自然の超越こそが魔法の持つ力
北暦650年
帝国が敗北し、各国が支配地域として法律、教育、帝国が保有していさ資産をおさえ、帝国は事実上崩壊した。そして、戦後処理として帝国兵や政府側の処罰として裁判(実際意味を成していなかった)が行われ次々と処刑台へと送られた。だが、処刑されたリストの中に指導者の名がどこにも記載されてはいなかった。それが噂となり、暗殺されたとか、裏切りに合い殺されたのだとか、国外逃亡していて今も生存しているのだとか、色んな陰謀論が飛び交い、真実は闇へと埋もれてしまわれた。
そして、現在。
リード先生が辞職されその後任に指名された私は二年の校舎へと異動の準備を終え、段ボールに詰めた荷物を荷台に乗せ、車を走らせていた。
国立マグメル魔法科学校、魔法を学べる唯一の学校だ。だが、魔法科省の長官は今年の予算案に新たな魔法学校建設計画を盛り込んだ案を提出していた。恐らくそれは成立するだろう。そうなればマグメルは唯一ではなくなるというわけだ。だが、そういった政治の思惑に自分は興味が無かった。昔から政治に無関心だったのは今も変わらなかった。例外を除いては。
ともあれ、数台ある公用車の一台を事務所から借りた私は二年の校舎へと向かっている。マグメルは街より高台にある。そして、学年ごとに校舎と校庭がわかれている。それもその筈、生徒人数が半端ないからだ。今のところ唯一魔法が学べる学校ということもあってか全国から人が集まってくる。しかも、様々な年齢の人達が魔法習得を目指しやって来る。だが、その道のりは厳しく、卒業まで辿り着くのは僅かしかいない。かくいう私もこの学校の卒業生であるが。
マグメルまでは高台に向かう道を街から向かうことが出来る。最初に現れるのが一年生の校舎。それは増築を繰り返した横長ーい鉄筋コンクリートの校舎だ。そこでは魔法の基礎を学ぶ。特にコントロールのすべを学ぶのだ。そして、それを突破すると次に坂道を登った先に二年の校舎が見えてくる。それはガラスファサードが特徴の二階建て校舎だった。明らかに一年の校舎と比較してグレードが上がっている。正面入り口前に車をとめると、積み荷から段ボールを持ち上げガラス張りの両開きドアを押して入っていくと、直ぐ近くに職員室があった。段ボールを持ち直した私はその職員室へ入る。
「おはようございます。今日から二年の担当教師となりましたハラルドソンと言います。これから宜しくお願いします」
しかし、職員室にいたのはライトグレーにストレートパンツのスーツ姿の同年代の女性職員だけだった。その先生は小顔で金髪の長い髪を後ろの方で束ねて、背は女性の中では長身のように見えた。やはりここも、教師は職員室には中々戻らないパターンなのか。
「私はウィンターボトムです。薬学を担当しています。ハラルドソン先生は呪文学でしたよね?」
「はい、そうです」
「これから宜しくお願いします。席はあちらです」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってその言われた席に向かう。そこはリード先生が使っていた席だ。引き出しを開くと当たり前だから中は空っぽだった。そこに自分のファイルや筆記具を仕舞う。
職員室の窓側からは二年生の芝生の校庭が見え、その上空には二年の生徒達が浮遊魔法で飛んで遊んでいた。空中追いかけっこといったところか。あの程度の遊びでいちいち教師は注意しない。むしろ、魔法の練習になる。
今、二年生は一年から進級した302人に留年した二年生430人を加え732人となる。一気に生徒数が減るわけだが、その分校舎も一年の校舎より大きくはない。それは当然のことだが、設備も環境も一変する。そして、二年生であるということはつまり魔法レベル1の認定資格を持っているということになる。魔法レベル1はレベル2の魔法を魔法レベル4以上の監督者がいる範囲で魔法の使用が認められている。一年では基本的な魔法を限定にコントロール重視で行なってきた。それは、そもそも魔法の使用制限あってのことだった。そして、二年からは低レベルの精霊魔法や分身魔法といった複雑な応用魔法になる。特に精霊魔法はレベルが低いとはいえ、難しい。三年への進級テストでの課題はその精霊魔法と薬の調合の二次試験で行われ、両方合格でなければならないと試験の難易度も一段と上がっている。リード先生の後任として呪文学を教える身として責任は重大だ。
そんな時、職員室に神学科のホワイト先生が入ってきた。
「ハラルドソン、久しぶりですね。いや、今は先生でしたね。失礼しました」
白髪が増えたが顔つきは以前と変わらない様子。既に50を越えただろうが、背筋は伸びていて姿勢が良かった。白のスーツと派手だが、これは自分がホワイトだからというギャグ的な要素と白が好きだからという理由で白のスーツは定着していた。あの頃のホワイト先生とは変わらない様子だった。
「お久しぶりですホワイト先生」
