29話:再会
〜前回までのあらすじ〜
城塞都市クヴィスリングでの戦いで二体の上級魔族を倒した後、聖職者の少女フィルビーが伝えてきたのは新たな上級魔族に相当する存在が迫っているという絶望的な報告。
戦いで消耗した仲間達を守るため、アルスは自分一人で新たな脅威と戦うことを決意する。
そんな決断を止める声、応援する声を受け止めながらも……アルスはたった一人で敵を迎え討つべく走り出した。
魔族の残党の群れの中を斬り払いながら駆け抜けた後……アルスは北側に向け突き進み続けた。
全ては此方に迫り来る新たな上級魔族を迎え討って仲間を守るため。
……しかし、接敵するまでの間の道程に広がる景色にアルスは息を呑む。
蹲るような姿勢で横たわる人の形をした黒い炭、身体を大きく裂かれた兵士、幼子を庇うような体勢のまま諸共黒い槍に串刺しにされた女性の死体……
────戦禍の波に呑まれた後に残った風景は、自身の故郷である北側諸国で何度も目にした惨状を彷彿させる混沌とした地獄。
周囲には兵士達の奮闘の証として魔龍や黒い魔族達の死体も散乱していたが……予想はしていた事とはいえ、救ったのよりも圧倒的に多くの人の命が失われてしまった事を改めて認識させられ、アルスは遣り切れない気持ちになる。
『バサッ……』
そうして行き場のない思いを抱えながら走り続けていると……遂にその時は訪れた。
「どういうことだ……?」
目の前に現れた強大な魔力の持ち主─────その姿を見てアルスは思わず強い動揺を覚える。
大空を羽ばたく…… 紅い竜巻と瓜二つな魔龍の姿に。
「そこの人間、私の質問に答えなさい……正直に答えれば楽に処分して差し上げましょう」
先程倒した筈の敵との思わぬ再会。
信じ難い光景に固まっていると、大空から響き渡るような声で紅い龍が語り掛けてきた。
「このような紅い龍か、黒い鎧の魔物を見かけませんでしたか?もしや……あなたが倒したのですか?」
姿だけでなく声もフラストそのもの……だが口調が奴とは違う。
同種の別個体か、幻惑系の魔法か、それとも擬態か……
「……どうしたのですか?耳が聞こえないのですか?それとも口が利けないのですか?……あぁ、イライラする……!」
────いずれにせよ情報を渡すわけにはいかない。
問い掛けに対し口を閉ざしていると、苛立ち始めたのか……次第に荒くなっていく紅い龍の語気。
「低脳な人間でも分かるように話してあげたというのに……もういいです、消えなさい」
やがてその身からは魔力が放出され…… 冷徹な、吐き捨てるような声色で呪文が放たれた。
「……【業火の竜巻】」
刹那、アルスを取り囲むように形成されたのは炎と風の複合魔法である灼熱の檻。
────間違いなくこれは上級魔族フラストの魔法だ。
『ゴオオオオオオオオオオオォォォォォ……ッッ!!』
レヴィンがいない今、この炎の竜巻を真っ向から打ち消すことは出来ない。
紅蓮に彩られた死の壁が迫る中……アルスは狼狽えず息を吐き、身体から魔力を放出していく。
「やっと……全力を出せるな」
そして放出した魔力を全身に巡らせると……アルスは悠然と、眼前の炎に向かって歩みを進めた。
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「はぁ……時間の無駄でしたね」
突如目の前に現れた赤髪の人間が業火の竜巻に成す術なく呑み込まれたのを確認し、フォルリアは苛立ちを交えながら溜め息を吐く。
たった一人で向かってきたから余程自分の強さに自信があるのかと思い、話しかけてみたが……どうやらただの囮だったようだ。
自身の配下を倒したという四匹の邪魔者を始末するために態々出てきたというのに、とんだ期待外れだ。
さっさと先に行って皆殺しに……
「ッ!?なんだ……ッ!?」
────思考を巡らせながら先に進もうと翼をはためかせた時、不意にフォルリアは正体不明の力に拘束され、その動きを止められた。
「お前は……!」
引っ張られた先にいたのは、たった今焼却した筈の赤髪の人間。
どうやって業火の竜巻から抜け出した?────それを考えるよりも早くフォルリアは反撃の呪文を唱える。
「【熱閃光】……!!」
自身が今変身している"紅い竜巻"の異名を持つ龍族の切り札である魔法。
極度の圧縮状態から解放された炎の魔力は、凡ゆる物理防御を融解する破壊光線と化す─────
「グッ……!?」
しかし放つ瞬間、再び謎の力で首があらぬ方向に傾けられ熱線が空を切る。
同時に『ダンッ!』と地面を蹴る音が鳴り響き、気付けば目の前には剣を振り被りながら接近してくる敵の姿があった。
