45話:後ろ手に引かれる想い
〜前回のあらすじ〜
遂に始まった大陸中央の聖地・アミナス教国の祭事"降臨祭"。
街に並ぶ屋台群、美しいドレスで着飾った女性陣達、大聖堂での舞踏会……そこで経験したものは、全てが楽しく幸せなものだった。
────そんな中、アルスは突如レヴィンに誘われて大聖堂のテラスへと赴き……そこでとんでもない事を告げられたのだった。
前半:アルス視点
後半:ウォルフ視点
『ドクンっ……ドクンっ……』
心臓が、鼓動が止まらない。
それどころか更に加速し、脈も体温も上昇していく。
それも当然だろう。
「お願い……私の恋人になって」
────生まれて初めて、異性から愛の告白をされたのだから。
揶揄い、冗談混じりだった幼馴染のそれとは違う……真剣そのものな言葉。
夜の美しい景観に囲まれたヤーラ大聖堂の側廊テラスにて、勇者アルスは目の前の少女の突然の行動に完全に戸惑っていた。
"レヴィン・トゥローノ"
アルスが勇者になってから初めて仲間になった明るい金色の髪が特徴的な貴族の少女。
強気な性格で、出会った当初こそ良い印象は覚えなかったが……実は努力家で、仲間想いな優しい女の子である事を今は知っている。
そんな彼女が、まさか自分に好意を持っているなんて……
「あ、あの……」
「……え?」
「へ、返事を……聞いてもいいかな……?」
「あ、あぁ……」
夢現な状態の中、声を掛けられてアルスはハッとする。
思考が矜羯羅がって気付かなかったが、どうやら返事を促される程度には時間が経ってしまったらしい。
彼女の顔は未だに林檎を思わせる程に紅潮している。
きっと自分には計り知れない程に勇気を出してくれた筈だ。
その想いに、自分もちゃんと応えなければ……
「俺は……」
そう思い、アルスは返事をしようと口を開く。
……その時だった。
『─────捨てるのか?』
「……ッ!?」
誰かの声が、耳を掠めた。
「アルス……?」
「あ、いや……」
『俺達を……過去にするのか?』
「……っ」
反応を見るに、目の前の少女には聞こえていない。
つまり、これは自分だけに起きている事象。
『俺達を……見捨てて……』
それはひどく懐かしく、聞き覚えのある声だった。
あの日から……アルスを苦悩に苛ませ続けている悪夢。
近頃は出なくなっていた筈だ。
それなのに何故、今になって……それどころか、意識がハッキリと覚醒している現実の世界で聞くのは初めてだった。
『お前だけ……幸せになるのか……?』
違う。こんなもの幻聴だ。
彼は────カリヴァはそんなこと言わない。
「ねぇ!大丈夫……!?」
「っ!!レヴィン……」
罪悪感の幻影に頭を抱えていた時、聞こえてきたのは自信を心配する彼女の声。
彼女には、今の自分の姿がどう見えてるのか……
告白の返事に苦渋しているように見えるのか、体調を崩したように見えるのか、将又ただの奇行か……
────いや、今はそんな事どうでもいい。
これ以上、待たせるわけにはいかない。
「俺は……ッ」
早く返事をしなければ……その想いによって、なんとか声を捻り出す。
しかし、その次に出てきた言葉は当のアルスにとっても予想し得ないものだった。
何故だろうか……アルスはその時──────
「すまない……俺は、君の気持ちに応える事は出来ない……!」
「ぇ……」
────自分が幸せになってはいけない気がした。
「……そっか」
どれくらい時が経っただろうか。
時が止まったような沈黙の時間の後、彼女は溜め息を吐く。
「はぁ〜……やっぱ、ダメだったかぁ……」
「レ、レヴィン……」
「なんとなく分かってはいたけど……やっぱ悔しい!!でも、悔いはないわ」
「なんで、そんな……」
「思ってたこと全部言えたんだもの!スッキリしたわ」
彼女はあくまで気丈に振る舞っていた。
たった今フラれたのにも関わらず、いつもと変わらない笑顔を此方に向けてくる。
……それが強がりである事は分かっていた。
「アルス……急にごめんね!何も気にしないでいいから!これまで通り仲間としてよろしく!!」
「レヴィン……目が……」
「え?」
────彼女の目から、涙が流れていたから。
「あれ、なんでだろ……スッキリしたはずなのに……ごめんっ!私先に戻ってるね!」
「レヴィン……ッ!!」
困惑した顔で目元を拭い、次の瞬間に駆け出してしまった彼女。
アルスは慌ててその後ろ姿に手を伸ばし、追い掛ける。
「わっ!!」
「っ!すまない」
……が、その途中の階段の曲がり角で誰かとぶつかりそうになり足を止めてしまう。
「ってシオン……どうしてここに?」
「それはこっちの台詞!舞踏会の途中だっていうのに急にいなくなっちゃうんだもの!……ていうかあの子、泣いてたけど何があったの?」
「それは……」
その人物はアルスの幼馴染の茶髪の少女。
軽く怒った様子の彼女に事の経緯を手短に説明すると、青い瞳をパチクリさせて……ただ黙って聞いていた。
「ふぅん……なんで振ったの?」
「わからない……今はそんな気分になれない、としか……彼女には悪いが」
「……へぇ」
シオンに本当の理由は言えなかった。
