21話:黒鉄のザヴォート
〜前回までのあらすじ〜
遂に火蓋を切られた二度目の大規模な魔族との戦い。ヴァイゼン村の時よりも激しい魔族の軍勢の攻撃から、何とか要救助者達を守り切ったアルス一行。
そんな状況に痺れを切らし、遂に敵将である二体の上級魔族が本格的に動き出す……!
※今回はフィルビー視点のお話です。
"フィルビー……ウォルフの援護を頼む"
城塞都市クヴィスリングにて始まった魔族との戦いの中、聖職に携わる少女フィルビーは勇者であるアルスの指示を受けて二体の上級魔族の片割れである黒い魔物……ザヴォートと対峙していた。
「さて……どちらの獲物から仕留めてやろうか……!」
全身を覆う鋭利な形状の漆黒の鎧、身体から放たれる強大な魔力……ゆっくりと近づいてくるその姿は威圧感で満ち溢れていた。
「「「グオオオォォォォッ!!!」」」
敵は黒い魔物だけではない。
手柄を上げんと 咆哮と共に雪崩れ込んでくる魔族の群れ……その光景はヴァイゼン村の惨劇を彷彿とさせる。
「ウォルフさん!下がってください!!」
「!?おい!何を!?」
──思わず竦みそうになる足を奮い立たせ、フィルビーは前へと出た。
仲間達の奮戦により大分減らせたとはいえ、依然として数で圧倒的に劣っている。
前衛がウォルフしかいない今、上級魔族と他の魔族を同時に相手取るのは困難。
……そう考え、フィルビーは身体から魔力を放出して眼前に迫る魔族の群れに向かって呪文を唱えた。
「〜♪」
──それは彼女が幼い頃に知った魔法。
心地よい子守唄のような詠唱を聴いた魔族達は『ドサッ…』と音を立ててその場に倒れ伏す……ただ一体を除いて。
「まだそんな魔法を隠していたか……!」
フィルビーの魔力範囲外から事の様子を見た敵将の黒い魔物は忌々しげに呟きながら後方へ大きく飛び、両腕を構えた。
「【地獄の鋼禍】……【魔弩】!!」
そして詠唱と同時に腕から複数の黒い突起物を生やし、『ガヒュンッ!!』という音と共に撃ち放つ。
──────速い。
『ギィンッ!』
鈍い音と共に弾かれた漆黒の凶矢……間一髪、前に出てフィルビーを守ってくれたのはウォルフだった。
「俺の後ろに付け!!」
「は、はい!」
お礼を言う間もなく黒い魔族の元へ一直線に駆け出したウォルフ……その後をフィルビーは慌てて追い始めた。
魔力量の多い上級魔族に引き撃ちを徹底されれば一方的に不利な消耗戦になってしまう。
───ウォルフの判断が最善だとフィルビーは信じた。
「フン…いつまで保つものか…!【魔弩】!!」
そんな考えを嘲笑うかのように、先程とは比にならない数の凶矢を黒い魔物は撃ち放ってきた。
「はっ!大した威力じゃねぇな!!」
嵐のような攻撃を前にして、ウォルフは怯まないどころか挑発するような言葉さえ吐きながら、手に持った大剣と重厚な鎧を以て弾き……後ろにいたフィルビーを守りながら前進する。
「終わりだ…ゴミ野郎!!」
そして黒い魔物の前で飛び上がり、空に向かって大剣を掲げた。
「…学習能力がないのか?貴様は」
自身に振り下ろされる大剣を前にして、黒い魔物は冷めたような反応を見せながらウォルフに向かって腕を掲げて詠唱する。
「そんなに死にたければ、その鎧ごと貴様を貫いてくれるわ……【魔槍】!!」
───それは先程レヴィンの防御魔法、ひいてはその中にいた自分達に向けられた殺意の塊のような魔法だった。
『ギュイイィィィィンッ!!!』
大量の槍を一繋ぎにしたような造形の漆黒の巨槍は、耳障りな金属音と共に高速で旋回し……上から落ちてくるウォルフを待ち構えている。
空中では躱しようがない─────
「かかったな!!」
……恐らくはそうした相手の心理を利用した陽動だったのだろう。
ウォルフは不敵な笑みを浮かべて、巨槍に突っ込む寸前で円を描くように身を翻した。
重力の方向を操る固有魔法でなければ成し得ない回避方法に「なッ…!?」と驚愕を示す黒い魔物……その頭部にウォルフは勢いのままに大剣を薙ぎ払った。
「なるほど…さっき予備動作なしに私に向かってきたのといい……貴様は特異な魔法を持っているようだな」
───しかし、その完全に意表を突いた筈だった攻撃も黒い魔物には及ばず……腕の外殻によって容易く防がれてしまう。
……だが、一瞬でも敵の動きを止めることが出来た。
「【不全なる器】!」
「グッ!また……」
精密な魔力操作により放たれた麻痺の魔法はウォルフの身体を避けて黒い魔族の動きのみを停止させ、その隙にウォルフは「まだだ!!」と大剣を手放すと共に懐から取り出した細身の剣で突く。
大剣より速い攻撃……例え麻痺の魔法の効果が切れたとしても防御動作が間に合わない筈。