「【業風の刃】!!」
斬られる────そう感じた時、咄嗟に動いた翼が防御魔法のように展開したのは大気を変質させた不可視の刃。
刹那、フォルリアの拘束が解けて身体が自由になる。
「チッ……」
直後、舌打ちが聞こえると共に此方に迫っていた赤髪の人間は空中で身を翻し軌道を変えるという有り得ない芸当を見せ、建物の上へと降り立った。
「どうして……」
────今度はちゃんと見えた。
先程から此方の動きを拘束し、攻撃の狙いをもずらしてきた謎の力……その正体に、フォルリアは身を震わせながらも目の前の敵に問い質す。
「どうしてお前が、シルクの魔法を使える……!?」
軍から追放したあの老耄と同じ……魔力から糸を生み出し操る魔法。
偶然同じ系統の魔法の使い手なのか、それとも……
知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい
「アハッ……いいですねアナタ、私……興味が沸いてきちゃいましたァ」
火災旋風に完全に囲まれた状態から脱出し、シルクだけが使えた筈の糸魔法を使う人間……
有り得ない事態の連続に、好奇心を刺激されたフォルリアは先程とは打って変わって笑みを見せ……口を開く。
「申し遅れました、私の名はフォルリア……周りの者達からは"全能"の二つ名で呼ばれています」
「……」
「さぁ、私にも教えてください……あなたの名を……あなたのことを、もっと……!」
まるで新しい玩具を見つけた幼子のように目を輝かせ、目の前に獲物に名乗り、語り掛けるフォルリア。
……対し、赤髪の人間は先程と変わらず沈黙を守り、鋭い目で此方を睨み付けていた────まるで仇でも見るように。
「つれないですね……まぁいいです、無理矢理調べますから……」
その反応に、フォルリアの興奮は冷水を浴びせられたように急速に冷めていく。
────下等種族の分際で……自分の思い通りにならないなら、壊れてもいい。
そんな暗い殺意を以て魔力を放出し、自身の身体そのものを変質させ始める……
彼女の使用魔法は"偏幻自在の愛"
自身の身体を好きなように変質・拡張させ、自身・他者の求める理想の姿になれる……彼女だけが扱える唯一の魔法。
修練を重ねた現在では、触れた者の細胞を解析・再現することで他者そのものに変身出来る域にまで達した。
魔力量と魔法の相性が全てのこの世界において、凡ゆる存在の多種多様な魔法を自在に使う事が出来る……彼女が"全能"の二つ名で呼ばれる所以の能力だ。
「【地獄の鋼禍】……【天の糸】」
そして今、眼前の標的を確実に殺すために成った姿は……元々の紅龍に加え、ザヴォートとシルクの性質を掛け合わせた新たな理想の自分。
────変身後、フォルリアは自身の身体から漆黒の糸を無数に放出し目標へと一気に撃ち放つ。
人体程度であれば容易くズタズタに引き裂けるであろう金属製の糸の嵐を前に、赤髪の人間は剣を構えていた。
その光景にフォルリアは内心ほくそ笑みながら全ての漆黒の糸に雷の魔力を流す。
地獄の鋼禍は魔法耐性の高い金属物質を生み出す魔法だが、金属である性質上……雷魔法だけはある程度通してしまう────その欠点を逆に利用するのだ。
『バチィッ!!』
しかし、その目論見は人間が黒い糸を斬り払った瞬間に激しい火花が飛び散ったことで潰える。
雷の魔力同士がぶつかり合った時に発生する現象……どうやら互いに考える事は同じだったようだ。
『ドゴォッ!!』
眩い閃光が散り、暗黒色の波が斬り刻んで倒壊させた建物に既に標的の姿はない。
────建物からまた別の建物に魔法の糸を引っ掛けて縦横無尽に移動し、此方に向けて接近してきていた。
「小賢しい……【雲の巣】」
恐らく魔法の撃ち合いでは勝てないと判断し、接近戦に持ち込むつもりなのだろうが……そうはさせない。
そう考えたフォルリアは即座に周囲一帯に黒い蜘蛛の巣を張り巡らせる。
これでもう此方に近づく事は出来ない……後は大量の糸の刃を以て、ゆっくりと追い詰めて蹂躙するだけ……
────そんなフォルリアの思いを余所に、赤髪の人間は魔法の糸から手を離し……展開された黒い糸に向かって飛び降りていた。
「……は?」
その自殺行為同然の行動に、フォルリアの思考に一瞬の空白が生まれる。
刹那、『カァンッッ!!』と甲高い金属音が上がると同時にフォルリアの視界には刃を振るう赤髪の人間の姿が広がった。
『ザシュッ……』
反射的に防御したものの、斬られたのは意識の外に置いてあった……背中に生えた片翼。
瞬間、フォルリアは姿勢制御を崩し真っ逆様に落下する。
「なッ……」
─────にが起こった?
