第一二話 具体的な経緯
「…そういえばさ、聞こうか迷ってたんだけど結局お前の親はどうして喧嘩なんてしてたんだ?」
「うん? あっ、そうだよね。相坂くんにはまだ話してなかったもんね」
「別に話せない事情があるなら無理にとは言わんが…普段から仲睦まじいってんなら相応の理由があったのかと思ってな。言いたくないならそれでいいよ」
美穂の意思を聞き届け、そこから何となく彼女の事情も察したことで蓮のスタンスもある程度は定められた。
あくまでも彼の推測の域を出ないが、彼女がこうも蓮に信頼感を寄せるような言動を繰り返しているのは冷静な視点を欠いてしまっているからと結論付けた。
ならばそれが戻るまでは蓮も程よい距離感を維持する。
ここで強く拒否する姿勢を見せたところで彼女は離れるわけもなく、むしろより強い執着を見せてしまいかねない。
だったら最初から距離が少しばかり近くなることは許容した上で、彼女をそういった目で見ることが無いように日々を気を付けて過ごしていく。
…その過程で色々と苦労をする羽目にはなるだろうが、そればかりはもう仕方がない。
主に友人である京介から興味津々に尋問を受ける未来は見え透いてしまっているが今気にしたところでどうしようもないのだ。
それよりも彼が聞きたいと思ったのは既に別の事項に移っており、あれから少しばかり時間も経ったのでその流れで尋ねてみた。
その内容というのは…少し踏み込みすぎかとも思ったがこの件とも無関係ではないこと。
美穂と蓮が話すきっかけになったとも捉えられる彼女の両親がしていたという言い争いに関してであり、少々デリカシーが無いかとも思うがそれでも気になってしまった。
一応彼女の語った事とテンションからしてもう和解しているのだろうことは何となく察せるものの、それ以外のことについては全くと言っていいほど知らない。
どうして言い争いなどしていたのか。その顛末を繋がりは薄くとも関係者と言えなくもない身としては少しばかり聞いておきたいと思った。
万が一美穂の側でそれを嫌がるような素振りが確認できればすぐにでも撤回する姿勢も整えていたが…そんな配慮も無用だったらしい。
「それに関しては大丈夫! そもそも相坂くんは知る権利があるもん。ただ何ていうか…私も詳しく聞いて呆れちゃったけど、そんなに大したことじゃ無かったみたいなんだよ」
「ん、そうなのか?」
「うん。ていうのもね………」
場合によっては聞き出すことも難しいだろうと考えていた彼女の家庭事情。
しかし現実はそのようなことは無く、むしろあっさりとした雰囲気を漂わせながら美穂は詳しい経緯を話してくれる。
だがそこで明かされた事情は彼女の言い分を信じるに、あれほどの騒ぎを引き起こしておきながら原因は大したものではなかったとのこと。
「私も後から聞いた話になるだけど、実は家に宅配で荷物が届いてたんだって」
「荷物…? なるほど、それで?」
「うん。それだけなら誰か買ったものが送られてきたのかなとも思うけど…その中身っていうのが凄い高い物だったらしいの。もちろん私はそんなの買えないし、お母さんも頼んだ記憶は無いからお父さんが勝手に注文しちゃったんだ……ってなって帰ってきたら問い詰めてたんだって」
「ははぁ……つまりお前の父親が何も言わずに買った物が原因だったってことか」
話を聞くに、彼女の両親が喧嘩なんてしていたのは突然家に届いたという謎の荷物が原因だったらしい。
そしてその中身が目を見張るほどに高級なものだったともなれば、ちょっとした騒ぎになることも容易に想像できる。
美穂も、彼女の母親もその配送物に心当たりがないとなったら尚更である。
なので蓮も経緯の全容は見え始め、つまるところ美穂の父親が無断で買ってしまったらしい物が全ての元凶だったということなのだろうと結論付けようとして──次の瞬間にはその推測全てが否定された。
「ううん、違うの。家に帰ってきたお父さんが言うにはお父さんもそんなものを買ってきた覚えはないって説明してたらしいんだ」
「…うん、どういうことだ?」
「あっはは…よく分かんないよね。私も話を聞いた時同じ気持ちになったよ」
大まかな展開を汲み取れたかと思えばその次に放たれてきた言葉によって予想は打ち砕かれ、彼女自身も苦笑いを浮かべている。
しかしよく分からないという言葉にだけは激しく同意する。
実際に届いた謎の荷物。それを注文した人物がいるのは間違いない。
けれど美穂と彼女の母に頼んだ記憶がないのであれば必然的に候補者は一人に絞られ、その人物たる父親を問い詰めれば…彼もまたそのようなものを購入した記憶はないと言う。
どこかに矛盾があるように思えてならないこの一件。
