47話:宣戦布告
〜前回のあらすじ〜
降臨祭の終盤、メインイベントである女神降臨の儀を終えた直後、突如として上空が眩い光に覆われる。
その光景は一瞬演出として人々の目に映るも、直後巫女から告げられたのは"魔法による敵からの襲撃である"という恐ろしい事実。
何故そんなことになったのか……事態は少し前に遡る。
※今回は魔族側が視点の話です
「わぁ……」
目の前の光景に思わず吐息が漏れてしまう。
心臓の鼓動が止まらない。加速する。
この感情は一体なんなのだろう?これが恋……?
いや、恋は既に知っている。
それにこの感覚、この間も同じものを覚えた。
そうだ、この気持ちは……
──────美しい。
「フフ……グプッ……!」
視界一杯に広がる緋色の輝きに対し、紺色のフードを被った彼女は混じり気のない純粋な感情を抱く。
「あ……が……」
「悪魔……め……」
「誰……か……たす……」
景観だけではない。
自分達に最後まで抵抗してきたウジ虫達による断末魔や呪詛、呻き声……そして肉の焼ける死臭……
それら全てが調和を奏でるように、この芸術のような美しさを構成しているのだ。
「アハッ……アハハハハハハ……!!」
人の営みがあった都市だった場所の中心で、一匹の魔物────全能のフォルリアは高笑いを上げていた。
"城塞都市トロイアイト"
クヴィスリングと同様、これまで幾度となく自軍の大陸中央への侵攻を邪魔してきた敵側の砦の一つ。
海域に隔てられた地形の悪条件や、これまで大陸中央への侵攻に戦力を割くことが出来なかった関係上、長年攻め落とすことが出来なかったが……
「やっと……ここまで来たか」
────大陸北部をほぼ完全に掌握し、あのお方が前に出てきた今、形勢は変わったのだ。
「流石です……流石です……!」
積み上げられた屍の上に君臨し、一息を吐く自らが主君。
"全能"の二つ名を持つ自分をして戦慄する程の圧倒的魔力、そして敵対者を一方的に蹂躙する力……
数々の英雄が並び立つ戦場の中であって尚、一際存在感を放つ彼を前にフォルリアは恍惚としてその名を口にする。
「ハイル様ぁ……ッ!!」
「……戦況を報告しろ」
『ズキッ……』
返ってきたのは抑揚のない、普段通りの冷淡な反応。
その事に一抹の寂しさを覚えるも、敬愛する主君の要望に応えようとフォルリアは「はい……」と報告を開始する。
「下級兵を何割か失いましたが影響は微々たるもの、全ては首尾よく進行しております……これで漸く我が軍は敵の本拠地────アミナス教国の目前まで迫ることに成功致しました」
「聖地アミナス……なんとも懐かしく……不愉快な響きだ」
「……ただ人間共も賢しいと言いますか、どうやら開戦当初から騎馬を何頭か天使共の国に向け放っていたようです……ここの情報が渡るのも時間の問題かと」
城塞都市トロイアイトでの戦いを終えた後、フォルリアが感知したのは南方へと向かう幾つかの魔力反応。
咄嗟に追撃部隊を送ることも考えたが、その時点では何をしようと追い付けず徒労に終わることは明白だった。
本来であればこの場を駐屯地として領土を広げ、各方面に戦力を展開した上で一気に敵の中枢を攻めるのが理想的な流れであった。
しかしこの侵攻が伝わってしまえば、天使共はすぐに周辺国と結託してここを包囲し、潰しに掛かる筈……
時間がない────そんな懸念を口にすると、王であるハイルは「問題ない……」と返して自身に背を向ける。
「聞け……優秀なる我が子孫達よ……!」
その先に広がるは、彼自身が生み出した何万もの同胞が待機する姿。
主君の言葉に一斉に上を向く彼等に対し、王は両腕を掲げ悠々と演説を始める。
「我々は今日、悪夢始まりしこの大陸中央の制圧を開始し……そして今、漸く敵の喉元に剣を突き立てるまでに至った」
同胞達は皆、一切の音を立てずに王の言葉を聞き入っていた。
当然だ────彼等にとって……フォルリアにとってハイルは自分達を生み出した神にも等しい存在なのだから。
「ここまでの戦いで我々は多くの同胞を、大切な家族を失ってきた……これは真の平和のための聖戦であり、それを勝ち得る為、私は長年準備を進めてきた」
やがて王は掲げた両腕に魔力を集中させ、眩い光を放つ。
凝縮された様々な属性の魔力……フォルリアをも凌駕する魔力を持つ彼によって生み出されたそれは、地獄の業火に焼かれた街並みをより一層明るく照らしていた。
「機は熟した……今こそあの偽りの女神の軍勢を討ち倒し、我ら一族に真の安寧を齎すのだ!!」
そして最後の言葉と共に光は上空へと放たれる。
それは天使共への宣戦布告を意味していた。
────瞬間、場に大きな喝采が上がる。
「ハイル様!!」「明るい未来を!!」「ハイル!ハイル!ハイル!ハイル!」「新しい歴史はここから始まるのだ!!」
最高潮まで高まった士気……王は満足気に頷き、自らが光を放った方へとゆっくりと歩き出す。
「フォルリア……お前は兵を生み出しつつ護衛と共にここを死守していろ」
「!?」
その後に自身も続こうとした時だった。
王から出された新たな命にフォルリアは目を見開く。
トロイアイト跡地の防衛……それは退却経路の確保を意味していた。
「お、お待ちください!!どうか私も……貴方様のお側にお仕えさせて頂きたく……!!」
一見重要な任務ではあるものの、実態は万が一の敗戦を想定した備えだ。
前線に出る者に比べれば遥かに期待値の低い配置……そんな屈辱はフォルリアには耐えられない。
何よりも、敬愛する主君の側にいたかった。
「クヴィスリングで徒に兵を失ったお前が……か?それに器の用意はどうした?」
「……ッ」
許しを得るべく必死になって懇願するも、返される言葉はただただ冷たく、フォルリアは思わず声を詰まらせる。
試行錯誤を繰り返すも未だ成し得ていない王の悲願、そして城塞都市クヴィスリングでの失態……
それらはハイルからの信頼を損なうには十分な理由だったようだ。
「フォルリアよ、信頼を回復したいのであれば先ずは私の命に素直に従うことだ……さァゆくぞ、我が騎士よ」
「はっ、仰せのままに……魔王様」
王の隣────本来自分がいるべき場所に今立つのは、黒血色の外套と異様な雰囲気を纏いし騎士、ただ一人だけ。
「……さない」
遠ざかっていく彼等の後ろ姿を呆然と見送るフォルリア。
その内には喪失感……そして自身の信頼を失墜させ、居場所を奪った人間への激しい憎悪がメラメラと燃え上がりつつあった。
「絶対に……許さない……ッ!!」
奴ら────特に奇怪な能力で自身を翻弄したあの赤髪の男……
一瞬だけ触れることが出来たあの時、自身の魔法で身体を調べたが、結果判明したのは奴が何の変哲もない凡庸な人間であるという事実だけ。
自身が奴に変身した時、結局あの時の戦闘で見せられた数々の力を使うことは出来なかった。
それならば何故……まさか……
「あの虫ケラ……絶対にこの手で散々に苦しめてから、殺してやる……ッ!!」
────いずれにせよ、奴だけは自身の手で仕留めなければ。
気が付けば、心を支配していたのは先程抱いていたものとは真逆の感情。
憎しみと悪意……全能のフォルリアの次の標的が決まった瞬間だった。




