20話:二体の上級魔族
〜前回までのあらすじ〜
トーキテ王国の一領主、クス伯爵からの依頼により長い旅路を越えて城塞都市クヴィスリングに到着した魔王討伐隊の勇者アルス一行……
そこで待ち受けていたのは魔族により都市が襲撃されているという兵士達の報告だった。
都市内へ入った後……魔族の群れに囲まれる人々を見つけた一行。
都市の人達を守るため、魔族の攻撃をレヴィンが防御魔法で受け止めたところから、二度目の魔族との大規模な戦いが始まる…!
『ゴオオオオオォォォ……ッ』
『パチッ…パチッ…』
眩い緋色の炎、黒い煙、それに伴う熱い空気に覆われた城塞都市クヴィスリング……
その中で上級魔族と思われる紅い龍が放った巨大な火炎が人々に迫る中、その声は響き渡った。
「"水の奇跡"!!!!」
────やはり、彼女に任せてよかった。
ふんわりと弾むような長い金髪の魔法使いの少女…レヴィンが巨大な水の防御魔法で炎を打ち消したのを見て、勇者アルスは思わず僅かに笑みを零した。
「たすかっ…たのか…?」
「援軍か!?」
「魔王討伐隊…?」
地上に降り立って聞こえたのは城塞都市の兵士の安堵・期待・不安が入り混じった声……
そして同時に、直前まで不気味な笑いが聞こえていた魔族の群れから明らかな動揺が広がったのを感じた。
「フィルビー!麻痺の魔法を!!」
「はい!【不全なる器】!!」
今が好機だと捉えたアルスの指示により、フィルビーから放たれた魔法に魔族の群れは一斉に動きを止めた。
「行くぞ!!」
「おぅ!!」
同時にアルスはウォルフに呼びかけ、共に石畳の地面を蹴って混乱する魔族の群れに向かって疾走した。
───目標は魔族の群れを率いている将と思われる…他の魔族に比べて一際大型な紅龍と漆黒の鎧のような外殻を持つ魔物。
周りを敵に囲まれた絶対的に不利な状況……覆すには早急に敵の戦意を折るしかない。
そう考え、アルスは敵将の片割れである紅竜に向かって剣を手に突っ込んだ。
「…フン」
───目前まで迫った時、嘲笑うような声と共に紅龍の翼が動いた。
「ぐっ!?」
瞬間、鋭い高音と共に凄まじい突風がアルスを襲い…その身体を後方へと吹っ飛ばした。
他の魔族に比べて復帰が早い…恐らくは身体から放つ強大な魔力で麻痺の魔法の威力を軽減したのか。
それにこの風の魔法の威力…やはり以前戦ったシルクと同じ上級魔族と見て間違いなさそうだ。
「うおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
───しかし、そんな強力な突風をウォルフは物ともしていなかった。
当然だ……何故ならウォルフは重厚な鎧と自身の重力の方向を操る魔法で嵐の中でも自由に動けるのだから。
「お前がああああああああアアアアッ!!!!」
ウォルフは咆哮のような声と共に、そのままもう一体の敵将である黒い魔物に向かって大剣を振り下ろした。
『ガキィンッ!!』
───衝突した瞬間、鈍い音がしたのと同時にウォルフの身体はアルスと同様に後方へと吹っ飛ばされた。
派手に地面を転げ回った彼の元へ急いで駆け寄り名を呼ぶと、ウォルフは頭を抑えながら立ち上がり…前方の黒い魔物を射殺さんとばかりに睨みつけ、忌々しそうに口を開いた。
「アイツだ…」
「…え?」
「アイツが…俺の村を…ッ!!」
「!!」
その言葉にアルスは愕然とした。
"…俺は魔族に故郷の村を滅ぼされた"
"家族も、友達も…俺はあの日、全部失った…耳から離れねぇんだ…みんなの悲鳴が…魔族共の下卑た笑いが…"
ヴァイゼン村での戦いの後にウォルフが語った凄惨な過去……目の前の黒い魔物こそが、その悲劇の元凶だったのだ。
