58話:二人の騎士
〜前回のあらすじ〜
戦況が目まぐるしく変わり激化する戦場……
魔王の咆哮を頼りに神秘の森の中を奔走していた戦士ウォルフは、かつて城塞都市クヴィスリングを襲撃した正体不明の敵────"黒血騎士"と遭遇する。
奴と剣を交える中、気付いたのはその剣術が"勇者アルス"と同じものだという事実。
驚く間もなく奴の魔法により重傷を負うウォルフだったが、間一髪アルス達と別れた一角獣の騎士────グラシアの助けが間に合うのだった。
※今回はエルフの騎士"グラシア"視点の話です。
大地を激しく揺らす音と共に、どこまでも続く広大な緑を駆け抜けていく神獣ユニコーン……
その背中に跨るエルフの騎士────グラシアは内心焦燥に駆られていた。
魔樹に侵蝕されていない領域まで戻ったおかげで、巫女が言った通り再び"神秘の森の加護"を受けられるようになってきた。
おかげで天力も回復しつつある……が、その間にも自身を送り出した仲間達は穢れの濃い瘴気の中で"魔王"を相手に苦しい戦いを強いられている筈だ。
「……」
──────本当は、自分もあの場に残って大切なヒトを守りたかった。
切ない想いを胸に秘めながら、一角獣の騎士は深い樹海の中を奔走し続ける。
全ては主君から与えられた"上級魔族を殲滅し、各地に散った戦力を魔王の元に集結させる"という命を果たすために……
「スーヤ様……ッ!」
「どうか私達に力を……!!」
そんな時、不意に風に乗って流れてきたのは女神に救いを求める微かな叫び。
聞き逃さずに進路を変えるグラシア────その先には、上級魔族と対峙している味方の姿が……心なしか、彼等の表情からは隠し切れない恐怖心が滲み出ているように感じられた。
"もう大丈夫……安心して"
──────これまでに幾度も見てきた光景……それを前にして、グラシアの中で呼び覚まされるのは遠い遠い過去の記憶。
魔族がこの大陸に現れてから数百年……暮らしや生命を脅かされる日々に、人々は常に怯えていた。
そんな時に彼等が救いを求めたのは、この世界を生んだ女神の教えとされる"スーヤ教"と、その教義に殉ずるエルフ族を中心に結成された"スーヤ騎士団"……かくいうグラシアもその一人だった。
"そう、グラシアって言うの……良い名前ね"
幼い頃、病弱だったが故に迫り来る魔族の手からまともに逃げる事すら叶わなかったグラシア……それを守ってくれたのはレイア────当時、騎士団員として活動していた彼女だった。
"私?私の名前は……"
────いや、違う。
レイアは巫女として与えられた名だ。
もう永らく呼んでいない、彼女の本当の名は何だっただろうか……
「グラシア様ッ!!」
「これは……奇跡だ!!」
思い出す前に、役目を果たす時が来てしまう。
駆け付けた自身と一角獣を前に、絶望から一転して希望に満ちた眼差しを向ける人々。
昔とは異なり今は自分の方が守る立場────彼等の為にグラシアは勇ましくも騎槍を構え、かつての自身を救ってくれたあのヒトの口上を力強く告げるのだった。
「────スーヤ騎士団、ここに見参ッ!!」
――――――――――――――――――――――――
「グラシア……!?」
「そういう君は……ウォルフ殿か」
それから少し経った後……再び先程と同じ口上を叫んだ先で、グラシアは見知った顔の男と再会を果たす。
"魔族狩りのウォルフ"
魔王軍に完全に支配される以前の大陸北部にて、何年か前からか活動していた……何処の国の兵団にも、魔王討伐隊にも所属せずにたった一人で魔族を殺して回ってたという狂犬だ。
現在は勇者アルスが率いる魔王討伐隊に所属し、城塞都市クヴィスリングでの戦いでは悪名高い上級魔族"ザヴォート"の討伐に大きく貢献したと聞いている。
「助かったぜ……よくあっちが敵だって分かったな」
「今し方、君を襲おうとしていたからな……それにあの風貌……クヴィスリングを襲撃した敵の特徴と一致している」
「あぁ、間違いねぇ……!アイツが人型の魔物だ……!!」
────そんな戦士が血を流して地べたに這い蹲っている様は、彼の実力を知る者にとっては余りに信じ難い光景。
