第一三話 生活スタイルの相違
「ふぃー…! やっと終わったね!」
「…本当だな。まさかここまで片付けられるとは思わなかった」
「ふふふ、こういうのはやってみないと見えてこないものだもん。流石の相坂くんも感動したかな?」
美穂の口から昨夜についての経緯を聞き出しながら、またその後も何気ない雑談を繰り広げながらも着々と作業は進行していった。
床に散乱していた物を一纏めにし、予想以上に溜め込まれていた不要物を廃棄できるようにまとめていく。
それ以外の物に関しても美穂の適切な指示があったことでつつがなく進んでいき、ようやく終わりの時を迎えていた。
そしてそこに見えた景色は──つい数時間前とは見違えるほどに変貌した部屋の在り様。
どこもかしこも足を踏み入れる度に躓きそうになっていた物の散らかり具合は見る影もなく、心なしかピカピカと輝いているようにも思えてくる。
ただ不要物を片付けただけだというのに、たったそれだけのことでこうも様変わりした自宅の様相を目の当たりにすれば蓮であっても湧きあがる達成感のような心地よさを味わっていた。
「…鐘月、本当に助かった。最初は色々と言ってたが…手伝ってくれたことは素直に感謝してる。ありがとう」
「どういたしまして! …って、もうこんな時間になってたんだ。時計は見てなかったから気が付かなかったけどもう夜ご飯時なんだね」
「そうみたいだな。言われてみれば腹も減ってる気がする」
「だね。…ふむ」
あの状態からこれほどまでに快適な時間を過ごせるだろう空間へと家を生まれ変わらせることが出来たのは、ひとえに美穂のおかげである。
間違いなく蓮一人ではここまで片づけを進めることなど出来やしなかったし、そもそもそうしようという考えすら浮かばなかった。
過程はどうあれ、彼女が提供してくれた労力の甲斐もあって彼が助けられたことは確かなのだからそこに対する感謝はしっかり述べる。
すると嬉しそうに満面の笑顔となりながら言葉を返してきた美穂のリアクションを聞き届けて…ふと彼女が漏らしてきた発言を受けて彼も現在の時刻を認識した。
確かに言われてみれば既に時刻は夕食の頃合いと言っても差し支えない時間帯で、掃除を開始したのが放課後だったことを考えればそれなりに時間も経過している。
それほどこれまでの作業に熱中していたという事あるだろうが、この時間まで美穂を自宅に拘束してしまったことは申し訳なくもある。
彼女に指摘されたことで自覚した空腹感も増してきた中。
この後はどうしたものかと綺麗に片付いた部屋の中央で蓮が考えようとして…それよりも早く彼女の方から声が掛けられる。
「ねっ、相坂くんって普段はご飯とかどうしてるの? ご両親はいないって言ってたし…自分で作ってるとか?」
「ん? いやいや、それはない。まぁこの部屋を見られたら分かりやすいかもしれないが…俺って掃除とか料理とか全くできないんだ。やろうとすると大体失敗して終わるからな」
「……ちょっと納得出来ちゃうのが何だか悲しくなってくるよ」
「ほっとけ。一応親からまとまった生活費は貰ってるからそれで適当な惣菜を買って食べるだけだ」
「…それ、栄養バランスとか大変じゃない? 毎日のご飯こそちゃんとしないといけないものだよ?」
彼女の問いかけは蓮の食生活に関わること。
何故このタイミングでそのようなことを尋ねてくるのは分からないが、聞かれたのであれば素直に答える。
とはいっても全く誇れるようなことではないのだが、蓮は料理というものが一切出来ない。
原因は本人にもまるで分からないがどういうわけか彼が調理をしようとするとほぼ必ずと言っていいほどに何かしらの形で失敗し、最終的には見るもお粗末な品物が出来上がる。
日頃はそれほど不器用ではないはずなものの、何故だか料理という一点に限っては呪われているのかと思えるほどに酷い手際となる。
その有様というと場合によっては掃除や洗濯よりも更に散々たるもので、何度か実体験を踏まえたことで自分は料理をしない方が良いと判断を下したほどだ。
そうなれば当然、日々の食生活が充実したものとなるはずもない。
