「な、おれの言ったとおりだったろ?」
よし、逃げよう。
なるだけ早く。できるだけ遠くへ。
もう、この村から……この運命から、全力で。
俺は、必死だった。
草をまだくわえたままのリヴォルヴを抱えて、
こそこそと物陰を縫うように、背負えるだけの荷物をリュックに詰める。
でも、持ち出せるモノなんて、ほとんどなかった。
あるのは――
唯一の友達、三本足のリヴォルヴと。
そして、ひとつの形見。
(……スピンドルだけは、持っていこう)
ずっと手元にあった、小さな道具。
たぶん母さんの形見。
木でできた、手のひらサイズの紡ぎ車。
──ドロップスピンドル。
軸に糸を巻きつけて、くるくる落としながら回すだけ。
ただの昔ながらの手仕事道具だ。
でも、俺にはうまく使えない。
右手の人差し指と、左手の親指と人差し指――大事な三本が、ないから。
だから、いつも途中で引っかかる。
糸はうまく紡げない。
それでも、これだけは捨てられなかった。
不器用でも、遅くても、
俺は、これで「なにか」を作りたかったんだ。
スピンドルを抱えて、
リヴォルヴと一緒に、草をくちゃくちゃしながら歩き出した――そのとき。
ドドドド……ッ!!
外から、地鳴りのような音が響いてきた。
(やばいやばいやばい!!)
さっき見た、大剣のデカさが脳裏に蘇る。
あれで、ズバッと何も言わずに斬られるかもしれない。
「全裸土下座させたので処刑」――なんて、絶対にごめんだ!!
そんなことで死ぬなら、まだリヴォルヴに踏まれて死ぬ方がマシだ!
バアアァァン!!!
扉が蹴破られて、砂煙と一緒に二人が飛び込んできた。
あの戦士と、魔法使いだ!!
「おう!!! おまえのおかげだ!!!」
「ほんっと、ありがとうねぇ!!」
……え?
「マジで! すっっごいモン、見つけたんだ!!!」
戦士が手に何かを掲げて、満面の笑みで叫ぶ。
「防ぐだけじゃないわよ! 一瞬で水の城壁を展開するの!」
魔法使いが目をキラキラさせながら説明する。
「これが、“水鏡の篭手”よ!!」
銀色に光る篭手。
どう見ても、タダモノじゃなかった。
俺は呆然と見つめる。
(……マジで、篭手、あったの?)
こんな村にそんなものがあるわけないと思ってた。
なのに――
ふたりは、信じられないくらい嬉しそうな顔で俺を見ていた。
「これで、東の国を救える……!」
魔法使いが、篭手をぎゅっと抱きしめる。
「全部、おまえが教えてくれたおかげだ!」
戦士が親指を立てて、満面の笑みで言った。
……俺は、リヴォルヴの背中をそっと撫でた。
「なあ、リヴォルヴ。
これって、……ほんとに、俺のおかげ、なのか?」
リヴォルヴは草をもぐもぐしながら、
ぺろりと俺のほっぺを舐めてくれた。
まあ、いいか。
今日は――
たぶん、いい日だった。
……いや、けっこう、いい日だったのかもしれない。