34話:事情聴取
〜前回のあらすじ〜
城塞都市クヴィスリングでの戦いの事情聴取のため、宗教国家アミナス教国へと向かう道中……アルスは様々な事を知る事になる。
アミナス教国の国防となる神秘の森が持つ不可思議な力、スーヤ教やエルフと人々の関わりの伝説・歴史……
壮大な話に圧倒されつつ馬車が向かった先────アミナス教国の首都ヤーラにて、アルスは人々が見上げた先で女神の声を聴けるという巫女の姿を拝んだ。
「あ……」
不意に目が合った────刹那、顔を見上げた先にいた少女は慈愛に満ちた優しい微笑みを此方に向ける。
お人形のように綺麗な顔、艶のある滑らかな空色の長髪、気品のある佇まい……少女から放たれる美しさに、気付けばアルスは目を奪われていた。
……そうしている内に、やがて少女はゆっくりと此方に背中を向けて部屋の奥へと消えてしまう。
「今のが……」
「あぁ、あの御方こそが我らが主……レイア様だ」
少女の姿が見えなくなった後、不意に横から聞こえたエルフの騎士───グラシアの声で、幻想から現実に引き戻されたような錯覚を覚えるアルス。
「本物見たの初めて……感動……」
「私もです……あれが巫女様なんですね」
「神々しい?ってのはよぉ……多分、こういうことなんだろうなぁ」
「凄い威厳ね……流石は大陸最強の騎士団を擁する国のトップって感じ」
去って行った美しい少女に対し、他の仲間達も同様の感覚を覚えたのか皆思い思いの感想を口にしていた。
アルス達が生きる大陸タルシスカで広く愛されるスーヤ教……それを率いる立場にある女神に選ばれし"巫女"の肩書きを持つ少女────レイア。
立場の重さに似つかわしくない可憐な容姿を持ちながらも、立ち振る舞いからは凛々しさが感じられる。
何よりも、不思議と納得してしまうような独特な雰囲気を彼女は纏っていた。
「さて……我々はこれより今回の一件をあの方に報告しに行くが、伝えた通り君達には事情聴取のためしばらくはこの国に滞在してもらう……その間の宿は此方で手配しよう」
そのように感銘を受けていたところ、グラシアは宿の場所が書かれた地図を手渡しながら今後の事について説明をし始める。
彼女の言う通り、今回アルス達がこの国へと連れて来られたのは城塞都市クヴィスリングでの戦いの詳細や、それ以前のヴァイゼン村やクス伯爵の件などを報告するためであった。
「そしてこれは前金だ……正当な報酬は事が済んだ後に渡させてもらう」
続けて言われた言葉と共に、彼女から手渡されたのは金銭。
聞くと、現時点で確認出来た魔族討伐の最低限度の報酬とのことだ。
「以上、聴取を行うのは明日の朝からだ……長旅で疲れただろう、今日はもう休むといい」
一角獣の騎士───グラシアは最後にそう言うと、後ろに束ねた白金の髪を靡かせながら巫女と同じくお城のような建物の中へと消えて行った。
・・・
翌日、アルスは仲間と共にスーヤ騎士団からの事情聴取を受けた。
聞き取りは各人個別に行われ、アルスの担当を担ったのは騎士団筆頭格の騎士であるグラシア。
結果、取り調べは円滑に進み……午後には終了し仲間達と合流する事が出来た。
「どうだったよ?」
「何ともなく、無事終わったさ……伯爵の件含めてな」
聴取の結果、トーキテ王国の一領主であるクス伯爵から暗殺未遂を受けたというアルスの主張は認められ、一ヶ月後の降臨祭に伯爵を招待し、来国し次第拘束する手筈となった。
「あっさり信じてくれんのな……暗殺者達が自供したのか?」
「それもあるが……記憶を見られた」
「あぁ?どういうことだよ?」
「なんでも、グラシアには他者の記憶を見る力があるらしい……固有魔法みたいなものだとか」
「そんな力が……だからグラシア様が異端審問官も担ってるのね」
此方の言い分が容易に認められた理由について答えると……ウォルフは怪訝な表情を浮かべ、レヴィンは感心した反応を見せる。
