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婚約破棄RTA〜将来の王妃ですが、夢を叶えるため王道に婚約破棄されましょうか〜

作者: 早川隣

 青い空の中を、一隻の飛空艇が駆けていく。

 それを見上げた幼い少女が、父親に問いかけた。


「ねえ、お父様。あれはなに?」

「あれはね、クララ。飛空挺だよ」

「ひくうてい?」

「水蒸気で動く、空飛ぶ船さ」

「船が空を飛ぶの?」

「ああ。飛空研究所の最新技術でね、あれに乗って遠くの国まで物や人を運ぶんだ」

「素敵……! 私もあれに乗りたいわ!」

「お勉強に丁度いいかもしれないな。短い距離で運行できないか掛け合ってみよう」

「え……いやよ! 見たこともない遠くまで行ってみたいの」

「それはできない。……ごめんね」

「どうして……?」

「それはね、これからわかるよ」


 父親はひとつ深く息を吐き、クララをまっすぐに見る。


「お前は今日から、王子様の婚約者になるんだ」

「こんやくしゃ……?」

「大人になったら結婚する、ってことだよ」

「それがどうして、遠くに行けないことになるの……?」

「将来のお嫁さんが遠くに行ったら、王子様が心配してしまうだろう」

「え……」


 それはクララにとって、あまりにも理不尽だった。

 自分の未来を決定付けるのが自分ではなく結婚相手だ、なんて。

 顔も見たことがない相手のせいで、自分の人生が狂っていく。


 ──悔しい。


 クララは拳を握りしめた。

 爪が手のひらに食い込むほどに。


「我慢だ。いいね、お姫様になるっていうのはそういうことなんだ」


 ──それなら、お姫様になんてならなくていいのに。

 ──飛んでいきたい、あの飛空挺みたいに。


 この時覚えた悔しさと飛空挺への憧れは、彼女を生涯突き動かすこととなる。

 それをまだ、誰も知らない。


     ***


 王立学園卒業パーティーに、クララは出席していた。

 はっきり言って、クララにとってこんなパーティーに意味などない。

 学費の高い王立学園に通う生徒など、貴族の子息ばかりだ。

 どうせどこに行っても同じ面子と顔を合わせることになるわけで、わざわざこんなところで親交を深める必要もない。

 というか親交を深めるだけなら学園での三年間で散々やっている。


 けれど、クララにはこれに出席しなければならない理由があった。


「……待たせたね、クララ」


 それが、今声をかけてきたこの男。

 クララの婚約者である王子・ルードリヒだ。


「いいえ、今来たところです……、その方は?」


 クララは王子の同伴者としてパーティーに訪れたのだが……彼の隣にはひとりの女性。


「彼女はフィーネ。僕の恋人だ」


 あろうことか、ルードリヒはそんなことを言い出した。

 彼女の肩をしっかりと抱き、彼はクララをまっすぐに見据える。


「僕は──学園卒業後、彼女と結婚する」

「……突然なにを仰るのです、ルードリヒ様。私たちは幼少期より婚約を──」

「それは親同士が取り決めた契約だ。そんなものに囚われて生きる気はさらさらない」

「ルードリヒ、様……?」

「婚約破棄だ! 僕はフィーネと結婚する!」


 ルードリヒが高らかにそう言った瞬間、彼の腕の中の女は笑った。

 それを見て、クララは扇子を開き口元を隠す。


 ──随分とまあ、真正面から来たものね。


 扇子の影で、クララは溜息を吐いた。

 婚約破棄は自由恋愛への一歩と思われがちだが、実際のところはそうでもない。

 下手をすれば自分が生まれる前に交わされていた契約を一時の色恋のために破るのは、明確な信用失墜行為だ。