───そんなウォルフの事などまるで眼中にないかのように、黒い魔物は紅い竜と何やら話していた。
「あのような下等生物に後れを取るとは…紅い竜巻も堕ちたものだな…フラスト」
「フン…貴殿はまだまだ未熟なようだな…」
「…なんだと?」
「魔法の世界に絶対という言葉は存在しない…そのように敵を下に見ていては、いずれ足を掬われるぞ…ザヴォート殿」
「ハッ!減らず口を…」
紅龍のフラストと黒い魔物のザヴォート……両者の間には険悪な空気が漂っているように見えた。
やがて黒い魔物は「まぁいい…元より貴様などに期待はしていない…」と吐き捨てるように言うと、その腕をアルス達に向けて言い放った。
「さぁ貴様ら…奴等を八つ裂きにしろ……!!」
───その号令により周囲の魔族達は沸きあがり、一斉に襲い掛かってきた。
真っ先に目の前まで迫ってきたのは眼球から触手が生えたような容貌の……今まで見たことがない気味の悪い魔物だった。
そんな化け物にウォルフは臆することなく「邪魔だッ!!」と勢いよく大剣を薙ぎ払った。
「な…ッ!?」
───『ザシュッ…』と音を立てて叩き斬られた直後、真っ二つになった体が再生し…まるで枝分かれしたかのように眼球の魔物は二個体へと分裂した。
「【竜の息吹】!!」
斬撃は逆効果…それなら……とアルスは咄嗟に剣を構えて詠唱し、切先から炎の魔法を出した。
『ゴオオオオオオオオオオオオォォォ…ッ!!!』
放射状に放たれた火炎は、分裂して数を増やした眼球の魔物を跡形も無く焼き尽くした。
今度は分裂しない…これならいける……
───そう安堵しかけたところで不意に背筋がゾワリとした。
『ガキィンッ!』
反射的に振るい、鈍い音と共に弾かれた剣……その先にはザヴォートと同種だが、奴より一回り程小さい黒い外殻を持った単眼の魔物がいた。
剣を弾かれた反動で崩れた体勢……その僅かな隙を、魔物は鋭利な黒槍を以って突いてきた。
「【不全なる器】!!」
───が、寸前で聞き慣れた詠唱と共に黒槍は止まった。
『ザクッ…』
フィルビーの遠距離からの正確な魔力操作による支援に感謝しつつ、アルスは外殻の隙間を縫うように単眼を貫き魔物を倒した。
「「「グオオオォォォォッ!!!」」」
それを見た魔族は今度は咆哮を上げてフィルビー目掛けて襲い掛かった────すぐ側にはレヴィンや負傷した兵士達……そして市民もいる。
敵将を討ち取るのに失敗した今、フィルビーの補助魔法は数の差を覆すのに必須……そうでなくても市民を人質に取られてしまえば、その時点で此方の敗北が確定するだろう。
「"水の奇跡"!!!」
それを防ぐべく、レヴィンは事前の取り決め通りに水の防御魔法を全面展開し、向かって来た魔族の群れを呑み込んだ。
「はあああああああッ!!!」
そのまま彼女は声を上げて大量の魔族を閉じ込めた水の檻に雷に変質させた魔力を撃ち込み、声にならない悲鳴を上げさせた。
水と雷の複合魔法……魔力操作が苦手なレヴィンが修行により会得した攻防一体の技だった。
───作戦通り、負傷者を見つけた場合はレヴィンが防御魔法で守り、その間にフィルビーが治療する。
「ウォルフ!少しでいい…時間を稼ぐぞ!」
「わーってら!!」
それが終わればレヴィンとフィルビーも戦いに加われるようになり、戦況が好転する筈……そう信じ、アルスとウォルフと背中を合わせて敵を捌いていった。
───その最中、再び敵将の紅龍と黒い魔物の会話が聞こえてきた。
「ほぅ… 水のない場所でこの規模の水魔法を展開するとは…人間にしては中々やるようだな……!」
「チッ…下等種如きに何を手間取っている……!」
「ふむ、身に付けている防具がこの国の兵士達とは異なる……恐らく異国から派遣された部隊といったところか」
