36話:読書の時間
〜前回のあらすじ〜
スーヤ騎士団からのこれまでの戦いに関する事情聴取を終えた後、仲間の一人の少女───レヴィンの提案でアルス達は一ヶ月後にアミナス教国で開かれる"降臨祭"までの期間……しばし休息を取る方針となった。
早速その場で一行は別れ自由行動を取ることきなり、アルスとウォルフは武器・防具屋巡り、フィルビーとシオンは魔道具店と教会を回る等……各々自由に過ごすことになる。
一方、貴族の少女レヴィンはというと……魔導書店を一通り回った後、大陸最大規模を誇るアミナス教国の中央図書館で大量の本を読み漁っていた。
※今回はレヴィン視点の話になります
"魔界"
大陸北部に出現した空間の裂け目に通じている異界。
瘴気という毒性を含む大気に覆われており、この世界に持ち込まれたそれはかつて大陸で暮らしていた人々に大いなる厄災を齎した。
現在は濃度の薄い瘴気が大陸中に蔓延している。
"大魔獣"
知性の低い魔獣でありながら、上級魔族を優に凌ぐ力を持つ怪物。
魔界に生息しており、魔竜・魔鳥・魔蛇の三種が存在している。
それぞれが周囲の環境そのものを変えてしまう程の強大な自然魔法を操る力を持っているとされる。
"迷宮"
魔界に存在する巨大な地下通路。
入り口を魔鳥が守護しており、迷宮内にも危険な罠が多数張り巡らせていると言われている。
迷宮の奥には魔族が隠した秘宝や危険な魔法および魔道具が眠っているという噂がある。
「上級魔族……ページは……」
────ひっそりとした静寂に包まれる図書館の中、魔王討伐隊の少女レヴィンは机の上に広げた魔族に関する資料本を手早く捲り読み耽っていた。
魔界、大魔獣、迷宮……その他にも魔族の生態に関する興味深い内容が多くあったが、その中でもとりわけ彼女の目を引いたのは……
"上級魔族"
並の魔導士では束になっても決して敵うことのない強力な魔物達の総称。
幾多の戦場において、人類を数多く葬った強力な個体が、種族の枠を超えてアミナス教国より手配書が発行されることで認定される。
その中でも"二つ名"を持つ個体は特に戦闘力が高く危険であるとされている。
「……あった」
────これまで戦ってきた強大な敵達に関して書かれた記録。
目当てだった情報を見つけ、レヴィンは食い入るように続きの頁を追っていく。
"シルク"
【種族:魔蟲族】【危険度:高】
魔王軍の参謀と思われる個体。
高い知能を持つと考えられ、戦場では永きに渡り後方から指示を出し、魔法で援護する場面が多く目撃された。
雷魔法に対して高い耐性を持つ魔力で出来た糸を操る非常に汎用性の高い魔法を持つ。
糸自体は炎魔法により燃やすことが可能だが、その性質を利用して広範囲への攻撃手段とする様子も見られたため要注意。
"フラスト"
【種族:魔龍族】【危険度:極高】
魔王軍の指揮官と思われる魔龍族の一体。
高度な風・炎魔法を扱い、戦場において広範囲な炎の竜巻で多くの人を焼き払ったことから"紅い竜巻"の異名で恐れられる。
"ヴィリス"
【種族:魔甲族】【危険度:極高】
かつて大陸北部で暴れ回り複数の城塞都市をたった一体で陥落させた魔物。
強い毒性を持つ水魔法を操る力で多くの人間を殺害したことから"蠱毒"の二つ名を持つ。
既に勇者カリヴァによって討伐されており、現在は存在していない。
"ザヴォート"
【種族:魔眼族】【危険度:極高】
近年頭角を現してきた新種の魔族の内の一体で、それらを率いている大型の個体。
身体から黒曜色の金属を武器や防具等の自在な形に加工して出す魔法を扱うことから"黒鉄"の異名を持つ。
この魔法によって生み出された漆黒の鎧は魔法に対する強い耐性を持つようで、多くの魔法使いが傷一つ付けられず葬られたという。
近年では最も多くの人間を殺害した上級魔族であるとされる。
"フォルリア"
【種族:不明】【危険度:不明】
詳細不明。"全能"の二つ名を持つ。