 ──まあ、本人にとってはそれすらも愛を引き立てるスパイスなのかもしれないけれどね。


「……本気なの、ルードリヒ様」

「当たり前だ。僕がそんな無責任な発言をするわけがないだろう」

「なるほど。それほどそちらの──フィーネ様が大切なのですね」

「ああ。彼女は僕に優しくしてくれた。お前と違ってな!」

「そうかしら? 私は私なりに、あなたのお力になろうと励んでいたのですが」

「なにを言う! 彼女は僕を苦手な社交場に連れて行ったりせず、ふたりだけの時間を大切にしてくれる!」


 そう言って胸を張るルードリヒを、クララはじっと見つめる。

 顔立ちやスタイルこそ一級品ではあるものの、彼にあるのはそれだけだ。

 例え憎い婚約者であっても女性の欠点をわざとらしくあげつらう意地の悪さ。

 なにより、貴族の集まる歓談の場で声を荒げる配慮のなさ。


 お世辞にも一国の王子としては頼りない姿に、クララは再度溜息を吐く。


 ──将来国を導く方が社交嫌いでは困ると、慣れるための場を提供していただけですのに……なんという言われよう。

 ──というか、この態度許容する彼女も彼女ね……。


 呆れ切ったクララは胸を張ってルードリヒを見つめる。


「わかりました。いいでしょう、後ほど書類をお送りください。サインをして返送いたしますので」

「……お前は本当に冷たい女だな」


 こんなにもあっさり受け入れられるとは思わなかったのだろう。

 ルードリヒはクララに悔しげな目を向ける。


 ──泣いて悲しむとでも思ったのかしら、脳内が随分お花畑なのね。


「ルードリヒ様に言われるとは思いませんでしたわ。お互い様です、これからはそれぞれの道を歩みましょう」

「あ、ああ……」


 しおれた返事を蹴り飛ばすように踵を返し、クララはダンスホールを去った。

 そして、廊下に出た瞬間。


「よっっっっっしゃあ!」


 拳を握り、思わずそんな声を上げた。

 それを見た給仕係がギョッとするのを見て「失礼」とお茶を濁しつつも、つい口元を緩ませてしまう。


 扇子で唇を隠したのは、つい笑みが溢れてしまいそうだったから。

 早々にホールから逃げ出したのは、勝利の雄叫びを上げてしまいそうだった。


 そう。


 この婚約破棄騒動はクララにとっては想定内だったのだ。

 それどころか、今回の件の黒幕はクララであるといっても過言ではない。


「ああ……! こんなにうまく行くなんて。やっぱり私たち、天才ね」


 つい、ドレスの裾を翻してターンした。

 そして、向きを変えた視界の中に「私たち」の片割れが現れる。


「やっほー、クララ。うまくいったね」


 そこにいたのは先ほどクララの婚約相手を奪った女性──フィーネだった。


「フィーネ! 本当にありがとう、私の生涯の親友」

「あはは、いいよいいよ。あたしも欲しいものが手に入ったからね」

「よかった。……本当に、あなたに出会ってよかったわ」

「お互い様」


 ふたりは手を取り合って笑う。

 彼女たちが出会ったのは、一年生の初夏。

 とある雨の日の出来事だった。


     ***


 六月、雨の日の図書館。

 じめじめした空気は、図書館の埃っぽい匂いをより重苦しくしているようだ。

 そんな日、クララは自習スペースで大きな紙を広げていた。


「ここは……機関室……」


 鉛筆と定規で直線を引き、文字を書き込む。

 それを始めてもう何時間経ったのか、というほどクララは熱中していた。


 そう、クララは飛空挺の図面を描いていたのだ。


 クララは幼い頃から飛空挺に憧れていた。


