27話:全能のフォルリア
〜前回までのあらすじ〜
敵将を倒し、クヴィスリングの兵団とも合流し……城塞都市クヴィスリングでの魔族との戦いは着実に収束しつつあった。
────かに思われたが、その裏で蠢く影があった……。
紅蓮の炎と漆黒の煙に染め上げられた城塞都市クヴィスリング────幾度となく軍の侵攻を妨害してきた鉄壁の要塞……その建物の上で紺色のフードを被った魔物は佇んでいた。
「フフッ……アハハハハッ」
全てが可笑しくて堪らない────腹の中で渦巻く黒く濁った感情を一切包み隠さずその魔物は笑う。
他人の不幸は蜜の味とでも言おうか……自身が嗾けた部下の手によってそれまでの営みを破壊され無様に命を散らしていく下等な人間共も、自分が優雅に過ごしている間に齷齪と働く部下も……全てが滑稽で仕方がなかった。
「フォルリア様!!報告に……ッ参りました……ッ!!」
────そんな細やかな幸せな一時も、唐突に終わりを告げてしまう。
「あなたは……」
不意に目の前に現れたのは全身が傷だらけで今にも死にそうな龍の姿。
名は確かソローだか、スタレッヘと言ったか……────心底どうでもいい。
旧世代の無能共の顔や名前など、自分が記憶するに値しない。
フォルリアと呼ばれた魔物はそうやって、目の前に現れた瀕死の部下を心から蔑む。
彼女にとっては、たった一人を除くほぼ全ての存在がそういった見下す対象でしかない。
"全能のフォルリア"
彼女は生を受けた時から特別な存在で、その力は圧倒的だった。
周囲の者達はそんな彼女を恐れ、あるいは敬い全能の二つ名で呼ぶ。
今回の侵攻作戦においても作戦の立案を行い、前線で戦う将軍含めた部下に指示を出し、自身は安全圏から戦力を増やす支援をしつつ高みの見物を決め込む立場にあった。
……そして見事、フォルリアの目論見通り挟撃作戦によってクヴィスリングの牙城は崩された。
この成果があれば、自身が敬愛する主からお褒めの言葉を預かり……寵愛を受ける事が出来るかもしれない。
この時フォルリアは、そんな未来への期待に胸を膨らませていた。
・・・
「たった四匹を相手に全滅……?何の冗談ですか?」
────しかし、部下からの報告を受けたことで状況は一変し……フォルリアはその身を震わせて考え込む。
「フラストはともかくザヴォートまで……十分な戦力を投入したつもりでしたが……」
黒鉄と紅い竜巻……どちらも二つ名を与えられた存在である以上、強さに関しては本物だった筈だ。
特にザヴォートの方は敵対者を率先して殺し回り、此方の言う事をよく聞く珍しく有能な部下だったというのに……。
「……それで?貴方はおめおめと逃げ帰ってきたわけですか?」
「申し訳……ッありません……!私だけでは……ハァ……ッ覆しようがなく……!」
予期していなかった展開に苛立ちを見せ、目の前の部下に圧を掛けながら問い詰めるフォルリア。
そんな彼女に対し、傷だらけの龍は全身を小刻み震わせながらもその場で平伏して懇願する。
「どうか…ハァ……ッお願いします……!我々を、フラスト様を……貴方様のお力でお救いください……ッ!!全能のフォルリア様……!!」
「……その必要はありませんよ」
フォルリアは「ハァ……」と大きな溜め息を吐いた後、氷のように冷たい眼差しを平伏する龍へ向け……
「……元々お前達は此処で処分する予定だったんですから」
「グッ……!?」
────次の瞬間、片腕を強靭な触手へと変質させ龍の首を絞め上げた。
龍は拘束を外そうと必死に踠きつつ、訴えかけるような目でフォルリアを睨み付ける。
「フラスト様の言う通りだっ……ッッ……不可解な待機命令も、最初から全部罠だったの……ッッ!!」
「貴方が知る必要がありますか?それに……もういいんです」
その行動にいよいよ業を煮やしたフォルリアは、龍の身体を首ごと宙へと持ち上げ……
『ゴキッ……』
────鈍い音と共に首の骨を圧し折り、絶命させた。
「……貴方達のせいで、計画は台無しになったんですから」
脱落して動かなくなった……今し方まで一つの生命だった肉の塊を、フォルリアはまるで汚物でも触ってしまったかのように眉を顰めて地上へと放り捨てる。
『グチャッ……』
地上に叩き付けられた骸には目もくれず、放心したように遠くを見つめるフォルリア。
そうしている内に段々と自分自身が陥っている状況を再認識していき……
「あぁぁ……ッ!!」
────刹那、突如としてフォルリアは声にならない奇声を上げて顔面を滅茶苦茶に搔き毟り始めた。
「最悪……ッこれでは私がお叱りを受けるじゃないですか……!!」
進軍のために頂戴した……今後の戦いにおいても重宝する予定だった戦力を自分の指揮下で失ってしまった。
このままでは……いや、報告を聞いた限り全滅したのはザヴォートとフラストの部隊だけ……それならば……
『ポタッ……ポタッ……』
────思考を加速させる中、不意に自身の血から生まれた血溜まりに目が留まる。
鏡のように反射されたそれに映るのは、ズタズタに引き裂かれた自分の顔。
それもすぐ、持ち前の再生力で元に戻ってしまう……────フォルリアはその顔が昔から大嫌いだった。
「……ないと」
憎悪の感情に赴くままに自身の顔面を破壊し尽くした後……フォルリアの頭は急速に冷やされ、ふと我に帰る。
「今後の計画の邪魔になり得る存在……消さないと」
今やるべき事────冷静になった頭脳を以て導き出した答えを口にすると、それを実行すべく紅蓮の翼を背中から生やし……大空へと飛び立った。
「全ては……あの方のために」
彼女は全能のフォルリア。
その心には狂気的な愛と悪意が渦巻き……彼女が通った後ろには屍の山が築かれる。