内心驚愕するグラシアを余所に、ウォルフが睨み付ける視線の先には……彼をここまで追い詰めた元凶の存在がいた。
「……」
赤黒い、まるで奴によって殺された人々の返り血で染め上げられたような黒血色の外套を身に纏う……異様な雰囲気を放つ騎士。
全身が鎧で覆われているせいで中身こそ窺えないものの、その姿は確かに人間の様にしかグラシアの淡い瞳には映らない。
「人型の魔物……奴が……」
奴を見て、ふとグラシアは今し方倒れている男が断言するように言った言葉を繰り返す。
人型の魔物────それは一時期大陸北部を中心に広まった噂話だったものだ。
目撃情報を元に騎士団が調査したものの、結局何の手掛かりも得られず……見間違えか幻影魔法による幻覚の類だと結論付けられた筈。
しかしたった今、目の前にいる敵がその正体だとしたら一体何者なのか?いずれにせよ、裁きの雷槍を回避した反応速度からして只者でないことは確か……
「どうやら手酷くやられたようだが……何があった?」
「へっ、こういうことだよ……ぐッ……!!」
思考を巡らせながらも敵の情報を集めるためにグラシアが問うと、ウォルフは自嘲気味に笑いながら重厚な鎧の胸当てを外し始め────同時に苦痛に呻く声が上がる。
その理由は……彼が外した胸当ての内側にあった。
「それは……」
「俺にもよく分かんねー……ただ、奴の剣に触れられた瞬間こうなったのは確かだ」
「ふむ、なるほど……よく分かった」
なんと鎧の内部そのものが鋭利な刃状になっていたのだ。こんな物を身に付ければ大怪我は必至……当然最初からこんな形だったわけではないだろう。
恐らくは敵の魔法による作用────それも"金属を変質させる"系統だとグラシアは察する。分類的には固有魔法だろうが、同系統の魔法であれば過去に目にした事があった。
「情報提供に感謝する……後は任せるといい」
「おうよ、あと戦う時にゃ関係ねぇだろうがアイツ──────うぉッ!?」
敵の能力分析を終えた後、続けて何かを言おうとしたウォルフ……だったが不意にその身体が宙に浮くことで会話は中断されてしまう。
"神秘の森の加護"だ。
周囲の樹木達が彼の大柄な身体に絡み付き、この場から遠ざけようとしている。恐らくは重症を負った彼を避難させ、安全な場所で治癒を施すつもりなのだろう。
それでいい……とグラシアは安堵した。
情報を最後まで聞けなかったのは残念なものの、命の重さには代えられない。
もし彼が自分の目の前でむざむざ殺されてしまえば、彼の仲間である勇者アルスに顔向けが出来なくなってしまう。
「【水面斬り】……!!」
────しかし、その動きを眼前の敵たる黒血騎士は許さなかった。
今までの此方の出方を警戒したような静けさから一転、ウォルフの離脱を阻止せんと水の上級魔法を薙ぎ払うように解き放つ。
高密度に圧縮された水の魔力……直撃すれば致命傷になり得る危険な魔法だ。
敵が人類側の魔法を使用する事実に軽い戸惑いを覚えながらも、グラシアは風を纏わせた盾を斜めに構えて前へと飛び出す。
『ズシイィィンッ……!!』
直後、起こったのは盾に弾かれた水魔法の軌道線上に立っていた大木が音を立てて倒れる信じられない現象。
規格外の威力────これは最早自分の知っている魔法ではない。
この分厚い盾でなければ、風の天力を付与してなければ、斜めに構えて力を受け流してなければ……今頃盾諸共身体を切断されて死んでいたかもしれない。
しかし結果的にどうにか味方を守ることが出来た。
「──────【この世界に希望を】」
「……!?」
背筋が凍ると同時に安堵したのも束の間……黒血騎士の新たな呪文が場に響く。
刹那、グラシアの前に広がったのは銀色に光り輝く粒子が宙を舞う……美しくも奇怪な光景。
不思議なことにその粒子は、周囲に斃れている人々の武具から吸い上げられる形で生まれているように見えた。
この異様な現象も奴の"金属を変質させる魔法"の作用なのか?しかしこれだけ広範囲に物質を変化させられるのなら、何故ウォルフに対して行ったように此方の武具に直接作用してこないのか?
