4話:魔族
「あれは……」
「……女の子?」
───アルス達がヴァイゼン村へ向かってから一刻程経過した時、前方から誰かが走ってくるのが見えた。
遠目でハッキリとは見えないが、レヴィンの言う通り恐らくは女性のようだ。
長い杖を持っていることから恐らくは魔法使いだろうか。
「こっちに気付いたみてぇだな…」
……そのように考えていると、ウォルフの言葉通り此方の存在に気付いたのか彼女は手を振り出す。
白いベールのような帽子と上着、青い服と長い布……その見た目からは全体的に清楚な印象をアルスは覚えた。
「すみません!貴方方は一体…!?」
いよいよ目の前まで来た少女は、軽く息を上げながらも此方の素性を尋ねる。
───近くで見ると、きめ細かい質感の黒髪やその下で鈍く光る額当て……クリッとした可愛らしい目が印象的だった。
ぱっと見た感じ、レヴィンと同じ年くらいだろうか。
「俺達は魔王討伐隊…勇者のアルスだ」
「ウォルフだ」
「……レヴィン」
疑問に答えると、その瞬間「討伐隊の方達が……よかった……!」という言葉と共に黒髪の少女の顔は一気に明るいものになった。
「その……君は?」
「あっ、すみません……私はヴァイゼン村の教会のお手伝いをしている……フィルビーと申す者です」
「一体何があった?こんなところまで走ってきて……」
しかし、アルスが事情を聞くと……フィルビーと名乗った黒髪の少女は再び表情を暗くして、ここに至るまでの経緯を話し出す。
「なんだかとても良くないことが起こる気がして……私、村の皆さんや神父様を避難させようと説得を試みたのですが、結局ダメで……国の兵団に助けを求めようと村を出たんです…そこであなた方と会って……どうかお願いします!私と一緒に村へ来てください!!」
「おいおい…本気で言ってんのか?正気とは思えねぇな…」
「だが、この国に魔獣がいたのは事実だ…もしかしたらヴァイゼン村の近くにも…」
たどたどしくも必死に説明して頭を下げるフィルビー……そんな彼女に対しウォルフは呆れた様子を見せる。
そこでアルスは少し考え込む。
───確かに彼の言う通り「予感がした」で起こす行動にしては少々大袈裟のように思える。
しかし、先程遭遇した魔獣の群れの存在が気に掛かり、そして何よりも目の前で必死に助けを求める少女の言葉をただの妄言だと切り捨てることはアルスには出来なかった。
「急ごう…フィルビー、案内を頼めるか」
「はい!ありがとうございます!」
アルスが頼みを引き受けることを決めると、フィルビーは晴れやかな笑顔でお礼を言った。
・・・
フィルビーと名乗る少女の案内により、暫くしてアルス達はヴァイゼン村へ辿り着いた……
「これは…!」
「嘘……」
「クソが……!」
「なんて…ことを…」
───しかしそこで目の前に広がったのは、緋色の炎に包まれる村の姿。
その凄惨な光景にアルスは冷や汗を流し、レヴィンは口元を抑え、ウォルフは悔しそうに拳を握り、フィルビーは力無く膝を突く。
「先生…!みんな…!」
フィルビーは放心したような様子で呟くと、不意に立ち上がりそのまま炎上する村の中へと入って行った。
「フィルビー!待て!!」
「お、置いてかないでよ!!」
「チッ……」
その後ろ姿を追ってアルス達もまた、ヴァイゼン村へと足を踏み入れていく。
・・・
村の中を進んで行くと、何かが集まっているのが見えた。
生き物ではあるが、明らかに人じゃない。
────あれは魔族だ。
緑色の皮膚をした大柄な怪物、小人のような怪物、犬のような顔を持った怪物、そこには多種多様な魔族がいた。
その中には先程戦った魔獣の姿もある。
……どうやら悪い予感は的中したらしい。
「魔族……!?なんでこんなに…」
「コイツら……まさか魔王軍か?」
魔族の群れを前にしてレヴィンは全身を震わせ、ウォルフは睨み付ける。
"魔王軍"
魔族が大陸への侵攻を目的に徒党を組んで生まれたとされる組織の名。
高い知能を持つとされる中級以上の魔物を主体に構成されているという。
「……!」
此方の声に気付いたようで、魔族の群れは一斉に振り向く。