「忌々しい…!正規兵でもないゴミの分際で、私の邪魔をするとは…!」
「落ち着けザヴォート殿、あれ程の規模の魔法…そう長くは維持出来まい…それよりも先ず目の前の人間共を────ッ!?」
会話を聞きながら、二体の動きに警戒して戦いながら横目で見ると……突如として黒い魔物が腕から黒い剣を生やし、紅龍を斬りつける光景が目に入った。
「貴様…何のつもりだ…!?」
「フン…警告だ…私に指図をした事へのな」
顔から血を流しながら問い詰める紅龍に見向きもせず、黒い魔物は平然と言い放った。
「今この現場の指揮官は私にある……先の老いぼれのように軍を追われたくなくば、言葉には気をつけてもらおうか?元将軍殿…」
「……」
「次はないぞ……さて……」
紅龍が口を閉ざした後、黒い魔物は此方に向き、『ズシン…ズシン…』と重い音を立ててゆっくりと歩いて来た。
「これ以上、無能な部下共に任せてはおれんな…仕方あるまい」
そして片腕を掲げ、呪文を唱えた。
「【地獄の鋼禍】……【魔槍】!!」
その瞬間、突き出された腕から鈍く光る黒い突起物が生え……やがて硬い金属同士がぶつかり合うような鋭い衝撃音と共に一本の巨大な漆黒の槍へと変貌を遂げた。
「こうなれば…私直々に手を下してくれよう…!!」
黒い魔物はそう言って黒い巨槍をレヴィンが展開した防御魔法に向け、けたたましい音と共に回転させ始めた。
強大な魔力反応を感じる……奴はアレで強固な防御魔法を破るつもりのようだ。
「アレはヤバそうだぜ…どうする?リーダー」
「レヴィンの防御魔法が破られるとは思わないが……ウォルフ!」
仲間に危険が迫っている以上、迷っている暇はない……そう考えたアルスは後ろのウォルフに思い付いた作戦を伝えた。
「…いいんだな?アルス…」
「あぁ…頼む」
───直後、『ドンッ!!!』と地面を蹴って黒い魔物はレヴィン達に向かって凄まじい速度で突進を始めた。
「行け!ウォルフ!!」
全てを巻き込まんと螺旋を描く鋭利な黒き鉄塊……それを止めるべく、周囲の敵を斬り払ってアルスは叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
その叫びに応えるようにウォルフは勢いよく黒い魔物に向かって飛び、思い切り大剣を薙ぎ払った。
『ズドォンッ!!!!』
激突後……気付けばレヴィンが展開した防御魔法から少し離れた建物の壁に巨大な穴が空いていた。
───どうにか攻撃の軌道をずらす事が出来たようだ。
「グッ…馬鹿な…!!」
その事実を黒い魔物は受け入れられていない様子だった。
その間に亀裂が走った建物の壁が『ガラガラ……』と音を立てて崩れ始め……
「おのれ…ッ!下等種がァッ!!」
大量の瓦礫が黒い魔物に向かって降り注ぎ……その全身を呑み込んだ。
「ふぅ…」
アルスはその結果に安堵しつつ、再び剣を構え直した。
───既に全方位から、アルスに向かって敵の攻撃が迫っていた。
今までウォルフと二人でなんとか捌けていた魔族の群れによる攻撃……ウォルフが離れた今、防ぎ切るのは困難だろう。
防御魔法の全面展開もこれだけの数の攻撃に耐えられる保証はない。
アルスは覚悟を決めつつも、決して諦めずに迎撃の態勢を取った。
「【不全なる器】!!」
その時……再びその声は聞こえてきた。
『ザシュッ…』『ドゴォッ!!」
敵の動きが止まった一瞬でアルスは周囲の敵の半数を斬り伏せ、残った敵も戻ってきたウォルフが倒してくれた。
「【癒しの光】……」
一息ついていると、続けて詠唱が聞こえてきて……身体が癒され、同時に魔力が少し回復したのを感じた。
「アルスさん!ウォルフさん!」