記憶を読む力────最初グラシアからその話を聞かされた時、アルスの胸中で渦巻いたのは強い拒否感情。
一人孤独と戦い抜いた日々、仲間達と共に過ごした暖かい日々……どれも大切な記憶で、それを他人に勝手に見られるというのは良い気分はしない。
そう感じた直後、当人から伝えられたのは……他者のプライベートを覗く趣味はなく、基本的に使用は公務の時に限られ、必要な部分以外は見ないという表明。
先の戦いで窮地を救われた恩もあったため、アルスは彼女の話を信じ……ヴァイゼン村から城塞都市クヴィスリングまでの期間という条件付きで、記憶の調査を受ける事を了承した。
「私達の記憶は見なくていいのでしょうか……?」
「あぁ、とりあえずは勇者の俺だけで良いとのことだ」
「んだよフィルビー、知られたくねぇ事でもあったか?」
「私だってあるわよ……ほんっとアンタはデリカシーないんだから」
「それもそうか、悪りぃな」
「いえいえ…お気になさらず」
先程の出来事を頭の中で反芻する中────不意に聞こえてきた声は、珍しく浮かない表情を見せるフィルビーのもの。
そんな彼女の事が気になったのか……ウォルフが声を掛けるも、レヴィンに窘められてしまう。
すると彼は素直に謝罪し、「ところでよ……」と話題を変える。
「取り調べの中で、一つ気になる話があったんだが……」
「なんだ?」
「おめーらは聞かなかったか?魔族が人を攫ってるっつー話」
「あぁ……クヴィスリングでも多くの人が被害に遭ったらしいな」
ウォルフが出してきた話題……その事に、アルスは心当たりがあった。
"これ以上の生け捕りは不要だ……この場でッ!一匹残らず塵にしてくれるッ!!"
────城塞都市クヴィスリングで戦った上級魔族の紅い龍がそれを仄めかすような事を言っていたのだ。
「騎士団の奴らの話によると、ここ十数年前から人間を攫い出したらしい……俺の村も同じだった」
「なに……?それは初めて聞いたな」
しかし、続けて彼の口から出た話はアルスにとっても未知のもの。
詳しく聞いてみると、ウォルフは頷いて騎士団員から聞いた話を話し始めた。
魔族と人の長い争いの歴史の中……理由は不明だが、ここ十数年で魔族が人を攫い始めたこと。
攫われた者は一人として帰ってきていないこと。
そして城塞都市クヴィスリングで現れた赤黒い布を纏った謎の騎士の正体こそ、一時期大陸北部から中央に掛けて噂になった人型の魔物の実態である可能性。
「えっとつまり……攫われた人達が魔物にされている可能性があるってこと……?」
……それらの話を聞いた後、不意に横にいるレヴィンが口にしたのは集まった情報から導き出される一つの答え。
「あまり信じたくはないけど……話の筋は通ってるわね」
「……ま、今の時点じゃ憶測に過ぎねーがな」
「で、でもほら!何も分からなかった頃に比べれば一歩前進じゃないですか!」
その悍ましい可能性に動揺する者、根拠のないでっち上げだと一蹴する者……
仲間達の反応は様々だが、フィルビーの言う通り以前に比べて人型の魔物に関する情報が集まったのは確かだ。
おかげで今後やるべき事が明確になった。
「あぁ……その騎士の姿をした敵をとっちめればハッキリする話だ」
────赤黒い布を纏った謎の騎士の討伐。
アルスの考えを先に言ったウォルフの眼は、クヴィスリングで起きた惨状を自身の故郷に重ねたのか……奥底で静かに燃えていた。
「そうだな……全能のフォルリアも含め、野放しにはしておけない」
悲劇の元凶を放置すれば、きっと再び同じことが繰り返される。
結局のところやることは変わらない……勇者として、人々を守るために戦うだけだ。
人型の魔物の正体がなんであれ、それは変わらない。
……そんな風に考えつつ、ウォルフの言葉に同意するようにアルスは頷いた。




