55話:大魔族
〜前回のあらすじ〜
神秘の森上空での三人のエルフと魔王による頂上決戦は、突如地上から瘴気を纏う大樹が発生した事で止められてしまう。
「魔法陣……詠唱とは異なる術式により発動する私が編出した新たな魔法技術だ」
突然の超常現象についてそう説明した魔王は、次の瞬間自身と大樹を魔法により繋げることで神秘の森に干渉し……奴自身も地上へと移動する。
それを追うグラシア達が目撃したのは、破壊された森林と大量の味方の亡骸……そして忽然と現れた本来魔界に生息している筈の"大魔竜"の存在。
────奴の口から放たれる声と魔法は"魔王ハイル"のものだった。
『────ふぅ……大丈夫か?シオン!アルス!』
『無理っ……!立てない……』
『クソッ……!』
『はぁ……これは完全に腰抜けちゃってんなぁ』
「……ス」
『ごめんカリヴァ……俺、何も出来なかった……』
『気にすんな、初めての実戦なんて皆こんなもんだ……尤も俺は最初から強かったが』
『自慢してないで早く、手貸してよ兄さん』
『へいへい、可愛い妹の頼みなら仕方ねーな』
「ねぇ……ルス」
『カリヴァ、本当にごめん……次は必ず役に立つ、すぐに追い付くから……』
『焦んなよ、アルス……お前らが強くなるまで、俺が何度だって守ってやる。大切な仲間だからな』
『でもそれじゃ、兄さんの負担が……』
『心配するな、俺は強い……そう簡単に死にはしないさ』
『カリヴァ……』
『だから二人とも……安心して俺に付いてきてくれ』
「────起きて!!アルス!!」
「ッ!?」
――――――――――――――――――――――――
「やっと起きた……一瞬死んじゃったかと思ったじゃん」
「……シオン?」
目を開けた時、まだ朧げなアルスの視界が最初に捉えたのは大切な幼馴染……落ち着いた色合いの頭巾を被った茶髪の少女の姿だった。
「ここは……そうか」
頭が覚醒するに従い、周囲の小鳥達の囀り声や草木の香り……手足に触れる土植物の感触が明瞭になっていく。
見渡せば──────先に在るのは永遠に続く美しい自然。どうやらここは意識を失う前に戦っていた神秘の森の内部で間違いないようだ。
「何があったんだ?今どういう……ッッ!!」
状況を確認しようと口を開いた……次の瞬間、アルスが感じたのは身体中を襲う鈍い痛み。まるで全身を強く打ったような感覚に表情を歪めていると、シオンは回復魔法でアルスの全身を優しく包みながら口を開く。
「大丈夫?すごい勢いで放り投げられたからジンジンするでしょ」
「すまない……本当に何があったんだ?」
「気絶する前の事は覚えてる?私達、森に襲われたのよ」
「……!」
彼女の口から教えられたのは、現在に至るまでの経緯の一端……それを聞いてアルスは徐々に忘れていた記憶を取り戻していく。
──────アレは神秘の森にて"一つ目の上級魔族"を退け、スーヤ騎士団員による戦況報告を受けた後の事だった。
突如として轟音と共に大地が揺れ出したかと思えば、神秘の森の一部がまるで生き物かのように畝り出し……次の瞬間、アルス達に向かって怒涛に押し寄せて来たのだ。
自分達を押し潰さんと膨れ上がる大自然を前に一瞬"死"を覚悟したが……直後、後方から強い力で引っ張られた事までは覚えている。
その先の事は……────────
「でも不思議な事に、私達を助けてくれたのも森の加護みたいなのよね〜……」
「……?」
「木の枝とか蔓が私達を引っ張ってここまで運んでくれたのよ……やり方は乱暴すぎたけど」
「それで俺は気を失った……のか?」
「打ち所が悪かったみたいね……ま、森の妖精さんからしても緊急事態だったんだろうし仕方ないんじゃない?」
シオンが言うには、今回の戦いでアルス達を何度も陰から支援してくれていた"神秘の森の加護"により窮地を救われたらしい。
彼女の説明にアルスは「それもそうだな」と納得を見せる……が、同時にある事に気が付く。
「そういえばシオン、他の皆はどこに?」
「それが、ここら辺探してみたんだけど見つからないのよね〜……私達よりも遠くに飛ばされたのかも」
「そうか……なら早く探そう」
それはレヴィン、フィルビー、ウォルフ、そして一時期的に部隊に加わることになったレヴィンの姉……今この場に姿が見えない仲間達の行方について。
