「教えてやるけど全裸土下座な?」
村のガキどもが、またやらかしていた。
覚えたての火の魔法を、羊のリヴォルヴに向かってぶっ放している。
楽しそうに、笑いながら。
「やめろ! 俺の、たった一人の友達なんだ!!」
──そう叫びたかった。 けれど、俺の喉から出たのは、
「グゴァッ」
……汚い音だった。
クソガキどもは、それを聞いて笑い転げる。
「うわ、ゴブリンみてぇ!」
「きたねぇ! 声なしサティ〜!」
そんな言葉を残して、逃げていった。
……ああ、そうだった。
俺は「ここ は カティエ の むら です」
それ以外、喋れない。
村長に、魔法で喉を封じられて──ずっと、だ。
俺は震えるリヴォルヴに駆け寄って、 そのモフモフを、そっと撫でた。
火傷はなかった。 でも、怖かったよな。
熱かったよな。 大丈夫。もう、大丈夫だ。
言葉じゃ伝えられなくてもいい。
リヴォルヴは、俺の顔をぺろりと舐めた。
それで、全部、報われた気がした。
ある日、俺は焦げたリヴォルヴの毛を切って、整えてやっていた。
そこへ、また冒険者がやってきた。
屈強な男の戦士と、やたら色っぽい魔法使いの女。
「なぁ、ここはどこだ?」
戦士のほうがぶっきらぼうに聞く。
俺はいつものように、すらすら答えた。
「ここ は カティエ の むら です」
──これだけは言える。これだけ“しか”、言えない。
普通ならそれで終わる。
けれど、戦士は続けた。
「ところで、魔法の防具があるって聞いたんだが?」
なんだそれ? この寂れた村にそんなモンがあるなんて聞いたことない。
まぁ、そもそも俺に話しかけてくるやつなんていないから、 噂話も流れてこねぇんだけどな。
俺はふと思った。
──こいつら、たぶん私掠免状を持ってる。
冒険者ってやつは、戦のためなら“現地での略奪”も認められてる。
国王とか領主が出す“私掠免状”って免許のせいで、な。
つまり、正当な“戦闘行為”として認められれば、
民家を荒らそうが、物を盗もうが、咎められない。 それが“ルール”ってやつだ。
村の連中なんて、こいつの持つ身の丈ほどの剣を見ただけで、 逃げ出すに決まってる。
びびって何もできずに、ただただ奪われる。
──俺みたいに、な。
だったら、今度は俺が仕向けてやればいい。
いつも最初に燃える“俺の家”じゃない。 狙わせるのは、村のヤツらの家だ。
普段は俺のことを石ころみたいに扱っておいて、
いざってときは「まずサティんちが燃えるから」なんて、
勝手に俺を囮に数えてるような連中だ。
そんな連中の家の中が、一軒ずつ家探しされて、
タンスを開けられ、ツボをぶっ壊されて、本棚をひっくり返されて、
ありもしない宝でも探されて、荒らされちまえばいい。
俺の家がなんどか焼かれたあとでも、だれも声をかけてくれなかったんだから。
──だったら、ざまぁみろだ。
問題は、どうやって伝えるかだ。
言えるのは――
「ここ は カティエ の むら です」
それだけ。
俺の使える音は、「こ」「は」「の」「む」「ら」「で」「す」
――たったこれだけ。
しかも、村の名前「カティエ」は、なぜかバラせない。
……きっと、あの忌々しい長老の魔法だ。
まず、「むら」。
方向を示すしかない。
人差し指のない両手のかわりに、右手の親指でくいっ、くいっと示す。
次に「のむ」。
地面に指で地図を描き、井戸の位置を示す。
──ああ、文字が書けたらな。
俺は文字も知らない。誰も教えてくれなかった。
こんなにも、言いたいことを伝えられないなんて。
そして「ここ」。
小指で強く地面を指す。ここにある、ここなんだ、と。
……なんとなく、伝わったっぽい。
ふたりは「ふむふむ」とうなずいていた。
村の井戸の近くになにかある、くらいは通じたみたいだ。
でも、問題はここからだった。
俺は必死に、使える音を組み合わせて言ってみる。
「ムラ、ムラ、すこ、はすはす、でか でか」
……もうダメだろこれ。
ふたりはぽかんとした顔で固まる。
当たり前だ。6音で何が伝わるってんだ。
──と思ったら。
「そうか……わかったわ!」
女魔法使いが目を輝かせた。
胸元が大胆に開いた踊り子風の衣装。
露出多めのふわっとした布。
でも、頭には魔女の三角帽だけはきっちりかぶってる。
旅の踊り子に“魔法”を添えてます、って感じの女だった。
「マジで?」
横の戦士が素っ頓狂な声を上げた。
ムキムキの体に金属の胸当て。
背中にはデカすぎる大剣。
顔はスレてるくせに、反応はわりと素直。
「詠唱阻害よ。言葉を封じられてるの」
(そんな高度な話だったの!?)