そしてアルス達をじっくりと観察したかと思えば、今度はヒソヒソと何かを話し始めた。
「ひっ……」
その様子は余りにも不気味で、隣のレヴィンは震えながら後退る。
「あぁ…そんな…」
その最中、聞こえてきたのはぽつりと呟くフィルビーの声。
見ると、彼女の視線は魔族の群れの下……散乱している人間だったと思われる物に向けられていた。
「──────ッ!!」
瞬間、アルスは激情に駆られ、魔族の群れに突っ込んでいた。
後方から聞こえるレヴィンの「アルス!?」という呼び掛けにも構わず魔族の群れを斬り殺していく。
「ぐっ!?」
────しかし、突如としてアルスの身体は固まる。
腕が動かない……まるで何らかの強い力に上から引っ張られているようだ。
そうしていると不意に身体は引っ張られるように後方へ投げられ、魔族の群れとの距離が生まれる。
「シルク様……!」
声が聞こえてきた魔族の群れに視線を戻すと……その中から一際大きい影が現れる。
────その魔物は、まるで昔読んだ本に出てきた悪魔のような姿をしていた。
「小奴等……ゲリラか……こんなに早く見つかるとはのぅ」
悪魔のような魔物は、此方を忌々しげに睨み付けて呟く。
その瞬間、周囲の空気が一気に重くなったように感じた。
凄まじい威圧感、そしてこの強大な魔力反応……間違いなく上級の魔族だ。
「如何致しましょう?シルク様……」
「情報を持ち帰られては厄介だ……ここから生かして帰すわけにはいかんな」
「では、ここの先住民と同様に……」
「そうだ……ようやく安寧の地が手に入るかもしれぬのだ……ここで終わるわけにはいかぬ」
固まるアルス達を余所に魔族達は会話を続ける。
周囲の魔族の態度を見るに、シルクと呼ばれた悪魔のような魔物はどうやらこの魔族達の首領のようだ。
「皆の者よ……立ち上がれ!ここより我らの新たな世界が始まるのだ!!」
そしてどうやら高いカリスマ性と統率力を持っているらしい。
奴の言葉により魔族の群れの血気がどんどん増していく。
「ヤバいよ……どうすんのアルス!?」
その光景にレヴィンは声を震わせながらもアルスに指示を仰ぐ。
敵の数が多すぎる上にあのシルクという魔物……恐らく数人の人間で敵う相手ではない。
ここは一旦引いて、王国の兵団の助力を得るのが最善……内心怒りに震えながらも仲間達の安全のため、アルスは冷静に指示を出すことに決める。
「皆、ここは一旦撤退を……」
「皆さんを、よくも……!」
「クソ共が……!!」
「!?」
────しかしそこで突如フィルビーとウォルフが前に出てきた。
「このような暴挙……許されませんよ……!」
「ぶっ殺してやる……ッ!!」
完全に臨戦態勢の二人は最早何を言っても止まる様子はない。
仲間を見捨てて逃げることなど勇者として出来ない───その時点でアルスの中に撤退の選択肢は消えた。
「俺も戦う…だがレヴィン、君は…」
……しかし、まだ実戦経験が浅く命を張る覚悟もないであろうレヴィンを巻き込むのは違う。
そう考えたアルスは彼女に避難を促そうとした。
「…生憎だけど、庶民を見捨てて逃げるほど私は落ちぶれてないの…!」
……がレヴィンもアルスの思惑に反し、前に出てきて杖を構える。
杖を持つ手は依然として震えていたが、そこには気丈な貴族の姿が確かに在った。
────前に出て構える三人の姿を見て、アルスは腹を括りそれぞれに指示を出し始めていく。
「レヴィン、君は雷魔法の準備を…なるべく強力なのを頼む」
「わ、わかった…!」
「ウォルフは俺と共に前に出て、後ろの二人を守りながら敵を倒していくぞ」
「あぁ…!」
「フィルビーは可能なら、後方から俺達の援護を頼む」
「はい!」
全ての指示を出し終えた後、いよいよ自身も前に出て剣を構えた。
誰も死なせない……そう固く心に誓って─────
「さぁ同胞達よ…ゆけいッ!人間共を皆殺しにせよ!!」
同時に敵側も首領であるシルクの号令が掛かり、一斉に襲い掛かってくる。
……こうしてヴァイゼン村でのアルス達、魔王討伐隊と魔族の戦いが幕を開けた。