 ──あれに乗って世界中を飛び回りたい。

 ──あわよくば飛空挺を設計して、自分で名をつけたい。


 ……けれど、そんな夢はとてもではないが口に出せたものではなかった。


 王子の婚約者、未来のファーストレディ。

 そんな立場でその夢を叶えることは難しい。


 いや、叶えることだけならできるかもしれない。

 旦那の予定に随行する際飛空挺を使って、自国の技術を相手国に見せつける。

 数多の技術者が組み上げた図面に判子を捺し、書類に上品な羽ペンで名前を書く。

 そんな形でよければ、いくらでも叶えられるだろう。

 けれどそれは、クララの望むところではない。


 クララはもっと、自由になりたい。

 きっとなれないと知っているから、余計に。


 ──こんなことして、なにになるんだろう。


 時折頭によぎる虚無感を無理矢理薄めるように、手を動かす。

 そうしていた時だった。


「なにしてんの、あんた」


 女性の凜とした声が響く。

 ビクッと肩を揺らしたクララが振り返る。


 するとそこにはクララと同じ制服を着た少女がいた。

 スカーフの色を見るに、学年も同じらしい。

 栗色の髪とエメラルドの瞳が美しい。

 目尻がきりりと上がった、気の強そうな顔立ちだ。


「あたし、フィーネ・マルグリット。あんたは?」

「私は……クララ・ハリベル」

「え、あの噂のクララ様? 王子様の婚約者っていう」

「うん……そう」


 クララは顔を曇らせる。

 それに気付いたのだろう、フィーネはどこか申し訳なさそうな顔をした。


「……あ。もしかして、嫌だった?」

「少し……ね」

「あ〜……ほんとごめん、クララね。次から気をつける」

「ううん、いいの。仕方がないって知ってるから」

「そっか、ありがと。……ところで、これは?」


 フィーネは図面を覗き込む。


「これは……飛空挺の図面」

「好きなの? 飛空挺」

「うん。昔から、技術者になるのが夢だったの」

「そっか。……ねえ、クララ」

「なに?」

「クララは技術者になるって夢、諦めてる?」

「……うん。だって、王妃になるんだもの。無理な相談でしょ?」

「あのさ。あたしの父さん、飛空研究所の研究者だったんだよね」

「え!? そうなの!?」

「うん、もう亡くなってるけどね。で、さ。……実は、学園を卒業したら技術者として飛空研に来ないか、って言われてる。試験もパスでね」

「な、」


 返事がクララの喉に詰まる。


 羨ましい、なんて言葉じゃ表しきれないほどのことだった。

 飛空研究所は毎年新入職員を募集している。

 しかしそれは数人程度の話。基本的に狭き門だ。


 それを、試験をパスしてのスカウト?

 それほど彼女の父は高名だったのだろうか。


「でもね、あたしは正直乗り気じゃない」

「……え!? どうして!? こんなにいい条件なのに」

「理由はたったひとつ。飛空挺に興味がないため」

「う……」


 言われてみればそうだ、とクララは黙る。


「あたしはね、どっちかというとそっちに興味がある」


 フィーネの指先が、クララを示した。


「権力、ね。王子様の婚約者なんて理想も理想」


 ──なんて物好きな人。


「どうしてそんなに権力が欲しいの……?」

「あたしの父さんね、『アルカディア』の設計者なの」

「え、あの……?」

「そう」


 フィーネは頷く。

 アルカディア、とは理想の名を冠するこの国で最も有名な飛空挺だ。

 しかし、アルカディアの設計者は現在の国王の弟である。

 その近縁者となれば権力など欲するまでもない。


 ──だとしたら、どうして?