頭の上にクエスチョンマークが浮かんでしまいそうになる話を前に蓮も首を傾げるが、真相はかなり単純なものであった。
「だけど荷物は届いてるんだから、お父さんが買ったのは間違いない……ってお母さんは言ってたの。…でもね、よくよく調べてみたらその荷物。──ただの配送ミスだったらしいの」
「あぁー…つまり、単なる勘違いだったと」
「そういう事だね…で、私が見てたのはその荷物を誰が頼んだのかって二人が追及してた所だったってこと。…その後で家を飛び出して行っちゃったものだから、すごい心配されちゃって…」
「…そりゃそうだろ」
誰も頼んでいないというのに届いた荷物。だがその原因を辿ってみれば…結論としては配送業者による配達ミスだったという呆気ないにも程がある真実であった。
つまり美穂が目にしたという言い争いの場面はそれを頼んだのは誰かを特定しようとしていただけのやり取りであって、喧嘩とは言っても本格的な不満の爆発なんてものでは全くなかったわけだ。
…彼女の両親も、荷物に関して頭を悩ませていたらいきなり実の娘がいなくなったのだからいたく心配したに違いない。
「相坂くんのお家から帰った後で二人にもう喧嘩はしないでほしいって伝えたんだけどね。…もちろんお父さんもお母さんもそんなつもりじゃなかったからポカンとされちゃって。恥ずかしかったなぁ…あれは」
「…何ていうか、お疲れさん」
「ううん、でもいいんだ! 私がそう言ったから二人にも私を心配させちゃったんだって伝わったみたいで、いつもの優しい二人に戻ってくれたから!」
大体の概要は掴めた。
色々と勘違いと認識のすれ違いがあったことで発生したらしい今回の一件。
もちろん実情を探っていけば結論は大したことも無いと言えるのかもしれないが、それはあくまでも結果が丸く収まったからこそ口にできる言葉だ。
もしかすれば、この件を通じて彼女の両親の仲が拗れたりなんてした時には…それこそ美穂が危惧していたような未来だってあったかもしれない。
それを回避できたというのなら、まぁ良かったのだろう。
「だから相坂くんには感謝しても足りないんだ! どうもありがとうね!」
「そこに話が落ち着くってわけか…別にいいよ。俺も自分のやりたいように動いてただけだからな」
「うぅーん…相変わらず落ち着いてるというか、やっぱり相坂くんは無欲だよねぇ。…せっかくこんなに女の子からお礼をするって言ってるんだから、男の子ならちょっとくらいは身体を触りたいみたいな要求をしてみてもいいんじゃない?」
「するわけないだろ……あと昨日からずっと言ってるが、お前も女子なら恥じらいを持てよ。何でそんな自分の身体を主張してくるんだ…」
…が、その後に続いて飛ばされてきた言動にはいくら何でも注意しないわけにはいかない。
お礼とやらにかこつけて身体を触るように要求するのはどうかという、どうして触られる側である美穂から提案されているのかも不明だが彼女は自身の胸を持ち上げて恥ずかしげもなくそう主張してくる。
…普通、女子からすれば男子に身体を触られるなど心を許した相手でもなければ気色が悪いだけだと認識していたが、こんなことを続けられれば蓮の常識が間違っていたのかと疑いたくもなってしまいそうだ。
「え? だ、だって相坂くんにはもう泣いちゃってるところまで見られてるし…情けないところを既に知られてるからグイグイ行ってもあんまり恥ずかしくないって感じ?」
「…馬鹿、鐘月はもっと自分の魅力を正しく認識しろ。俺だって興味が薄いってだけで関心がゼロってわけじゃないんだ。いつ襲われても文句は言えないぞ」
「ほうほう? つまりつまり、相坂くんも一応は私の身体を見て興奮してくれているってことかな?」
「…………ノーコメントで」
「むふふふ~…我慢なんてしなくていいのにねぇ。相坂くんならちょっとくらい別に気にしないのに」
「…だから、そういうのをやめろって言ってんだ」
「あいたっ!?」
あれからというもの、なまじ一度助けられたという認識があるからか異様なほどに距離を近づけてきた美穂の行動は蓮の理性をガリガリと削ってくる。
女子高生という立場にしては実りすぎているスタイルを持つ彼女にこれほどまでにガンガン迫られてしまえば、いくら興味がないと謳っていても否応にも意識はしてしまう。
ましてや蓮とて多感な男子高校生。
そういった欲も当たり前だが持ち合わせているために、いつ理性が決壊して彼女の魅力にやられてしまうか分かったものではない。
だというのに、そう言い聞かせてもニヤニヤとした笑みを浮かべるだけで全く距離を離そうとせず。
それどころか自身のスタイルを強調するようにしてきた美穂への罰代わりに軽く頭へと手刀を叩き落とし、無理やり場の空気を入れ替えておいた。