答えは恐らく……生きている者相手には身体から溢れ出る魔力や天力によって魔法の発動を阻害されてしまうからだろう。つまり……
「直接触れられなければ問題はない……か」
「……!!」
敵の固有魔法の性質をある程度見抜いた──────瞬間、鈍く光る粒子が一斉に鋭利な形状に変質し、グラシアへ向け襲い掛かる。
「躱せ!ユニコーン!!」
本能が危機を察知したのか、命じるよりも早く走り出す一角獣。その速さは正に疾風が如く、降り注がれる銀色の殺意を完全に置き去っていく。
「【裁きの雷槍】!!」
「【水面斬り】!!」
戦いは激化を極めた。
一角獣と共に疾走しつつ強力な雷を連発するグラシア────対しそれらを銀の粒子から生成した盾で防ぎつつ、水銀の刃で迎え撃つ黒血騎士……
両者の力は完全に拮抗していた。
「くっ……!仕方ない、悪いがそろそろ終わらせてもらうぞ……!!」
このままでは埒が開かない。早急に決着を付けて主君の命を果たさなければ──────
功を焦ったグラシアは一切の躊躇いなく切り札たる詠唱を口にする。
「【絶対なる天啓】!!」
それは異端者が現れた際、迅速に対象を拘束するための……人類相手に有効な奇跡。
目の前の敵が人間であれば、この戦闘を即座に終了させるだけの絶大な効果を発揮するが……
「……!?」
──────しかし何も起こらなかった。
「ふん……不信心者め」
軽く溜め息を零すと同時に、一角獣の騎士は騎槍を前方に構え直す。
切り札たる詠唱の不発……それ自体成功は半々だと考えていたためさして問題はないが、今の結果で一つ分かった事があった。
目の前の存在は断じて"騎士"などではない、と。
騎士とは本来、領主や国王等の君主に仕える剣であり、忠義に生きる神聖な存在そのもの。
グラシアもまた、敬愛する女神……ひいてはそれを身に宿す巫女に忠誠を誓っているが、目の前の騎士の様な姿の何者かは違う。
女神への信仰心もなければ、あまつさえ魔族に与し……多くの人々を惨殺した。
吐き気を催す程に穢れの濃い血の臭い、氷の様に冷たい殺意、闇を思わせる深い憎悪……──────
強い負の印象しか感じられないその立ち振る舞いは、まるで聖騎士とは真逆の存在……差し詰め"穢騎士"と言ったところか。
「ならば……【一角獣の行進】!!」
──────そんな唾棄すべき敵との決着を付けるべく、グラシアは覚悟を決めて新たな詠唱を口にする。
目の前の敵……黒血騎士は強い。このまま戦闘を続ければ、自身も無事では済まないかもしれないと思う程に。
それでもここで取り逃がせば、きっとより多くの者が奴の手に掛かり犠牲になってしまう……そんなことは絶対にさせない。
『ドンッ!!!!』
強い決意と共に繰り出したその技は、この大戦の始まりにも披露したグラシアのもう一つの切り札。
風と雷の奇跡を複合させた目にも止まらぬ速さの突進は、大地を蹴る音すら完全に置いていき──────眼前の敵へと一直線に向かう。
「グ……ッ!?」
風を切り裂き、大地を削った……矢先、後方から聞こえてきたのは敵の短く呻く声。
どうやら直撃は回避されたようだが、振り返った先の奴の動きは鈍い……突進時に周囲に展開していた雷の余波を受けたからだろう。
その結果に、グラシアはある確信を強める。
「やはり接近戦では此方に分があるようだな……!!」
戦士ウォルフとの戦いでは自ら接近戦を仕掛け、固有魔法を発動させたであろう黒血騎士が、自身との戦いでは終始遠距離戦に徹している理由……それは恐らく雷の奇跡が奴にとって相性が悪いからだ。
────ならば奇跡の力を周囲に展開した上で強引に突っ込んでしまえば良い。
「皆の命を奪った罪、己が身で償え!!」
