第十七話 卒業祝い
今回は日常(?)回です。
俺達はエミーをホルスト学院長に任せたあとすぐに法廷に転移した。
逃げたわけではない。
そうして俺達は今リビングのソファ等に腰掛けてくつろいでいる。
「サリアたちは何か問題とかあったか?」
「何もありませんでしたよ。待っているだけでした」
サリアの笑顔の圧がすごい。
笑顔ってこんなに怖いもんだっけ?
「悪かったって。敵を騙すためにはまず味方からって言うだろ?」
「そうですね。だから全く怒ってなんてありませんよ」
俺でもわかる、それは嘘だ!
「ライムはもう少し反省をしたほうが良いと思うぞ」
どこからともなく追撃が飛んでくる。
「うるさいぞ──って、ニグ起きてたのか?!」
いつの間にかニグはエリスの腕の中から降り我が物顔で椅子に座っている。
「もちろんだとも。実を言うと解呪されてからずっと起きていたぞ」
ニグはない胸を精一杯張って自慢してくる。
「それにしてもライム様の周りには様々な女性が寄り付きますね」
「なんか言い方に毒がないか?」
「ありませんよ」
サリアの笑顔が眩しくもあり暗くもある。
それにしてもさっきからルディが顎に手を当てて考えている。
「どうしたのですか? ミルディアさん」
エリスが首をかしげる。
「ライムが優しくする女の人って体が小さいし…… ロ──」
「何を言ってるんだルディ。そんな訳──」
否定しようとしたが言葉が詰まる。
(確かに俺の実年齢からするとこいつら全員赤子のようなもの、ならば俺はそうなのか?)
だがライムはそれが認められない。
実年齢とかそういう認識ではないのではないか?
気まずい沈黙──
「ない──と思う」
そうとしかいえない。
「さっきの間は何?!」
ルディにはまだ俺の苦悩がわからないか。
あと数千年生きてみろ、世界が変わるぞ。
「そういえば二人はもうSランクになったらしいじゃないか」
これ以上話すとやばそうなので話題をずらす。
「はい。ライムが行った後に実技テストがあったのですが、そこでホルスト学院長からSランクに上げてもらいました」
おそらくは強くなった二人が浮かないためだろう。
そういうところは有能なんだよな、あの学院長。
「ほふほーひはいへもひてはへはら? (卒業祝いでもしたら?)」
「卒業祝いの前に無断で血を吸うのはやめろ」
いつの間にか俺の背後にいたリアは俺の首筋を噛んで勝手に血を吸っている。
血を吸いながら言った言葉がよくわかったな、俺。
「リリ、リアさん?! 何してるんですか?!」
サリアがかなり焦っている。
「ひほふっへひふ (血を吸っている)」
「吸い終わってから喋れよ」
そう言うとリアは血を吸うのをやめた。
「血を吸っている」
「今更言っても遅いですよ?!」
にしても卒業祝いか……
「なんか欲しいものとかあるか?」
このまま話しても埒があかなそうなので直接聞く。
「甘いもの食べたい」
「我は肉が良いな!」
「果物などありますでしょうか?」
ルディ、ニグ、エリスの順に答える。
「なんで皆さんそんなに冷静なんですか?!」
サリアはまだこのペースについていけてない。
「私はもうちょっと血が欲し──」
「却下です!」
リアの願望はサリアに一刀両断される。
「ならご馳走はライムに作ってほしい」
リアがならばと次の願望を出す。
「俺?」
リアはコクリと頷く。
「わかったよ」
そう言って俺はこの空間を直接厨房へと繋げる。
俺が厨房に入ろうとするとリアが急いで来る。
「料理にはエプロンは必須」
シュバババッと俺にどこからか持ってきたエプロンをつけるリア。
「ガハハハハ!」
ニグの全力の笑いが響く。
それもそのはずだ。リアが俺につけたエプロンはピンクの花柄に熊の刺繍となんとも可愛らしいものだ。
ブチッ
「リア」
「なに?」
「吸血鬼は朝日が苦手だよな?」
「そうだけど?」
「二度と見れないようにしてやろうか?」
握りしめた拳をリアに見せながら言う。
「ヒッ?!」
急いでエリスの後ろに隠れるリア。
「に、似合ってお…… くくく……」
ニグが必死に笑いをこらえながらフォローをしてくるが今の俺には煽りにしか聞こえない。
「ついでにヒュパスを呼んでおいたぞ…… フフッ……」
ニグがまた必要ないことをする。
「すぐに取り消──」
「うぅ…… くっ……」
どこからか悶える声がする。
「大丈夫か?! ──パスが笑っている、だと?!」
パスはうずくまって必死に腹を押さえている。
そんなに面白いか?
