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傷心中のクラスメイトは何故だか我が家に入り浸る  作者: 進道 拓真
第一章

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第二一話 人気者ゆえに


 無事に美穂へと合鍵も手渡せたので、これでしばらくは出迎えのために蓮が待機する必要もなくなった。

 相変わらず彼女の方は託されてしまった物の重要性に恐れおののいていたのか両の掌に乗せられた鍵をジッと見つめていたものの、いつしか諦めたのか丁寧な手つきで持ってきていた鞄の中に収納していた。


 何だかんだと言いつつも、今日以降は美穂もあの合鍵を利用してくれることだろう。


「ところでさ、鐘月。…あの持ってきた袋は何なんだ? さっきから気になってたんだけど」

「あっ、あれ? あの袋はねぇ…さっきここに来るまでに今日のご飯のお買い物してきたから、その食材だよ! ちゃんと今日は用意してきたからね!」

「あぁ買い物袋だったのか。それなら後で使った金額を教えてくれ。しっかりその分は返すからさ」

「……やっぱりさ、そのルール変えない? 私が食べる分もあるんだからその負担までしてもらっちゃうのは何だか申し訳ないよ…」


 リビングにあるソファに座ってそわついた挙動を披露してくれていた美穂に対し、同じくのんびりとした時間を満喫していた蓮だったがふと目に付いた疑問を投げかけた。

 それはここからでも確認できるダイニングテーブルの上に置かれた謎の袋であり、美穂が家にやってきた段階から所持していた物でもある。


 なので状況が落ち着いてきた今、あれは一体何なのかと問いかければ今日の夕食のために買ってきた食材が入っているという、何とも分かりやすく納得しかない答えが返ってくる。

 おそらくはここに来るよりも前にどこかしらの場所で調達してきたのだろう。


 だったら蓮も礼を言うのと同時に彼女には返さなければならないものがあるのでそう告げる…が、何やら美穂はそこを不満に思っている様子。

 そんな彼女が漏らした不満は、彼らの間で決められた()()()の関することである。


「駄目だ。ただでさえ鐘月には働いてもらってるんだから、それ以外の面は俺が負担する。これだけは譲れないぞ」

「相坂くんの頑固! 食費はそっちが()()()()までしなくても良かったでしょ!」


 そう、今まさに美穂が口にしていた通り。

 この奇妙な共同生活であるが同じ空間で時間を共有する以上、明確にしておかなければいけないルールは山ほどある。


 中でも真っ先に取り決められたルールは日常のメインとも言える食事に関してであって、その中でも食費の負担をどうするかは大きな問題だった。

 当初、美穂は自分もご相半にあずかるのだからこちらも負担するのが普通だと主張し、ある程度の金額は支払おうとしてくれていた。


 ただ…それに待ったをかけたのが蓮である。

 向こうはきちんと自分が食べるだけの分は負担しようとしてくれていたが、そもそもの前提として彼女はただでさえ蓮の分まで料理を作るという労力を使ってくれているのだ。


 ならばその働き分だけでも彼は十分すぎるくらいに対価を貰っている感覚であったし、せめてそれ以外の面ではこちらが負担を背負うべきだというのが蓮の言い分。

 結果、調理の労力を担う美穂の分も彼の方でまとめて食材費を払うことになったわけだ。

 …けれども、その決定が彼女にとっては不満をありありと漏らしてしまうものだったようだ。


 無論、そのような態度を示されようと蓮が意思を曲げるつもりなど皆無なのだが。


「いいんだよ。そもそも俺は親からまとまった生活費を貰ってるし、前まで出来合いのものだけで生活してて高くついてたくらいだからな。むしろ鐘月が自炊をしてくれて負担も抑えられてるくらいだし素直に負担が無くなってラッキーくらいに思ってくれればいいさ」

「で、でもぉ…!」

「それにお前は調理の負担がかかってるんだから、美味い飯にありつけるだけで俺としてはありがたく思ってるんだよ」

「む、むぅ……分かったもん! それなら私は相坂くんが感動しちゃうような料理作ってみせるから、楽しみにしててよ!」

「…そりゃ期待値も上がりそうだな」


 どれだけ言葉を重ねられようとも蓮が既に決定した事項を変更する気がないことを暗に察したからか、美穂は少し悔しそうにしながらもやけくそ気味に料理への熱意を高まらせていた。

 彼としても、金銭云々の点を気にしすぎるくらいならそちらの方面にやる気を漲らせてくれた方がありがたいのでプイッと首を背けてしまった美穂の態度に苦笑しつつも言葉を返す。



