25話:静まる風
〜前回までのあらすじ〜
城塞都市クヴィスリングでの魔族との戦い。
フィルビーとウォルフは二人で上級魔族ザヴォートを倒すことに成功するも、それはもう一体の上級魔族───紅い龍フラストの計略の内だった事が判明する。
用済みとばかりに二人を強力な炎の竜巻で覆うフラスト。
絶望的な状況の中、炎の竜巻に閉じ込められていたアルス達は……
「…【業火の竜巻】」
詠唱と同時に繰り出されたそれは炎と風の複合魔法。
大嵐の中に放たれた炎は瞬時に膨れ上がり、周囲に渦巻く炎の舞を形成した。
それは正しく"紅い竜巻"と呼ぶに相応しい大技だ。
「くっ……!」
「…ハァッ…ハァ…ッ」
────城塞都市クヴィスリングでの魔族との戦いにて、勇者アルスは仲間の少女のレヴィンと共に逃げ場のない灼熱の檻の中……息を上げながらも必死に堪えていた。
レヴィンが水の防御魔法を展開してくれていたおかげで焼死は防げたものの、今度は息が苦しい……恐らくは周りの炎が急速に酸素を奪っているからだ。
レヴィンに教えた周囲に展開した水の防御魔法に雷の魔力を撃ち込むだけの簡易的なものとは違う────豪快な見た目に反し、緻密な魔力制御によって異なる自然魔法を組み合わせる事により成せる……恐ろしい複合魔法だ。
『ゴオオオオオオオオオオォォォォ……ッッッ』
低い唸るような轟音を発しながら徐々に迫ってくる炎の壁を前にアルスは焦り始める。
このままでは窒息死するか、魔力が切れて焼死するか……どの道長くは保たない。
第一、自分達が閉じ込められてる間に炎の竜巻を放った紅龍がもう一体の上級魔族の黒い魔物の援護に向かえば全てが終わってしまう。
「レヴィン、大丈夫か?」
「うぅ…アルス……?」
一刻を争う事態の中、アルスはレヴィンに声を掛けた。
縋るような目で此方を見る彼女の顔は本当に苦しそうで……見ているだけで胸が痛む。
恐らく今も仲間のためにギリギリのところで防御魔法を展開してくれているのだろう。
「俺が防御魔法を張る……少し休め」
「でも……ッ!」
そう考えて庇うようにアルスも水の防御魔法を展開するも、当のレヴィンから返ってきたのは納得いかないといった反応。
そんな彼女にアルスは「……代わりに頼みがある」と前置きした上で、どうしようもない現状を打開する方法を伝えた。
「でも、そんなのやったこと……!」
「賭けだが、やってみる価値はある……前に言っただろう、君には素質があると」
一瞬及び腰な反応を見せられるも、尚も諦めずアルスは言葉を続ける。
最早窮地を脱する方法はこれしかない───その意を込めた目で見つめると、レヴィンは根負けしたのか「はぁ…」と溜め息を吐いた。
「前の戦いの時も思ったけど、ろくに魔力の制御も出来ない私を頼るなんてどうかしてるわ……でも、わかったわよ」
「レヴィン…ありがとう」
「別に…信じてるからね」
呆れたように言いながらも自分に付いてきてくれる彼女に対し、アルスは感謝を述べながら周囲の魔力を操り始めた。
・・・
────次に見えたのは青い空、先程と変わらず炎上する街並み……そして倒れているウォルフを懸命に治療するフィルビーの姿だった。
それを見たレヴィンが彼女達の元に向かって駆け出した直後……アルスの目が捉えたのは地面に映る巨大な影。
『ズシイイィィンッ!!!』
直後、重い衝撃音を響かせながら落下してきたのは、これまでアルスが戦ってきた上級魔族───紅龍のフラストだった。
「馬鹿な…こんなことが……!」
目の前の敵は今し方起きた事象が信じられない様子だった。