速すぎる、防御魔法を出す暇がなかった……!
糸を踏み台にした?何故細切れにならない?
なんで下等生物がこんなに強い……!?
想定外の連続に動揺する間、落下する身体は真下に張り巡らされた蜘蛛の巣へと向かっていく。
身体を斬り刻まれるのを待つ中……真上に見えたのは此方を見下ろす赤髪の人間の姿。
「うああああああああアアアアアアアッッッ!!!」
「ぐッ!?」
────文字通りプライドをズタズタに引き裂かれた全能のフォルリアは、せめて憎き怨敵を道連れにすべく腕を触手へと変質させ、その身体を捕らえる。
「【地獄の鋼禍】……ッ」
落下する数秒……呪文を唱える声だけが空に響き渡った。
――――――――――――――――――――――――
『ドゴオオオォンッッッ!!!』
────束の間の浮遊感の後、耳を劈くような轟音と共にアルスの身体を貫いたのは鋭い衝撃。
敵を斬り裂き、他の建物に魔法の糸を引っ掛けて離脱しようとしたところで拘束され地面に叩き付けられたのだ。
フォルリアと名乗った魔物の身体が肉壁になったおかげで即死は免がれたものの……高所から落下した衝撃は凄まじい。
「はぁ……ハァ……ッ」
全身に走る強烈な痛みに蹲る中、霞む視界が捉えたのは……フォルリアの残骸である肉片が辺り一面に散乱する光景。
「……?ぐ……ッ」
その中にたった一つ……光り輝く何かを見つけ、確認すべく立ち上がろうとするも身体は動いてくれない。
最早限界だった。
「まだ……まだ俺は……死ぬわけには……ッ!」
それでもアルスは諦めず、来た道を戻ろうと這い蹲りながらなんとか前進し始める。
今の……かつての仲間達の無事を確認するまでは死ねない────その想いだけが、瀕死になって尚、彼の身体を突き動かしていた。
「う……ッ」
……しかし現実は無情であり、これまでの無理が祟った結果、アルスの視界は急速に暗転し始めてしまう。
「────【癒しの魔花】」
薄れゆく意識の中、誰かの声が聞こえた気がした。
・・・
「う……」
次に意識が戻った時、真っ先にアルスが気が付いたのはいつの間にか引いている全身の痛み。
なんとか生き延びることが出来たようだが……一体誰が助けてくれたのだろう?
「……?」
そんな風に考えながらゆっくりと目を開けると、目の前に見えたのは誰かの人影。
視界がまだ霞んでいるせいでよく見えないが……相手が女性である事は辛うじて判別出来た。
「フィルビー……か?」
自身を治療してくれたと思われる事から、思い当たる人物の名を挙げたところ……それを聞いた目の前の人物はクスッと笑う。
「私を忘れたの?アルス……」
────自身の名を呼ぶその声は、聞き覚えがあるものだった。
「君は……」
徐々に鮮明になっていく視界……映ったのはサイドポニーに纏めた落ち着いた色合いの茶髪を携えた女性。
「私よ!幼馴染のシオン!」
……アルスが勇者になる前の、かつての仲間の姿だった。