親友を見つけられていない現状に対する負い目から生まれた彼の幻影が、自身が浮ついた気持ちになるのを引き止めた……
そんな事、彼の妹である彼女に言えるわけがない。
「とにかく早く追い掛けないと……!」
「やめなって!今は一人にしてあげた方がいいよ」
それよりも、今はレヴィンの事を放っておけない────そう思い再び歩み始めた足が、シオンによって後ろ手に引かれ止められてしまう。
「それにさ……振ったアナタにそんな事する資格があると思ってるの?」
「ッ!!くっ……」
そして続けて言われた言葉に、アルスは何も言い返す事が出来なかった。
確かに彼女の想いを受け入れなかった自分が、今更追い掛ける資格なんてないのかもしれない。
「どうすれば……どうしたらよかったんだ……俺は」
「はぁ…今のアルスに必要なのは、頭を冷やす事よ……もう少ししたら降臨の儀が始まることだし、しばらくは上で私と一緒に時間潰そ?」
諸々の感情に胸を押し潰され立ち尽くしていると、シオンは溜め息を吐きながらも優しい言葉を掛けてくる。
どうするのが正しいのか……分からなくなった勇者は、幼馴染の蜜のように甘い言葉に乗せられるがまま、手を引かれて再びテラスへと上っていくのだった。
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「おいおい……俺一人でどうしろっつーんだよ……!」
様々な人種・身分の人々が舞踏を楽しんでいるヤーラ大聖堂の大広間の中、戦士の男────ウォルフは困惑していた。
理由はただ一つ、たった今ボヤいた通り同じ隊の仲間達が皆何処かへと消えてしまったからだ。
始まりは大広間で踊りやテーブルに盛られた御馳走を楽しんでいた最中、いつの間にかアルスとレヴィンの姿が見えなくなったことだ。
それに気付いたアルスの幼馴染が「二人を探しに行く」と言い出して大広間を出ていき、それに続いてフィルビーまで「心配だから様子を見に行きたい」と行ってしまった。
────結果、こういう場に一番慣れていないウォルフがただ一人、取り残される事態になってしまったのだ。
「チッ、おせぇな……ったく」
しばらくは帰りを待っていたものの……そんな彼を嘲笑うかのように大広間に飾られてある無駄に豪華で高そうな時計の針は、ただ悪戯に時を進めていく。
痺れを切らしたウォルフはいよいよ重い腰を上げ、自身も大広間から出ていくのだった。
・・・
大広間を出てから、ウォルフは大聖堂の中を当てもなく歩き回った。
舞踏会のおかげで大広間に人が集中しているためか、今のところ衛兵以外に人の姿は基本見かけていない。
「はぁ……無駄に広ぇな……落ち着かねぇぜ」
歩きながらウォルフは盛大に溜め息を吐く。
恐らく大聖堂の外には出てないだろうが、流石は大陸一の大国の大聖堂だけあって、その広さはまるで迷路のようだ。
降臨祭当日は大聖堂内部が一般公開されるといっても、当然一部に立ち入り禁止区域は存在する。
仲間達がいるならそこ以外の場所だろうが……それにしてもこれは探すのに相当時間が掛かりそうだ。
「ふぁ……」
思わず欠伸が出る。
珍しく頭を使ったせいだ。
これは一度外の空気でも浴びて気分を変えないと……
────そんな風に考えてテラスと呼ばれる場所に出ようとした、その時だった。
「……ッ!!」
目に入ってきた光景に、ウォルフは思わず足を止める。
テラスへと続く階段の手前……そこには顔を手で覆っているレヴィンとそれを心配そうに見つめるフィルビーの姿があったからだ。
「う……ッうぅ……ッ」
「フィル……」
咄嗟に建物の陰に身を潜め、息を殺しながら会話に聞き耳を立てるウォルフ。
言うまでもなくレヴィンは嗚咽している。
一体何があったというのか……
「わかってた……なんとなく、わかってたの……ッ」
「……うん」
「だから、大丈夫……ッ後悔はしてない……してない、けど……ッ」
「……うん」
「私……ッ諦められなかったんだよ……ッあの人の事……好きだったよぉ……ッッ」
「……うん、そうだね」
二人の会話に耳を澄ませて、なんとなくウォルフは事の経緯を察した。
「チッ……」
気付かれてはいけないのに、我慢し切れず舌打ちが漏れてしまう。
幸い距離が空いていたおかげか、二人には聞こえなかったようだ。
「……」
何故舌打ちをしたのか……自分自身の行動にウォルフは想いを馳せる。
別にレヴィン・トゥローノの事が好きなわけではない。
仲間としてはともかく、異性としては絶対に。
ただ、初めて会った時から……なんとなく彼女の事が放っておけなかった。
向こう見ずで、度々自分に食って掛かる生意気な子供で……その癖ひたむきに努力し続ける少女。
────きっとその姿が、遠い昔に亡くなった自分の大切な家族と重なって見えたからだろう。
「レヴィンは頑張ったよ……だから大丈夫、今は泣いていいの」
「……ッッ!!ごめん、フィル……ッありがとう……!ごめん……!ありがとう……っ!!」
背中から聞こえてくる二人の会話。
ウォルフは声を掛けることなくその場を静かに立ち去る。
それが彼なりの精一杯の優しさだった。




