CARDING
それでも、日々は続いていた。
どこまでも、退屈で。
どこまでも、陰鬱で。
どこまでも、変わらなかった。
俺には、いつもの順番がある。
まだ夜が明けきらない時間に起きて、
誰もいない風車へ向かう。
一番に小麦を挽くために。
誰にも会わないように。
誰にも、話しかけられないように。
──それが、俺に課された“決まりごと”だった。
帰り道。
まだ静まりかえった村をすり抜けようとした、そのとき。
広場に、ざわめきがあった。
──いつもは、誰もいない場所だ。
けれど今日は、井戸のまわりに人が集まり、
早朝からなにやら騒いでいた。
「このままじゃ、井戸が枯れちまう!」
「妙な二人組が来てからだ……干からびるなんて……」
「村はずれのガキをあんなふうにしたから……」
やめろ。その名前を、口に出すな。
……ふん、いい気味だ。
俺だけじゃない。お前らも、
最後の泥水でもすすってろよ。
そう内心で毒づきながら、足を速めた──そのとき。
ズン……
威圧的な影が、俺の前に立ちはだかった。
痩せこけた老人。
背を丸め、それでも目だけが鋭く光っている。
──長老だった。
「ひゃっ……」
思わず漏れた情けない声。
その瞬間、長老の目が細くなり、無言で歩み寄ってくる。
襟をつかまれ、ぐっと引き寄せられた。
「ぐ……グエ……」
喉から、潰れた音が漏れる。
長老は、じっと、俺の喉元を見つめていた。
口元が、わずかに動いた。
──それだけで、背筋が凍った。
《もし、声を取り戻しているなら──》
声は出ていない。
なのに、そう“聞こえた気”がした。
胸の奥に、ひんやりとした岩が沈んでいく。
焼きゴテで喉をなぞられるような、幻の熱が走った。
長老は、何も言わずに俺を突き放した。
ドサッ、としりもち。
砂埃が、ひとつ、ふたつ、宙に舞う。
やがて視線が落ちてくる。
その目が、無言で命じてくる。
──言ってみろ。
声ではなく、ただ、眼差しだけが語る。
「お前が言うべきことを」と。
俺は、喉に力をこめた。
「ここ は カティエ の むら です」
その言葉を聞くと、長老は一度だけ、深くうなずいた。
まるで──「それだけでいい」と言わんばかりに。
そして、背を向け、井戸の方へと歩いていく。
その背に、なぜか耳が反応した。
《……頼んだぞ》
幻聴だ。
俺は声なんて、出していない。
……はずなのに。
なぜか、胸のどこかが、それを受け止めていた。
──頼んだ? 俺に?
何を?
黙っていろってことか?
余計なことを言うなってか?
モブとして。
見下されながら。
笑われながら。
それでもおとなしく生きろってか?
怒りが、胸の中で煮えたぎる。
この村も。
村人も。
長老も──みんな、呪ってやりたい。
叫びたかった。
この場にいる全員に、思いっきり叫びたかった。
でも──
俺の喉は、重かった。
岩みたいに。
鉄の蓋みたいに。
魔法は解かれているはずなのに、
言葉はまた、奥底へと押し込められていた。
俺は、リヴォルヴの毛を撫でた。
震える手で。
声にならない叫びを、指先に込めて。
(……笑えるだろ?)
笑えないけどさ。