『ガキィンッ!!』
───しかしそれすらも黒い魔物の対応は上回り、外殻の隙間から新たに黒い槍を生やすことで攻撃を防いだ。
重力操作による陽動や細身の剣での攻撃……初見の筈の攻撃に連続で対応する戦闘の才覚……
直接対峙して初めて感じた上級魔族の強大さに、フィルビーはその身を震わせた。
「ウォルフさんごめんなさい…やっぱり麻痺の魔法の効きが悪いみたいです…」
攻撃に失敗し、大剣を回収しつつフィルビーの元まで後退したウォルフにフィルビーは深々と頭を下げた。
麻痺の魔法の効果が薄い原因……上級魔族特有の強大な魔力に魔法の威力が緩和されてるのもあるだろうが、それにしても黒い魔物は他の上級魔族以上に効果が切れるのが早いように見える。
───恐らくは奴の身を覆っている漆黒の鎧のような外殻の影響もある筈だ……アレからは高密度の魔力を感じる。
レヴィンの水と雷の複合防御魔法を見た上で突っ込んできたのも恐らくは魔法への耐性に自信があったからだろう。
「せめて…もう少し近づく事が出来れば、動きを止められる時間を増やせるかもしれませんが……」
つまり……遠距離からの麻痺の魔法ではまともな効能は期待出来ない。
僅かな隙を作る程度では、細身の剣での攻撃しか間に合わず…今のように防がれてしまうだろう。
咄嗟に出した槍の防御……その上から攻撃を通せる威力を出せるのは、ウォルフの大剣しかない。
───大剣で攻撃出来る決定的な隙を生む……その為にはもっと近づかなくては。
「へっ……」
「ウォルフさん……?」
苦しい状況で必死に思考を巡らす中……不意に聞こえてきた仲間の笑い。
戸惑うフィルビーに対し、当人は不敵な笑みを浮かべながら「…奴を見てみな」と促してきた。
「チッ…小賢しい真似を……!」
────そこには鎧に覆われていない箇所から血のようなものを流し、苛立ちを見せる黒い魔物の姿が在った。
そして…よくよく見れば漆黒の鎧自体にも何箇所か亀裂のようなものが走っている。
「攻撃を防がれた時、もう一本の剣で刺してやった……どうやら見えない部分の防御は出来なかったみてえだな」
「なるほど…だからあんな鎧で身を守っていたんですね…」
そんな敵を見て楽しそうに言うウォルフにフィルビーは感心した。
普段から隠し持っている双剣……その一振りを使った先程の頭部への攻撃自体が、黒い魔物の視界を塞いで本命の攻撃を当てるための陽動だったらしい。
「それに、あのヒビ割れ……」
「あぁ、どうやら奴の鎧の防御力も完璧じゃあねえようだな……へへっ」
それにこれまで防がれてきた攻撃も、目の前の敵の姿を見る限り一切無駄になってはいない。
何度も打ちつけた大剣の重みや、大量に降り注がれた瓦礫の嵐……その積み重ねが黒い魔物の強固な鎧に綻びを生じさせたのだ。
「このままぶっ叩きまくって…ぶっ殺す!!行くぞフィルビー!!」
「はい!ウォルフさん!!」
その事実にフィルビーは希望を見出し、頼もしい仲間と共に目の前の敵に向かって走り出した。
なるべく接近し麻痺の魔法を漆黒の鎧に覆われていない部分に撃ち込む。
そうすれば大剣で攻撃する隙が生まれ、いずれは鎧を打ち砕き奴を倒せる筈だ……勝機は十分にある。
『パキッ…』
───そう思った時、前方から乾いた音が響くのが聞こえた。
「認めてやろう…」
音の出所は黒い魔物……何事かを呟くその姿は、気のせいか先程よりも亀裂が広がっているように見える。
「はっ!やっぱもう限界みてえだな!!覚悟しやがれ!!」
勝利を確信したのか、声を上擦らせながら嬉々として大剣を構えるウォルフ。
その間も『ピシッ…』『ピキッ…』と亀裂は増え、やがてそれは全身に広がっていき……
「……【武装解除】」
「え?」
────次の瞬間、甲高い破裂音と共に凄まじい数の黒い破片がフィルビーに襲いかかって来た。
「うっ…!」
瞬間、足に鋭い痛みが走る。
不意に飛んできた飽和攻撃……初見で回避し切るのは不可能だった。
「クソがッ!あの野郎……ッ!!」
痛みを堪えながら仲間の安否を確認すると、飛び込んで来たのは顔や鎧の隙間に何本も破片が突き刺さっている痛ましい姿。
「一体、何が……」
「……どうやら貴様らは下等種の中でも少々上等な獲物のようだ」
「!!」
───状況を確認しようとした時、その場に黒い魔物の声が響き渡った。
「敬意を表し…この"黒鉄のザヴォート"が全力で相手をしてやろう」
即座に杖を構え、視線を向けるフィルビーだが……そこには今まで戦っていた黒い鎧の魔物の姿はない。
「さァ……処刑の時間だ……!!」
────そこに在ったのは、悪魔のように凶悪な笑みを浮かべる……異形の魔物の姿だった。