「ラ、イムは、ふふっ…… こん、な方法で私、に勝って嬉し、いの……?」
パスが笑いをこらえながら聞いてくる。
「勝ちたくてやってんじゃねーよ!」
そうするとサリアが俺の服の裾を掴んでくる。
「私の要求はこのエプロンを着ての料理でお願いします」
「「「「賛成!」」」」
俺以外の全員が賛成する。
「──わかった……」
こうなれば俺は折れるしかなかった。
俺は諦めて調房に入る。
「よくやったぞリア。あれは傑作だ」
ライムが行った後ニグはリアを褒め称える。
「しっかり録画した」
パスが取り出した水晶玉には先程の様子が映像となって映っている。
「永久保存ですね」
エリスが笑顔で言う。
一方、その会話はライムに聞こえていた。
(誰をシバこうか……)
そんな事を考えながら料理を作っていく。
「お前らできたぞ〜」
ライムが料理を持って厨房から出てくる。
「くくくっ、もしや我を殺す気か……?」
エプロンをつけたまま出てきたライムに対してさらに笑うニグ。
「今からでも肉抜いてやろうか?」
「すまなかった!」
ニグもかなり扱いやすいのだ。
ライムはそれを無視していつの間にかあったテーブルに料理を置いていく。
「こんなテーブルありましたっけ?」
サリアが首をかしげる。
「いま出てきたからな」
さらに料理を並べていく。
「すごい……」
ルディが本音を漏らす。
皇女であるルディですら見たこともない料理が並んでおりひと目見ただけで美味しいとわかる。
「座っていいぞ?」
その言葉でルディとサリア、エリスが現実に戻る。
既にパスとニグは食べていた。
そして三人も椅子に座り料理を食べる。
「「「美味しい!」」」
ニグは両手に手羽先のようなものを持ち豪快に食べているしパスも黙々と食べていることからその二人からしても美味しいものなのだろう。
「いただきます」
ライムは自然に手を合わせてから食べる。
「それは?」
サリアに聞かれる。
「昔遠いところに行ったんだがそこの慣習でな、食に感謝して食べるんだ」
裁判官時代でも使徒時代でも何回も日本に行っているし、仕事だけでなくプライベートでもよく行っているため癖になってしまった。
「なるほど、礼儀正しい場所なんですね」
「そうだな」
雑談はこのくらいにして俺も食べよう。
「このぶどうなどとても新鮮ですが一体どこから仕入れたのですか?」
エリスが切実に聞いてくる。
かなり気に入ったらしい。
「ここの物だ」
「え?」
「ここには保管庫があってな。時間による影響も受けないから常に新鮮な状態だ。」
この機能をバレないように付けるのにどれだけ苦労したか。
「ではこの魚も?」
エリスが指さしたのは刺し身だ。
「もちろんだ。醤油つけて食べたほうがいいぞ」
「ショウユ?」
どうやらここでは醤油は一般的ではないらしい。
俺は刺し身醤油の瓶を取り出す。
「これだ。多すぎると体に悪いからあんまりつけるなよ」
「この緑色のものは?」
サリアが刺し身の皿の端にあるわさびを指差す。
「わさびって言うんだが、辛いから俺はつけないな」
「もしかしてライムも甘党?!」
ルディが身を乗り出して聞いてくる。
「その通りだ」
その傍らでサリアはわさびをつけて食べる。
「なんというかこの快感が癖になりますね」
どうやらサリアはわさびが大丈夫な人のようだ。
「じゃあ今甘党の話が出たし甘いもの持ってくるな」
ライムが席を立ち戻ってくると手にはケーキを持っていた。
「早くおいて!」
ルディの期待に満ちた声が響く。
「わかったからそんなに急かすな」
ライムはケーキを置くと全員分均等に分ける。
「ん〜」
ルディが幸せそうにケーキを食べる。
「あの短時間でケーキは作れるものなんですか?」
サリアがケーキを食べながら聞いてくる。
「時間魔法で少し早めたからな」
甘いものに関しては俺は徹底的に手間をかける。
そのためには時間魔法は必須なのだ。
「やはりライムの料理は格別だなっ!」
久しぶにニグが喋る。
「ごひゅじんさまは料理もお得意なんですね〜」
エリスが何か言っているが顔も赤いし滑舌も悪い。
もしかして……
「誰だよエリスに酒飲ませたやつ!」
リアが黙って手を挙げる。
「果物は他には何があるんですか〜?」
エリスは酔うと周りに絡むタイプらしい。
どこからか取り出したワインをエリスがさらに飲む。
「おいリア! どうにかしろ!」
リアは無視してワインを飲む。
「おい待て、サリア達は飲むな」
興味本位で酒を飲もうとしていた二人を俺は止める。
この酒はかなり強いからな。
二人に意識を向けるとさらにエリスが酒を飲んでいる。
片方に意識を向けるともう片方を抑えられない。
こんなとき一番役に立つのはパスだ。
「パス! 助けてくれ!」
「そろそろ私帰るね」
無情にも涙ながらの助けを求める声を無視しパスは食べるだけ食べて帰った。
ニグを見るがとても任せられない。
前半は良かったのになんでこうなったんだ……
翌朝
「酒も飲んでないのに頭痛い……」
ベッドから起き上がると頭痛に悩まされた。
「最重要危険人物はリアだな」
俺はリアの危険度を数段上げたのであった。
〜裏話〜
「ふふっ。ライムが…… 私明日死んじゃうかも?」
卒業祝いから帰ってきたパスは腹の痛みを必死に抑えていた。
《ライムがあのエプロンは凶器だよ。殺しに来てる》
そう。ライムにあのようなイメージなどまったくないのだ。
甘いものが好きなのは知っていたがそれでも裁判官時代のライムを知っているものならあのようなことになるとは想像がつかないだろう。
「これはテミスに報告しなきゃだね」
パスはテミスに映像と切り抜いた画像を何枚か送った。
送ると言ってもスマホのようにではなく、テミスの物置のような場所に転移させたのだ。
(もしかしたら怒られるかもだけどヒューの助けを盾にすれば大丈夫)
パスは生まれて初めてふざけていると実感したのだった。
安定した更新を目指すため書き溜めを作ります。
そのためしばらく更新できなくなりますがご容赦ください。