ならばそれを受け取る側としてはどのような形であれ、過剰に拒絶するよりも無駄に抵抗することなく甘んじておいた方が良い。


 …対処を諦めたと言えなくもない。


 しかしそういうわけなので美穂の指示には大人しく従っておき、後頭部を彼女の方に向ける姿勢に身体を動かしてその時を待つ。


 ──すると、その瞬間は意外なほどに呆気なく訪れた。


(………ん、結構気持ちいいものなんだな…)


 添えられたようにして触れられた美穂の片手と、もう一方の手に握られた耳かきを動かす様な感触。

 自分の耳の内を擦られるような感覚が伝わってくるので耳掃除が始まったことは言わずとも分かったが…存外心地よいものだ。


 誰かに耳掃除をしてもらう経験など幼少の時以来であるし、ましてや同級生の女子から膝枕をされながらすることになるなんて夢にも思っていなかった。

 きっと傍から見れば今の蓮はさぞや情けない状態なのだろうが、それでも耳から伝達される気持ちよさは嘘一つない。


 というか、これは美穂の手先が器用だからこそなのだろう。

 彼がここを掻いてほしいと思った箇所をピンポイントで狙ってくるかのような動きは見事の一言で、至上の心地よさがある。


 かといって蓮の耳を傷つけるようなことは決して無く、細やかな丁寧さで満たされた手つきは惚れ惚れとしてしまいそうなほどにたおやかだ。


「んー…相坂くんのお耳はそんなに汚れて無さそうだね。確認した限りだと綺麗かな?」

「………」

「…相坂くん? もしかして寝ちゃった?」

「えっ…、あ、あぁ悪い。つい気持ちよかったもので…上の空になってた」

「ふふっ、そう? それだったら何よりだから、もっと気持ちよくなってくれてもいいよ。……ふぅ~…」


(………っ!?)


 こちらが想定していた以上に丁寧な耳掃除をしてくれる美穂の腕前に、数分前までは乗り気でなかった蓮であっても無意識にその時間に浸ってしまうほどに最高のひと時。

 その快適さたるや、ある程度掃除をし終えたらしい美穂から話しかけてきても反応に一瞬遅れてしまうほど。


 何とか意識を持ち直して返答することは出来たものの、あともう少し没頭していれば変な風に思われていたかもしれない。

 それは流石にマズいので、ここからはたとえ心地良かろうとも気合いを入れ直さねば。


 ……が、しかし。

 意識を切り替えたばかりだというのに、あるいは切り替えたばかりだったからか。

 そのタイミングで片耳の掃除を終えたらしい美穂はというと、辺りに散乱した汚れを吹き飛ばそうとでもしたのか……何と、彼の耳に()()()()()()()()()


 声を出さなかったのは奇跡だと思う。

 それほどまでに今の出来事は衝撃的で、心なしか全身に鳥肌さえ立ったように思えてならない。


「よしっ、じゃあこっちは終わりだから…今度は反対の方向いてもらってもいい? もう片方のお耳もやっちゃうね~」

「わ、分かった。今動くから……ぶっ!?」

「はいはーい。じゃあまたもう少しだけジッとしててね!」


 しかしそのインパクトをどうにかこうにかして乗り越えることに成功すれば、内心でそのような葛藤があったことなど知る由もない美穂から体勢のチェンジを頼まれる。

 発言からするに、片方の耳は今の時間をもって終了したようなので今度はもう片方の耳に移行するのは自然なこと。


 ゆえに蓮もほとんど無意識に寝返りを打ち、なるべく彼女の足に負担はかけないように留意しながら顔の位置を反転させれば…そこで飛び込んできた視界に映ったものを見て狼狽することとなる。


