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第一五話 跳ね上がった絶品


「さーて、完成! 相坂くん起きてる? 食べられそうならすぐに並べちゃうけど」

「…流石に鐘月が働いてくれてる中で寝るとか失礼すぎるからやってないぞ? しっかり起きてるし食べるのも問題ない。配膳くらいは手伝えるから俺もそこはやるよ」


 見慣れない光景が彼の目の前で展開され続けていたが、それも時間が経てば区切りの頃合いというのはやってくる。

 今回も例には漏れず、キッチンの奥から張り切った声量を維持したままに呼びかけてきた美穂の言葉によって料理の完成を知らされた。


 ただ蓮としてもここまで美穂には掃除から夕食の準備やらと働きづめにしてしまったため、せめて配膳くらいはやっておかなければとソファを立ちあがりかける。

 が、そうしようと考えたところでストップが入る。


「いいよいいよ。せっかくだし今回くらいは相坂くんにも料理を見て驚いてほしいし、今日は私が呼ぶまでそこでゆっくりしてて! むしろそうしててほしいから!」

「そうか…? まぁ、鐘月がそう言うなら待たせてもらうけども」


 ここまでしてもらって最後の最後まで美穂一人に任せっぱなしというのは色々な意味でも情けなく、世間的にも良い印象が持たれないのは分かり切っているので手伝えるところは手伝う。

