5話:魔法の糸
"雷魔法"
自然魔法の一種ではあるが、"火・水・土・風"の基本属性に比べて適性を持つ者が少ないやや希少な魔法。
その性質故に手数・威力・速度の全てにおいて高水準であり、万能な魔法と呼ばれている。
「ええいッ!!!」
────前方に迫る魔族の群れにレヴィンは杖を向け、声を出しながら魔力を放出する。
やがて、放出された魔力は『バチバチッ…』と音を立てて雷へと変質し、魔族の群れに向かって降り注がれた。
「「「ガアアアアアアアアッッッ!!!」」」
雷をまともに浴びた魔族は悲鳴を上げ、黒焦げになって次々と倒れていく。
「やるじゃねぇか…!」
「行くぞ、ウォルフ!」
その様子を見て口角を上げるウォルフ────そんな彼にアルスは促して共に前へ出る。
そんな時、不意に後ろから「あ、待って!」とレヴィンの慌てるような声が響く。
「私は…魔法の制御が上手く出来ないの!下手したら当てちゃうわ!」
「!!」
続けて彼女の口から出てきた言葉を聞いて、彼女に使用魔法や得意戦法を聞いた時に何も言わなかったことや、魔獣との戦いで魔法を撃たなかった理由が分かった気がした。
「いいから撃て!!」
「はぁっ!?」
───しかし今はそんな欠点のことを考える余裕はない。
強大な敵である上級魔族の存在に加え、圧倒的な数の差……それらの劣勢を覆すには雷魔法による援護は不可欠。
そう考えたアルスは剣で敵を捌きながら必死に訴える。
「レヴィン……俺を信じろ!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!もう!どうなっても知らないんだから!!」
その結果……レヴィンはその思いに応えるように後ろから雷魔法を放ち続けてくれた。
「ウォルフ、お前は無理しなくていい!レヴィン達の近くで……」
次いでアルスは隣で戦っているウォルフに指示を出す。
前方からの大量の敵と後方からの雷魔法に挟み撃ちされる危険な状況に巻き込まないためだ。
「……ウォルフ!?」
───しかしそこで隣にいたウォルフの姿が見えないことにアルスは気付く。
「大将は俺が仕留める!!」
不意に上から聞こえたウォルフの声に視線を移すと、そこには空を飛ぶウォルフの姿が見えた。
周囲に風の魔力が発生していないあたり、どうやら風魔法による飛行ではなさそうだ。
「オラァッ!!」
ウォルフはそのまま大剣を構え、急降下して魔族の群れに突っ込んでいった。
どんな原理で飛んでいるのかは分からないが、あれならウォルフが後方から雷に撃たれる心配はない。
「【竜の息吹】!!」
アルスは安心して後方からの雷を避けつつ、火炎放射で迫り来る魔族を焼き尽くしていく。
何匹かはそれでも咆哮を上げながら突っ込んでくる────その執念に感心しつつもアルスは止めを刺そうと剣を構えた。
「【不全なる器】」
瞬間、後方からフィルビーの声が響くと同時に眼前の魔族の動きが止まり、その隙を突くようにアルスは一気に斬り殺していく。
何の魔法かは分からないが、おかげで無傷で済んだ。
「フィルビー、助かった!」
「私は今みたいな麻痺の魔法と治癒魔法が使えます!ただ攻撃魔法の類は全然使えません!ごめんなさい!」
「いいや、癒し手の存在は貴重だ!頼りにしてるぞ!」
出会ったばかりで彼女の実力に関しては全く把握出来ていなかったが、どうやらフィルビーは回復魔法や補助系の魔法など戦いにおいて重宝される魔法を扱えるようだ。
その力を頼もしく感じながら、アルスは敵を倒し続けていく。
「はぁッ!!」
「やああッ!」
「【不全なる器】!」
気が付けば、戦いが始まった当初よりも大分敵の数が減ってきた。
レヴィンの雷魔法とアルスの炎魔法で敵の数を減らし、接近してくる敵はフィルビーが足止めしてアルスが処理する。
そして後方に控えている敵は、敵陣に潜り込んだウォルフが暴れ数を減らす…戦況は驚くほど理想的だ。
この調子ならいける……と希望を抱き始めた時だった。
「ウォルフ!?」
魔族の群れの中からウォルフが凄い勢いで転がってきた。
見たところ大きな外傷はないようだが……確かなのは重厚な鎧を着たウォルフをここまで吹っ飛ばした敵がいるということだ。
「あの野郎…!」
ウォルフはなんとか立ち上がり、前方を睨み付けた。
その先には、やはり敵の首領である魔物────シルクの姿が在った。
「……【天の糸】」
次の瞬間、シルクは呪文を唱えその身体から膨大な糸のようなものを放出した。
魔力で出来た魔法の糸…恐らくアレが先程アルスの身体を引っ張り、ウォルフを吹き飛ばした謎の力の正体だ。
「どいて!!」
嫌な予感がした時、不意にレヴィンが前に出て前方に雷魔法を飛ばす。
先程よりも大量の魔力を込めた一撃……当たれば相手は一溜まりも無いだろう。
「お願い…当たって!!」
「……【雲の巣】」
『ピシャアッッッ!!!』
────しかし雷鳴と同時に放たれたそれは、シルクが前方に展開した蜘蛛の巣のような糸の魔法に容易く防がれてしまう。
威力には自信があったのだろう……傷一つ付いていない糸の壁を前にレヴィンは「なっ…!?」と驚愕していた。
「【苦悶の糸】」
しかし驚いている暇はなく、今度は前方に展開された蜘蛛の巣が分散し、一気にアルス達に襲い掛かる。
咄嗟にウォルフと二人で斬り払うも、まるで波のように糸は絶え間なく押し寄せてきた。
「チッ!この糸……まるで生きてるみてぇだ!!」
凄まじい手数と速さ────それだけじゃない。
ウォルフの言う通り、魔法の糸はシルクの指揮するような動きに合わせて、まるで生き物を思わせる動きで縦横無尽に攻め立ててくる。
「【地獄の業火】」
動きが捉え切れず防戦一方の中、畳み掛けるようにシルクは虚空から炎を発生させ、アルス達の周囲に展開された蜘蛛の巣に撃ち放つ。
「【妬け堕ちる糸】」
────瞬間、『ゴオオオオォォォッッッ!!!』と音を上げて周囲の糸は紅蓮の炎に染め上げられる。
「くそっ…!」
このままでは焼き殺される……そう考えたアルスは咄嗟に水の防御魔法を展開し、炎を消す─────が、その行為こそが命取りだった。
「くっ…!」
「きゃあ!」
「クソッ…!」
「きゃっ…!」
他の事に集中力を割いた結果、魔法の糸の動きを見失い……全員拘束されてしまった。
その刹那、勝利を確信した魔族の雄叫びが聞こえる。
「終わりだ人間共、我が同胞の命を奪った罪……贖うがよい」
動けないアルス達に向かって、敵の首領───シルクは忌々しげに呟きながら、周囲に放出した魔力を業火へと変質させる。
アルス達を縛る水気を含んだ糸とは別に展開された糸に放たれた炎は、糸を伝い……まるで死の宣告とでも言うように少しずつ此方に迫ってくる。
「うぅ……!」
絶望的な状況の中、不意に聞こえたのはレヴィンの小さな呻くような声。
思わず目線を移した先……彼女の目からは涙が溢れ出ていた。
そんな彼女の心の中を反映したかのように……いつの間にか空からポツポツと、雨が降り始めてきていた。