それも当然だろう……何故なら上級魔族である自身の魔法が、ただの人間に打ち消されたのだから。
紅龍が放った火災旋風に追い詰められた時、アルスは打開策としてレヴィンに指示を出していた。
────炎の竜巻と逆の流れの風防御魔法を展開してほしい、と。
風魔法を扱える素質を持っている事は防御魔法の練習に付き合った際に気づいていたが、実戦の投入は初めてだった為この試みは半分博打だった。
しかし見事レヴィンは風の防御魔法の生成に成功し、アルスがそれに合わせて水の防御魔法を展開することで前の戦いで彼女が起こした大嵐の魔法を擬似的に再現する事が出来た。
……その結果、相反する属性の二つの竜巻はぶつかり合い、互いに打ち消し合って消滅したのだ。
「許さんぞ……人間共……ッ!」
よろめきながら怒りの声を上げる紅龍────その周りには、数々の魔龍の死体が転がっている。
風魔法同士が相殺し合った結果、場は一瞬だけ完全な無風状態となった。
上級魔族のフラストは持ち前の両翼で、姿勢制御と落下速度の緩和を行い着地時の衝撃を最小限で抑えたようだが、どうやら他の中級魔族は同じように出来なかったらしい。
「これ以上の生け捕りは不要だ……この場でッ!一匹残らず塵にしてくれるッ!!」
その結果に魔龍達の頭目である紅い龍は完全に激昂し、その身に宿る強大な魔力を放出させた────が、魔法を発動される前にアルスは地面を蹴り斬り掛かる。
「グッ……!」
瞬間、呻き声と共にその身体から鮮血が舞うが、その部位は腕……致命傷ではない。
────だが、もう上空へ逃がしはしない。
『ヒュッ』『ガキィンッ!』『ザシュッ!』
一度目の斬撃を防がれた刹那、アルスは間髪入れずに連撃を続けていく。
さっき仲間の元へ駆けて行った時の身体のよろけ具合を見るに、レヴィンの体力は恐らくもう限界の筈だ。
魔力はまだ残っているようだが……先程のような大技を出す余力は既にないだろう。
もしここで取り逃がせば、二度と仕留める機会は巡って来ない────
「フラスト…様……ッ!」
「今、お助けに……!」
そんな焦燥に駆られながら攻撃を続けていると、不意に周囲から声が聞こえてきた。
どうやら落下した魔龍達の数体が生き残っていたようだ。
最期の力を振り絞って自分達の将を援護する気のようだが……
「はぁッ!!」
────同士討ちの可能性がある以上、容易には撃てまい。
そう判断し、アルスは一切の躊躇なく紅龍に接近戦を仕掛け続ける。
「構わんッ!撃てェッ!!」
……が、予想に反し敵将フラストは号令を掛け、それに呼応した魔龍達から一斉に火炎魔法が放たれた。
『ビュオオオオオオオオオッッッ!!!』
そして紅い翼がはためくと同時に、周囲に風の防御魔法が展開され────絡め取られた炎が瞬く間にアルスと紅龍を取り囲むように再び炎の竜巻を形成する。
「大した度胸だ……その心意気に敬意を表し、この"紅い竜巻"のフラストが一騎討ち……受けて立とう!!」
逃げ場のない紅蓮の檻の中、紅き龍は此方を讃えつつ掲げた腕を振り下ろす。
「くっ……!」
鋭い鉤爪による攻撃───それ自体は単調な技だが、上級魔族の力を以って行うその威力は熟練の剣士の斬撃に匹敵する。
直撃すれば即死……その危機的状況にアルスは焦燥感を高めながらも斬撃の嵐を紙一重で回避していく。
この狭い空間の中、敵の攻撃を完全に躱し続けるのは不可能だ。
その上、先程と同様に周囲の炎上のせいで空気が薄い。
相手も条件は同じだろうが……このまま戦いを続ければ生命力の差で此方が先に倒れるのは明白。
それならば……
『ヒュッ』『カァンッ!』『ザシュッ』
─────攻める!!
