57話:黒血の外套
神秘の森を取り込み"巨大な木竜"と化した魔王ハイルの力は圧倒的だった。
余りに次元の違う強さに、戦場に合流したアルスは手も足も出ず……また唯一奴と渡り合える巫女"レイア"も徐々に消耗していってしまう。
そんな苦境の中、巫女が下したのは……一角獣の騎士"グラシア"を一時的に戦場から離脱させる決断。
周囲の上級魔族を殲滅し、各地に散らばった戦力を集める事を願い……一行は彼女の後ろ姿を見送るのだった。
一方その頃、アルス達と別の場所では──────
※今回はウォルフ視点の話です。
「チッ……この森どんだけ広いんだよ……!!」
広大な神秘の森の中、息を切らしながら必死に前へと進む男が一人──────────
"ウォルフ・ソリダン"
勇者アルスが率いる魔王討伐隊の一員である戦士の大男。
森自体が暴れ膨れ上がる不測の事態により仲間達と逸れてしまった後、不意に聴こえてきた嫌悪感を覚える咆哮を頼りに彼はひたすらに走り続けていた。
「……こっちで合ってるよな?」
しかしどれだけ進んでも視界に広がるのは変わり映えのしない草木が生い茂る翠緑の景色。思わず方向感覚を見失ってしまいそうな広大な自然を前に、ウォルフは立ち止まって胸中の不安を口にする。
自身の固有魔法で一気に駆け抜けようにも木々が立ち並ぶこの場では危険すぎる。
だからといって上空に飛んで位置確認を行おうにも、そこは戦場……出た瞬間に飛び交う魔法の餌食になる可能性が高い。一体どうしたら……
──────そんな風に思い悩んでいた、正にその時だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」
突如として場に轟く耳を貫かんばかりの凄まじい悲鳴。聞こえてきたのは、向かっていたのとは違う方向だ……それも近い。
「クソッ!!」
ウォルフは迷いなく進路を変えて走る。
仲間達の事は無論心配だ────が、近くで魔族の脅威に晒されている人がいるのなら無視する事は出来ない。何よりもこれ以上、自分や仲間の様に大切な人を失う……辛い思いをする人を増やしたくない。
たとえ全員は無理だとしても、目の前にまだ救える命があるのなら……
そんな強い想いを胸に秘め、戦士ウォルフは一直線に樹海を駆け抜けて行き────────
「な……ッ!?」
──────その先に待ち受けていた光景に、目を見開き……戦慄した。
『ズチャッ……』
そこには、魔物の姿はなかった。
在ったのは……一人の騎士が、味方と思われる魔導士の身体から剣を引き抜く異様な光景。
更に周囲には、見渡す限り一面の血の海……ズタズタに引き裂かれ切断された人々の死体──────
「アレは……ッ!!」
仲間割れ?────咄嗟に過ったその思考は違うと、中央に佇む犯人を見てウォルフは気付く。
何故ならば……全身が銀の鎧で覆われた奴は、まるで血で染め上げたように赤黒い……黒血色の外套を纏っていたから。
"黒血騎士"
奇しくもその姿は、以前の事情聴取やアルス達との話の中で出てきた……城塞都市クヴィスリング崩壊の一因となった正体不明の敵の特徴に酷似していた。
それだけじゃない。事情聴取の中、スーヤ騎士団員から聞いた話が正しければ奴は……
「テメェが人型の魔物か……!!」
──────大陸北部で目撃され、一時期騒ぎになった元凶の存在そのもの。
思いがけず自分達が追ってきた敵と遭遇し武器を構えるウォルフ……それに気付いたらしい奴は、ゆっくりと此方へと振り返った。
「……ッ!!」
瞬間、全身に怖気が走る。
大戦の始まりに遠目から見た"魔王"とは違う。強大な魔力だとか威圧感とか……そういう類いじゃない。