 ……それとこれは余談だが、食材費とは異なり二人が買い物に向かう順番については基本的にそれぞれが一日ごとの交代制で担当することになっている。

 予定があってどうしてもできない日などは事前に連絡をし、埋め合わせ等は後々相談という形式となった。


 その方が難しくもないしお互いに平等でもあるので、費用の負担とは違いこちらは非常にあっさりと決められたのは記憶に新しい。


 閑話休題。

 蓮の言葉によって夕飯の調理へのやる気も引き上げられたらしい美穂はその後も変わらず落ち着かない挙動を見せていたが、それは自然なことだろう。


 誰だって他人の家に来たとなれば程度の差はあっても緊張はするし、身構えだってする。

 たとえそれが彼女自身が望んだ結果だったのだとしても、無意識に感じ取ってしまう落ち着かなさというのは気になってしまうもののはずだ。


 しかしこればかりは時間が経つにつれて美穂自身が慣れていくことを期待するしかない。

 いくら蓮が気張らずに過ごして良いと声を掛けたところで無意味なのだから、あちらの適応力に頑張ってもらうしかないのだ。


 ゆえに蓮の方から出来ることは無く、彼は彼で自分の時間を過ごすのみ。

 未だ美穂が家にいるというシチュエーションは見慣れないが、もうそういうものだと思い込むしかないので半ば諦めの境地でソファにもたれかかり───。


「……なぁ、そうやって見られてると気が散るんだが。どうした?」

「あっ、ううん。特に何かがあるっていうわけでも無いんだけど…」


 ──近くから感じた()()の方角を向いてみれば、どういうわけか好きなように過ごしていいと伝えたはずの美穂がジッと見つめていた。

 その目線の力強さたるや、自分だけの時間に没頭しようとしていた蓮でさえも思わず操作していた携帯の手を止めて話しかけてしまうほどである。


 一体どうしたのか。

 こちらに見つめられるような心当たりなど皆無なのでそのようにされる意図は直接聞き出すほかなく、このまま続けられれば集中することも出来ないので実際にそうした。

 すると、そう語り掛けられた側である美穂は指摘されると想定していなかったとでも言わんばかりに苦笑した面持ちでこう明かす。


「何というか…こうやって隣に相坂くんがいる状況が不思議だなって思って。自分から言い出したこととはいえ、やっぱり男の子と一緒の家にいるのはまだ慣れないかな」

「普通そんなものだろ。…ていうか今更だけど、鐘月って付き合ってる相手とかいないのか? そうだったらこの状況はかなりマズいと思うんだが……」


 緊張するような動きからも半ば察せられたが、彼女が蓮を見つめるような仕草をしていたのはこの現状に対する不慣れさゆえのもの。

 その点は彼も同意できる事柄なために賛同しようとして…ふと美穂の交友関係に思考が移った。


 周知の事実だが彼女はクラス内に留まらず校内でも一部の男子からな根強い人気を誇る女子。

 無論、蓮はそのような場面を見かけたことなど一度としてないが見たことが無いだけで男子から言い寄られた経験だってあることだろう。


 場合によっては現在進行形で交際をしている男子がいてもおかしくはないという、本当に今更に過ぎる事実に思い至り…仮にそうだとしたらこの状況は些かマズいのではと思った。

 が、その心配は次に美穂が放ってきた言葉によって掻き消される。


「え、付き合ってる人なんていないよ? そもそも今までそんな人がいたこともないもん」

「そうなのか? 少し意外だな…鐘月くらいになったらそういう経験があってもおかしくはなさそうだけど」

「あー…まぁ、それとなく遊びに誘われることはあった、かな? でもね……」

「…でも?」


 結論から言ってしまうと美穂に現在特定の相手と交際しているような事実はないらしく、蓮もそこに関しては本当に安心した。

 万が一他に相手がいるのに蓮の家に滞在しているなどという事実が知られてしまえば修羅場は免れられないので、その可能性が消滅してくれたのは心底安堵である。


 付け加えるなら美穂曰く、特定の相手がいないどころか少々意外なことに今までそういった関係性の人物も存在したことはないのだとか。

 彼女ほどの魅力を併せ持った少女であれば言い方は悪いが、男など選び放題だろうに案外その方面自体に興味がないのかもしれない。


 彼は頭の中でそう結論付けようとして、しかし何故か気まずそうな感情を滲ませた美穂からはこう言われる。


「そのぉ…ほら。今まで遊びに誘ってくれる人はいっぱいいたんだけど、そういう人たちって私の()()ばかり見てきたから…二人で遊ぶのはちょっと怖いなって。何されるか分からないからね」

「…あぁ、もうなんか色々納得した。…鐘月も苦労してるんだな」

「苦労ってほどじゃ……いや、うん。自分でも仕方ないとは思ってるんだけどね?」


 …その発言を聞いて全て納得できてしまったが、つまり要約するとこれまで美穂に言い寄ってきた相手はほぼ全員が彼女の肉感的に過ぎる身体ばかりを見てきたというわけだ。

 であれば彼女の来歴にも頷くしかない。


 たとえどれだけ整った容姿を持っていようとも、どれほど誠実な対応を取っていたとしても。

 誘いの段階から自分の肉体ばかりを見つめてくるような相手など申し出を受け入れれば何をしてくるか分かったものではないし、好きな相手ならばともかくとして単なる同級生相手なら尚更だろう。


 流石にその事情には蓮も同情した。


「で、でもでも! 相坂くんのことは他の男の子とは違って信用してるから誘ってくれても何も問題ないからね! むしろそうしてくれたら嬉しいくらいだから!」

「……まぁ、考えておくよ」


 人気者には人気者なりの苦労があるということだ。

 そんな至極当たり前な事実を思いがけない形で思い知らされた気分となった蓮は若干聞いたことを後悔しながらも、興奮した様子でよく分からないことを主張してくる美穂の対応を適当に済ませておいた。


 なお、その後に味わった夕食は非常に美味であった事を報告だけしておく。


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