もしかしたら先程の自分のように気絶し、身動きの取れない状況かもしれない──────そう考えたアルスは居ても立っても居られず、彼等の捜索をしようと当ても無く歩き始める。
『ヴオオオオオオオオォォォォン……ッッッ!!!』
しかし直後、森の奥から轟いた……この世のものとは思えない恐ろしい咆哮に彼の足は止められてしまう。
頭の芯まで響くそれに思わず目を瞑り、耳を塞ぐアルス。やがて全てが鳴り止んだ後、目の前に現れたのは……不安そうに身体を震わせる幼馴染の姿だった。
「なに今の……気持ち悪い声は」
「……行こう、シオン」
「え?待ってよアルス……他の子達はどうするの?」
「嫌な予感がする……それに気絶していなければ、レヴィン達にも今の声が聞こえた筈だ」
「確かに…それならあっちに向かった方が皆に会える可能性は高い、か……少し怖いけど」
「シオン、君の事は俺が守る……命に代えても」
「バカなこと言わないで!」
「!?」
そんな彼女を安心させようとアルスはかつては果たせなかった自身の覚悟を伝える────が、返ってきたのは力強い否定の言葉。戸惑いを見せるアルスだったが、シオンは構わず此方の手を取り引っ張るように前へと駆け出していく。
「ちゃんと一緒に生きて帰るんだから!私に付いて来なさい!!」
────自分を引っ張ってくれる勇ましさ……そんな彼女の姿に、アルスは確かに夢で見た親友の面影を感じたのだった。
・・・
「くっ……!」
「はぁはぁ……ッ」
「シオン……大丈夫か?」
「なんか……クラクラするし、、ドキドキする……でも、大丈夫……っ」
咆哮が聞こえた方へ向かい始めてから暫く経った頃……アルスは強い違和感を自身の身体に感じ始めていた。
頭が痛い。目がチカチカする。それにさっきからやたら足がふらつく……まるで雲の上でも歩いてるかのように。
シオンの方は気丈に振る舞ってはいるものの、息が荒く顔もやけに紅潮しているなど、自身よりもかなり辛そうだ。
原因は恐らく……いや、間違いなく先程からアルス達の周囲に蔓延し始めた"瘴気"だろう。
ハッキリと視認出来る程の穢れ────これは最早魔界から漏れ出ている……普段大陸中を覆ってる瘴気とは濃度が全く違う。これではまるで……
──────とにかくこのままではシオンが危ないかもしれない。彼女の身に何かあれば、親友であるカリヴァに顔向けが出来なくなってしまう。
ここは一度退くべきか?しかしそれでは他の仲間の様子が……それに、現在の戦況も分からないままだ。一体どうすれば……
『ドゴォッッッッッッッ!!!!』
そうやって逡巡していた時、突如起こったのはアルス達の側に立っていた木々が一瞬で薙ぎ倒される異常事態。
刹那、風圧の余波を感じてアルスは今の現象が風魔法で引き起こされたものである事に気付く。
「アルス、今のって……」
「あぁ、恐らくもう近い……行くぞ」
つまりもう、戦いの時は近い……そう感じた勇者アルスは幼馴染の手をしっかり握り、頭の痛みを振り切るように戦場に向かって共に森の中を駆け抜けていく。
「【地獄の業火】!!」
「【水の精霊の涙】」 「【地獄の業水】!!」
「【風の精霊の怒り】!!」「【地獄の業風】!!」
「【裁きの雷槍】!!」 「【地獄の業雷】!!」
「【地獄の業土】!!」
──────その先に在ったのは、三人のエルフと見上げるほど巨大な木竜を中心とした魔族の群れが激しい戦闘を行う光景。
周囲に生きている人の姿はない。当然だろう……
これまで様々な上級魔族と相対してきたアルスをして、迂闊に飛び込めば"死"しかないと感じる程の異次元レベルな技の応酬がその場では繰り広げられていたのだから。
『……【魔翠の世界】』
特に危険と感じたのは、先程の咆哮の主であろう大樹を彷彿とさせる巨躯を持つ怪物。その巨大な口から放たれる呪文一つで周囲の木々達は奴と似たような魔龍の形に変質し、次々と強力な自然魔法を撃ち放つ。
その威力は加護に守られている筈の神秘の森を焼き払い、あるいは水流で木々を薙ぎ倒し、風圧だけで地面を抉っていく──────────
『ピシャアアアッッッ!!!』
『ビュオオオオオオオオオッッッ!!!』
そんな地獄のような攻撃の嵐の中……エルフ達は生き延び、懸命に戦っていた。
適切に防御魔法を思わせる奇跡の力を展開しながら雷撃を放つ一角獣の騎士、風を纏わせた斬撃で攻撃と防御を一度に行う騎士団長……