ホワイト先生は洗練を受けた立派な信者であり、治療魔法にも知識があり、応急処置程度ならホワイト先生が生徒達の怪我を見ていた。一般の学校で言えば保健室の先生的存在だ。だが、それだけではない。神偽の魔法を学ぶにはまずは神学から、それくらいイメージをつくるには重要な内容になる。
「これから宜しくお願いします」
「此方こそ宜しくお願いしますハラルドソン先生」
その時、時間を知らせる鐘が鳴った。
「おや、もう時間ですか。それでは私達も行きましょうか」
「はい」
私は席を立った。その時、既に職員室にいたウィンターボトム先生の姿はなかった。いつの間に向かったんだろうか? ともあれ、私は急いで教室へと向かった。
呪文学の教室は一階通路奥からホールで行われる。だいたい200人まで入れるそのホールに到着すると、私はドアを開ける前に深呼吸をした。そして、扉を開ける。ホールにいる生徒達が一斉に後ろを振り返り私を見た。私は視線を向けられながら前へと歩き出す。席は段々となっており、私はそれを全て降り終えると、私は皆の前に立った。
「これから呪文学を始める。担当のハラルドソンだ。二年の呪文学は初級の精霊魔法と分身魔法を学ぶ。知っての通り精霊魔法は進級試験の課題でもある。そして、二年でまず苦労するのが精霊魔法だ。まずはその基本的な説明から始める。さて、復讐だが魔法とは何か、根本な話しからするぞ。魔法とは言ってしまえば自然を超越した力だ。その一つに精霊魔法がある。〈精霊〉は神から出たもので、そして神の働きである。それは風を起こしたり雨を降らせたりする。我々はその働きを借り、魔法を起こす。その手続きに必要なのが呪文だ。では、何故我々は呪文を扱えるのか。それは自身から湧き出るコトバに宿る力、魔力を持つからだ。魔力は消えて無くなったりはしない。そして、コトバを持つ我々には魔法を扱う素質が備わっている。そして、魔法は自然を超越する力故に魔法科省が管理している。さて、呪文学はそのコトバを学ぶ学問だが、そのコトバとは何か。それは意味であり価値だ。そして、それはコトバでのみ語られる」
そう言うとハラルドソンは皆のデスクの上に置かれた三冊の分厚い本へ目線を移した。
「まずは最初のコトバからいこうか」
それから濃密な授業が始まった。
この世界には宗教があり、それは古くから信仰される一神教となる。そして、神は世界を創造し、神から生まれた精霊は神の働きとして存在し、人間はその世界の中にいる。
鐘が鳴り、今日の授業を終えた私は職員室へ一人戻った。その途中、通路の向こう側から見覚えのある二人が現れた。一年放課後にピアノとチェロで音楽を奏でていた二人だ。彼らは試験に合格し、二人は晴れて二年生になっていた。二十代そこらの男、ピアノの彼は細身で左目の下にホクロがあり柔和な顔立ちをしている。対するチェロを引く彼はピアノの彼よりかは恰幅がいい体つきをしていた。二人とも髭は伸ばしておらず綺麗に剃られてあった。
一年を相手にする時は正直覚えても仕方がないと思ってあまり意識してなかったが二人の成長を見てから二人のことは覚えるようになっていた。二人とも茶色ぽい黒の短髪、今は運動しやすい半袖半ズボンにシューズ姿だった。ピアノの彼はアレクス、チェロの彼はコリンズだ。
「先生こんにちは」「こんにちは」
私は二人の挨拶に同じ挨拶を返した。
「体力作りの授業か」
「はい」
答えたのはアレクスだ。
健全な肉体作りも魔法を学ぶ上で必須になる。
「次は何の授業だ?」
「薬学です」
「まぁ頑張れ」
「はい」
二人はお辞儀してから足早に更衣室へ向かった。
私は職員室へ向かい中に入ると、そこに教頭が立っていた。
「教頭先生?」
「ハラルドソン先生、今時間は宜しいかな?」
「はい。どんな御用でしょうか」
「実は来月から急遽この学校に教育実習を受け入れることになって、そこでハラルドソン先生に担当としてついてもらいたい」
「私が?」
「ハラルドソン先生だから言うが、新たな魔法学校の建設として教師の育成に我が校は政府の要請に全面的に協力することになった。本来ならば一年の先生にお願いするところだが、一年の実技の先生は新任。そこで成果をあげているハラルドソン先生の名前があがったというわけだ。やってくれるね」
断ることは出来ないんだろう。
「はい、分かりました」
「それじゃこれが次来る人の履歴」
そう言って一枚の薄ペラなプリントを手渡してきた。私はそれを受け取り見ると一気に暗雲が立ち込める嫌な予感が漂った。
「魔法科省出身ですか」
教頭はその私からの問いに答えることはなく「それじゃよろしく」と言って直ぐに職員室から出て行った。
本当に魔法学校を建てることしか頭にないみたいな感じだ。
私はため息をもらした。
期間は約1ヶ月間。1ヶ月なら直ぐに終わる。私はそう思い込むように考えることにした。
だが、実際思わぬ方向へと運命は向かっていく。それは不運かそれとも神が与えし試練なのか。