 …分かり切っていた事実ではあるが、ここまでの蓮は自身の顔を美穂からは背ける姿勢になっていた。

 ではそれが正反対となるように身体を動かせばどうなるというのか。…結果は見ての通り。


 蓮が身体の位置を動かしたことで、それまでは見慣れた部屋の風景が映るだけだった彼の視野は打って変わって美穂の姿が大半を占めることとなる。

 付け加えるなら、膝枕をされるという立ち位置上どうしてもその視覚は限定的な範囲を捉えるものとなってしまい、端的にまとめるなら…彼女の()()が目の前にいきなり現れてきたのだ。


 別にだからと言って何が悪いという話でもない。

 流石に日頃からジロジロ見つめたりなどすれば咎められもするだろうが、今は姿勢的にも顔の向き的にも視線が映し出す景色はどうしてもこうなってしまう。

 それに他の場所を見られるのならともかくとして、腹部程度なら多少目に入ったとしてもさして問題にはならないと言われるだろう。


(…あんまり見るな! 幸い鐘月は気にした様子も無いけど…それはそれとして、これは見ない方が良い気がするし。…ったくこいつ、無意識にこんなことしてるのか…? 油断してるにも程があるだろ…)


 とはいえ、問題が無いのだからこの光景を目に焼き付けるかと言われれば蓮の答えは即座にノーとなる。

 それは当たり前だろう。


 いくら視界に収めても問題は少ないからと言って、この状況を利用するような意思を持って異性の身体を見るなど言語道断。

 あと、美穂の腹部に見惚れるというのもそれはそれで変態的な行為に思えてならないのでやはりどちらにしても目を閉じてしまうのが最善の選択肢であることに変わりない。


 よって、色々な意味で耐え抜くためにもここは蓮は瞼を下ろして一件落着。

 ……そうであったら心底良かったのだが。


「んっ……あんまりよく見えないなぁ。相坂くん、ちょっとごめんね? もう少し近づいて見ないと…」


(…!?)


 ──蓮が瞼を下ろし、何とか落ち着くことができたと安堵した瞬間。


 美穂が困ったようにつぶやいた一言を認識するのと同時に、体感で彼女の気配が近づいてくるような気がした。

 すると…彼の頭に、非常に柔らかい物体が押し付けられる。


 考えるまでもなくそれが何かなど正体には察しがつく。

 現在の二人の姿勢。近づいてきたと思われる美穂の身体。

 何より、確かな重量を感じさせながらも…信じられないほどに柔らかな感触を誇る()()は、彼の理性を抉り取るには十分すぎる威力を有していた。


「うーんと……もう少しで取れそうだか、ら…ほいっ! うん、これで綺麗になったかな! もう起き上がっても大丈夫だよ!」

「……終わった、か」


 彼女が身じろぎ一つする度に激しく揺れ動いてしまう弾力の応酬は、実際には数十秒程度の短い時間だっただろうに体感では遥かに長い時を耐え忍んだようにすら思える。

 しかしその時にもいつしか終わりはやってくるもので…美穂の一言を聞いて起き上がってきた蓮の表情は、息も絶え絶えといった様子の満身創痍である。


 …最後はギリギリのところで踏みとどまることこそできたが、あれ以上続けられていたらどうなっていたかは彼自身にさえ分からない。


「誰かに耳掃除なんて初めてやってあげたけど…どうだったかな? 痛かったりしたら遠慮なく言ってね」

「……うん、痛くは無かったよ。全くな。むしろ気持ちいいくらいではあった…だろうな」

「本当!? じゃあじゃあ、今度機会があったら()()()()()()()()()!」

「………もう勘弁してくれ。頼むから」

「えっ!?」


 ──今回の経験を通して蓮は確信した。


 確かに美穂の手による耳掃除は心地よいし、その行為自体は本音を明かせば何度でも味わいたいと思うほどにリラックスができるものだった。


 …しかし、それに付随してくる現象はこちらの理性をジワジワと溶かしにかかってくる地獄の精神的拷問そのものである。

 天国と地獄。正反対に位置する感覚を同時に体感させられるこの行為は永劫封印しておかなければならないと強く思った。


 特に男子相手には軽々しくやるなと厳命を出したのは語るまでもなきことか。


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