容姿が目撃者によって大きく異なることから変身・幻覚魔法を扱う恐れがある。
────上級魔族の詳細な情報が書かれた記録にはフォルリアという魔物の項目以外、横に肖像画が載せられており、中には見覚えがあるものが幾多かあった。
記録を読む限り、それらはレヴィン達がこれまでの冒険で戦ってきた上級魔族の特徴と一致している。
「でも…不思議…」
一通り目を通した後、レヴィンは再びザヴォートという名の魔族の項目を注視しながら呟く。
魔法への耐性が高い防具を生み出し、魔法使いの身体から放出される魔力による防御をものともしない豊富な物理攻撃手段を持つ魔物。
まるで魔法使いを倒すために作られた存在のように思えた。
「……レヴィン?」
「きゃっ!」
不意に呼ばれた自身の名────ビックリして振り向くと、そこには彼女の仲間にして友達の少女……フィルビーの姿があった。
「フィ、フィル?どうしてここに……」
「宿に戻ってもレヴィンだけいなかったので……もしかしたらここかなと思って迎えに来ました」
「あ……」
彼女に言われて室内の時計に目を向けると、時間は既に図書館の閉館時間間際。
気付けば周囲にはすっかり人の気配がなくなっていた。
どうやら本を読むのに夢中になり過ぎたらしい。
「ご、ごめん」
「大丈夫ですよ……ところで何をそんなに熱心に読んでらしたんですか?」
「過去の戦争と、上級魔族の資料……」
「へぇ…難しそうな本ですね……どうしてそんなものを?」
「魔法の勉強はたくさんしてきたけど……私は敵のこと全然知らないから……その、少しでも…皆の役に立ちたくて……」
その事実に顔を赤らめながらも、彼女からの質問に答えようとレヴィンは口を開く。
"改めてほんとすごいわね……上級魔族を短期間のうちに三体も倒しちゃうなんて"
"でしょ!私達頑張ったんだから!"
────自分達を率いる勇者アルスの幼馴染の少女……シオンがいた手前見栄を張ったものの、実際に上級魔族の討伐に大した貢献が出来ていないことをレヴィンは気にしていた。
「レヴィンは偉いですね……でも、もう十分に皆さんの役に立ててると思いますよ」
「でも、上級魔族の大半はアルスとウォルフが倒したじゃない……フィルだってあの黒い魔物を倒すのに貢献したのに……私は何も出来てない」
内心抱えていた悩みを素直に吐露すると、目の前にいる黒の髪を持つ少女は柔らかい手付きで自身の頭を撫でてくる。
「シオンには…負けたくない」
……そんな相変わらず優しい友達にレヴィンはつい、ポロッと暗い本音を零してしまう。
「シオンさんのこと、苦手なんですか?」
「そうじゃない……そうじゃない…けど……」
アルスを助けてくれたことに感謝してるし、本人自体もとてもフレンドリーに接してくれていて個人的には好感が持てる。
ただ……
"アルスのお嫁さんでーす♪"
────あの瞬間、胸がズキッとした。
以前、フィルビーとアルスが絡んでる時にも同じようなことがあった。
その原因を……この気持ちの正体をレヴィンは薄々と勘付きつつあった。
「帰ろう?」
「……っ」
思考を巡らせた時────不意に普段とは異なる声色と共に優しく抱き締められるレヴィンの身体。
柔らかく、とても安心する良い匂いがする。
おかげで心の奥底に渦巻くモヤモヤしたものが、少しだけ軽くなった気がした。
「今、無理に話さなくても大丈夫……話したくなったら話して」
「うん…ありがとう……フィル」
その後、レヴィンはフィルビーに手を引かれて立ち上がり……一緒に読んでいた本の片付けをし始める。
本を閉じる時、ふと目に入ったのはまだ読んでいなかった最後の魔物の項目──────
"魔王ハイル"
【種族:不明】【危険度:不明】
魔王軍の長であり人類最大の天敵。
魔界で最初に生まれた魔物であるとされる。
近年大陸への侵攻がより激しくなっているのは魔王であるハイルの指示によるものと思われる。