一気に決着を付けようとアルスは怒涛の攻撃を展開していく。
「まさかあのザヴォートに迫る速さの人間がいるとはな……面白い!」
しかし、どんなに斬撃を入れようと上級魔族特有の高い再生力が全てを無に帰してしまう。
「だが所詮は人間……そう長くは保つまい……!」
敵もその強みを十分に理解しているのか、嘲るように笑いながら防御の体制を取る。
どうやら接近戦は分が悪いと判断し、消耗戦に切り替えるようだ。
「ふぅ…」
細かい斬撃は無意味……一撃で、確実に致命傷を与えなければ。
アルスは一息吐きながらも剣を構え直し、覚悟を決める。
「決着を、付けさせてもらう……!!」
「来るがよい……人間ッ!!」
─────これが最後の攻防だ。
『ガキィッ!』『キィンッ!』『カンッ!』
全身全霊を込めた猛攻……それを紅い龍は的確に捌き致命傷を防いでくる。
やはり防御に徹されると崩すのは難しい。
体力の限界が迫る中、目の前の壁は果てしなく高く見えた。
「はあァッ!!」
それでもアルスは一切攻撃の手を緩めない。
決して諦めず……何度も、何度も刃を振り続ける。
『ザシュッ!』『キィンッ!』『ザシュッ…』
……そうしていく内に少しずつ斬撃が入る回数が増えてきた。
────このままいけば、自分が倒れるよりも早く倒せる。
「馬鹿な…ッ一体何者だ……ッ!?」
「さぁな」
「ッ!!」
少ない攻防の中……敵の動きを見切り始めてきたアルスは勝利を確信し、動揺を隠せない目の前の敵に剣を振り下ろす。
『ビュオオオオオオオォォッ!!』
しかしトドメの一撃が届く直前、突如発生した突風にアルスの身は吹っ飛ばされた。
「チッ……」
悪足掻きの風防御魔法───強制的に距離を取らされたが、おかげで周囲を覆っていた炎の壁も取り払われた。
次こそトドメを……
「アルス!!」
────そう考え体勢を立て直したところで、不意に後方から仲間の声が響く。
「レヴィン……フィルビー達の様子は?」
「まだウォルフの治療中よ……アルスは大丈夫なの?」
「あぁ…君はフィルビー達の側に付いてやってくれ」
上級魔族のザヴォートと戦い満身創痍なフィルビーとウォルフ……その二人を今守る事が出来るのはレヴィンしかいない。
そう考えたアルスは彼女に仲間の事を託し、自身は改めてもう一体の上級魔族フラストの討伐へと向かった。
「なるほどな……そういうことか」
その先に在ったのは、身体から強大な魔力を解き放つ紅龍の姿。
「ならば、もう一つの奥義を喰らえ……!!」
その魔力はやがて奴の体内に収束し……高密度の魔力反応を轟かせる。
口振りから推測するに、恐らくは業火の竜巻以上の大技────危険だ。
「……仲間は見殺しに出来んだろう?」
その狙いはアルス自身ではなく、後方に控える仲間達。
どうやらアルスが庇うのを見越し、確実に攻撃を当てるつもりのようだ。
「フン……兵法としては正しいが、戦士としてのプライドは捨てたか……将軍フラスト」
「……」
絶対的な危機の中、咄嗟に口を衝いて出たのは苦し紛れの言葉。
その安い挑発に対し、紅龍は暫し沈黙を見せた後、やがて「全ては勝つため……!」と口を開く。
「元とはいえ我も軍の将……我が種族存亡のためならば、どのような悪逆非道にも手を染め…必ず勝利しなければならない……!」
最後に「例え、同胞をこの手に掛けようとも…!」と締め括る紅龍───その静かに燃ゆる眼を見てアルスは、眼前の敵から上に立つ者としての強い苦悩……そして覚悟を感じた。
「本末転倒だな……結局はお前もあの黒い魔族と同じというわけか」
「無駄口はもういい……終わらせるぞ……!!」
そんな強い覚悟を持った紅い龍が此方の挑発に乗ることは最早ない。
──────来る。
「【熱閃光】……!!」
次の瞬間、アルスの視界を覆ったのは眩い光。
高密度に圧縮された炎の魔力の塊……その見た目と魔力反応だけで理解る。
直撃すれば骨すらも残らない、と。
『バシュウウゥゥゥゥ────ッ!!!』
詠唱と共に紅龍の口から放たれた熱線に、アルスは手も足も出なかった……
「……何故だ」
熱線は文字通り全てを消し飛ばした。
轟くような高音と共に地面を抉り、跡形もなく命中した建物を粉微塵にした。
────アルス達のいない明後日の方向を。
「何故貴様が……その魔法を……!?」
「……時間を稼げてよかった」
たった今、起こった事象に明らかな狼狽を見せる紅い龍。
その隙を突くようにアルスは一瞬で距離を詰め……
『ドスッ……』
────急所であろう心臓目掛けて剣を勢いよく突き刺した。
「オオォォォ……ッッ!!」
紅い血を吐きその場に倒れ伏す紅龍───その姿にアルスは「終わりだ……紅い竜巻」と告げる。
……すると、聞こえてきたのは「クク……」と笑う紅龍の声。
「如何なる理由があろうと……同胞を裏切り……手に掛けた報いか」
血を大量に流しているにも関わらず、その表情には何故か薄い笑みが浮かんでいるように見えた。
「だが…それでも我は…仲間を……!」
その声は段々と弱々しくなり……やがて力尽きたのか完全に止まる。
────そんな紅龍の生命の息吹と同調するように、気付けばあれだけ猛威を振るっていた強風は既に静まっていた。