 クララが首を捻っていると、フィーネが低い声で言う。


「奴ら、父さんの成果を奪ったんだ。本当の設計者はあたしの父さん」

「そう、だったの……」

「だから権力を得て父さんの手柄を父さんのもとに返したいんだ。だからさ、」


 ずい、とフィーネがクララに顔を近付ける。


「ねえ、クララ。境遇が不満なんでしょ? ……交換しない?」


 にやりと笑った彼女に、クララは迷うことなく頷いた。


「……ルードリヒは自由恋愛に憧れてる。きっと本気の相手がいれば迷いなく婚約の破棄を迫ってくるはず」


 クララはフィーネの手を取った。


「私がどれだけ悪者になってもいい、やり方も任せる。お願い、フィーネ。私から彼を奪い取って」

「ふふっ。じゃあ、セオリー通りに行こう。目指すは卒業パーティーでの婚約破棄。……あと二年半か。忙しくなるよ」

「望むところ!」


 ふたりは確固たる決意のもと、互いの願いを叶えると決めた。


 クララは飛空研究所に望まれる人間になるための勉強を。

 フィーネは長年の婚約を破らせるほど彼を魅了するための努力を。


 ……そしてそれらの努力が、予定通りの卒業パーティーの場で実を結んだのだ。


     ***


 ──いけない、約束に遅れてしまう。


 従者を連れることもなく校内を迷いなく歩き、クララは正面の門から外に出る。

 守衛に敬礼をしてから出た、その先に。

 ひとりの青年が立っていた。


「待ってたよ、ハリベルさん!」

「ええ、私もです。ヴィルヘルム先輩」


 ヴィルヘルム──彼は、クララのひとつ上の先輩だ。

 学園を卒業したのち飛空研究所に就職した、自他共に認める天才である。


「長かったね、ここまで。これからは、名実ともに君の人生だ。後悔なきよう!」


 眩い笑顔での祝福に、クララは「はい!」と清々しい返事で応じる。

 すると、突如ふたりを照らしていた太陽が翳った。

 上空を巨大ななにかが横切ったのだ。


「あ……! 飛空挺……」


 クララは天空を進むそれを輝く瞳で見つめる。


「サプライズだよ、卒業記念兼就職祝いの……ね!」


 ヴィルヘルムがそう言って頭上に向けて旗を振る。

 すると小型の飛空挺が母艦から分離して、こちらへゆっくりと降りてきた。

 ふたりのすぐそばに着陸した飛空挺の操縦士は、ゴーグルを外して「やぁ、君がクララかい?」と声をかけてくる。


「はい、新入職員のクララ・ハリベルです! 来年度よりお世話になります!」


 クララはそう挨拶を返し、頭を下げる。


「よし、彼に乗せてもらおう。お祝いの空の旅だ」


 ヴィルヘルムは飛空挺に乗り込むと、振り返ってクララに手を差し伸べた。


「お手をどうぞ」

「はい!」


 クララはヴィルヘルムに導かれるまま、飛空艇に乗り込んだ。


 飛空挺が宙に浮く。

 風に乗って走っていく。

 クララの夢と、未来をのせて。


     ***


 数年後、飛空研究所の三番研究室。

 もっぱらクララの根城と化しているその部屋に、ノックの音が響いた。


「どうぞー」


 クララは飛空挺の図面を見ながら、適当に返事をする。


「失礼します。ハリベルさん、お手紙です」


 入ってきたのはメッセンジャーバッグを肩にかけた、この春からの新入職員だった。


「ん、ありがとう。どこから?」

「王宮からです」

「おや珍しい。ありがとうね」


 手渡された封筒に書かれた住所は王宮のもので、その筆跡はフィーネのものだった。


 彼女からの連絡は久しぶりだ。

 ルードリヒをうまいこと傀儡にして政治の実権を握った……という手紙が来た時以来の連絡である。

 中を開けば、手紙の書き出しは「ついにやったわ!」となっていた。


 ──私相手でも時候の挨拶を忘れない彼女がこんな興奮気味な手紙をよこすなんて、もしかして。


 その想定は当たっていた。

 アルカディアの設計者の名が修正されることになった、と。


「ああ、よかった!」


 彼女の長い復讐が、ようやくこれで終わったのだ。

 この後彼女がどうするかはわからない。

 しかし、少なくともここでクララとフィーネの願いは叶い、物語は終わりを迎えたのだ。


「早速お返事を書かなくちゃ」


 ──うんと素敵な便箋でお祝いの言葉を送ろう。

 ──次王都に戻った時には彼女をこっそり連れ出して素敵なカフェに行こう。


 そんなことを考えながらクララは笑みをこぼした。

逆境に負けない女性が好きです。

読んでいただきありがとうございます。励みになります。

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