攻撃は最大の防御……激闘の末に勝機を見出したグラシアは一角獣を旋回させ、まともに身動きを取れなくなった黒血騎士に二度目の突進を仕掛ける。
上級魔族であろうと直撃させれば風穴が空く必殺技────目の前の敵が人間であろうと魔物であろうとこれで倒せぬ通りはない。
「【水面斬り】ッ!!」
「!?」
しかし次の瞬間、事態は一変する。
勝利を確信した矢先、グラシアの視界に広がったのは宙を反転しながら斬り掛かって来る黒血騎士の姿。
大地に水魔法を放った反動での緊急回避────気付いた時には既に遅かった。
完全に不意を突かれたグラシアは、咄嗟に回避行動を取るも間に合わず……奴の剣を、鈍い音を立てて受け止めてしまう。
「ガハ……ッ!!」
結果、待っていたのは戦士ウォルフと同じ運命。
身体に激痛が走ると共に吐血し、視界が反転……僅かな浮遊感を感じた後、その身は大地へと叩き付けられる。
「流石はスーヤ騎士団でも筆頭格の騎士様……女神の寵愛を受けしその力、恐れ入った……!!」
意識が朦朧とする中……グラシアの耳は此方を嘲け、讃える声を捉える。奴────"黒血騎士"だ。
視線を向けた先には既に立ち上がり、剣を片手に此方へと近付いてくる奴の姿が……雷の余波を受け動きが蹌踉めいてはいるものの、攻撃が直撃してしまった者とそうでない者のダメージ差は歴然だった。
「だがその栄光も、これで終わりだ……!!」
やがて、いよいよ敵の声が目前まで迫り……目の前に鈍く光る銀の刃が見える。
トドメを刺すつもりだろうが……重症を負い、一角獣からも引き剥がされたグラシアには最早逆転の手立てはない。
まるで翼をもがれた天使さながらに大地に伏せる彼女に対し、黒血騎士は躊躇なくその手の凶刃を振り下ろす──────
『ガキィッ!!』
しかしそれでも、グラシアは諦めなかった。
放たれたトドメの一撃に対し、咄嗟に腰から抜いた細剣で受け止め……全身から雷の奇跡を流す。
「グッ!?無駄な足掻きを……ッ!!」
「まだだ……!!」
それにより一瞬だけ奴の身体が怯む……が、その隙に致命傷を与える力は今のグラシアには残されていない。このままでは奴の言う通りただの悪足掻きで終わるだろう。
────だからこそグラシアは僅かに生まれた隙で敵の身体に組み付き、拘束する事を選んだ。
「来い!!ユニコーン!!」
意識が飛びそうな中……最後の力を振り絞って叫んだのは────これまで共に戦ってきた相棒の名。
その呼びかけに呼応するように、一角獣は姿を現し……鬼気迫る表情で此方へと向かってくる。
「馬鹿な!道連れだと!?この、死に損ないがァッ!!」
そう、グラシアが選んだのは逆転の一手などではない。
自分諸共に黒血騎士を地獄へと連れて行く決死の行動だった。だからこそ、今までで一番奴の動揺を引き出せるほど追い詰めることが出来たのだ。
"もう大丈夫……安心して"
──────衝突の直前、走馬灯のようにグラシアの頭に過去の記憶が流れていく。
それは先程途切れてしまった、遠い遠い昔の……巫女になる前のあのヒトとの大切な思い出。
"そう、グラシアって言うの……良い名前ね"
家族を失い天涯孤独の身となり、また自身も魔族の手によって殺されそうになったグラシアを救い……最初に優しい言葉を掛けてくれた彼女はまるで女神様のようだった。
"私?私の名前は……"
そうだ、思い出した……自分はこの方を守りたくて騎士になったんだ……たとえ正義に捧げたこの命が尽きようとも。
「さよなら──────エリシア様……ッ!!」
全てを思い出し、強い想いを乗せて巫女の本当の名を口にした一角獣の騎士……彼女の意識はそこで途絶えたのだった。




