33話:この世界の歴史
〜前回のあらすじ〜
城塞都市クヴィスリングでの魔王軍との戦いを終えた後、戦いの詳細を調べるという目的でスーヤ騎士団のエルフの騎士────グラシアによって宗教国家アミナス教国へと向かう馬車に乗せられた勇者アルス一行。
仇敵ザヴォートを討ち取れたことを感謝する戦士ウォルフや、かつての仲間シオンとの他愛ない話を通してアルスはまだ再開出来ていない勇者カリヴァとも早く会いたいという想いを募らせていった。
『ゴトゴト……』
宗教国家アミナス教国へ向かう道中────アルス達を乗せた馬車は音を立てながら、いつの間にか深い森の中を彷徨っていた。
周囲を埋め尽くすは高く生い茂る樹木……見渡せばどこまでも深くに根を張っており、永遠を思わせる広大な景色が広がっている。
その中には大陸北部ではあまり見ない多種多様な動植物達の姿があり、生命の営みを育んでいた。
「すごい森……空がほとんど見えないわ」
「どうやらここはもう…アミナス教国の国境内のようだな」
「色んな植物が咲いてるけど、あの花は……ない、わね」
「……そうみたいだな」
天を覆う深い緑のヴェールの中、葉の隙間から溢れる金色の糸のような陽光に映し出される植物達を眺め……シオンはぼんやりと呟く。
その言葉にアルスは反応しながらも、手元の地図を広げて現在地を確かめた。
大陸の中心に位置するアミナス教国に入るには、周囲を取り囲んでいる"神秘の森"と呼ばれる……この深い樹海を越えなければならない。
「まさか聖地に行けるなんて……夢みたい」
「こんな森の中でちゃんと目的地まで辿り着けんのか……?」
国境の内側に入ってからやけにそわそわしてる様子のレヴィンと、対照的にやや厳しい表情で尤もな懸念を口にするウォルフ。
「────心配はいらない……我々には森のご加護があるのだから」
……その疑問に答える声が、馬車の外から聞こえてきた。
「あっ…グラシア様!」
「あん?どういうことだ…いでっ!」
「グラシア様に失礼でしょ!」
「私は騎士だが貴族ではない……自然体で構わん」
「おら、本人もこう言ってるじゃねーか」
「だからってねぇ……!」
一角獣に跨るエルフの騎士───グラシアを前に一悶着が起こる中、このままでは埒が明かないと考えアルスは質問する。
「森の加護……とはどういうことだろうか?」
「この森は己が意思を持っている……自在に形を変えて私達を目的地まで導き、逆に外敵が迷い込めば即座に土に還してくれるのさ」
それに対する色素薄めの金髪を靡かせるエルフの答えは……やや難解な言い回しだが、話を聞くにどうやらこの森自体が敵味方を判別し入国者を選別するなど国防の役割を担っているようだ。
「この森に入ってから一匹も魔獣を見かけなかったのはそういうことか……だから野生動物もこんなに……」
「流石大陸で一番安全な国と言われるだけはあるわね……一体どういう原理なのかしら?」
「我らエルフ族の奇跡が成した業……といったところだな」
「奇跡?」
周囲一帯に展開された美しい森林が持つという不可思議な力に感心していたところ、不意にグラシアの口から出てきた"奇跡"という言葉。
その意味するところが分からず隣のシオンと共にきょとんとしていると、それを察したのか聖職者の少女───フィルビーが「えっと…」と口を開いた。
「奇跡っていうのは、エルフ族の方が扱う魔法と似た力のことですね」
「……魔法とは違うのか?」
「私達の身に宿っている魔力は、魔界から流れてくる瘴気が元……という説が有力ですが、エルフ族の方々が起こす奇跡は文字通り女神様の力によるものなんですよ」
「そう言われてみると、あの時の雷……魔法と少し違う感じがした気がするわね」
確かにシオンの言う通り、城塞都市クヴィスリングでの戦いの時に間近で見た────グラシアの放った雷からは魔力とは少し異なる……何か神秘的なものを感じた気がする。
だが、どちらにしろ……
「信じられないな……これだけ広大な森を作り出す力が存在するなんて」
一つの国を覆う規模の超常現象を発生させる力……確かにこれは魔法をも超えた……奇跡と言わざるを得ない。
────フィルビーから説明された信じ難いような話を前に呆気に取られていると、不意に感じたのは誰かの視線。
……思わず目線を向けると、そこで金色の瞳と目が合う。
「……?どうした」
「いや、なんか意外だなって……ウォルフはともかく、アルスは何でも知ってると思った」
「いや、知らないことだらけさ……エルフ族についても、この国についても」
「おっ、アルスも俺と同じか!気が合うな」
「はぁ…北方の教育レベルが知られてしまったわね」
目をぱちくりさせるレヴィンからの言葉に率直に答えるアルス。
その答えを聞いて嬉しそうにウォルフが肩を組んでくる────それを尻目にシオンは呆れたように軽く溜め息を吐いていた。
彼女の言う通り、大陸北部における教育のレベルは恐らく他の地方に比べて低い……もとい偏っていた。
その理由は、当時から大陸北部は魔族との抗争が激しかったため……生き残る事と戦う力を身に付ける事が最優先とされていたからだ。
故にアルス達は、大陸中で信仰されているスーヤ教についてさえ、魔王討伐隊の制度以外の事ついてはろくに学ばされてこなかった。
……ウォルフに関しては彼が幼い頃に村を滅ぼされて、以後は放浪生活を送っていたようなので、そもそも教育の機会自体がなかったのだろう。
「そういうことでしたら私が色々とお教えしましょうか?これでも一応、聖職者の端くれなので……」
