6話:仲間
「む……?」
雨が降り出した途端、シルクは動きを止め上空を怪訝そうに見つめた。
「ぐっ…!」
魔法の糸で拘束されて身体を自由に動かせない。
踠いている間も炎はジリジリと糸を伝って此方に迫ってくる。
待っているのは確実な死……絶望的な状況ではあったが、アルスは諦めてはいなかった。
────まだ終わってない……まだ、奥の手がある。
ここでやれば重い代償を払うことになるだろうが、もう迷ってはいられない。
そう考え、アルスは覚悟を決める……
「悔しい…!」
その時、側から聞こえた声はレヴィンのもの。
「レヴィン……?」
振り向いた先に見えたのは……涙で顔をグチャグチャにしながらも、必死に踠く彼女の姿。
「魔法の制御すら出来ない……実戦では震えてばかり……」
必死に足掻きながら何かを呟く彼女の息は息は荒く、声は震えていた。
「同級生にも馬鹿にされて…家族にも見捨てられて…」
しかし、段々とその口調は強まっていく。
偶然か……それに合わせて雨の勢いも強まった。
「それでも…こんな私を…アルスは受け入れてくれた…!」
そして遂に顔を上げたその瞳には、眼前の宿敵────シルクの姿が映っていた。
同時に、周囲の風の勢いが強まる。
「この雨は……まさか……!」
その瞬間、シルクはまるで信じられないものでも見たかのように後退り……糸を操るその手をレヴィンに向ける。
「私は!仲間を失いたくない!今度こそ私が……」
────が、それよりも早く彼女の叫びに、感情に呼応するように上空から『ゴロゴロ……ッ』と音が鳴り……
「仲間を助けるの!!」
次の瞬間、雷鳴と共に目の前が真っ白になった。
「ガアアアアアアアアッッッ!!!」
直後、雷のようにその場に轟いたのは鼓膜を突き破らんばかりの凄まじい悲鳴。
「一体何が……!」
その光景にアルスは混乱した。
突如として襲ってきた雷と激しい暴風雨……何もかもが突然で理解出来ない。
「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!」」
────だが、それは敵側も同じらしい。
余りにも突然の事態に、魔族の群れは完全に混乱状態に陥っていた。
その上、気が付けば降ってきた雨により此方に迫っていた炎は消え失せ……何故だか周囲に蜘蛛の巣の如く張り巡らされていた魔法の糸も崩れ始めている。
今が好機かもしれない───そう思い動こうとした矢先、アルスの身体を縛っていた糸がプツリと切れた。
「ウォルフ!?どうやって!?」
「こういう時のために武器を常に仕込んでんだよ!」
糸を切ってくれた彼の手に握られていたのは、これまで使っていた大剣とは異なる細身の剣────どうやら懐に隠し持っていたらしい。
「助かった……ありがとうウォルフ!」
「礼は後だ!!今が好機だぜ!!」
おかげで全員が糸の拘束から脱出できた……が、その中でレヴィンだけは息を酷くを荒げて動けないよ様子だった。
「大丈夫ですか?」と心配するフィルビーに続きアルスも声を掛けようとしたところで、前方から強烈な殺気を感じアルスは身構える。
────そこには膝を突くシルクの姿が在った。
「もしやと思ったが……やはり……この天候は…」
よろけながらも立ち上がるその身体からは湯気のように煙が上がっている。
……どうやら相当深い怪我を負ったようだ。
「貴様の仕業か……!?人間ッ!!」
だが、致命傷には届かないらしくシルクは魔力を集中させた手を再びレヴィンに向ける。
────信じ難いが、奴の言葉から察するにどうやらこの天候はレヴィンが起こした事象のようだ。
シルクが広範囲に展開した糸が雨で濡れて、そこに雷が落ちることで本体のシルクが感電した……ということだろうか。
「はっ!」
「おらァ!」
思考を巡らせながら、シルクの手から放たれた糸をアルスはウォルフと共に斬り払う。
先程よりも糸の数が少ない上に遅い……余程さっきの雷が効いたらしい。
「行くぞ!!」
「!?」
糸を全て斬り払った直後、不意にウォルフに腕を掴まれた。
────同時にアルスの身体は凄い力で前方へと引っ張られる。
「これは……」
不思議な感覚だった。
前に進んでいるのに、まるで下に向かって落ちているような違和感……
そんな錯覚に陥っている間にも敵陣に向かって一直線に飛んでいく。
……やがて、敵の首領の真上に到達したと同時に前に落ちる感覚は忽然と消え、落下を始める。
「終わりだ…クソ野郎!!」
───辺り一帯に暴風雨と雷が降り注いでいる今の状況なら、シルクは今までのように広範囲に糸の魔法を展開出来ない筈。
そんな絶好の機会にアルスは、大剣を掲げるウォルフの動きに合わせて同時に剣を振り下ろす。
「チッ!」
「んだと!?」
────しかしどちらの剣も目標には届かない。
まるで上から引っ張られているかのように動きを止められる……恐らくはこれも糸の魔法による影響だ。
「往生際が悪ぃんだよクソが!!大人しく死にやがれ!!」
ウォルフは判断が早く、瞬時に大剣から手を離し、懐から取り出した二本の細身の剣を以て敵に斬り掛かる。
……が、それも即座に魔法の糸により腕を拘束されて動きを封じられてしまう。
雷を浴びて弱って尚、余りにも恐ろしい早業だった。
「ぐっ…!?」
次に見えたのは魔法の糸で重厚な鎧ごと宙に吊り上げるウォルフの姿。
首を絞められているのか……彼は呻き声を上げ、双剣を両方とも落としてしまう。
『ザシュッ……』
刹那、自身の剣を手放したアルスは新たに手を取ったウォルフの双剣を使って彼を拘束する糸を全て切断する。
……その光景に目の前の敵は「邪魔だ!!」と声を荒げてアルス目掛け魔法の糸を撃ち放つ。
────暴風雨により糸が水気を帯びていること、仲間に糸が付いていない事を確認し、アルスは剣に雷に変質させた魔力を込めて全て斬り払う。
「ガハ……ッ!?」
瞬間、シルクは再び感電して苦痛に顔を歪める。
……直後、糸を操作する力に綻びが生じたのか、上空から先程引っ張られた一本の剣と大剣がそれぞれ音を立てて落ちた。
「この……人間風情がァッ!!!!」
それでもシルクは倒れず、激昂しながら片腕に魔力を収束させる……
「てめぇはもう終わりなんだよッ!!」
「ッッカハッ……!?」
───が、奴が魔法を放つよりも早くウォルフが大剣を手にシルクに突っ込み、その身体を貫いた。
同時に、場に大量の血のような液体が飛び散る。
「終わり…なのか……?まさかこの儂が…人間如きに……!我らの悲願は達せられず、人間に滅ぼされる……ッ!?」
流石に致命傷か……譫言のように何かを捲し立てるその表情に余裕さはない。
「いや、終わらせるわけにはいかぬ!亡き同胞達のためにも、まだ残っている者のためにも、儂は…!」
それでも尚……シルクは倒れなかった。
カッと目を見開き、最期の一撃を放たんとより一層濃い魔力を放出する。
「お前達さえ殺せば……─────」
その執念に驚愕しつつも、アルスはトドメを刺す!べく銀の刃を振るい……その首を斬り落とした。
「終わりだよ……お前達は」
胴体と泣き別れ地面に転がる相手を見てアルスは戦いの終わりを告げる。
「ハイル……様……」
言い残された最期の言葉……それが契機となって、魔族の群れの首領───シルクはまるで糸が切れたかのように完全に動かなくなった。