32話:他愛ないお話
〜これまでのあらすじ〜
※長いため把握してる方は読み飛ばしてください。
ある日、人々が住む平和な大陸タルシスカに現れた空間の裂け目────そこから現れたのは後に人類の天敵となる存在……魔族だった。
突如として襲来した異形の怪物達との戦いが始まってから数百年……その圧倒的な魔力と再生力を持つ生物種としての強さを前に、人類は少しずつ劣勢へと陥っていく。
やがて大陸中に魔獣が放たれ、過酷な生存競争の中……各国は城塞化が進み、地位の低い者・立場が弱い者などの弱者達は次々と見捨てられていく事となる。
その最たる例が魔王討伐隊────世界中の居場所なき者達が選ばれ、あらゆる危険な任務・誰もやりたがらない仕事を押し付けられるようになった。
その内の一人である勇者アルスは訳あり貴族の少女レヴィンと共に魔王討伐隊を組んで旅立ち、旅の中で顔に傷を負った戦士ウォルフと聖職者の少女フィルビーと出会い……仲間となった。
大陸南部のヴァイゼン村での上級魔族との戦い、一領主である伯爵から仕向けられた暗殺者……幾多の苦難を乗り越え、絆を深めながら進んだ先────城塞都市クヴィスリングで待っていたのは魔王軍との戦い。
複数の上級魔族との激戦の中、かつての仲間の少女シオンとスーヤ騎士団のエルフの騎士グラシアの協力もあり、何とか今回も乗り越える事が出来た。
戦いの後……グラシアの意向により一行が向かうことになったのは大陸中央のアミナス教国────大陸で信仰されるスーヤ教の発祥の地であった。
大陸中央を守護する砦の一つ────城塞都市クヴィスリングで起きた魔王軍による襲撃事件……その激戦を乗り越えた数日後、大国アミナス教国から救援と多くの支援物資が到着した。
クヴィスリングの兵団が壊滅的な打撃を受けた現在……魔王軍の駐屯地とされるのを防ぐべく、しばらくはアミナス教国の兵団が留まり復興の支援をしてくれるらしい。
一方、今回の戦いの詳細を知るアルス達はスーヤ騎士団の一角獣の騎士───グラシアの計らいにより、事情聴取という名目でアミナス教国へと向かう馬車に乗せられる運びとなった。
「もう身体は大丈夫なのか?」
「おう、まだ本調子じゃねーがな」
揺れる馬車の中、アルスの問いに答えたのは城塞都市クヴィスリングでの上級魔族との死闘の末……ここ数日意識を失っていた戦士───ウォルフ。
全身の斬り傷と刺し傷による出血に加えて腹部を槍で貫かれるという重傷だったが、フィルビーやスーヤ騎士団の懸命な治療のおかげで昨晩には目を覚まし、生活に支障がない範囲で身体を動かせる程には回復したようだ。
……そんな彼の回復力にレヴィンはやや引き気味な様子だった。
「アンタ…ほんとに人間?回復するの早すぎるでしょ……まさか人型の魔物って……」
「縁起でもねぇこと言うなよ……フィルビーのおかげだっつの」
「ウォルフさん……元気になってくれてよかったですけど、まだあまり無理をなさらないでくださいね」
「そうさせてもらうわ、色々ありがとよ」
────後から聞いた話だが……腹を貫かれたウォルフに対し、フィルビーは迅速かつ的確な治癒魔法を施していたらしい。
今この場でウォルフが普通に話せているのも、その対応の速さがあっての事だろう。
……無論、本人の頑丈さのおかげでもあるだろうが。
「なんか今日のアンタ素直すぎない?ちょっとキモいんだけど……」
他愛のない会話の中、フィルビーからの注意を素直に聞いて礼を述べるウォルフに対してジト目を向けるレヴィン。
その反応にウォルフは「あぁ?当たり前だろが」と返し、遠い目をして言葉を続ける。
「俺は村を滅ぼされたあの日からずっと……あの黒いヤツを倒すことだけを考えて生きてきたんだ」
黒いヤツ……今回アルス達が戦った上級魔族の内の一体の"黒鉄のザヴォート"の事だろう。
ザヴォートは過去にウォルフが住んでいた村を壊滅させた元凶の魔物らしい。
ウォルフはなんとか逃げ延びたものの、幼い身でたった一人で生きるのはとても辛く苦しいものだったようだ。
「あの頃は本当に荒れてた……怒りのままに一人で魔族を殺し回る日々……今思えばありゃ地獄だったな」
それでも幼い頃から腕っ節が強かったウォルフは弱い野生動物や魔獣を食べることで飢えを凌ぎ、服や装備は救った人々からのお礼や、襲ってきた盗賊を返り討ちにして調達していたらしい。
そうして復讐心と生きるための二つの理由から魔族を狩り続け……やがて"魔族狩り"と呼ばれるようになった。
「だが、お前らに会って俺はやっと仇を討つことが出来た……トドメを他の魔物に横取りされたのはちと癪だがな」
そんな風に過ごしていたある日、助けた人から魔王討伐隊のことを聞き、少しは生活が楽になるだろうと入隊を決意して色んな国を巡ったらしい。
やがて大陸南部に流れつき、アルス達と出会って仲間になり、遂には念願の仇敵を討つことが出来たのだ。
「これで村の皆も少しは浮かばれる……ありがとな」