────その中でもスーヤ教の巫女"レイア"の力は圧倒的なもの。
「〜♪」
開戦時にも披露していた彼女の見えない斬撃は、魔法の弾幕ごと木竜によって変質させられた木々と魔族の群れを一掃していった。
『……【星の産声】』
……が、そんな必殺の一撃を以てしても敵戦力の本体たる"漆黒のオーラを纏いし木竜"だけは崩すのに至らない。
それどころか奴の一声を起点として発生したドス黒い靄が新たに魔族の群れを生み出し、更にはバラバラに斬り裂かれた筈の木々が再生していき……瞬く間に敵の戦力が元に戻ってしまうのだった。
「何よあの化け物……っ!それに今、"星の産声"って……」
「あぁ……」
一連の戦いを茂みの中から目撃したアルス達。震えながらも必死に観察していたシオンと同様、アルスは巫女達が戦っている木竜の正体に思い至る。
星の産声────今し方木竜が唱えた呪文は、確か以前巫女が言っていた……魔王が扱う"生命を生み出す"究極の魔法だった筈。
「アレは……!」
加えて奴の頭部……眼孔を思わせる窪みの深淵に光る結晶の存在。それを見たアルスは、今正に戦闘の真っ最中である一角獣の騎士と開戦前に交わした会話を思い出す────────
――――――――――――――――――――――――
「アルス殿、少しいいか?」
「どうした?」
「戦いの前に、少し忠告にな」
「……?」
「今回の戦い、恐らくはかなり大規模な乱戦になる。基本的に上級魔族の対処は我々騎士団の方で行うつもりだが、不測の事態が起きた場合は討伐実績のある君達の部隊に任せることもあるだろう……地上部隊を指揮するエルフィリアにもそのように伝えてある」
「そういうことか……承知した」
「……」
「?浮かない顔だな……不安なのか?」
「いや、アルス隊の力自体は信頼している……が、一括り上級魔族といってもその危険度には個体ごとに差がある。気を付けろ……特に大魔族にはな」
「大魔族……?」
「君も遭遇しただろう?公に分類こそしてはいないが、"身体に結晶のような核を持つ強力な魔物"の事を……我々はそう呼んでいる」
「!!フォルリアか……」
「そうだ、結晶を破壊しない限り何度でも復活する上級魔族とすら一線を画する力を持つ怪物……現在確認されているのは"全能のフォルリア"と"魔王ハイル"の二個体のみだが、魔王には生命創造の魔法がある……何が起こるか分からない」
「……肝に銘じておく」
「あぁ、とはいえ我々には神秘の森の加護がある……心配はいらないだろうがな」
――――――――――――――――――――――――
──────全ては繋がった。
・他に比肩する存在がいない強大かつ禍々しい魔力
・魔王が使うとされる生命創造の魔法
・グラシアから聞いた大魔族しか持ち得ないとされる結晶の存在
それらの情報が一本の線のように繋がり、アルスは確信する……目の前の木竜こそが、敵軍の首領である"魔王ハイル"が変貌した姿であると。
『……【自然なる淘汰】』
木竜と化した魔王の攻撃は続く。今度は周囲の自然そのものが蠢き、瞬時に鋭利な形状に変質──────そのまま巫女達に向け襲い掛かる。
『クックックッ……!加護が消え去り、辺り一帯が不利な領域と化したにも関わらずここまで粘るとは流石だなァ……人間達の英雄……!!』
それらに対し、彼女達は迎撃することで完璧に対処する……が、何度破壊されても再生を続け全包囲から対象を殺害せんと伸びる樹木群による猛攻は一向に終わる気配を見せない。
『だがその英雄ゴッコもここまで……!最早この広大な自然はお前達に味方しない!そして現在、貴様を助ける者もいない!!全て殺したからなァ……!!』
更には容赦なく降り注がれる、無尽蔵に生み出される魔族達による執拗な飽和攻撃……その全てが少しずつ、確実に巫女達を追い詰めていき……
『さァ覚悟しろ……!!ここが貴様の墓場だ……!!』
やがて当然訪れる均衡の崩壊……攻撃が彼女達の処理能力の限界を迎えた先、その時はやってきてしまう。
『ズドトドドドドドドドドドッッッッ!!!』
他の攻撃と同時に地中から生える鋭利な樹木群────翼を生やした巫女と騎士団長はギリギリ上空への回避に成功するが……
「ぐっ……!?」
──────たった一拍、反応が遅れてしまった一角獣の騎士……グラシアだけが伸びてきた樹木にその身を捕えられてしまった。