「彼は必死に、何かを伝えようとしてるの。
大切なものを隠されてて、守ってて、拷問されても語れないようにされてるのよ!」
(いや、その生活が拷問みたいなもんだが……)
「なんて酷い村なんだ……」
戦士は真顔で悔しがってくれた。
「で、“むらむら”って何だ?」
「これは……エロね」
(はぁ!?)
「“すこ”が証拠。ムラムラが好き、ってことよ」
「なんと……」
(いや、お前ら何信じてんの!?)
「“ハスハス”に“でかでか”……」
女魔法使いは眼鏡をクイッと上げて、ドヤ顔した。
「すこやかに育った、デカい何かを懇願せよ……ってことね」
(完全にバカだった)
焦って、言葉を並べ直す。
「すこすこ こて!」
女魔法使いの目がきらんと光る。
「これは……“すごい篭手”って意味よ!」
(バカじゃなかった!?)
「つまり――装備を解除して、服を脱ぎ、清らかな裸になり、
ご立派なモノで懇願すれば、立派な篭手が井戸で手に入るのね!」
(すっごいバカだった!!!)
止まらない魔女。止めない戦士。
「土を指してたのは、土下座って意味か!」
(ちげーよ!!)
ふたりはノリノリで盛り上がる。
「そうと決まれば――」
「ええ、そうね……」
女魔法使いは、ふわりと服を脱ぎ捨てた。
たわわなそれが……
って、戦士は戦士で、ウマのアレみたいなアレはこっちは目のやり場に困った!
戦士はその隣で、ひざまずき、頭を垂れた。
「お前の胸がデカデカでよかった……」
「あなたのデカデカもね…」
(何を確認してんだよ!?)
──だけど、違った。
ふたりの顔は、笑ってなかった。
本気だった。
……祈っていた。
全裸で、ひざまずいて、
手を合わせて、目を閉じて――
「どうか、我らの願いを……」
一心不乱に、願っていた。
バカみたいな光景のはずだった。
でも――
なんでだろう。
まるで物語の中の登場人物みたいで、
すごく、眩しかった。
「レムナントを討つために……力を!」
ふたりは、地面に頭をこすりつけながら、心から願っていた。
──恥も、格好も、全部かなぐり捨てて。
このふたりは、本気で何かを守ろうとしてるんだ。
裸だろうが、土下座だろうが、関係ない。
希望のために、なんだってする。
その姿は、滑稽じゃなかった。
むしろ――
どんな英雄よりも、ずっと、眩しかった。
……で、そのあと。
ふたりは、意気揚々と村へ向かっていった。
──そして、井戸の周りの家を、全力で荒らすはずだ。
……いや、これさぁ。
帰ってきたら絶対殺されるやつ!!!
っていうか、“誤解”なんだってことを、
この6文字と、足りない指でどう伝えろってんだよおおおお!!!