────そんな風に知らない事だらけのアルス達を前に、小さく手を上げて説明を申し出てくれたのは……先程も奇跡の力について教えてくれたフィルビーだった。
瞬間、「「おぉっ」」と小さく歓声が沸く。
「どこから説明致しましょうか?そうですね……皆さんエルフ族についてはどの程度知ってますか?」
「大陸の長い歴史の中で、人間を幾度となく助けてきた友好的な種族……ということくらいしか」
「すごい長生きするんだろ?俺の村の爺ちゃんが言ってたぜ」
「あとは……スーヤ教を主に布教してるのもエルフ族なんだっけ?」
頬に手を当てたフィルビーから出された問いに、レヴィンを除いたそれぞれが好き好きに答えると……彼女はうんうん、と頷きつつ言葉を続ける。
「そうですね……では、どうしてエルフ族が人間に友好的なのかは知っていますか?」
「いや……」
「なんでだ?」
「それは……エルフ族も元々は私達と同じ人間だったからなんです」
「!!」
「えっ!そうなの……?」
「まじかよ……」
その口から出てきた衝撃的な内容に思わず目を見開くアルス。
同様に驚いた様子のシオンとウォルフに対し、フィルビーはそのままゆっくりと語り始めていく。
「はい……今より遥か昔、大陸に生きる人々がまだその身体に魔力を宿していなかった時代……」
────この大陸で生まれた全ての生命の母である女神……スーヤ様は自らが生んだ人々を愛し、言葉や文字……果ては文化といった数多くの叡智を授け、時には奇跡の力を用いて人々に幸福を齎しました。
人々は女神様を崇め奉り、その有り難い教えを世に伝え、広めました……これが私達が知るスーヤ教の原点です。
……そして女神様は知識だけでなく、その奇跡の力さえも人々に与えるようになりました。
女神様に見初められ、力を与えられた人はエルフという新たな種族として生まれ変わり、女神様と同じ奇跡の力を扱えるようになったのです。
エルフとなった人達は女神様と同じように奇跡の力を用いて人々を助け、瘴気に人々が脅かされた時も聖なる結界を張ることで守りました。
人々はそんなエルフ達を神の一族……又は天使として崇め、救いを求めました。
やがて人々はエルフ族の導きや、女神様が遺した教えを支えに立ち上がり、瘴気に侵される危険のない結界が張られた場所を起点に一つの国を作りました。
それこそが今、私達がいる……スーヤ教の発祥地────アミナス教国なんです。
「なんか……すごい話」
「あぁ……」
黒い髪と瞳を持つ少女から語られた……途轍もなく壮大なこの世界の歴史の話に圧倒されるアルス。
その中で、同じく話に聞き入っていた隣のウォルフが「ところでよ……」と口を開いた。
「さっきから話に出てくる瘴気ってなんだ?」
「魔界から流れてくる悪い空気よ……今は大陸中を覆ってるわ」
「さっき人々を脅かしたって言ってたよな?俺らはやばくねーのかよ?」
「大丈夫よ、今の人類は瘴気に対する耐性を持ってるらしいから」
「それに……このアミナス教国内には未だに結界が張られていて瘴気を防いでくれているらしいです」
「ほーん……だから空気がこんなうめぇんだな」
話を聞いたウォルフからの質問にレヴィンは少し呆れた顔をしながらも答え、フィルビーはそれに補足の説明を付け足す。
そんな彼らの様子を見て、アルスも話を聞く中でふと沸いた疑問をある人物に聞こうと口を開く。
「……グラシア殿、貴方は実際に女神様に会ったことはあるのだろうか?」
昔読んだ聖典では、女神は遠い昔に天界へと還ったと記されていた。
フィルビーの話を聞くに、エルフ族ならばあるいはその実在を知っているのでは……と思ったが、当のエルフの騎士は静かに首を横に振った。
「……悪いが、女神様のことを軽々しく語るのは戒律により禁じられている」
「そうか……突然すまない」
「ただこれだけは言っておこう……スーヤ様は今も尚我々を見守り、導いて下さっていると」
「……?どういうことだ?」
「一年に一度の降臨祭……スーヤ様は未だに巫女を通して私達に啓示を与えて下さっているのだ」
「巫女?」
「スーヤ教の最高指導者…教皇様のことよ……実質的にはアミナス教国の国王と同じね」
「エルフ族の中から選ばれた巫女は……この世界で唯一人、女神様の声を聞くことが出来るらしいです」
会話の中、不意にレヴィンとフィルビーが入ってきてヒソヒソ声で補足情報を付け足していく。
それを聞いたらしいグラシアは目を瞑って頷き、続けて口を開く。
「その通り……そして巫女には神の名の一部であるレイアの名が与えられ、女神様に代わり人々を導く任が与えられるのだ」
グラシア、フィルビー、レヴィン……彼女らの話を聞いて、アルスは口を閉じ改めて痛感した。
スーヤ教……エルフ……女神……巫女……────どうやらこの国は、自身が想像していたよりもずっとこの大陸において重要な土地である……と。
・・・
『ゴトゴト……』
……しばらくしてアルス達を乗せた馬車は神秘の森を抜け、漸くアミナス教国の市内へと入っていた。
視界に広がったのは先程周囲を囲んでいた翠緑の世界とは異なる純白の建物群。
『ギッ……』
やがてアミナス教国の首都ヤーラへと踏み入った馬車は、音を立てて大きなお城のような建物の前で止まる。
────聳え立つ、その建物の前には多くの人集りが出来ていた。
馬車を降りた後、アルスが見たのはその場に跪き……拝む人々の姿。
「おぉ……レイア様……」
「ありがたや……」
上を見上げる彼等……その視線の先────建物の一室からは、一人の美しい少女が此方を覗いていた。