彼の食事は主に近所のスーパーで購入してきた惣菜類を食べるだけで、それ以外のものを口にすることはほとんどない。
不健康極まりない生活なのは自覚しているので否定も出来ないがそうする以外に蓮には選択肢が残されていないのでこのスタイルを続けているだけである。
「ちなみに確認しておきたいんだけど…昨日の夜は何を食べたのかな?」
「昨日は確か、コンビニで適当に栄養食品買ってきて食べてたな。あれって結構腹にも溜まるから気に入ってるんだよ」
「……えっ、もしかして…それだけとか言わないよね?」
「もちろんそうだが。どうした? そんな呆れた顔して」
「…うん、うん。もう分かった。分かったから…これは流石に放っておけないね」
それから続けて飛ばされてきた質問にも答えれば、何故か美穂は彼の回答を聞いて心底呆れたように掌で額を押さえていた。
まるで彼の言う事一つ一つが信じられないとでも言うようなリアクションを前にさしもの蓮もどうしたのかと聞き返したくなる。
……が、そうするだけの隙を彼女は与えてくれない。
「相坂くん、今ってお家に料理出来るような食材とかってあったりするかな? 特に指定も無いから何でもいいよ」
「ん? えーっと確か…うちの親が送ってくる肉とか野菜ならあったかもしれん。それ以外だと自分じゃ買う機会もないしな」
「へぇ、ご両親が食材を送ってくれてるの?」
「俺じゃ使えないから要らないって言ってるんだがな…何回言っても仕事で家に居れないんだから、これくらいはさせてくれって送りつけてくるんだよ」
「なるほどね。…だったらちょうどよかったかな」
矢継ぎ早に繰り出されてくる質問を前に蓮はその意図を考える余裕もなく、ただただ彼女の求める答えを提供していく。
そうこうしていると…どこか思考をまとめ終わったように静かに頷いた彼女はこう宣言してくる。
「──よし! じゃあ相坂くんの夜ご飯は私が作ってあげるよ! ついでに私もご飯はここで食べていくことにするね!」
「……はぁ?」
力強く打ち出されてきた美穂の宣言。
それは内容は理解できても、どう考えればそんな結論に至ったのか真面目に分からない類のものであった。
なので蓮も彼女の言葉に呆れそうになりながらも断ろうとして…その抵抗が全くの無意味であったことをすぐに悟ることとなる。
「…いや、どうしてそうなる」
「あっ、もしかして私の腕が心配だったりする? 大丈夫だよ! これでも掃除と同じでお料理は大体のメニューを作れるから、きっと満足してもらえるよ!」
「そうじゃなくて…! 鐘月がそこまでする理由はないだろって話だ。何でお前が料理までするなんて話に…」
「…いやいや、それこそありえないよね?」
「へ?」
既に美穂には家の掃除まで手助けをしてもらい、充分すぎるくらいに手も貸してもらった。
これ以上彼女の手を煩わせるのは流石に限度を超えており、蓮としても易々と許容するわけにはいかない。
なので彼女がそう申し出てくれるのはありがたく思いつつも断ろうとして…ふとこぼされてきた彼女の一言に思わず間抜けな声を漏らす。
「今の話を聞いて帰れるわけないでしょ? 相坂くんがそんな適当な食生活してるなんて言われちゃったら見過ごせるわけないよ。今は良くても後で後悔することになるから、私がちゃんとしたご飯を作ってあげるって言ってるの!」
「でもだからって…」
「でもも何でもない! 私がご飯は作る! これで決定! …いいね?」
「だ、だけど……」
「い・い・ね!? …返事ははい以外認めません」
「…………はい」
「よろしい。じゃっ、早速準備しちゃおっか」
有無など言わせず、中途半端な遠慮による拒否権など認められるわけもない。
もはや半強制的なのではないかと思えてしまう圧を放ちながら返事を促してくる美穂の勢いに抗えるわけもなく、最終的には彼女がこの家で料理をすることを認めさせられた。
もう何度思ったかも分からないし、その一言は幾度となく頭の中に浮かび上がってきた。
しかし、何回でも言わせてほしい。
…どうしてこうなるのだと。