 この場には蓮以外に美穂しかいないので、正直どんな過ごし方をしようともあまり関係はないのだがこれは彼自身のプライドの問題。


 向こうの厚意を当然のものとして認識し、仕事をしてもらって至極当たり前だなんてことは到底考えたくもないため必然の申し出だ。

 しかしながら、そう彼女に伝えたところ予想外にも手伝う必要はないと。

 それどころか自分が作った料理でインパクトを与えたいからか、そのままソファにて待機していてほしいと言われる始末。


 蓮の希望としてはここいらで一度手伝いを挟んでおくことで労働の対価を支払っておきたかったのだが…彼女からそう言われてしまうと手を貸すわけにもいかなくなった。

 力強く宣言してくる美穂の表情には緩み切ったような笑みが浮かべられ、これからの展開を予想でもしているというのか。

 彼にチラチラと視線を向けながらも楽し気な雰囲気を崩すことも無い彼女の後ろ姿と共に、二人がいるリビングには食欲を掻き立てる香りが漂ってきていた。




「……お、おぉ。これ、全部本当に鐘月が作ったのか…?」

「もっちろん! ちゃんと一から手作りしてるからインスタントでも無いからね。かなり自信作だよ! どうどう? ご期待に沿えるものだったかな?」

「期待どころか……これは想像以上の出来栄えだったな…」


 ──それから少しして、ようやく美穂からの声掛けもあり蓮はいよいよ食卓の席に着く許可を貰った。


 そうしてそこで目の当たりにしたのは…彼の想定など遥かに超えてくるクオリティを誇った夕食の品々。

 手作りであるがゆえに未だ温かさを保って湯気を立てる料理は一つ一つが見るからに絶品なのだと視界を通じて訴えかけてくる。


 まず何より、テーブルの上に堂々とした佇まいで控えているのは和食だと定番メニューとしても数えられるサバの味噌煮。

 添えられている生姜の香りを思わせる風味を振りまきながら並べられた完成度は語られるまでもなく最高のものだろう。


 さらに言うのであればそれ以外にも副菜として添えられたのだろうかぼちゃの煮物だったり、柔らかな味噌の香しさを思わせる味噌汁にシンプルな白米が並んでいたりと。

 言葉だけで語ればシンプルにも感じられるものの、見た目からして美味である以外の感想が一切浮かんでこないほどの様相を目にさせられれば感動してしまうのも無理はない。


 …事前に料理を大の得意としているとは聞いていたが、まさかこれほどのものだったとは。


「ふふん、相坂くんに驚いてもらえたなら私も大満足だよ! さっ、冷めないうちに食べちゃお? 実は私もお腹空いてきちゃったからね…」

「あぁ…それじゃ。…頂きます」

「はい、頂きます!」


 しかし感動しているばかりではあまりにももったいない。

 先ほどまでは妙な思考に頭を支配されて現状の異様さにばかり目が向かっていたが、こうも完璧な料理を出されてしまえばそのようなことすら些事に思えてくる。


 それどころかそんなことに思考を割くことすら無駄と思えてくるくらいであって、彼女に促されるまま食事の挨拶を経ると箸を手に取り料理を口に運ぶ。


 ──すると、そこで蓮が味わったのは圧倒的なまでの絶品さ。


「………美味い。これ、少し凄すぎないか…!?」

「あっ、ほんとう? えへへ~…そう言ってもらえたなら嬉しいよ! 大丈夫だとは思ってたけど実際に相坂くんから感想を言われるまではお口に合うか心配だったからさ」

「いや、これは嘘一つなく半端なく美味いって断言できるぞ。まさか鐘月の腕前がここまでのものだったとは…!」


 口いっぱいに広がってきた旨みは筆舌にしがたく、主菜であるサバの味噌煮は当然として全体的なバランスも素晴らしいの一言。

 蓮が久しぶりに誰かの手料理を味わったというのも関係はしているのだろうが、その辺りの事情を差し引いてもこのメニューは味わいがずば抜けている。


 一切の誇張も抜きにこれまで彼が口にしてきた料理の中でもトップクラスの美味にランクインしてくる。

 思わずホッとしてくるような安心感に含まれる、細やかな美穂の気遣いや工夫が凝らされたような献立の数々。


 誰であろうとこの料理を嫌う者はいないだろう、なんて考えまで思い浮かんできてしまうほどには感嘆の言葉が出てくるほどだ。


「…うん、このお魚も美味しいね。お味噌汁はもう少し濃い目の方が良かったかな?」

「俺はこのくらいでちょうどいいな。あまり濃すぎても塩分過多だろうし、ちょうどいいバランスになってるよ」

「ならいっか。この辺は私の匙加減で味を調整しちゃったから不安だったけど好みに合ってたなら何よりだもん」

「そうなのか? 面白いくらい俺の好みに当てはまってたから気にもしてなかったな」


 自分の料理の出来に納得するように小さな口で頬張ったサバの身を噛み締めて感想をこぼす美穂。

 しかし彼女は蓮ほどオーバーなリアクションをしているわけではない。


 まぁ、彼にとってはただでさえ慣れていない他人の手料理という付加価値に加えて純粋な味わいとしても最高峰の美穂の腕前が重なっているのに対して彼女からすれば自分で作ったものなのでこうも反応の差が生まれるのは不自然でも何でもない。

 時折夢中になって食している蓮のリアクションを見て微笑ましそうに優しい目を醸し出しているので、楽しんでいることは間違いもないのだろうが。


「ふぅ…けどまさか、ここまでのものを食べられるとはな。良い意味で予想を完全に裏切られた気分だ」

「そこまで言ってもらえると光栄だよ。だけどこれくらいの物ならすぐに作れちゃうし、そんなに大きなリアクションをするほどじゃ──」

「それだけリアクションをする価値があるものだよ、これは。誇張抜きに()()()()()()()()()()()()()と思わされるくらいだし」

「………ほぇ?」

「ん?」


 …けれども、そんな穏やかなひと時に蓮が何気なく放った一言。

 ほとんど無意識に語ったためにサラッと流しかけもしたが…そう告げられた瞬間、美穂は一瞬呆けたかのような声を漏らしたかと思うとすぐにそこに秘められた()()を理解したらしい。


「…へぇ~? 相坂くん、私の料理を毎日食べたいんだ? これはまた随分と熱烈な()()()()()をされちゃったねぇ!」

「ぶっ!? …ち、違うわ! そういう意味で言ったんじゃないっての!」

「えー? でも今の言葉って完全にそういう意味にしか聞こえこないよね? 急にこんなこと言われちゃうと流石の私も照れちゃうよ~!」

「だから違うんだよ! 今のは言葉の綾というか…!」


 微笑ましい面持ちから一転。ニヤニヤとした笑みに変化しながら揶揄いの雰囲気を滲ませた美穂の言葉によって蓮も自分が今何を言ったのかを理解させられた。

 自身で言ったこととしては決してそのような意図は無かったのだが、確かに指摘されてみれば手料理を毎日食べたいなんてプロポーズの常套句である。


 ゆえに彼女もキョトンとしたようなリアクションになりながら、彼がそういった意味を持たせたわけではないと察していながら…このような意地の悪い問答を繰り広げてきたのだろう。


「…ぷふっ。あっははは! もう、そんなに慌てなくてもいいよ。ちゃんとそんな意味じゃないって分かってるからさ」

「…分かった上で言ってるなら尚更性質が悪いぞ」

「ごめんごめん! …でも、そっかぁ………()()、ね。───だったら、せっかくなんだしこうしてみたら…?」

「うん? ぼそぼそ呟いてどうした?」

「あっ、ううん平気! 何でもないから!」

「…? …そうか」


 すると即座に慌てたように言葉を返した蓮に対し、部屋中に響き渡る美穂の笑い声に晒される。

 本当に謝ってくれているのかも判断が難しい謝罪を向けられながらも、この間から掌の上で転がされているような気がしないでもない彼女とのやり取りはそのようにして続けられていく。



 ──そうしてその折に、密かに何かを思いついたようにぽつりとこぼされた独り言を誰に聞かれるわけもない状況下で美穂は口にしていたが、蓮がその意味を知ることは無いままに食事は進められていくのであった。


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