8話:魔族狩り
「そういえば……アイツは?」
────泣き腫らし、ある程度の落ち着きを取り戻した後にレヴィンから発された呟くような言葉は……その場にいないもう一人の仲間の所在に関する言及。
その疑問にアルスは肩を竦めて答える。
「ウォルフなら、魔族の残党を追ってあっちに行った……散々止めたんだけどな」
魔族の残党は、暴風雨が止んだ後……首魁たるシルクが倒されたことに気づいて大半が逃げ出した。
アルスは罠やまだ近くに伏兵───もしくは生き残りの村人がいる可能性を考え、近辺の調査を優先すべきだと主張したが、ウォルフはその言葉に耳を貸さず一人で行ってしまったのだ。
「ウォルフさん、たった一人で……心配です」
レヴィンが目を覚ますまで待っている間も、アルスが付近の調査をしている間も、そして今も……フィルビーは終始そんな彼を心配していた。
「私はアイツの心配なんてしてないけど……はぐれても面倒だし、探しに行きましょ」
そんな彼女の気持ちに応えるように、事情を聞いたレヴィンはいの一番にウォルフが行った方向へと向かい出す。
アルスもそんな彼女のように続くように歩き出した……
「……?」
────そんな時、ふと後ろに振り返って見えたのは村に向かって祈りを捧げるフィルビーの姿だった。
・・・
ウォルフを見つけるのは容易だった。
道中、ウォルフが通ったことを示すかのように斬り裂かれた魔物の死体が一体……また一体と転がっていたからだ。
「……」
その死体で出来た道の先────アルスの視線が捉えたのは、最後の一体であろう魔物を前に……無言で大剣を構えるウォルフの姿。
「ウォルフ!」
「……アルスか」
そこにアルスが駆け寄ると、ウォルフは横目で此方を見てから視線を前方へと戻す。
「コイツ……散々逃げ回ってたのに一匹になった途端こうなりやがった」
「……命乞いをしているようだな」
視線の先の魔物は逃げ切れないと判断したのか、此方に向かって頭を垂れて蹲っている。
「どうせこれから向かうクス伯爵領でこの件を報告するんだ……こいつを拘束して生き証人にしても…」
その姿を見て、アルスは今後の事を考えながらも魔物の処遇についてウォルフに提案を出す。
────が、話し終わる前に『ザシュッ……』と鋭い音を立てて魔物の首が落ちた。
「ここで起こった事の証明なんて、こいつらの親玉の首だけで十分だろ」
「ウォルフ……」
「魔族に……生きる資格はない」
吐き捨てるように言ったウォルフの言葉……そこからアルスが感じたのは、彼の魔族に対する深い憎しみの感情。
「ここの住人を殺したくせに、自分だけ助かろうとする性根が……俺は許せねぇ……!」
「……」
魔族は古の時代から人類と戦争を続け、大勢の人間を殺してきた歴史がある。
そのため大陸に住む人間であれば魔族を嫌悪するのは普通の事だが、その事情を考慮してもウォルフから感じる憎悪は異様に深く感じた。
「な、なに……急にどうしたの……?」
何も言えないでいる内に横から怖ず怖ずと出てきたのはレヴィン。
どうやら彼女は憎悪に染まったウォルフの雰囲気に少し引いているようだ……が、アルスにはある心当たりがあった。
「……以前北側諸国で聞いたことがある…たった一人で魔族を殺し続けている頭のおかしい放浪者がいると……」
ウォルフ────初めて彼と出会った時に聞いたその名前にアルスは聞き覚えがあった。
その時はまだ半信半疑だったが、目の前の彼の様子を見るにどうやら本当のようだ。
前に説明しようとして有耶無耶になってしまった事を、アルスは改めてレヴィンに伝えようと口を開く。
「魔族狩りのウォルフ……それが彼の通り名だ」
「な、なんでそんなこと……」
「……俺は魔族に故郷の村を滅ぼされた」
「!?」
魔族を狩る理由……その疑問に対して答えたウォルフの言葉にレヴィンは衝撃を受けた様子を見せる。
「家族も、友達も…俺はあの日、全部失った…耳から離れねぇんだ…みんなの悲鳴が…魔族共の下卑た笑いが…」
明後日の方を見て呟くウォルフ……その手は少し震えていた。
「だから俺は魔族を絶対許さねぇ…!!」
……やがてその手をグッと握り締めて、宣言するように強い口調で言い放つウォルフ。
余りにも壮絶な過去に……アルスも、他の二人も言葉を失っていた。
「……お前だってそうだろ?フィルビー」
「!!」
不意にウォルフから投げ掛けられた同意を求める言葉────それに対してフィルビーは狼狽したように身体を震わせ、「わ、私は……」と言葉を詰まらせていた。
当然だ……彼女もウォルフと同じように暮らしていた村を魔族に滅ぼされたのだから。
────結局、村の中を調査した結果……判明したのは生きている人間は一人としていないという事実だけ。
……必死に戦ったにも関わらずヴァイゼン村は滅びたという悲惨な結果だけがその場に残ってしまったのだった。
「……」
その現実を実感してきたのか、フィルビーの表情は徐々に暗くなっていく。
そんな彼女の様子を見兼ねたのか、庇うかのようにレヴィンはウォルフの前に出た。
「ちょっと!女の子を虐めないでよ!!」
「あぁ?お前にゃ…」
「そ、それより…アンタ、私に謝りなさいよ!!」
「…はぁ?」
「アアアンタ私に偉そうに言ったわよね!?ふ、震えてるだけとかお荷物だとか…あと次はないって…こ、今回は私…ちゃんと貢献したわよ!!」
突然上擦った声で早口で捲し立てるレヴィンに、ウォルフが見せたのは困惑の表情。
やがて、「はぁ……」と溜息を吐いて口を開く。
「調子に乗んな、今回はたまたま運が良かっただけだ…魔法の制御が出来ないってオメーの致命的な欠点はまだ残ってんじゃねーか」
「う…」
その反論が図星だったようで、レヴィンも言葉を詰まらせる。
その直後、ウォルフは頭を掻きながら言葉を続けた。
「ただ……今回オメーに助けられたのは事実だ……その、ありがとよ」
「!ふ、ふんっ……最初っから素直にそう言いなさいよ……」
その僅かながらの労いの言葉に対しレヴィンはそっぽを向く。
どちらも素直じゃないな……と二人のやり取りを傍から見ていたアルスは感じた。
「はぁ……なんだか馬鹿らしくなったわ」
「それはこっちの台詞よ!大体アンタが……」
そんな風に考えていると、また二人が言い合いをし始めていた。
決して良いことではないが、不思議と先程の不穏な空気が若干和らいだように感じる。
……もしかしたらレヴィンはこれを狙って突拍子もないことを言い出したのだろうか。
騒がしい二人を眺めながら、アルスは勝手に感心していた。