「だれかに、みつけてほしかったんだよ」
その帰り道だった。
ここまで来たついでに、
亜麻でも採って帰ろうと、少し遠回りを選んだ。
リヴォルヴと一緒に、村の外れを歩く。
朝の光はやわらかく、風も穏やかだった。
だけど──
「……なんだ、これ」
足元に、違和感。
地面が、あちこち掘り返されていた。
一歩進むたび、ぐらりと足を取られる。
まるで、無数の罠でも仕掛けられてるみたいに。
実際、小さな穴から、底の見えない大穴まで、
地面はまるで、でこぼこの月面のようだった。
(誰だよ、こんなこと……)
リヴォルヴも不安げに足元を確かめながら、
ピョコピョコと進んでいる。
そのとき、
ひときわ深い穴から、微かな声が漏れた。
「……あーーーーうーーー だれかぁーー……」
低くて、震えてて、かすれてる声。
助けを呼んでる──そんな気がした。
俺も、リヴォルヴも、足を止める。
覗き込んだその穴は、暗くて底が見えない。
でも、かすかに──誰かが手を振っているのが見えた。
(……誰か、落ちたのか?)
自然と、足が動く。
穴の縁にしゃがみ込んで、耳を澄ます。
「だ、だめだ……ロープ……きれた……」
「おなか、すいた……たすけ、て……」
かすれた、苦しそうな声。
地の底から、切れ切れに届いてくる。
でも、はっきりとは聞こえない。
言葉が遠すぎて、内容がつかめない。
──どうする?
思わずポケットを探る。
手に触れたのは、母さんのスピンドル。
そこから、細い糸が垂れていた。
(……これしか、ないけど)
俺は、糸の先に亜麻の大きな葉を結びつけ、
くるくると巻いて──
ピンと張る。
昔、誰かが「イトデンワ」って呼んでたっけ。
……デンワって、なんなんだよ。
それでも──伝われ。
「……聞こえるか?」
そっと、声を糸に乗せて落とす。
沈黙が、続いた。
そして──
「……き、こえる……よ……」
震える声が、糸を伝って返ってきた。
伝わった。
通じたんだ。
胸の奥に詰まってた何かが、
ふっと、ほどけた気がした。
しばらくのやり取りのあと、
ようやく相手の声が、少しだけはっきりしてきた。
「自分で……落ちたんじゃない……」
「掘ってた……そしたら、崩れて……」
言葉が、ひとつずつ繋がっていく。
パズルの欠片みたいに。
(……ひとりで、掘ってたのか?)
まるで、自分自身を埋めるみたいに。
いや、きっと──何かを、探してたんだ。
掘って、登って、泥をあげて、また降りて。
誰にも頼らず、誰にも知られずに。
──こんな深さまで?
周囲に残った滑車の残骸、崩れた井戸櫓。
ひとりで、ここまで?
ばかみたいだ。
だけど、なんだか……胸の奥が、あったかくなる。
俺は、リヴォルヴと目を合わせて、
そっと、うなずいた。
「……助ける」
短く、それだけを言った。
──あ。
しゃべってしまった。
思わず、声に出してしまっていた。
気づいたときには、もう走ってた。
穴の奥へ──助けに行くために。