「二人とも大丈夫!?」
───詠唱が聞こえた方を見ると、フィルビーとレヴィンが駆け寄ってくるのが見えた。
「あぁ…また助けられたな」
「んなことより負傷者の治療はどうなったよ?」
「えっと…皆さんの治療は終わりました…今は兵士さん達が市民の人達を守りながら避難を進めてくれています」
「そうか…よかった」
フィルビーの報告にアルスは胸を撫で下ろした。
これで集団戦に強い魔法を持つフィルビーとレヴィンの二人が戦いに加われる……
「【業風の刃】」
────その時、遠くから呪文を唱える声が聞こえた。
「"水の奇跡"!!」
アルスは咄嗟に呪文を唱えたレヴィンと共に水の防御魔法を展開した。
『ビュオオオオオオオオオォッ!!!』
……が、凄まじい威力の風魔法にアルスの防御魔法は吹き飛ばされ、レヴィンの防御魔法も攻撃を受け止めはしたものの形が崩れ解けてしまった。
「これ以上、見てはおれんな…」
風魔法を放ったこれまで鳴りを潜めていた上級魔族の紅い龍…フラストは息を吐きながら呟いた。
「へっ…もう片方の大将のお出ましかよ…!」
そんな強大な敵に対し、ウォルフは怯む事なく大剣を構えて前に出始めた。
『ドゴォッ!!!!』
───その瞬間、轟音と共に瓦礫が空を舞い、同時に巨大な黒い影がアルス達の真上に現れた。
『ガキィンッ!!』
それは……先程瓦礫の下に埋もれた筈の上級魔族ザヴォートだった。
自身の攻撃を大剣で受け止めたウォルフに向かって、黒い魔物は怒りを露わにした。
「貴様…!よくも私の邪魔立てをしてくれたな…!!」
「ハッ…やっと俺を見てくれたな…!嬉しいぜ…!」
それとは対照的に口角を上げて笑うウォルフ……
───そんな風に鍔迫り合いをしてるところにフィルビーは麻痺の魔法を撃ち込んだ。
「チィッ…!」
「おらァッ!!」
黒い魔物の動きが止まった絶好の機会を逃さんと、ウォルフは大剣を鎧の隙間……頭部目掛けて突き上げた。
『ギィンッ!!』
───しかしギリギリで黒い魔物の防御が間に合い、攻撃を弾かれてしまった。
……やはり他の上級魔族と同様に麻痺の魔法の効力が薄いようだ。
「煩わしい…!」
黒い魔物は忌々しげに呟きながら、距離を取るように後退し…紅龍の横に並んだ。
「将軍殿、彼奴等の半分は我が引き受けよう」
「……指図するなと言ったはずだが…?」
「指図ではない、提案だ……気付いているだろう?彼奴等は強い」
「フン!くだらん……」
「強がりも結構……だが万が一、敗戦すれば貴殿も立場が危ういのではないか?」
「……!」
先程と同様に険悪な雰囲気で会話する二体の敵将だったが、紅龍の言葉に黒い魔物は一瞬動きを止め……やがて「いいだろう…勝手にするがいい」とその提案を受け入れた。
「だが……あの傷顔のヤツは私が頂くぞ……!!」
そして最後にそう言い放つと、黒い魔物は再び動き出し……此方に向かって重い音を立てて近付いてきた。
───そんな強大な敵を前に、ウォルフは再び大剣を手に前へ飛び出した。
「アルス!アイツだけは…俺に殺らせてくれ…!」
「……」
そんな彼の懇願にも似た申し出に対し、アルスは少し考えてから口を開いた。
「フィルビー……ウォルフの援護を頼む」
「…わかりました!」
黒い魔物は先程の攻撃を見るに、恐らくは近接戦闘タイプ……フィルビーの麻痺の魔法があれば戦いを有利に運べるだろう。
「レヴィン……君は俺の援護を頼む」
「!……うん!」
……そして遠距離から強力な炎や風の魔法を放ってくる紅龍と戦うには、同じく強力な防御魔法を張れるレヴィンの存在は必須。
───そう考え、アルスは指示を出した。
こうして……二体の上級魔族との本格的な戦いが幕を開けた。




