「ぼくが、しなくちゃいけない事だから!」
その日から、俺はアウグルの井戸掘りを手伝うようになった。
最初に、ひとつだけ約束した。
「俺が喋れること、村のみんなには黙っとけよ?」
アウグルは、何も聞かずに──ただ、うなずいた。
問い返さない。詮索しない。押しつけない。
たぶん、そういう優しさの持ち主なんだと思う。
村の誰からも問い詰められることはなかった。
手伝いも、なかったけど。
……きっと、アウグルもあぶれ者なんだろう。
でも、彼は俺を「サティ」として見てくれた。
モブでもなく、笑い者でもなく──
ただのひとりの、ふつうの誰かとして。
それだけで、胸の奥が、ほんの少し軽くなった。
それからな毎日は、泥と汗と歌だった。
「みずよでろでろ でっろでろ♪」
「でたらうれしい でっろでろ♪」
「でっろでっろの みずでろ〜♪」
アウグルは、今日も調子っぱずれの歌を口ずさみながら掘る。
俺は、土を引き上げる。
リヴォルヴは、後ろで「ベェッ!」と鳴く。…なんだか三重奏。
アウグルは、毎回黒くて硬いパンを持ってきた。ひとつだけ。
なのに、当然のように半分こする。
下で掘ってるのは彼なのに──いつも、変わらず。
パンを割る手が止まったとき、ふとアウグルがつぶやいた。
「ぼくさ、たぶん村じゃ浮いてんだ。
でも、役に立てたら……
ちょっとは、ここにいていいかなって、思ってるんだ。」
へらっと笑った顔は、不思議と寂しそうじゃなかった。
それから、唐突に始まる昔話。
「むかしむかし、言葉ひとつで世界を変えた人がいたんだって。
でっかい声で、たった一言だけで、山が割れて、川ができたって──」
眉を上げながら言うその姿は、半分冗談みたいで、でも──
その瞳だけは、まっすぐだった。
喉が渇いたら、俺が魔法で水を出す。
名前は《ドロップ》。コップ一杯分の水魔法。
「……うー!これじゃ足りないよぉおお!!」
そう言いながら、アウグルは笑って水を飲んだ。
掘って、掘って、掘り続けた。
手が痛くなっても、
背中が曲がっても、
それでも、交代しながら、進み続けた。
でも──
ある日、限界は来た。
スコップの先が、ガツンと何かにぶつかる。
硬い岩。跳ね返される音。
手が止まるたび、心も削られていく。
「ぼくさ……」
アウグルが、ぽつりとつぶやいた。
「村じゃ、バカにされてるんだ。
理想ばっか語るやつって。
笑われて、避けられて……
でも、水が出たら、ちょっとは認めてもらえるかなって……」
スコップが落ちる音が、やけに重たく聞こえた。
「……やっぱ、無理なのかな…」
空は、どこまでも灰色で。
風もなくて、音もしない。
俺は、黙って隣にしゃがんだ。
泥だらけの手を、そっと地面に置く。
冷たい土が、掌に沁みてくる。
そして──
「出るよ」
俺は、静かに言った。
アウグルが、はっと顔を上げる。
『水は、絶対、出る』
リヴォルヴが、「べぇっ」と鳴いた。
俺は、笑った。
「だから、もうちょっとだけ、がんばろう」
根拠はない。証拠もない。
でも、それでも──信じてた。
この地の下には、きっと水がある。
この願いは、きっと無駄にならない。
それは、ただの希望じゃなくて。
アウグルに向けた、ひとつの祈りだった。