"殺気"──────これまで対峙してきたどの上級魔族から向けられたものよりも鋭く、冷たい……全身を刃で貫かれるような感覚に、ウォルフの本能は目の前の存在に対し全力で警鐘を鳴らしていた。
『ダンッ!!』
次の瞬間、衝撃音と共に視界からその姿が消える。
──────刹那、ウォルフの首に鈍く光る血染めの刃が差し迫ってきた。
「ぐッ!?」
既の所で"重力の方向を変える"自身の固有魔法を発動し、強引に体勢を変えるウォルフ。
結果、紙一重で回避に成功するが奴の剣撃はそこで終わらない。
『キンッ!』『カンッ!』『ギィンッ!』
大斧じゃ間に合わない────咄嗟の判断で得物を双剣に切り替えたウォルフは、黒血騎士からの連撃に何とか対応していく。
「チッ!!」
……が、余りにも凄まじい剣速に身体が追い付けない。対応し切れず、やがて一方的に何度か斬り付けられ手傷を負ってしまう。
一瞬でも反応が遅れれば即あの世に送られる。クヴィスリングで死闘を演じた因縁の敵────"黒鉄のザヴォート"を彷彿とさせる……いや、それ以上の速さだ。
奴との戦闘やスーヤ騎士団の団長との手合わせによる経験値がなければ、最初の斬撃に反応出来ず首を刎ねられていたことだろう。
「どういうことだテメェ……!!」
────しかし、それ以上に強烈な違和感をウォルフは今……戦いの最中で感じていた。
最初の踏み込み、そして一見正統派に見えて変幻自在な剣筋……それらに対応出来たのは、これまでの戦いの経験値だけが理由ではない。
……見覚えがあったのだ、その動きに。
たった今戦っている"黒血の騎士"……奴が扱っている剣技は────────
「そいつは……アルスの動きだ……!!」
「……!?」
──────核心を突く言葉……それを聞いた奴は突如として動きを止める。
「おおおおおおおおオオオオオォォォッッッ!!!」
何故急に隙が生まれたのか、それを考える前にウォルフの身体は動いていた。
この機会を逃せばもう次はない────本能的に確信を抱くと同時に、先程手放した大斧を手に一直線に奴に向かい勢いよく振り上げる。
『ズドォンッッ!!』
刹那、轟音と共に立ち昇るは土煙。固有魔法の作用により、分厚い鎧の重さが加わった斧の威力はどんなに硬い防御であろうと上から粉砕する……
──────────はずだった。
「な……ッ!?」
煙が晴れた先……ウォルフの視界に入ったのは、渾身の力を込めて振り下ろした斧が大地に深々と埋まる光景。その横には、剣を携え此方に向ける黒血の騎士。
渾身の一撃の筈だった。それを奴はたった一本の剣を以て容易に受け流したのだ……まるで川を流れる水が如く。
奴はそのまま流水のように剣をウォルフの鎧へと静かに当て、呪文を唱えた。
「……【この世界に希望を】」
「ガハ……ッ!」
瞬間、身体に貫くような激痛が走る。
思わず血を吐いて蹲るウォルフ────その前には……血の滴る銀色の剣を振り上げる奴の姿が。
「中々面白い動きだった……が、相手が悪かったな……──────死ね」
「ク……ソ……ッ」
身体が言うことを聞いてくれない。それ程までに大きい怪我を喰らってしまった。
かつて"魔族狩り"と呼ばれた青年は、自身の命運を悟り……自身が狩られるその瞬間をただ待つのだった。
「──────【裁きの雷槍】!!」
しかし直後、雷鳴と共に白い閃光に場が照らされる。
思わず目を細めるも……次に目の前に現れたのは、今し方戦っていた敵のものではない巨大な影。
「スーヤ騎士団、ここに見参ッ!!」
それは……神獣ユニコーンを駆る、スーヤ騎士団筆頭格のエルフ──────グラシアの姿だった。