目的を果たしたからか、礼を述べるその顔はまるで憑き物が落ちたように優しいもの。
そこには魔族狩りと畏怖された狂人ではない……普通の好青年の姿があった。
きっとこれが本来のウォルフなのだろう。
「あぁ、改めてこれからもよろしく頼む」
「ふん……ま、今回は私も素直に受け取ってあげる」
「なんにせよ皆さんご無事でよかったです!」
かつてウォルフ自身の口から聞いた彼の半生────それを思い返しつつ話を聞いた後、彼から伝えられた感謝の気持ちをアルスは快く受け取り、他の二人と共に言葉を返した。
「それとシオン…だっけか?アンタもアルスを助けてくれてんだってな……ありがとよ」
その後、不意にウォルフが声を掛けたのはアルス達と共に馬車に腰掛けるもう一人の人物────シオン。
アルスの幼馴染にして、かつて同じ魔王討伐隊に所属していた少女だ。
「どういたしまして!私もこれから同行させてもらうつもりだからよろしくね〜」
「お、そうなのか!カリヴァ隊の一員が仲間になるとは心強えな!」
「……そういえばカリヴァって人も幼馴染なんだっけ?」
そんな彼女に少し怪訝そうな目線を向けながらも、ふと思い出したように呟くレヴィン。
その言葉に頷きつつアルスは口を開く。
「あぁ……そしてシオンはカリヴァの実の妹だ」
「そりゃ初耳だな」
「三人方はどんな風にして仲良くなったんですか?」
レヴィンの呟きに補足するような説明────それに対して興味を示し、質問をしてきたのは聖職者の少女……フィルビーだった。
彼女の期待の眼差しに応えようと、アルスは「そうだな……」と自身の過去に思いを馳せていく。
────魔王軍との抗争が絶えなかった大陸北部……戦災孤児の存在は珍しいものではなく、アルスもまたその一人だった。
物心付いた時には既に孤児院の中……そこにはカリヴァとシオンの存在もあったのだが、当然初めから親しかったわけではない。
当時、他の子供達を引っ張る兄貴分だったカリヴァと可憐な容姿と明るさが持ち前のシオンは兄妹揃って人気者であり、それ故にアルスが特別関わる機会がなかったのだ。
そんなアルスがカリヴァ達と親しくするようになったのは……
「切っ掛けは、アルスが私を助けてくれた事かな」
回想している中、不意に聞こえてきたシオンの声。
その内容は、今し方アルスが思い起こし説明しようとした事だった。
「私が花を見るためにこっそり孤児院の外に出た時、魔獣に襲われたの……正直もうダメかと思ったんだけど、そこにアルスが駆け付けてくれたの」
あの日────いつも誰かと一緒にいるシオンが一人で出ていくのを偶然見かけ、気になって付いて行ったら彼女が魔獣に襲われる場面に居合わせた。
当然アルスは助けようと必死に抵抗したが、まだ幼かった故に敵わず殺されかけたところ……彼女の兄であるカリヴァが駆け付けて魔獣を倒したのだ。
「たまたま通りかかっただけだ……結局魔獣を倒したのだってカリヴァだしな」
「それでも私は嬉しかったわ……家族以外の人に初めて助けてもらったから」
若干の気恥ずかしさから、思わずアルスはシオンから顔を背け自嘲の言葉を口にした。
そんなアルスに彼女が見せたのは……以前、何度も見せてくれた優しい微笑み。
その表情に、アルスは「シオン……」と声を漏らす。
"大丈夫か?"
"俺はカリヴァ……お前は……"
"アルスか……話すのは初めてだな"
"こっちこそ、妹を助けてくれてありがとうな
"お前さ……よければ俺と一緒に組まないか?"
────彼女の言う通り、あの出来事がカリヴァとシオンの二人と親しくなり……共に魔王討伐隊を組む切っ掛けだった。
「だからね、私思ったの……アルスが私にとっての運命の王子様なんだって」
「「ゴホッゴホッッ!!」」
感傷に浸っていた時、突如としてシオンが出してきたのは突拍子もないとんでもない発言。
思わずレヴィンと同時に咳き込むアルス────それを見たシオンは朱色に染めた顔をにんまりとさせて口を開く。
「……なーんてね!どう?ドキッとした?」
「そういう冗談はよしてくれ……心臓に悪い」
「ア、アンタねぇ……!いくら幼馴染だからって……」
「あら、妬いてるの?可愛いわね」
「な……ッ!そんなんじゃ……」
少しばかり性質の悪い冗談の後、繰り広げられたのは二人の女子による軽い口論。
その場に仲裁に入るフィルビーと呆れたように笑うウォルフを尻目に、アルスは物思いに耽る。
……思えば、こうしてシオンと話すのも久しぶりだった。
かつての仲間との他愛ない会話……離れ離れになっていた時間が、その何でもない絡みが有り難いものであると実感させてくる。
同時に、親友であるカリヴァと再会してまたこんな風に話がしたい……
────そんな想いが、アルスの中で強く込み上げてきたのだった。
お読み頂きありがとうございます!第三章開幕です!
もし作品を気に入って頂けたなら
ブックマークと下にある⭐︎マークで作品の評価のほどお願いしますm(_ _)m




